第45話「本物の愛を教えて」
レインと昔からの付き合いだという吸血姫の少女、ミィ。
彼女が自分と接触してきたのはレインから面白い獣人と再会した、という話を聞いて興味本位で会ってみたくなったからだという。
長い生を持つ者にとって好奇心は人生そのもの。
彼らは自分が何時、どのタイミングで寿命を迎えるかなど知る由もない。急いで成し遂げなければならないことも無ければ長期的に続けていきたいと思えることもない。
故に彼らは一類に同じ結論を見出す。
面白そうなものを探し続ければいいのでは?
常に新しいもの、面白いものを追いかけ続けている限りは自分の人生に飽きが来ることはない。
一つのものに固執しないのはそういう事情からである。
そんな面倒な生き方をしている吸血姫の一人は現在、彼女のために緊急で作られたと思われる造りも粗悪なステージの上で踊っていた。
いや、誰もステージなど気にしていない。
彼女の放つ輝きがあまりにも眩しくて、彼女がどこで踊っているかなんて些末なことに気を向ける人間など存在しない。
今の状況はレインの言葉通りとも言える。
「本当に人気なんだな。歌とか踊りはよく知らないけど皆の熱量は本物な気がする」
「犬は色目で見てるだけ。ミィが可愛いから興奮してるんでしょ」
「可愛いのは否定しないが可愛いだけじゃ観客もこうはならないだろ」
観客は一体感を持ってミィに声援を送っている。
これがノエルの言うようにミィが「可愛い」から集まっているだけならば彼らは今のように声援なんか送らず、ナンパという絡み方をしているはずだ。
自分一人だけのものにしたいという独占欲のために。
こうして集団で声援を送っている以上はその心配もない。
彼らにとって手の届かない場所にいるのがミィだ。
と、ミィに嫉妬してる相方に構っている場合ではなかった。
紛いなりにも自分は専門家として仕事しに来てるのだ。
周囲の人間に視線を向けて、ミィやステージの様子も同じようにして確認した自分はレインに頼まれていたことの答えを出す。
「魅了とかの類ではない。テイムやアステルの持つような洗脳にも近い権能は基本的に他へと意識が向かないからな。ここにいる人間はミィに夢中ではあるけど他のことにも意識が散っている」
「そうよね。一応ミィが私に嘘を言ってる訳はないと思ってたけど、危ない権能ではないみたいね」
そう、権能の具体的な能力の把握。
彼女は「みんなの願いを叶える事」が権能だと説明していたが、実際に彼女の口からは詳細な効果等は聞かされていない。
後天性のプロトタイプであることもステージが終わってから説明すると言われた。
故にレインが先にミィと会わせた目的を話してくれたのである。
自分の昔からの馴染みが危険な権能を、戦いに巻き込まれてしまうような権能を授かってしまったのではないだろうか、と。
それを調べるのが自分の仕事だ。
今のところ彼女が権能を発動した痕跡はない。
他人の願いに反応して発動する権能ならばミィ以外がお願いをするタイミングを見逃さなければ発動を見切ることができ、それ以外の権能ならばまずミィの挙動を見逃さなければ不意打ちを食らうことはない。
そういう大事な理由で目を離せないのだ。
ノエルが言うような他意はない。
「これなら本人に権能を使えと言った方が早い」
「ちょっと、ガルム!?」
なぜ躊躇う必要がある。
こちらは彼女にとって知り合いなのだから頼み事をするのに遠慮をすることはない。
ステージに向かって声援を送る人間の間を割って進む。
最前列を取られたくない者達に止められるかと思ったが案外、素直に避けてくれたためにすんなりとステージの前に辿り着くことができた。
自分がステージに上がると声援を送っていた人間は変なものを見る目でこちらを見ながらざわつく。
ステージ上のミィも自分を見て困惑した目をしていたが観客に不安を与えないために慌てすぎないうちに営業スマイルへと戻す。
「ミィに頼みがある」
「え、えっと……一応これでも仕事でみんなのために歌ったり踊ったりしてるから。後にしてほしいというか」
「演出として自分の頼みを聞いたりできないか?」
んー、と困ったように自分と観客に視線を行ったり来たりさせるミィ。
人前では使えないような権能なのだろうか。
時間が進むに連れて自分をステージの上から引きずり降ろそうという話が観客の間で聞こえ始める。
あまり猶予は無さそうだ。
同じように状況を理解したミィは自分の胸に寄りかかるようにして顔を近づける。
これなら観客には聞こえないしミィから近づいたことになるので彼らも少し様子を見ようと思い留まるだろう。
「演出は思いついたけどミィちゃんからお願いすることはできないの。だからキミからミィちゃんにお願いしてくれないかな」
ノエルのように共感性があるわけではない。
しかし、ミィの言葉と視線から何となく考えていることを理解した自分はミィの背中に手を回してお願いする。
「この演目を中断して俺と一緒に来てくれ」
「いいよ。ステージからミィちゃんを連れ去る時の作法は心得てるよね?」
「もちろんだ。しっかり掴まれ。舌を噛むなよ。あと変なところ触ったら、ごめん」
断りを入れてから右腕で膝後ろから両足をすくい上げると思ったよりも遥かに軽い体を抱えて自分はステージの壁に飛び移り、そのまま後ろへと消える。
ミィが一瞬にして連れ去られたことにより観客はしばらくの間、思考が停止していたようですぐに追手が来ることはなかった。
ノエルとレインに関しても心配ない。
壁に乗ったタイミングでしっかりノエルに視線を送っておいたから慌てて行動したりしない。少なくとも自分の居場所はすぐに突き止めることができるから今は観客達と同じようにミィが連れ去られたことに驚いているフリをしてくれているだろう。
あとは少しでも離れるだけ。
間違っても途中で落とすわけにはいかないのでしっかりめに抱えているせいもあって自分の指がミィの体の柔らかい部分に触れてしまっている。ミィも自分の言う通りに振り落とされないようにしがみついているから密着度で言えば今日一番の状態。
平静を失う前にどこかでミィを下ろさなければ……。
「そこの宿なら客もほとんど来ないよ」
「まあ別に人気を避けたい訳ではないんだが……」
ここまで来てミィに「注目を浴びるから権能を使いたくない」と断られても嫌なので大人しく従っておく。
彼女が示したのはステージのあった広場から自分が走って五分くらいの場所にある小さな宿だ。大通りからも外れているし店先の明かりも弱いから営業していることも気づかれず客が入らないのだろう。
その前でミィを下ろす。
宿の中へ入ると自分達は何も言っていないのに受付の女はカウンターに鍵を置いて居なくなった。
ミィはここの常連なのだろうか。
たしかに色々な人に見られる人気な宿よりも利用しやすいのだろうが……。
ミィの後ろを追って彼女と同じ部屋に入ると自動で鍵が閉まった。
どうやら鍵の持ち主が部屋に入り、扉を閉めると自動で鍵が掛かるようになっているようだ。
「これなら二人きりで話ができるね」
「良かったのか?」
あのステージが仕事だったなら途中で放棄していいものではなかったはずだ。
自分から邪魔しておいて聞くのもおかしな話だが気になったものだから問いかけてしまった。
しかし、ミィは「別に」と笑う。
そして少しずつ自分に歩み寄ると小さな手を自分の頬に伝わせて首筋から胸に掛けてを優しく撫でていく。
「キミと一緒の方が面白そうだったから」
「お、面白そう?」
「すごいドキドキしてるね。耳を近づけなくてもキミの心臓がドクンドクン跳ねてるの聞こえてくるよ? なのにキミは落ち着いてる。他の人達みたいに暴走せずに期待してくれてるんだね」
「まあ、紛いなりにも可愛い女の子と密室に二人きりだからな。それにミィはレインと違って吸血姫の色香を隠そうとしてないだろ」
ミィは「分かっちゃうんだ〜」とわざとらしく呟く。
やっと自分から離れてくれた。
ただ、ミィは流れるようにベッドの上に仰向けに寝て自分もそこへ呼ぶ。ベッドが一つしかないのだからここに来るしかないのだ、と。
そもそも眠るために来たわけではないから従う理由がない。
しかし、吸血姫の色香がまったく効果のない体質というわけでもない。
少し躊躇はあったものの自分もベッドの上に乗ってミィの上に覆い被さるような状態で顔を見る。
さすがに抵抗はあるのでしっかりと膝を突いて体を浮かせているが、ミィから何かしらのアクションがあったらすぐにでも瓦解してしまうだろう。
「イヤになったら止めていいからね?」
「なんで俺にこんな姿勢を?」
「話したいことがあるのも本音だけどキミって優しいから奥手になりがちで、あの女の子の方が立場的に上なんじゃない? ミィちゃんのこと押し倒して覆い被さるようにして羽交い締めにしてめちゃくちゃにしたいって伝わってきたんだよ」
「否定はできないけどミィに向けたものじゃないだろ」
「だってキミはあの子を守りたいからこんな行為をするなんて認めたくないんでしょ? それならミィちゃんで擬似的にやったらいいんだよ。それがキミの願いなんだから」
ミィの言葉に偽りは無かったようだ。
願いを叶えることが彼女の権能だとすれば相手の願いを見透かすことができても不思議なことではない。
むしろ当然すぎる特性だ。
実際にミィが言ったことがどこまで自分の本音と重なるのかは分からないが完全に否定できるほど心当たりが無いわけではない。
記憶を失う前、さらに言うならノエルと出会うもっと前の自分は戦うことを前提に生かされた存在だった。その頃の自分は命を奪うこともせずに相手より優位に立てるようになるなら平気でミィの言うようなことをしたかもしれない。
ただ、あくまでも完全には否定できないだけ。
彼女が全て正しい訳では無い。
「誤解してる。俺は羽交い締めにしてめちゃくちゃにしたいんじゃない。逃げ場を無くして俺だけを見てほしいだけだ」
「それが『愛』ってやつ?」
「…………? これは愛とは違う気がする。単に恥ずかしがってる顔を見たかったり、自分だけのものであってほしいって独占欲かもしれない。まあ、そこに関してはミィが恥ずかしがってくれないから何とも言えないが」
「恥ずかしがった方がいいの? その方が興奮する?」
不思議なことを言うものだから言葉を失ってしまった。
他人に魅せることに関しては他よりも上だと言える吸血鬼の少女から出た質問とは思えなかった。
彼女らは相手の表情、行動、体温や心音などから自分の行動や言葉で相手がどれほど興奮してくれているかを見抜く天才だ。その僅かな変化を見逃さずに相手の好む趣向を継続する。
自分はそれを明確に言葉にした。
何も考えない者よりも慣れている者よりも照れが残る方がいい、と。
こういったことに慣れず未だに奥手で上手く主張していけない自分としては同じように慣れていない者の方が自分と似た者同士を相手にしているような、もっと言えば奥手な自分でも押すことができそうな相手だと感じられるから好んでいる。
まさかミィがこの距離で聞き逃したはずはない。
ちゃんと言葉に対して聞き返してきたのだから聞こえていたはずだ。
ミィは謝罪しながら弁明する。
「ごめんね、ミィちゃんそういうの分かんなくて」
「分からない?」
「好きとか気持ちいいとか分からないの。今キミがミィちゃんに興奮してくれてるのか、それともイライラしてるのか。ミィちゃんがステージの上で踊ってる時もみんなが楽しいって思ってくれてるのは分かってもミィちゃんの声が好きなのか、踊りが好きなのか、それとも単純に体が好きなのか……そういうのが全然分かんない」
他人から向けられている感情が分からない。
仲間が居なかった頃はそれが一番怖かった。相手が自分に何を求めているのか、どうしてほしいのか分からないから仲良くなれるような気がしなくて近寄ることも難しい。
でも、そんな状況でミィは彼らの理想とする自分を模索して精一杯に表現している。
彼女は知ろうとしない方がいいのだろう。
自分へと向けられている感情が好意的なものであると思っていた方が幸せを感じられる。ちょっとでも悪意が混じっていることを知ったら傷ついてしまうかもしれない。
感情に左右される自分達はそういう単純な生き物だ。
さすがにいつまでもミィに覆い被さるような姿勢でいるわけにもいかないので彼女の手を引っ張って体を起こした。
これで互いに向かい合って座っているだけの状態。ベッドの上ということを除いてしまえば別に緊張するようなことでもない状態だ。
「俺はミィに自分が考える理想を押しつけない。それをしたら目の前にいるのはミィじゃなくて俺が理想とした女の子だろ?」
「たとえばミィちゃんがキミのこと好きだとしてもキミの理想通りにはならなくていいの?」
「俺は虚飾されたものを本物として見たくない。香水で誤魔化された匂いよりも醜くてもいいから偽らない匂いの方を記憶に残したいんだ」
「ん〜、じゃあ偶像のミィちゃんのことは嫌い?」
すでに自分の答えを知っているかのようにミィは残念そうな顔をしていた。
たいして話してもいないのに、だ。
自分はミィの手を握る。
これまでの会話や行動で自分がどう思っているか分からないというミィの言い分は理解した。自分にもそういう経験があるから普通のことだと思うし否定もするつもりはない。
ただ、分からないとしても極端な二択には納得していない。
アイドルとして振る舞う以上は好感を持ちやすい人格を演じるのは当然のことで、それが嘘の人格か本当の人格か知らない自分にとって偽りだと捉えられると考えるのも仕方がないとは思う。
ただ、自分は虚飾された偽りの存在を嫌いと言った覚えはない。
それを本物として認めないと言った。
彼女が本当の自分を偽っていたなら彼女を「ミィ」として認めることはできないというだけで、好き嫌いの話ではない。
ましてや、彼女は本音を話している。
自分を見るために集まった観客の気持ちを知ることができないことが不安だと本心で語っている。
体温とかで自分の気持ちが伝われば早かったのだが首を傾げられてしまったので言葉で伝えるしかないようだ。
「ステージで踊ってるミィを見上げて綺麗だと思った。偽物だったらこんなふうには輝けない。ミィちゃんは偽ってなんかいない。ステージで見せた姿が本物のミィちゃんだ」
「本当にそう思うの?」
「俺は単純な生き物だ。嫌いなものは嫌いって言うし綺麗なものは綺麗だと言う。ステージの上でみんなに笑顔を向けていたミィも、俺に手を握られて困惑してるミィも、どっちもお前だ。嫌う理由なんてない。だから俺は証明するためにここに連れてきたんだ」
正確には場所なんて指定した覚えはない。
自分はミィが本音で語れるように二人きりの状況を作ろうとして、彼女がその場所としてここを指定しただけ。
でも状況的には正解だ。
証明する時は第三者に目撃させることが一番の証拠となるがプロトタイプにとっては弱点を晒すようなものであり、その状況下で自分の権能を使おうとする者なんて何も考えていない者か、この場で目撃者を全て葬ることができる自信のある者か。
だから、これが自分の証明。
ミィに危害を与えるために明かしたいのではなく、あくまで友好の印として彼女の持つ特性をしっかりと理解しておきたいという意思表示。
これで使いたくないと言うならそれも仕方ないと思うしかない。
自分は彼女に権能を使ってもらうために自らも権能を明かそうとする。
とはいえ自分の『成長』はシンプルすぎて伝わりにくいかもしれない。
余った体内のエネルギーを物理エネルギーとして放出する使い方は相手を怪我させてしまう力の使い方だから避けたいし、相手の権能を使うにもミィのことを深く理解していない上にミィが知らない人間のものを使っても理解してもらえない。
だから唯一、いつでも使うことができて分かりやすい能力を見せる。
ミィは変化にちゃんと気がついてくれたものの何か勘違いを起こしてしまったらしく自分の手を握り返して離れられないようにすると目を輝かせながらこちらの下半身に視線を向けてきた。
「すごいすごい! キミは興奮すると身体が大きくなるの!?」
「あ、いや……」
「ねえもっと大きくなれないの? ミィちゃんはキミのこと大きくするためだったら何でもするよ!」
「ミィ?」
「あっ! 身体をそれ以上は大きくできないならこっちだけでも大きくできる? キミのがどのくらい大きくなるかミィちゃん興味津々なの!」
触れてはいけないものに触れてしまったように感じた。
急に体を巨大化させて驚かせては申し訳ないと思い徐々に身体を大きくしていくことで見せようかと思っていたら早い段階でミィは気付いた。
そのせいでミィの異変に気がついたのに自分は能力の行使を止められなかった。
彼女が自分の腕を握ることが不可能なくらいまで身体を大きくしてしまったがために離してもらえたのだが、その代わりに身体が大きくなったことで相対的に大きく見えるようになった下半身に視線が集中している。もはや前のめりでいつ噛みつかれてもおかしくない姿勢である。
さすがにこれ以上は能力で大きくすることは避けたい。
小さくなる術はエネルギーの無駄な放出かレインによる解除のみ。
あまり際限なく大きくしても戻れないまま不便な生活をすることになるし、何より目の前にいるミィの反応を見たら怖くてできない。
いや、可愛い女の子に下半身をガン見されているから必然的に大きくなる。
局所的に……。
完全にではないもののそれなりに大きくしてしまったせいで恥ずかしくて隠そうとしたがミィはそれを許さなかった。
「こんなエッチな権能あるなら早く言ってくれればよかったのに」
「ちがう」
「え〜? こんなに大きくしてて権能は無関係なはずないよ。触ってもいい?」
「だ、ダメだ! 触るな!」
「どうして? キミがこうなるくらいミィちゃんのことが好きって証明してくれたんじゃないの?」
「部分的には合ってるけどほぼ間違ってる! いや、別にミィのこと嫌いじゃないし、むしろ好きまである。でも、それを証明したかったわけじゃなくて……あっ、ばか! さわるなって!」
言葉で止まるなら理性なんてものは必要ないのだろう。
そもそもが迂闊なことをした自分が悪い。
相手は紛いなりにも夜に属する者であり、淫魔という枠に括られてもおかしくはない存在だ。まったくもってそういうことに興味がないなんてことはありえないし、ミィがそういう雰囲気を出してなかったとはいえ食事と同じ感覚で体を求めてくる種族だと忘れてはいけない。
ミィは衣服の上から執拗に股間を撫で回してくる。
なるべく意識しない。別のことを考える。
どうにかして振り払うことも考えたが嫌われていると勘違いさせても面倒だから彼女が自分を脱がすという暴挙に出ない限りはそのままで話を続けるべきだと思ったのだ。
まったく話に集中できないが仕方ないだろう。
むしろ素直に喜ぶべきなのだ。可愛い少女にそんなことをされてる今の状況は本来なら起こり得ないことだ。
「か、身体を大きくすること自体が権能だ。別にエッチな権能じゃない」
「ほんとに〜? ほんとは身体とここを大きくして女の子を鳴かせるための権能じゃないの?」
「そんなわけ無いだろ! それを権能として与える神様がいるわけない! じ、純粋に身体を大きくすれば力も強くなるし生存率が高くなるから、それで与えてくれたんだ。他にも色々理由あるらしい、けど」
「うんうん、生存率も高くなるし生殖能力も高くなるよね」
「そこは…………まあ、否定できない。ほんとにそんなこと考えてたかもしれないから」
ノエルなら言いかねない。
一般人を自分の半身として選ぶような神様だ。何を考えているか分かったものではない。
それよりもミィだ。
今までもかなり距離感の近い少女だとは思っていたが今の距離感は危険すぎる。近いというレベルではない。
それに当初の目的からも離れてしまっている。
何とかして軌道修正しなければミィの権能をはっきりと理解する前にノエル達が合流してしまう。
「あの、俺も権能を見せたんだからミィの権能も見せてほしい」
「俺も脱ぐからミィちゃんも脱いでほしいって?」
「言ってない」
「同じことだよ? 権能を見せるってことは文字通り丸裸になるのと同義。だからキミはミィちゃんに脱いでって言ったんだよ」
正論のような、暴論のような話を真面目にされている。
ちょっと横暴な気がしなくもないが弱点を晒し無防備になることを考えれば意味合い的には同じようにも考えられるため強く否定できない。
反論できなかった自分は身を縮める。
「あ、あんまり意地悪なこと言うなよ」
「もう、耳ペタッて垂れさせるの反則! 可愛くてミィちゃん抑えられなくなりそうだよ」
そう言われても、と困り顔をするとミィは自分の頭を撫でながら観客に向けていたような眩しい笑顔を向けてくる。
ごめんね、と口にしていないのに謝罪の言葉が聞こえた気がした。
自分も要求ばかりでミィからの要求には答えられていないから申し訳ないと感じている。
それを口にするとミィは交換条件を提示してきた。
「ミィちゃんの権能について教える代わりに『愛』について教えてほしいな」
「愛? 俺に愛してくれ、って言ってるわけじゃないよな」
「もちろん愛してくれるなら愛してほしいよ? ミィちゃんだって立派に夜を生きる者なんだからエッチな事したいし愛してほしいよ? 身体を大きくしたキミがどこまでしてくれるのか興味もあるし、実物を見たいっていう興味もあるけど、結局は本当に愛してもらえるわけじゃないからね」
ミィは悟ったかのように視線をそらす。
別に好きな子がいるなら愛してもらうは形だけのもので、お互いに欲求をぶつけ合っただけの行為を指した比喩的表現でしか無い。好きとか嫌いとかいう気持ちの在り処をそこから見つけることはできない。
だからミィが知りたい『愛』はそれではない。
形で表せない、自分がノエルに向けている気持ちの正体。
自分でも上手く伝えられるか分からないそれを聞くことができるなら権能を明かし、弱点をさらしてしまうことになっても良いと彼女は言ったのだ。
「色々な感情が絶えず湧き上がる状態、かもしれない。プラスの感情もマイナスの感情も溢れてくる。楽しかったり嬉しい気持ちもあるし、悲しかったり怒りを感じることもある。でも、そういう気持ちを受け入れてもいいって思える状態が愛してるってことだと思う」
「そっか。じゃあミィちゃんは今までちゃんと誰かを愛したこともなければ愛されたこともなかったんだね」
「…………」
「そんな顔しないでよ。キミになら欲求のままにされても身体が目当てなんじゃないって思える気がするんだよね。キミの懐が広いからなのかな?」
それはない、と言おうとしてミィの指に遮られた。
自分の鼻先に軽く触れる程度に当てられた指は、意識を逸らして言葉を止める程度の役割しか無いはずだが、その行為をへんに意識してしまう自分が居る。
まるで「言葉はいらないよね」と言われているかのように。
直後、部屋の外からノックが聞こえてくる。
その音は聞き覚えのあるもので、自分はすぐにベッドから立ち上がって扉を開こうとする。
鍵の持ち主ではないが内側からなら開くらしい。
外に居たのはノエルとレインだ。
「行為中なのに他の女の子を部屋に入れるなんて頭おかしいと思う」
「何の話だ? 俺はミィと話はしてたけど変なことは別に」
「下半身を見ても同じこと言える?」
ノエルに尋ねられて視線を下ろす。
別に異常はないので視線を戻してノエルに頷き返すと何故か無言で怒りの目を向けてくる。
何を怒っているのか分からず戸惑っていると後ろに立っていたレインは部屋に入るとミィの方へ向かう。
ミィはベッドの上で呆然としていたが、その様子を見てレインは安堵した。
「ノエルさん、ミィちゃんは何もしてないみたいよ」
「じゃあ犬のこれはどう説明するの?」
「生理現象だ」
嘘は一つも吐いてない。
身体が大きくなったのだからそちらも大きくなるのは自然の通りで、ミィに触られていたのだからそういう意味合いでも大きくなるのは自然なこと。生命が必要としたことなら生理現象だ。
少しの間、沈黙が流れ続ける。
その沈黙に割って入ったのはミィだ。
「ごめんね。我慢できなくて少し触っちゃったの。犬くんは何もしてないよ」
「別に……犬が誰と何していようとのノエルは気にしない。犬はもっと貪欲でいい。犬とその誰かに悪意がないならね。ミィからは悪意を感じないし犬と最中だったとしても怒るつもりない」
「じゃあ何で怒ってるんだよ」
「犬がまた無謀なことしたから」
指摘を受けて瞬時に理解した。
ノエルはあの時、黙って自分達を見送っていたのではなく呆れていたのだ、と。
再三の危険で無謀な作戦を実行してきた上で記憶を失うという失態をした。自分をノエルは許したわけではない。失ってしまったものは戻らないと諦めて今後に集中してくれていただけだ。
なのに、自分はまた危険を冒した。
詳細の分かってないプロトタイプと二人で行動するなんて正気の沙汰じゃない。
反論の余地もない。そもそも自分が悪い。
これだと奇跡的に残された命を無駄遣いしているのと同じことだ。
「ごめん、ノエル」
「結果的に無事だからいいけど、友達の知り合いをすぐ信用したらダメ。他人と変わらないんだから」
「ちょっと傷ついちゃうな〜」
「あなたも警戒心が足りない。犬は女の子と二人きりになったら食べようとするくらい危ないんだから気をつけないと」
「ノエルさん、たぶん無駄かも」
なぜ、とノエルがレインに視線を投げる。
その答えはレインが答えずともミィがはっきりと口にした。
「ミィちゃんは食べちゃいたいくらい好きって犬くんの愛情表現はウェルカムだよ」
思わず絶句するノエル。
心配しなくても呆れているのは自分も同じだ。
ただし、ミィにではなくノエルに、だ。
どこに今日初めて会って友達になれるかどうかも分からない相手にありもしない嘘を教えるパートナーがいるのだろう。
自分は女の子を食べようとしたことなんて無い。
こういう悪い冗談を言ってしまうノエルよりも過剰な愛情表現を受け入れてしまうミィの方がまだ理解できるものがある。
彼女は愛というものが分からない。
吸血姫という種族は新鮮な血のためになら人を魅了することも身体を使わせることも厭わない。むしろ相手の欲求に応えることに意味を見出す者もいる。
ミィはその特性のせいで愛を感じられない。
自分が相手をするのは食事のため。
相手は好きでもない少女を欲求のはけ口として求めているだけ。
そこに愛なんて無い。
「ガルム、確認したいことはちゃんと調べられたの?」
「その前に二人が来た。ミィの警戒を解くために俺の権能を見せてたんだ」
「ああ、そのことならミィちゃんは権能使ったんだよ?」
本当なのだろうか。
権能を使われたような気配もなかったし自分にもミィにも変化は見られなかったが信じても大丈夫なのか?
疑念を晴らすにはミィが状況を詳しく説明する必要がある。
権能を使って何がどうなったのか。
視線を向けるとミィは話すつもりだったのか頷きを返してきた。
他の二人もミィの話に耳を傾ける。
「犬くんの願い……記憶を取り戻したいんだよね」
「っ!」
この時点で明確にミィが権能を発動したことが理解できた。
レインが口を滑らせていない限りは知る由もない情報をミィが把握していることは何よりも確実な証拠として扱える。
「でも、それは叶えてあげられない。実現不可能なお願いなの。犬くんのお願いはそれを除いてもほとんどが実現不可能だったから本当に最低限のお願いしか叶えてあげられなかったの」
「実際に見ないと何とも言えないね」
「分かった。じゃあノエルちゃん食べたいものとかある?」
「ケーキ?」
ミィの問いかけにノエルが答えると彼女は可能だと判断したのか頷く。
そしてミィが手を前に出すように言いノエルが両手を上向きにして前に出すとその上に小さな皿に乗ったケーキが出現する。
一瞬の出来事過ぎて目を疑った。
瞬きをしたら次の瞬間にはあったのだ。
これがミィの権能の効果……?
まず本物であるかどうかを疑ったノエルは皿の上に一緒に添えられていたフォークでケーキを口の中に運んだ。
「本物だね」
「確実に存在していて簡単に手に入るものはお取り寄せできる。数に限りがあるものなら場所までは分かる。誰かの命に関するお願いは叶えられないけど会いたいっていう願いは相手が死者だったりしない限りは強制転送で連れてくることができる」
「用途は限られるけどある意味では強い部類の権能じゃない?」
「そうだな。強制的に殺したり生物に干渉できないという制限があると聞いて少し安心した」
あくまで気休め程度の安心だ。
ミィの権能は直接的に生物に干渉することができないだけで間接的には他者に影響を与えることができてしまう。
例としては爆発物などを取り寄せて死なば諸共や、危険地帯に強制転送。
故に絶対安全な権能とは言えなくなってしまった。
ただ、それはミィがお願いを断れるのかどうかによって変わる。お願いされたことは全て叶えようとするならば危険だと分かっててもお願いを却下できないし、ミィの意志で叶えるか否か決められるのであればよっぽどの考え無しでもなければどうにでもなる。
「それより犬くんのお願い、まだ途中だよ?」
「何か頼んだか?」
「俺と来てくれ、って。ミィちゃんまだキミと行けるとこまで行ってないよ?」
「あ、あたしは席を外すわね! 見回りも兼ねて外にいるから!」
不穏な、正確にはレインにとっては耐え難い空気を感じ取って足早に『影渡り』で部屋を後にするレイン。
どうやら自分は逃げ場を失ったらしい。
ミィから逃れるためにはレインの『影渡り』を頼るのが確実に安全だったがさっさと居なくなってしまったため、自力でここを脱出しなければならなくなってしまった。
だが両腕を捕まってしまっている。
こういう時ばかり仲良く同じ行動を取れる二人の少女が恐ろしく感じた。
「お、俺は別の部屋を借りて寝るから、この部屋は二人で使えばいい。身体が大きくなってるから邪魔だろ」
「残念だけどこの宿は男女じゃないと部屋は借りられないよ?」
「何でだよ!」
「そういう目的で使う宿だから。ほら、ベッドだってどんなふうに使われても良いようにすごく広いんだよ?」
「そういうこと。ミィもノエルも比較的に身体が小さいから三人でも余裕で寝ることができる。良かったね、犬」
良くない。まったくもってよろしくない。
こんな状況で寝られるはずがない。
ノエルに関してはいつも一緒に寝ているから緊張することもないのだろうが隣にはその道のプロの方がいらっしゃる訳で、そんな中でノエルが大人しく眠ってくれるはずがない。
そもそもミィは寝るの意味が違う。
もし自分が手を出さないで眠ろうものなら強制的に自分の体を使いかねない。
「ミィちゃんにも分かるように愛を教えてよ」
「か、勘弁してくれ……」
その夜は、どうにかこうにか誤魔化して自分がミィを抱き枕のようにして抱きしめて眠り、ノエルはその自分の尻尾を抱き枕にして寝るということで話は落ち着いた。
こうして抱きしめているだけでも温もりは伝わる。
今後は彼女の口車に乗せられて変な宿に泊まらないようにしようと誓った。




