第44話「手の届く星」
大陸間の移動方法はいくつか種類があり、船を利用して海を渡る方法や空を飛空艇で移動する方法は最も分かりやすい方法とされている。
しかし、有名な方法ほど安全性に欠けるとされていた。
理由としては単純に魔物の存在である。
海を渡るとなれば海底に巣食う魔物に目をつけられる可能性があり、よく船底に穴を空けられて沈没した船の噂を聞く。
空に関しても飛空艇の航路に竜種が現れないとも言い切れないので安全ではない。ただ海と比較すると人類に対して攻撃的な魔物が多く存在しているという訳ではなく、あくまで竜種が空を飛んでいたら偶然にも飛空艇に翼や尻尾が当たってしまったという事故が起きるだけ。
つまり船と比べれば多少はマシと言える。
そんな一番危険な方法を選んだというのに上機嫌で居られる者達の気が知れない。
「犬! こっち見て!」
船から身を乗り出したノエルは目をキラキラと輝かせながら呼んでくる。
さすがに魔物の気配を感じないとはいえ船酔いで限界に近い自分はいつものノリで元気に返事してやれる余裕などない。
あまり気分が良くないことを分かってくれているのかもう一人の同行者が代わりにノエルを持ち上げて船の柵から下ろす。
「気になるのは分かるけど海に落ちるわよ、ノエルさん」
「むぅ、犬もレインも落ち着きすぎ! せっかく船に乗ってるのに楽しくない!」
「初めての船旅で舞い上がっちゃう気持ちは分からないでもないけど、子犬ちゃんが見ての通りだから、ね?」
もはや言い返す言葉もない。
レインやノエルのように甲板を自由に行き来できないためお荷物扱いを受けても仕方がないのだ。
むしろ酔わない二人を異常とさえ思う。
こうして外の景色を見ている分には問題ないがノエルのように柵から身を乗り出して流れていく海を眺めていると酔ってしまう。
たぶん自分も初の船旅だが楽しめそうにない。
なぜ、自分達が大陸を渡ろうとしているのかという話をするなら昨晩まで時間を戻す必要がある。
――昨晩。
夕食を終えて片付けをしている頃に『影渡』を使って家に現れたレインはやや興奮気味に食卓の上に一枚の紙切れを叩きつけた。
「招待状?」
そう、詳しく見るまでもなく何かしらの催しに招くという招待状。
レインに宛てられた招待状を食卓に叩きつけられたところで自分達にはできる反応も限られているので冷めた反応をしていた。
納得のできなかったレインはヒートアップしているのか怒鳴り始める。
「なにか言いなさいよ!」
「なにか、と言われてもな。有名なのか?」
質問に対してレインは逆ギレ気味に答えてくれる。
「有名に決まってるでしょ! まさか『月光のミィちゃん』って知らないわけじゃないでしょうね! あちこち旅しながらみんなに幸せを配り歩いてる超人気なアイドル的存在なのよ!?」
「へ、へえ……」
ノエルに視線を向けてみたが特に反応がない。
どうやら有名ではあるものの特定の人物に限ったものらしい。
まったくと言っていいほど名前も聞いたことのない人物だがレインがそこまで力説するほどなら気になるし、そもそも「みんなに幸せを配り歩いてる」というフレーズが引っかかるような気がした。
神様みたいに願い事を聞いているのだろうか。
しかし、それにしては招待状を配ったりして限定的にしている要素がある。
願いを叶えられる数が限定されているから近くに通りかかった際に予め幸せにしたい人を調べているのだろうか。
今のところレインは不幸には見えないのだが……。
レインに失礼な考えを悟られたらしく耳を引っ張られる。
「別に幸せなんて人それぞれでしょ! ミィちゃんすっごく可愛いらしいから会っただけで大半の男は幸せになれるみたいよ。まあ、女の子にも崇拝してる子はいるみたいだけどね」
「そういうものなのか?」
「声を聞いただけで孕むとか言ってる奴もいたわね」
「さすがに、孕みたくはないな……」
そこまで過剰に噂が流れていると勝手な妄想だけが独り歩きしているようにも聞こえてくるが、レインがそんなものを鵜呑みにするようには思えない。
普通の人間とは違う時間を生きる者だ。
長く生きるということは長く色々な物事を見て、聞いて、より沢山のものを知ることになる。耳に入るものを全て真実として聞き入れていたら本物と偽物の区別なんて付かなくなってしまう。
だからレインは早合点しないで精査してから噂を信じる。
と、自分が分析しているとノエルが何故か興味深そうにこちらを見ている。
嫌な予感しかしないが……。
「犬も孕むの?」
「?」
「もし犬が孕むのなら見てみたい。性行為を必要とせず、声だけで、しかも犬みたいな男の子を孕ませる人、興味深い」
比喩的な表現だったはずが本気にしてしまったらしい。
綺麗なものや素晴らしいものと出会った時に感動を得るような感覚で幸せを享受することを表現したものだったはずだが、本当に子供を授かると勘違いしてしまったらしい。
さすがに声では孕まないし男が孕むことはない。
そんな常識が通じないのはノエルが神様だから仕方ないと言うべきか、子供のような純粋な考え方をしているからと言うべきか。
とにかく勘違いされたままでは困るので弁明を求めてレインに視線を向ける。
しかし、どうやらレインはこの状況を面白がっているらしい。
「あたしも子犬ちゃんが孕んだ姿を見てみたいわね」
「ふ、ふざけるな! 現実的に考えてありえない!」
「じゃあ会って確かめるべき。それに犬が言うみたいに現・実・的・に・考・え・て・あ・り・え・な・い・現象はちゃんと確認すべき」
「んと……プロトタイプの可能性、ってことか?」
そういうこと、とノエルは微笑む。
危険性が無いという保証はないが、だからこそプロトタイプかどうかを確かめて安全な奴かどうかを判断しなければならない。
まあ、ノエル的には建前だ。
本音は本当に興味本位だろう。
――時を戻してルークステラ直行便、甲板。
旅の理由はそんなところである。
ただ、自分がここまで船酔いして戦力外になるのであればノエルの子守をできる仲間をもう一人くらい連れてくればよかった。
「おい、てめぇ! どこ見て歩いてるんだ!」
「…………?」
ふらふらしていたから誰かにぶつかってしまったのだろうか。
もし本当にぶつかっていたのなら申し訳ないと思い謝罪をするべく声の主に顔を向けた。
人間にしては大柄な男だ。
獣人である自分と比較しても同じくらいの体格をしていて、髪一本ない綺麗な頭部にはよく分からない模様の入れ墨をしている。
これは素直に謝罪しても開放してくれないかもしれない。
もし暴れるようなら少しだけ眠ってもらった方が騒ぎを起こさずに済むだろうか。
反応を見ながら身構えたが男の視線が自分とは少しズレていることに気がつく。
視線を追うように右側から自分の背後を見ると目深にフードを被った何者かが自分の背中に引っ付いていた。
怪しい風貌だが前にいる男と比較するとかなりの小柄で、匂いを嗅いだ感じだと若い女の子だ。
怯えても仕方がないだろう。
威圧的な態度を取っている男に謝罪しようにも怖くてできない可能性もあるし、ここは少しだけ協力してあげた方がいいかもしれない。
「謝罪もできねえのか?」
「ま、まあそんなに怒らなくても。今日は乗船してる人間も多いし海の上だと揺れるから不慣れだと真っ直ぐ歩く方が難しい」
「俺はな、思いっきりぶつかられたんだよ! 許す許さない以前に謝罪どころか会釈もねえんだぞ、そいつは!」
「気をつけて歩け、だけでいいだろ。そんなに声を荒らげて睨みつけて、怯えずに謝れる方が珍しいと思うぞ」
正直、喧嘩したことない者なら男でも怯える。
まず殴り合いになったら勝つどころか怪我で済むかも分からないし言葉で話し合えるような相手には見えないのだから逃げるのが普通だ。
本当に謝れば済む可能性もあるけど無理な話だろう。
自分の状況を見ていたレインは大柄な男の背中をぽんぽんと叩く。
「言ってることはあんたが正しいと思うわよ。ただ明らかに自分が怖いってこと理解しなきゃダメよ」
「…………ちっ! 次から気をつけろよ! またぶつかってきたらぶっ殺すからな!」
怒りながら男は人混みに消えていく。
それを見ていて思ったが大柄な彼の方が人とぶつかりそうになっていて、たまたま怯えた他の人間が避けて道を開いているだけだ。
言い換えるなら自分の後ろにいる女の子は避けて歩かなかったということ。
単に見えていなかったのかもしれないが今後は気をつけるように言った方がいい。
「今回はたまたま助けてやったけど危なそうな奴に近づくなよ」
「なんで危ないと思うの?」
綺麗な声をしていた。
いや、表現としては可愛い声が正解かもしれない。ノエルのようなあどけない声でもなく、レインのように気高く優しい声でもなく、純粋にその他の声ではなく「個」として認めたくなるような声。
さすがにこの声なら一日聞いていても飽きないと感じてしまう。
ちがう、そんなことではなくて質問の内容だ。
喧嘩腰の男に襲われそうになったから助けを求めてきたはずの女の子の口から相手を庇うような発言が出たことに驚いたのだ。
なんでも何も攻撃的な声や態度を見なかったのかと問いかける。
「まあ、世間一般的に言うなら怖いのかも」
「お前から見たら違うのか?」
「ううん、怖いって感じたよ? でもあの人が怖い見た目をしているのは弱い自分を隠すためだから、逆に皆から距離を置かれて悲しいと思ったんだよね。本当はみんなも普通に接してほしいって」
それこそ個人的な考えの押しつけだ。
もし彼が見た目通りの凶悪な男だったりしたら自分から近づいてくる女の子なんて罠に自ら入ってきた獲物でしかない。
だから人は意味もなく他人と関わらない。
他人と関わるのは必要があるか理由があるときだけ。
そうして自衛していかなければ誰が、どんなタイミングで自分を裏切るのかも分からない。
少なくとも自分なら彼に近寄ろうとは思わない。
ましてや力の弱い少女が体格で敵いそうにもない相手に近づくのは些か無用心がすぎるのではないだろうか。
善人だと言いたい彼女の優しさを否定するつもりはないが……。
「それにしてもキミは不思議な人だね。初めて会った女の子を疑いもせず助けて、反論されたのに最後まで気にかけてくれる。もしかしてキミも愛に植えた獣さん?」
「ちがう、犬はノエルの!」
奪われると思ったのかノエルが自分の腕を抱きしめながら少女の言葉を否定する。
あまり迂闊に体を密着させないでほしかった。
少し前に「感じたものを抑え込むこと」を禁止されているからノエルが何も考えずに抱きついてくると柔らかさに反応しやすくなっていて戸惑うのだ。
そもそも後ろの少女も何故か離れてくれない。
自分は背中に自分にはない感触を感じていて気が気ではない。
「そうなんだ。ざ〜んねん、小さい子が好きなら相手にしてくれないよね」
「べ、別に小さいのが好きなわけではない。語弊があるから止めろ」
「そうなの? じゃあ、まだチャンスあったりするの?」
「えっと、背中に押し付けないでもらいたいんだが……」
何のチャンスなのか分からないし挑発するようなことをする意味も分からない。
いや、もしかしたら始めから襲われるのが目的の変態?
こんな声をした少女がそういう趣味を持っているのだとすればショックだが……。
「これだけ意識してくれたら十分かな。また会うことがあったらよろしくね。二人きりで会えるならキミのお願い聞いてあげるから」
「ちょっ……!」
背中から感触が離れたのに気づいて振り向くと既に声の主と思しき少女は姿を消していた。
自分の隣りにいたノエルに視線を向けるが首を左右に振られる。
こんなに近くにいたのに見てないとか役に立たないにも程があると思うが、それは船酔いしていた自分も同じなのでぐっと堪える。
そもそもノエルはいいとしてレインはどこに消えたのだろう。
きょろきょろと探していると先程の男が消えていった方からレインが帰ってくる。
「どうしたんだ?」
「さっきの男、納得いってなさそうだったから他の人に八つ当たりしてないのか確認をしてたのよ。まあ、暴れそうになかったから放置して戻ってきたけど。で? なんでノエルさんは子犬ちゃんにベタベタしてるわけ?」
「ノエル成分を犬に充電中」
まったく意味が分からない。
不足した覚えもないし謎の成分を勝手に充電されても困る。
さすがにレインも何を言ってるのか分からないという顔をしているし、周囲からの視線も痛いので目につくような行動は控えてもらいたいが……。
レインは自分達の周りを見て先程の少女がいなくなっていることに気がつくと残念そうにしていた。
知り合いだったのだろうか。
「さっきの子なら少し話して居なくなったぞ。知り合いか?」
「いや、ちょっと気になることがあったから聞きたかっただけなの。居なくなっちゃったなら仕方ないわね。あと三十分くらいでルークステラ港に到着するらしいから船を降りる準備をしましょ?」
そうは言われても荷物の大半はノエルが全て『収納』しているから別に忘れ物になるようなものはない。
しいて言うならノエルを置き去りにしないように気をつけるくらいだ。
景色を楽しもうとして逸れる可能性があるからな。
――ルークステラ港。
レインに届いた招待状。
それは普段なら忙しくて会うことができない『月光のミィちゃん』が確実に会える日時と場所を指定したもの。しかも旅費や宿泊場所も確保済みというおまけ付きの最高待遇。
不思議に思わないだろうか。
滅多に会うことができないほどの有名人がレイン個人宛に招待状を出すなんて、ありえるのか?
これが抽選形式ならありえるだろう。
ただ、船の中に同じ目的の者がほとんど居なかったことを考えると抽選とは考えにくい。
つまりレインは特別枠として招かれた。
その理由はルークステラ港に到着した時に判明する。
「レインちゃん! 来てくれてありがと〜!」
「ううん、あたしも会えて嬉しいから」
旧知の仲、ということらしい。
そもそもミィとやらはレインと瓜二つの顔をしている。もはや髪型と服装を同じにしたら区別がつかないレベルだ。
ミィの髪は肩ほどまでの長さであり、高めの位置に左右で短く結んでいる。
身につけている服に関しても白を基調としたふわふわした感じの衣服を身に着けているので、黒を基調としたレインとは対象的だ。
他は翼があったり口を開けば小さな牙が見えたりという身体的特徴くらいが確認できる。
まあ、要するにレインと同族ということだ。
自分はむしろ他のことが気になっていた。
匂いが船の中であった少女と同じなのだ。
「キミが噂で聞いてたわんちゃん! ん〜可愛くて癒やされる〜」
「ちょっ、おい!」
レインとハグしていたのにそれが終わると今度は自分に正面から抱きついてきたので動揺してしまう。
人気があると言われている者が気安く他人に抱きついていいのだろうか。それだけで軽く騒ぎを起こしてしまいそうな感じだが周りは誰一人として自分達に注目していない。
意外と想像していたよりも限定的な人気なのか?
それよりもう少し遠慮してほしい。
船の中でも後ろからとはいえ胸を押し付けられていたから複雑な気持ちになったというのにここでもまた押し付けられるとは思っていなかった。
ただ、おかげでもう一つの違和感にも気がついてしまった。
「お前、船で会わな――」
「無抵抗でモフらせてくれるわんちゃんなんて居ないから嬉しいよ〜」
「おい、話を」
「野暮なことは聞かないんだよ、わんちゃん」
明確に言葉を遮られた上に小声で意味深なことを言われた。
二人きりで会えるなら、と船でも言っていたことを考えるにノエル達に内緒にしておいてほしい理由でもあるのだろう。
別にミィから嫌な感じはしないから信じてもいいはずだ。
「ミィはアイドル的な存在とかレインから聞いたんだが、こんな大胆なことしてていいのか?」
「ミィちゃん、って呼んでほしいな〜」
「………………」
「ま、慣れてからでもいいかな。ただの『認識阻害』の応用だよ。間違いなくここにミィちゃんは存在してるけどミィちゃんが意識を向けた相手以外にはミィちゃんだって認識できなくなるんだ〜」
平然と言ってのけたが簡単なことではないと思う。
一般的に『認識阻害』と言われれば姿を晦ます程度の魔法であり、十分な魔力を保有していて技術がそれなりに身についている者が使用してやっと触れられても空気のように通り抜けることができる領域に達する。
もちろん姿は残して他人に気づかれにくくするという使い方もある。
ただし、ごく一部の対象からは視認できて、その他大勢からは気にされることのない状態なんて半端なことはできない。
魔法において対象は単体か全体か範囲という括りが一般的。
複数を指名して、ともなると並の技術力と集中力では不可能だ。
故に何年経っても透明になれる道具や能力が重宝される。
このミィという吸血鬼はそれを平然とやってのけた。他人とじゃれ合いながらも常に『認識阻害』を展開している。
さすがに何らかの条件が……。
ふと船の甲板であった出来事を思い出した。
確証は無かったがミィに答え合わせをする。
「お前がミィだって最初から意識していたら分かるってことか?」
「お利口さんなんだね。どうしてそう思ったのかな?」
「個人を指定して『認識阻害』を使う場合は条件の紐付けが明確じゃないといけない。その条件が顔を見てミィだと気づいたらだと大半の奴が分かるはずだ。声も顔も印象に残りやすい。だから声とか顔も関係なく瞬間的にミィだと意識できる者って面倒な設定をしてる。レインは同族だから気が付かないはずがないし俺は匂いに敏感だ。一度でも嗅いでたら反応する。ノエルはそもそも偽証とかが通じない部類だから」
そういう理屈なら可能だ。
レインが他人ではないことは確定しているし、それなら同族で知り合いなら近い関係性があると認められて意識しやすい。
自分は船で一度、ミィと会っていて近くに居たから匂いも記憶されている。あとは背中に押し付けられた胸の柔らかさが抱きつかれた時に押し付けられたものと一致するというのも一つ。
ノエルは神様だから化かすことはできない。
ここにいる三人が全員ともミィのことをそれと理解している。
他の者達はミィのことを知っているだろうし熱狂的な信者もいるだろうが触れ合ったこともなければ自分ほど匂いや感触に過敏に反応することもない。
故に意識しないのだ。
間違っていなかったのかミィは頭を撫でてくれる。
それをノエルがものすごい殺意の込められた目で見上げていたが気にしないでおく。
自分がそうしてほしいと望んだわけではない。
「ミィちゃんのスゴさに惚れちゃった? むしろ惚れちゃっていいんだよ?」
「勝手に誘惑しないの! まったく、隙あらば誰でも誘惑するんだから」
「レイン、それよりも詳しい説明を受けてないんだが、このままだとノエルがミィに噛みつきかねない」
ノエルのこともあるけど他にも理由はある。
自分達を誘ったレインの言葉を思い出していると引っかかることがある。
可愛いのも分かる。声が印象に残るのも否定しない。
ただ、身内の吸血鬼をアイドルだのなんだのと囃し立てるのは見ていて微妙な気持ちになるというか、信憑性を疑ってしまう。
自分の家族的な立ち位置にいるミィを溺愛しているだけなのでは、と。
ノエルが敵意を覚えるのは仕方ないと言える。
単純に知らない者が増えたのではなく好敵手とも呼ぶべき相手が連れてきた相手側の身内だ。簡単に気を許すことはできないだろう。
レインはミィに話してもいいか確認するように視線を向けたが、彼女はレインの口から説明されるより先に自分のことを話し始めた。
「ミィちゃんは後天性のプロトタイプなんだよ?」
「後天性?」
ノエルに視線を向けると否定が返ってくる。
つまり記憶を失う前の自分も遭遇したことのない新しい事例であるという意味だ。
プロトタイプとは人為的に耐え難い苦痛を与えることで人為的に神格を持つ者と繋がりを持たせて彼らから力を授かる実験で生まれた者達。言うなれば全てが後天的と言えば後天的とも言える存在だ。
それをわざわざ「後天性」と形容したということは、ミィは他のプロトタイプと別物だと主張している。
必要な権能を持った者が生まれたのか、それとも数が揃えば良かったのか分からないが彼らの実験は終わった。
試験的に作られた劣化品でも時間をかければいつの間にか優れた権能を扱える完全体になると分かっていた彼らは新たに生み出す必要性を感じていない。
今さら作ったのがミィ、という訳でもないだろう。
ならぱ、本当の意味で後天性のプロトタイプ?
「なんとですね、わたくしミィちゃんは『夜』を司る方から権能を授かっちゃってるんだよ」
「嫌な予感がする」
「ミィちゃんは『みんなの願いを叶える』ことができるの♪ すごいと思わない?」
ノエルの耳を塞ごうと構えていたが普通の権能だったらしくて安心した。
ミィの口から『夜』を司る者と聞いた時にノエルのような者に聞かせてはならない発言がされるのではと警戒してしまったのだ。
一応、レインもミィも吸血姫だし、そういう種族ではある。自分達にとってはしょうもない微妙なものでも、彼女達のとっては意味のある重要な権能を与えられたと考えている可能性もある。
その予想が良い方向に外れた訳だ。
「ミィの権能、おかしい気がする」
「ノエル?」
「だってプロトタイプの権能は彼らの願いを叶えるための権能だから他人の願いを叶えるなんて権能が存在するはずがない」
たしかに違和感を感じる。
誰かの願いを叶えたいなんて、むしろミィの考え方が権能を与える側の考え方をしている。それがミイの本心だとするなら彼女にとって吸血鬼という種族は生きづらい種族という意味に他ならない。
ノエルはそういった違和感に勘づいたのだ。
ただ、単に違和感と言っても悪い方か良い方か分からない。
その辺の精査をするのか自分の役目か?
犬という立場上、直感的に相手が敵か味方かの判断をすることができて、それはわりと信頼性が高い。相手がそういう特性を隠匿するタイプの権能持ちでもなければ信じてもいいものだろう。
レインがあえて紹介しようとしたのだから敵ではないだろうが……。
疑いの目を向けていたのに気がついたのかミィ慌てて弁明しようとした。
「ミィちゃん実は見栄張っただけなの! そんなすごくないよ!」
「気を悪くしないでほしいんだが、ミィからは強い者が発する雰囲気のようなものは感じられないし、そういう匂いもしない。実力で長く生き抜いた奴は特別な匂いがするものだし、弱くとも相手を殺すことで自分を守ってきた者は血生臭いのが普通だ。それがない」
「そこまで分析できちゃうの?」
「比較対象が隣りにいるし」
そう、一番わかり易い比較対象がミィの隣にいる。
あまり多くの吸血姫と出会ったことのない自分から見ても間違いなく上だと言える実力を持ち、風格もある者。
レインと比較すればミィが強い訳でも狡猾な訳でもないことくらいは判断できる。嗅覚という情報からもミィは物理的に強い存在という分析結果は得られていない。
ただ他よりも目立ちすぎてしまうだけの可愛い女の子。
それが自分の見解だ。
「元々が強くなくて、与えられた権能も戦うためのものじゃないならミィはそこまで警戒しなくていい。特殊系の権能なら概要くらいは聞いておきたいけどな」
「もちろん! ミィちゃんのこともっと知って? もっと好きになってほしいから! キミが知りたいことなら何でも教えてあげる! あっ、年齢とスリーサイズが知りたいなら他の人がいない時にお願いね? ミィちゃんの極秘ステータスなの」
「ああ、聞かないから大丈夫だ」
聞いたら隣のノエルが黙ってないからな。
むしろくだらないことを聞いている余裕なんてない。ミィからしか聞くことのできない情報がいくつもあるのだから他のことに感けていたら時間が勿体ない。
敵意もないのだから仲良くなるのは聞くことを聞いてからでも良いだろう……。




