第5話「協力者」
「…………」
「むー……」
誰か、この気まずい空気から俺を救ってくれませんか?
無言でいるだけで重くなっていくのは分かっていたが何か言葉を返そうにも火に油を注ぐようなものとしか思えず、よって状況はこの飽和状態にあった。
せめてテイムが強気に出てくれたらな〜、なんて。
無理だな。
俺が視線を向けると縛られているテイムは目線をそらす。
何でこうなったのかというと、話は少し前に戻る。
――状況の理解のために移動した応接室にて。
「じゃあ、その人は犬が初めて発情した人なんだ」
まずはフィアが事情を話すと言って色々と、あった事もない事も話したせいでノエルから出た第一声が恐ろしい言葉だった。
というのも、どこで出会ったとか、何でそこにいたかは良かったが俺がフィアの胸に触った件もまるまる説明しやがったんだ。
たしかにキレイだとは思ったさ。
事故とはいえ触れて喜んだりもしたさ。
でも発情なんて俺のことを何も知らない人間ふた……人間と神様には言われたくない。
「あのな! 発情っていうのはもっとこう神秘的なものなんだよ!」
「へえ?」←神様本人
「そういうものですか」←神様を信仰する人
「少しくらい聞く耳持てよ」
いや、今のは俺が悪かった。
神様とそれを信仰する人間に対して神秘だのどうだと語ったところで胡散臭い言い訳にしか聞こえないのは分かっていたはずだ。
けど俺にも誇りはある!
年がら年中発情しているのではなく本当にキレイでこの女を孕ませたいな〜と思った女にしか反応できないと主張しなくてはならない!
「必死になるなら犬は過去にも発情してたんだ」
「みたいですね。この分だと女性を見かけたら発情してますね」
「…………っ!」
「あんたら兄貴を馬鹿にするなっす!」
おお、テイム!
お前だけが俺の味方だよ。
「兄貴はあんたらなんかじゃピクリともしねえっすよ!」
「テイム……」
失望したよ。
お前だけはよき理解者だと思っていたが発言のタイミングだけは考えてくれないと俺はより発言権を失うんだぞ?
「説明、とは言いましたが口を挟まれては進みません。テイムは縛っておきましょうか」
「賛成。虎はうるさい」
「なっ、お前らが俺をどうにかでき……ぶべっ!」
キレる気持ちも分からないでもないが守る側としては神様に掴みかかろうとした男を止めないわけにはいかない。
軽く裏拳だけで済ませてやったんだから許してくれ。
と、ノエルが俺の方を見ている。
なんだ褒めてくれるのか、と期待して尻尾なんか振って待っていると渡されたのはご褒美ではなく縄だった。
「虎を縛っておいて」
「ノエルさん?」
「女の子が虎を縛ったら問題になる。だから犬が縛って」
テイム本当にごめんな!
でもノエルの言う通り過ぎてやるしかないんだ。
お前が変なことを口走るから黙らせなきゃいけないし、たまたま俺に被害が及ぶような発言だったからノエルの提案に抵抗がなくなってしまったんだよ。
安心しろ、お前が苦しまないように縛ってやる。
「あなたは知らなかったみたいですね。こちらの女の子は知っているのに」
「ううん、ノエルが教えなかった。教えて勘違いされたらいやだ」
「なんの話だ?」
「犬の【試作品】についてです」
犬の【試作品】って俺のこと……ていうか知ってたのか?
俺はフィアにもノエルにもこの事実を告げた記憶は無いし、他にも犬の【試作品】がいるなんて話は聞いたことがない。
じゃあ、ノエルは俺の痛いところを知らないふりをして今まで……?
地味に嬉しいことしてくれるんだな。
自然と尻尾を振ってしまう。さっきの命令されたからとかではなく、今回は普通にそういう気持ちで胸がいっぱいだ。
と、俺が幸せな気持ちになっているとフィアが尻尾を指で示した。
「犬の【試作品】は感情豊かに作られています。嘘は驚くほどに下手で考えていることが素直に表してしまう」
「べ、別に嬉しいと思うのは自由だろ!」
「あなたは本当に嬉しいだけですか?」
「何言ってるんだ」
「ただの犬ならそうだったかもしれません。あなたはただの犬ではなく【試作品】という別物だということを忘れてます」
そうだった。
戦争の道具だ何だと言われたくらいの【試作品】である俺が単に犬のようにご主人様に甘えているだけでは何の役にも立たない。
なら、初めからそういう感情は捨てられる。
つまりノエルに感じた気持ちもすべて偽物なのか?
今度はどうしようもない悲しみによって尻尾は垂れ下がってしまう。
「犬は人に懐くし女性も愛でる。つまり辛いとき、悲しい時に共感して慰めようとしたり元気づけるために自分という愛らしいものを擦り付ける犬はとても都合のいい生き物です」
「おい、フィア。それは……」
「犬の【試作品】は他の個体と同様に個々へ特殊な力を与えられていながらもう一つの重大な役割を与えられた生物兵器ですよ」
俺は怖くなって耳を塞いだ。
フィアの言葉が現実そのものだと分かっているけど、自分という存在を認めるのが怖くて目を逸らそうとした。
でも、この体も大抵は残酷だ。
せっかく耳を塞いでも聞こえてしまった。
犬の【試作品】は敵の女性を孕ませ戦意喪失させる道具、と。
「嘘だ……そんなの」
「現に隣の国では対立中の国との争いで傷ついた犬の【試作品】が捕虜となり、それを可哀想だと思い世話をしていた召使いが犯され、その後も次々と関わった女性が彼の子供を孕まされてます。そうして戦意喪失した国は自ら敗北を宣言したわけです」
「…………」
「つまり犬の【試作品】は女性を見ると発情します。犬の方は無自覚で、発情すると同時に女性に対して自分と同じような発情の状態にするための匂いを発し、ということです」
じゃあ俺は今までも自分が知らないだけでそんなことをしていたのか?
俺のことを作った奴等から逃げだせば、戦場から離れれば【試作品】としての罪を増やさずに済むと考えていたのに、逆にあちこちで被害者になりかねない人々を作っていたと、そういうことなのか?
ひどいじゃないか。
あの場に残っても大量殺戮者の化け物。
どこかへ逃げても概ね奴らの目的通りに動く生物兵器。
こんな男……生きていたら駄目なんだ。
「落ち着いて、犬。呼吸が荒い」
「ノエ、ル……?」
「犬はとても恐ろしいことを考えた。でも、それをしたらノエルは寂しい」
「っ……!」
俺がいなくなったら、ノエルが一人に?
馬鹿なのか俺は。無責任にもほどがあるだろうがよ。
ほんと、あの人間が言ってたみたいに拾ったから気分で名前をつけて面倒になったら全て投げ出して死のうって魂胆じゃないか。
どう足掻いても俺は最低な男に変わりはないんだな。
俺はノエルに近づき、ノエルは俺の頭を小さい胸にしっかり抱きしめる。
何かお互いに示したわけでもなく、ただ二人とも暗黙の了解というやつで分かり合っているからかもしれない。
俺は最低な男だ。そして弱い男だ。
こんな小さな胸でも借りて泣いてなきゃ生きていけないなんて救いようが無い。
「ノエル、申し訳ありません。あなたの犬に少し言い過ぎました」
「もう少しだけ言葉を選んであげて。犬は、強がりだけど繊細で、とても傷つきやすい。子供みたい」
「こども、じゃない……」
「犬もフィアの言葉を真に受けすぎ。犬の【試作品】について言っていることは本当のこと。教会の人間が私にくれていた祈りの中にもそんな情報はあったから」
「なら、俺も同じだろ?」
「大丈夫。犬はお利口さん」
ノエルはまた俺の頭を撫でてくれる。
本当は俺が守ってやらなきゃいけない側だし、伴侶というからには対等な立場である俺がこう考えるのはおかしいのかもしれないが母親のような優しさだった。
「犬は一方的に好きになるだけ。発情してるけど本来の【試作品】みたいに他の女の子をそういう気持ちにさせてない」
「……え?」
「だってノエルは犬のこと本当に優しいヒトだと思ったから名前を付けてもらったし、フィアも話してたみたいにはなってない」
言われてみれば、たしかに。
ノエルはまだ子供だったからという可能性はある。幼いから女という認識ではないから俺が誘おうとしなかったのかもしれないし、逆にノエル側がそういう匂いに反応しなかったのかもしれない。
ただ、フィアはどうなんだろう。
単に俺に興味がないのか……それとも。
「年増?」
「失礼な犬ですね。去勢しますよ」
「ならノエルが言ってるのは本当なのか?」
「本当のことらしい。犬のことはノエルが自分で選んだ。犬は初対面の女の子をみんな好きになるけど、でもあくまで好き止まり。犬の好きは誰かに構ってもらいたい、撫でてもらいたいって、それだけ」
ノエルの発言は間違ってない。
俺は女の子を見るとどうしても撫でてほしいとか、自分を大切にしてほしいという気持ちが先走ってしまう。
どうしようもなく相手を好きになってしまう。
しかし、あくまで構ってほしいだけで相手を女としてどうにかしたいとかいう野蛮な考えは一切浮かんでこないのだ。
なら、俺は奴等の思い通りにはなってないんだな?
「じゃあノエルが言った発情って……」
「っ!」
突然ノエルがフィアを睨み始める。
そう、ここから初めの状況になったわけだ。
――冒頭に戻る。
さすがに何か言わないと気まずいな。
と、俺より先にノエルが口を開いた。
「犬は、胸がある方が好き?」
「無いよりはあった方が……って自分で聞いといて怒るなよ!」
「怒ってない」
いや、完全に怒ってる反応だよそれ。
要するに俺が最初に発情した女がフィアで、胸の大きいフィアが俺と仲良さげに話していたのが気に障ったのだろう。
と言っても仲良くはないけどな。
それに胸が大きい方が〜なんて言ったが触った時に感触が分かりやすいからってだけで色々考えたらノエルも需要はあると思うぞ。
「犬、フィアを舐めてきてもいいよ。もう気の済むまでフィアが失神するくらい」
「それはなんか嫌だ。いや、良いんだけど嫌だ」
「なんで」
「好きでもない女にそういうことするのはただの強姦と同じだ」
「ノエル、彼はあなたを考えて言ってると思います。子供みたいな我儘なんて言ってないで話を本題に戻しませんか」
「分かった。元はといえば教会の方から顔を出せと強引に呼び出してきた」
なんて事だ。今の今まで忘れていた。
俺たちが教会に来たのは主教に会うためでも、リーブスの件を聞くためでもなく呼び出されたからだったんだ。
しかも、呼び出したのはかなり下っ端の奴と見た。
そうでもなければ神様が教会まで足を運んでくれているのに挨拶の一つもしに来ないなんて無礼な行いはないはずだ。
「まあ、彼が何をしたのかは想像がつきます。しかし、説明も何もお二人の様子を見れば分かります」
「?」
「ノエル、あなたは彼を選んだんですね」
「そう。この犬を選んだ」
「では、彼には一言だけ警告しておきますか」
フィアは俺の方に視線を向けると溜め息を吐いてから無意味だろうけどみたいな言い回しで言い放つ。
「今ここでノエルを抱けないなら手を引きなさい」
「は、抱く?」
アナタガナニヲイッテイルノカヨクワカリマセン。
いや、待て考えろ。
フィアのことだから何も考えないでそんなことを言ったわけではなさそうだから少し俺が考えたら答えは見えるんじゃないか?
例えば神様にそんな考えを持っているなんて不埒だ〜とか。
もしくは普通に危険だから離れろって意味か。
こいつといるだけで教会の人間やら、それをよく思わない人間から命を狙われるのは確定したことなんだから、今なら手を引けるぞ的な。
でもな、俺はついさっきノエルに助けられたばかりなんだよ。
助けてもらうだけもらって何も返さないのは悪い。
「何も難しくはありません。ノエルを抱けと言っているんです」
「いや、意味が分かんねえよ。そういうのって思いつきでするようなことじゃないだろ」
「…………」
「あれだからな! 俺がヘタレだからとか、そういうわけじゃないからな! ノ、ノエルが俺にとって最初で最後の女の子だから、その……特別扱いしたいんだよ!」
正直、神様だとかいうのはどうでもいい。
大切なのはノエルが自分にとって生涯を考えたって一度っきりの彼女であり、お嫁さんであり、共に死んでいく女の子なんだ。
それを考えるなら簡単に「抱けと言われたのでやろう」などと言えるわけがない。
そうだろノエル?
「ど、どうしてもだめか? それならキ、キキ……キスくらいなら!」
「ふふっ、もういいです。理解しました」
「は、え?」
「ノエルのことを話している時だけ尻尾を大きく振っているんです。それを見ればあなたが簡単にはノエルを手放さないことは分かります」
「そ、そんなことないぞ!」
「隠せてませんよ。本当は自分でも隠してしまいたいくらい期待してますね。そんなに期待しているならすればいいのに」
「い、嫌に決まってるだろ!」
「犬、まっすぐ言われると傷つく」
そういう意味じゃない。
フィアの言う通りノエルとのそういう行為に期待して心が盛っているのは事実。尻尾も嘘は吐いてない。
けど、やっぱりあるだろ。
「ノエルと二人きりじゃないなんて嫌だ! 実験されてた時みたいで気持ち悪い」
「! あなたはその頃の記憶が残っているんですか」
「鮮明、ではないけど覚えてる」
本当に色々なことをされた。
手足を切断されて元に戻るか試されたり、炎で体を炙って灰にならないか、とか。
そういう非人道的な実験もされたし、何回か女を孕ませろと命令されたこともある。
俺はとにかく誰かに見られながら女を抱くのが怖くて、気持ち悪くて、どれだけ迫られても拒絶した。女の方から俺との行為を強制してきても絶対に俺みたいな化け物の子供が産まれないように萎えるようなことを考え続けた。
きっと、あれも犬の【試作品】としての力を試す実験だったんだろうな。
「ガルム、と呼ばれているあなたが何か、私は知ってます。原初の【試作品】00、与えられたのは《成長する者》という力」
「スプリガン?」
「体を大きくしたり小さくしたりする妖精の名前です。まあ、あえて大きくする方だけを意識して《成長する者》だそうです」
「いまいち実感がない」
俺は奴等から逃げて自分の意思がはっきりした頃にはもうこんな感じでテイムさえも大きいと感じるくらいの大きさだった。
故にいまいち成長って感じがしない。
だが、フィアは首を横に振って間違いだという。
実感がないのではなく、自分では気が付かないような変化だとでも言いたいのか?
「体に限らず、です。心も同じく成長する。そして、その成長という認識が犬の【試作品】と呼ばれる者たちの呪いからあなたを自由にしている力」
「成長の最中なら未成熟、故に子供」
「俺がまだ子供だから、発情できてない? じゃあノエルとそういうことしても子供ができることはないのか?」
「いえ、実際は大人です。大人ではありますが成長を続ける、つまりは終わりがない。終わりがないということは慌てて子孫を残す必要もなく、残す必要がないために無闇やたらに女性を発情させない」
「えっと、どういうこと?」
「犬はノエルにドキドキする?」
ノエルは俺の頭をまた胸に抑え込むように抱きしめて尋ねてくる。
小さいとはいえ存在しないわけではないから確実に俺の頭はそこからノエルの女の子らしさを感受しているわけで、それでドキドキしないわけがない。
ましてやノエルは俺の未来のお嫁さん。
そう考えただけで緊張する。
「……し、します」
「何で敬語になった。まあいい。ノエルに対してドキドキするなら犬はノエルに発情してるし、ノエルも犬からそういう感情が流れてくるから分かる」
「つまりガルムは子孫を残す必要に迫られた本能ではなく、純粋に女の子に恋をしています。そのような人間らしい考え方があなたに残っているのも原初、最初に作られた本当の意味での【試作品】だからと言えます」
つまり奴等の思い通りにならなかった【失敗作】ってことか。
じゃあ俺はわりと自分で思っていたよりは普通寄りの【試作品】であって気にしすぎるような心配はいらない、ってことでいいんだよな。
少しだけ、安心した。
「そんなガルムさんになら頼めます。ノエルを、どうか大切にしてください」
「ん……それは別にいいが、あれ? そういえばフィアとノエルは知り合いなのか?」
「知り合いというより保護者」
「保護者?」
「ノエルがこちらに降ろされる以前より面識がありました。私はノエルの言葉を周りに伝えるのが役目でしたから、こちらにノエルが来てからは保護者として身の回りの世話をする予定でした」
そういうことか。
さすがに教会もあれをしろこれをしろと神様に命令できるわけじゃないんだから神降ろしをするなりに後のことを考えていたんだな。
フィアは声を聞けたから色々と話を合わせておけた人間の一人。
故に神降ろしが失敗しても教会の人間は俺の場所を突き止め、そこにノエルがいるということまで知っていた、と。
おそらく共感覚的なものでしかなかったんだろうがな。
こちらに降りてからノエルの力は弱くなったと聞いたし。
「その、フィアの心配してるようなことは起こさないと思う」
「まあ臆病なあなたには無理ですか」
「お前な!」
「神様の声を聞く神官に手を上げるんですか? そのような者がノエルの隣を歩くなんて心配で仕方がありません」
「ぐぬぬ……!」
「犬、ノエルが許可する」
神様から許可が下りたならフィアに従う必要はないよな?
さっそく俺はフィアを勢いよく押し倒すとぐりぐりと自分の体を押し付ける。別に痛くはないだろうし頭を擦りつけてるだけだから犯罪的な絵面でもない。ノエルに止められるような心配もない。
「これでフィアはしばらくお嫁に行けないな」
「どういう意味ですか!」
「人間の男はお前が神官だと知っているから手を出さない。情報の行き届いてない獣人はお前が神官だと知らずに襲うかもしれなかったが俺の匂いがついたお前には手を出せなくなるからな」
「それ、安全になったという意味じゃないですか……」
「なんか言ったか?」
「何でもありません!」
「うぐっ!」
また鼻先を殴られた。人間の女はみんな犬の弱点だと知っているのか。
と、あまり距離感が近いとノエルが嫉妬しかねないし離れるのには丁度いいきっかけかもしれないな。
「ガルムさん、ノエルのことを頼みました」
「ん? おう、任された……って話の流れ的におかしくないか?」
「おかしくありません。私はノエルの言葉を聞ける唯一の人間なんですから二人と一緒に行っては何かあった時に助けを出せなくなります。あくまで私にできるのはガルムさんが探してる【試作品】の居場所を教えてあげるくらいです」
それ、結構重要だぞ。
というか居場所が分かるなら初めから俺に教えてくれれば片っ端から対処していったのに何で今更言うんだよ!
あの《屍使い》とかも場所が分かっていたならノエルは危ない目に遭わずに済んだのに。
「納得がいかない、という顔ですね」
「いや、もう初めて会った時からお前はそういう女だと思ってたから想像どおりで少しがっかりしてるだけだ」
「フィアは元々不思議な人」
「心外ですね。ノエルには言われたくありませんでしたが」
ノエルもまあ、変人だよな。
というか人じゃないんだから当たり前が通ると思ったら間違いなんだけどな。
「犬、フィアのことは放置して主教の言っていたリーブスをどうにかしよ?」
「あ、ああそうだったな」
リーブスは死に近づくと生まれ変わりのために女と子供を作して新たな人生を始める。
故に《種を遺す者》と呼ぶ。
リーブスという【試作品】は過去にも未来にも自分一人だということを自覚し、自分という種族を絶やさないように生まれ変わる。
今はその死に近づいている状態である、と。
女を与えて妊娠直後に諸とも殺せば少ないリスクで安全に始末できるとのことだったが俺とノエルはそれを拒んだ。
つまり、瀕死の獣と一騎打ち、か。
「主教に聞いた話だと地下牢の中にさらに下に降りる階段がある。そこを降りた先にリーブスは居る」
「これまた瀕死で血の気が多い奴をどうやって?」
「本能、らしい」
ああ、なるほどね。
やはり外敵から見を守るためには自分が優位に立てる地形を好む。たとえ満身創痍であろうと敵の視界に自分が映らないような暗所に隠れれば少なからず身の安全は保証されるから自然と光の入らない地下に逃げ込んだのか。
それに付け加え、おそらく女の匂いが染み付いた布か何かで誘い込んだのだろう。
瀕死の獣は危険だが本能に盲目的になりやすい。
俺はまあ、死にかけても理性を保てるくらいには女が怖いからな。
「じゃあ女好きの同胞の顔でも拝みに行きますか」
「…………うん」
俺はノエルを抱えあげると先程の地下牢へ戻るのだった。
ちなみにこの時、テイムのことは完全に忘れていて、縛られたままフィアの足元に転がったまま泣いていた。