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偽物でも許されたい  作者: 厚狭川五和
『願いを叶える者』ミーティアス
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ガルムBD「お返し」

「犬、欲しいもの言って」


 唐突に投げかけられた問いに自分は答えられず、窓から外を眺めるノエルに目を向ける。

 欲しいものと言われても咄嗟には浮かばない。

 それに何か特別な理由があるなら普通の消耗するものを求めるのも勿体ないような気はするし、逆に何か不足しているものがないか聞いているだけなら贅沢な回答をすると怒られてしまいそうだったから、自分はそれがどちらか分からない以上は答えられそうになかった。

 欲しいもの、か。

 改めて考えると自分から欲しいものをねだったことなんて数えるほどしかないかもしれない。

 何か必要なら自分で入手すればいいから余計に誰かに求める理由も無かったから。

 とりあえずどの程度のものかくらいは確認しておこうとノエルに対していくつか質問する。


「なんでもいいのか?」

「極端に手に入らないものとかじゃないなら」

「ノエルの穿いてたものとかでも?」

「そんなもの欲しい、って犬って底なしの変態だね」

「…………冗談だ」


 今の質問でそれなりに範囲は分かった。

 極端に手に入らないものでなければいい、ということは割と過大なものを頼んでも問題ないという意味だ。どうにかして入手可能なものならば自分が「欲しい」と言ったならどうにかしようというノエルの気持ちが伝わってきている。

 無茶な要求でも有効なのか確認するためにした質問も罵りながらも肯定とも捉えられる答えが返ってきた。

 故に疑問が深まってしまう。

 大切な祝い事でもあったのだろうか。

 もしかしてノエルと出会った記念日とかなら忘れていると思われれば大きく傷つけてしまうかもしれない。

 どうにかして思い出すか当たりを見つけるしかない。

 いや、そんな考えすらも本当ならノエルに筒抜けになってしまっているはずなのにノエルは何も言ってこない。

 試されているのか?

 ノエルは外を見るのをやめて自分の方を見る。


「ほんとに何でもいいよ? ん、もしかして冗談じゃなくて本当にほしいの?」

「その蔑むような目をやめろ。ノエルがくれるものなら何でも嬉しいってことだ。まあ、本当にもらえるなら割と喜ぶかもしれないけど」

「……尻尾振るの止めて。なんか、ノエルよりノエルのぱんつの方がいいって言われてるみたいで傷つく」

「そ、そんなことない。ただ、ノエルが居ない時にノエルを感じられるものがあったらずっと一緒に居るように感じられると思って……」


 それはそうとして自分でもどうかと思う。大好きな女の子からするお気に入りの匂いを本人が居なくても嗅いでいたいからって抜け殻を使おうとしているなんて最低だ。

 ノエルはそれを割とプラス方面に考えてくれたらしい。

 複雑な気持ちを抑えながら腰元に手を当ててまさに今現在穿いていたものを下げると片足ずつ上げて脱いだものを差し出してくる。

 目の前にノエル本人以上に彼女の匂いがするものがある。

 この状況だけで鼓動が早まってしまう。

 さすがにぶんどる勢いでノエルからそれを貰いたいという本心があったがそれをしてしまうと本当に変態呼ばわりされてしまうのでやってはいけない。

 しかし、本能的に抗えるものでもない。

 がっついてしまわないように意識していても我慢できずに匂いを嗅いでしまう。

 それを見てノエルは手を引っ込めた。


「やっぱ他のものにする。犬をぱんつ好きの変態にしたくない」

「なら一緒に買いに行こう。欲しいもの思い浮かばないから見て選ぶ。それにお店に並んでるものなら()()()()()()になるだろ?」

「…………それだと普段と変わらない気がする」


 ノエルは今日の贈り物を特別感のあるものにしたいらしい。

 彼女は「普段と変わらない」と言ったがノエルが自分に何かを買ってくれるという行為自体は今までほとんど無かった。基本的に物を与えるのではなく「自身」を与えようとしてくる傾向だ。

 それでも自分にとってはありがたく受け取れるご褒美に違いない。

 ただ、それではいつもと変わらない。

 ノエルは微妙な反応をしていても自分にとってはノエルに選んでもらうことが特別なことだ。



 ノエルと二人で街に出て露店を見て回る。

 珍しい食べ物や服飾やら色々と並んでいたが興味のあるものはそんなに無かった。

 さすがに全てを素通りするのはまずいかと思い立ち寄った露店で並べられていた小振りのナイフを手に取る。

 ナイフと言っても用途は多い。戦闘では近接にも遠距離にも使えるし、普段遣いでも爪を研いで身なりを整えるためにも使える。狩りで捕まえた獲物の解体も小さいものであれば可能だし、調理にだって使える。

 ただ、自分がナイフを見ているとノエルは悲しそうな顔をしていた。

 彼女は色々なことに使えると知っているが、それでも危険なことに使うものだという印象が強かったのだろう。

 まだ戦うことに固執していると思っている。


「ニムルの手伝いができるかな、って思ったんだが止めておくか。手伝うって言ってもニムルは仕事を取られると思って怒るしな」

「必要なら欲しいんじゃないの?」

「料理はニムルがやってくれるし、狩りはそもそも得意じゃないから。それに爪を研ぎたければノエルがやってくれるから俺にこれは必要ない」


 安心してくれたのかノエルは悲しそうな顔をするのをやめた。

 しかし、そろそろ露店の店主がキレそうだ。

 真剣に見てたから買うと思ったのに必要ないと言われた挙げ句、店の前でイチャつかれたら堪ったものではない。

 さっさと逃げてしまおうと思っているとノエルが動く様子ではなかった。

 何かに目星をつけているのかと思い視線をなぞる。


「首輪?」

「犬が嫌じゃないなら付けてあげようかな、って」

「別に、嫌ではないけど……いいのか? けっこう良い値段する首輪だぞ?」


 自分が確認している間にノエルは店主にお金を渡して首輪を受け取っていた。

 まだ「嫌ではない」と言ったくらいの時点で買っていた。

 そこまで首輪を付けたかったのだろうか。


「首輪って服従とか、束縛とか、あまり良いイメージないかもしれないけどノエルにとっては大切なもの。良くないイメージがあるものは付けられるのを嫌がるはずで、逆にそれを受け入れてくれるってことは信頼関係が成立してるってこと。縛るつもりで付けたんじゃないって信じてもらえてるってこと」


 ノエルはそう言いながら自分の首に手を回して首輪を装着する。

 服從、束縛という単語を聞いてもなお抵抗はない。

 この首輪に込められた想いは親愛。もしくは大切。

 それに対して自分が返すべき想いは信頼。

 やましい理由のない贈り物を受け入れることで彼女にそれを伝えられるのなら願ってもない話だ。

 鏡に映る自分には装飾の少ない代わりにちゃんとした革を使った首輪がある。


「嬉しい?」

「もちろん! 犬が着飾ることができる唯一と言ってもいいものが首輪だ。こんなに贅沢なものを貰えて嬉しくないはずがないだろ」

「そうだね。レインがくれた服を交換するのは可哀想だけど首輪だけなら許してくれるかな」

「用が済んだならどっかいけ! いつまでウチの店を妨害するつもりだ!」


 こんな良い品を買った客に対して何たる口ぶりかとも思ったが、店先でイチャイチャされれば怒るのが普通か。

 自分はノエルの手を取って店を後にする。


「ノエルは? 欲しい物、ないのか?」

「ううん、ノエルはいつも貰ってるから。それに今日は犬の特別な日だから」

「俺の? 何の記念日だ?」


 ノエルははっきりと答えない。

 明確に決まっていないのか「とにかく特別な日なの」と濁される。

 一方的に何かをもらう一日。渡した相手が嬉しそうならそんな一日もあってていいのかもしれない。


「ノエル」

「…………?」

「好きだ。ノエルのこと神様でも、飼い主でも、恋人でも、どんなふうに捉えても俺は幸せだと感じられる。ありがとう」

「ッ! せっかく犬のために考えたのに意味ない」


 ノエルは犬一匹から向けられた気持ち程度で贈り物に対するお返しに十分だったのか顔を真っ赤にして立ち止まった。

 意味ないことはない。

 お互いに与え合って幸せというものが一つ増えたなら意味のあった行動になる。

 自分もたまにはノエルに贈り物をあげようかな、と考えながら彼女を抱えて家に帰るのだった。

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