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偽物でも許されたい  作者: 厚狭川五和
『正義と傲慢』テイマー(2章)
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第38話「自分にしかできないこと」

 何かを守るために「個」の力は時として無力となる。

 単に世界が量産された一つの生物によって溢れていたのなら、あるいは万人に同じような生活を強要されていたのなら平等な力で平等に戦うことができた。

 しかし、世の中はそう上手くは回らない。

 支配者層と呼ばれる神様や魔王、竜などの物語や信仰の中だけと呼ばれる存在は他の生物との間に圧倒的な力量の差を見せつけている。

 あくまで彼らは傍観者。そして調律する者。

 世界を揺るがすほどの大事を自らの手で押し進めることは許されない。

 つまり世界に直接的に干渉することが許されたのは彼らに到底及ぶことのない有象無象の大多数。

 その中でも進化する方向性で力の差は発生する。

 もっと言えば同じ種族でも狩りを行う雄と子を育む雌とでは当然ながら体の作りから違っている。

 それは、鍛錬や教育によって逆転することもある些細なもの。

 問題なのは自分がどれくらいの力を持っていて、誰になら勝てるのか。

 これは弱者にしか勝てないのなら弱者を選び狩るというものではない。

 誰にでも進化がある。成長がある。

 手の届く範囲がある。

 別に自分の隣か下にあるものでなければ勝てないなど決められていない。

 何故なら生物には手も足もある。

 形は違えど、それぞれに与えられたに得意とするものがある。

 人で言うなら知識、掴むことのできる手や大きな体をたったの二本で支えることのできる足。

 獣ならどんなに分厚い皮膚をも貫くような牙や爪。

 鳥なら誰も届かない空へと羽ばたくための翼。

 人は爪先で立ち、背を真っ直ぐにして高く手を伸ばして上を掴むことができるのなら這い上がることができる。

 逆に地に着いている足が何者かに掴まれたり、足元が不安定であれば簡単に崩されてしまう。

 それがすべての種に与えられた均衡。

 それを知り補えるかどうかが他の種と差をつける一つの道。



 ――ガルムの家から少し離れた場所にある森。


「ここなら被害も出ないし人目も少ないから大丈夫だろ」


 地面に腰を下ろした自分は他にも連れてきた面々に目を向けて溜め息を吐く。

 この場にいるのは自分とテイム、それから『拡張を望む者達(エクステンダー)』の三人だ。

 彼らの視線が一斉に自分へと向けられる。


「ご鞭撻の方、お願いするぜ」

「………………」


 どうしてこうなったのだろうか。

 ここへ来た経緯といえばダズロフの復興に伴い警備を手伝っていたグラグラが一時的に暇をもらったと自分の家に来たことから始まる。

 彼はそこで自分の権能には汎用性が無いと言い出した。

 先の戦いでは彼の重力操作に関する権能は作戦の上で役に立っていたが単体の権能として考えるならば決定打に欠けるのは明白。誰かを支援するような立ち回りはできるが主力として戦うには厳しいというのが現状だ。

 そして、エイルも同じく単体では力不足だと感じていた。

 彼女は視力と自らの羽を使った投擲能力において優れているものの自己防衛能力において著しく不安がある。

 遠距離で高火力を発揮するのは強みだが自衛ができないのは危険だと言える。

 ギガスに関しては能力を詳しく知らないが彼も同様の理由で不安があるらしい。

 そこで彼らは自分に協力を求めてきたのだ。

 自分の権能は『成長』であり戦闘向きではないというのに汎用性も高く色々な手段を考案できるという点でその術を『拡張を望む者達』にも教えてほしい、と。

 発端はエイルが聞いたテイムの言葉が原因。

 テイムに指導させようとも思ったが、彼の成長も自分が何か影響したと考えているのか三人は二人揃っての教鞭を求めてきたというのが最終的なところである。

 人目もなくある程度は開けていて的にできるものがある。

 この森はそういう意味では最高の訓練場だ。


「お、俺なんかが何を教えればいいんだ?」

「まずは権能に対して兄貴が考えてることでいいんじゃないっすか?」


 さすがに他人に教えるにしても同じ権能を持つ者ではないからどうしたものかと悩んでいたらテイムから助け舟が出された。

 自分にとって権能がどれほど便利で、どんな場面で使えないか。

 否が応でも弱点を認識しなくてはいけない場面がある。

 それを自分の場合は手探りにしている状態だが、それでも弱点があることを分かっているなら対策はいくらても取れる。

 彼らは、それをどの程度まで知っているのか尋ねるのは有りかもしれない。


「じゃあまず、お前らは自分の権能の強みと弱みについてどう思ってるのか聞いておきたい。正解なんてないから気負いしなくていい。例えば俺だったら生きるという意味では『成長』は強い権能だと思っているが戦闘においては使い勝手が悪い。肉弾戦において有利に使える盤面もあるが基本的には弱体化していても他の権能を使わせてもらった方が便利って感じだな」

「三人はどう思ってるっすか?」


 三人はそんなことでいいのか、と顔を見合わせる。

 たしかに権能のことをどう思っていようと能力が変わるわけではない。

 でも応用するならすべてを把握する必要があるのは事実だ。


「えっと、みんな知ってると思うけど僕は『重力操作』ができるぜ? ただ、何も対象が存在しない場所で変化させることはできなくて必ず僕が重いか軽いか考えられる物体や人物が『重力操作』の影響を受ける範囲内に存在する必要があるんだ。あと僕自身は軽くすることしかできないぜ」

「私は翼を『硬質化』させて刃として扱える。視力が元々良いから遠距離の敵を羽根の刃で仕留めるのが基本的な仕事よ。切れ味に関しては竜人の皮膚でも裂けることは確認済み。ただ、自分の意志に反して誰かが翼に触れようとした時点で『硬質化』してしまうから誤って仲間を傷つけてしまうことがあるわ」

「俺、強いやつ相手なら『反映』して、強くなる。でも、相手強いか分からない。女の子だったり、子供だったり、グラグラみたいに細身の男だったり、判別つかないと力使えない。弱いと思ったら弱体化するの欠点だ」


 グラグラとエイルの能力に関しては前回、共闘しているから把握していたが詳しい条件は初めて聞いた。

 まずグラグラの権能についてだ。

 彼の口振りから考えるに物体が存在さえすれば重いか軽いか認識してそれを操作することができるという意味合いなら、有ればグラグラ次第でどちらにも操作することが可能性ということだ。

 物があれば色々なことを試せる。

 逆に自分と敵しか存在しない場合敵を重くして動きを制限するのが限界。

 初めて会った時のことを考えるに意識が対象に向いている必要があるため、回避しようと思えば回避できてしまうのが難点だろう。

 演練すべき項目は割と単純だ。

 次にエイルだが有翼獣人の視力の高さと投擲物の相性は抜群と言える。

 この際、欠点を克服するよりも持ち味を活かして弱点を埋める方が効率がいいまである。

 問題なのは敵味方に関わらず傷つけてしまう翼だ。

 エイルを攻撃から回避させようとして突き飛ばそうにも前以外からだと翼に触れてしまい、うっかりで重症を負う可能性がある。

 こちらもまたエイル次第ではあるがどうにでもなるだろう。

 むしろ問題なのはギガスだ。

 強い相手には強く、弱い相手には弱くなるのであれば対策の取りようがない。

 彼がプロトタイプである以上は同等になることはできても相手以上の力を得ることはできないと考えるならば確実に勝つことのできないプロトタイプと言える。

 ギガスへ教えてやれることは考え方と作戦ぐらい、か。

 とりあえず三人から権能について聞けた所でテイムの権能について考えるか。


「自分の欠点が見えてるみたいだな。じゃあそれも踏まえてテイムの権能について考えるぞ」

「俺の権能は声を聞いている相手に単純な命令を実行させる権能っす。命令できる内容はその場ですぐに実行可能な単純なもので単体にしか効果が無いのが欠点っす」

「要するにテイムは複数人に囲まれてタコ殴りにされたら負ける。あとは単純命令だから戦闘中だとその場しのぎにしかならない」

「不便な権能。でもダズロフで見た時は自由度が高そうに見えたわ」


 そう、使い方さえ変えられるなら優秀な能力。

 他人を従わせるなら自分と相手の状況を考えて誰に何をさせれば状況を打破することができるかを一度に考えなければならず、いくら頭の回転が速い早いやつでも戦いながら考えて言葉にしないといけない分だけ不便だった。

 あとは自分も聞いた程度だからテイムから聞いた方がいい。

 自分に理解できるのはそこまでだ。


「声を聞いている者に命令を下せるなら自分自身も例外じゃないっす。自分に対しての命令なら目で見えているものを、頭に浮かんだことを即実行させる命令をすればいいから悩むこともないっす。ただ全てを口にしていたら敵に動きを読まれる可能性があるから確実に実行したい内容を命令して他は自分の意志でやるようにしてるっす」

「確実に実行したいってどんなことなんだ?」

「たとえばっすけどエイルが俺にナイフを投げて攻撃したとするっす。一本や二本なら早くても獣人の反応速度なら回避することも可能っすよね? でも一度にたくさん投げられたらいくら反応速度が高くても回避しきれないっす」

「あー、たしかに弾幕張られてるのに回避なんかできないのは分かる気がするぜ」


 自分でも無理だ。

 正直一方向からならどうにかできるかもしれないが二つ以上の方向から一度にさばききれない数の攻撃をされたら諦める他ない。

 たぶん『飽食還現(グロゥスリリース)』で一方向をどうにかしてそちらに回避するのが限界だ。


「そういう時に『避けろ』って自分に命令すれば一つ一つ避けるんじゃなくて確実に危険を回避できる方法を頭で考えるよりも早く行動できるっす」

「なるほどな。跳ねたり走ったり伏せたりを頭で考えるよりも()()()と一括りにして命令した方が早い。何より余計な思考をせずに行動できるから次の攻撃や防御に繋げやすいってことか」

「あの時の『防げ』という命令も振り向いて敵の位置を確認して剣を構えるまでの流れを完全に無視していたのはそういう原理……。でも、疑問が一つ残る」

「その後の『砕けろ』って命令っすか?」


 エイルがその時の状況を説明してくれた。

 敵からの攻撃を防いだ後、テイムは続けて攻撃を繰り出したという。

 その際に発した「砕けろ」という命令。その直後に敵の腕の甲殻へと大剣は打ち付けられ、それを砕いたという。

 単純な命令ではある。

 ただ「砕けろ」という命令は敵でもテイム自身でもなく、テイムが攻撃を当てた場所に対しての命令のように聞こえる。

 分かりやすく言うなら岩に拳をぶつけて「砕けろ」と命令したようなもの。

 これがテイム自身への命令なら「砕け」が正しい。

 テイムは天を仰ぎながら考えている。

 おそらく本人としても曖昧なものなのだろう。


「どちらかといえば『砕けろ』の方が確実だったんすよね〜。普通に考えて剣は切るためのものっすよね。だから剣を持ってる自分自身に『砕け』って命令しても自分の中で『おいおい、無理に決まってるだろ』って揺らいじゃうんすよ」

「なら『砕けろ』だとどんな感じなんだ?」

「この大剣はけっこう重いし硬いっす。ぶち当てたら『砕けろ』っていう願いが叶うかもしれないから思いっきりやれるっす」

「なるほどな。命令は命令でも『砕けてくれ』という希望的な命令か」

「そうっす。ただ、この命令の仕方は意志の強さが効果に反映されるから命令する時は『砕けてくれたらいいな』っていう甘いものじゃなくて『砕けてくれなきゃ困る』っていう強い意志の元で宣言する必要があるっす。迷ってると効果が薄れて失敗するっす」


 条件を考慮したとしてもテイムの権能は強力だ。

 それ故に我を忘れ『支配』という権能に溺れることで傲慢なプロトタイプになってしまうとレイスは考えていたのだろう。

 強い力は人間性を破壊する。

 テイムの『支配』は彼の皆を守りたいという優しい願いを蝕み守っているのだから好きにしていいという考えを植え付ける可能性があった。

 そうならなかったのはテイムの心が強いからだ。

 はっきり言って今の自分にはテイムの持つ心の強さが必要になる。

 簡単に飢餓に心を許して暴れてしまわないように気をつけなければ……。


「とりあえず俺の話は以上っす。みんなの権能も使い方、見方を変えてしまえば使い勝手も効力も変わるはずっすよ」

「俺の方で少し変わった使い方は考えたから説明する。ただギガスの権能はもう少し詳しく知らないと難しいから」

「こっちで模擬戦でもして試したらいいっすかね」

「あ、ああそうだな。そうしてくれると助かる」


 テイムの方からまともな意見が出てくるのが怖く感じられる。

 今までが頼りないと言いたい訳ではない。

 今日はいつも以上に積極的に意見を発しているし行動的だ。

 望ましい成長とも言えるが、あまり気負いすぎるのも良くない。

 人の心は少しずつ時間を経て成長していくもの。ほんの数時間、数日程度の時間で濃密な経験を積んだとしても変わるものではないし、仮に変わったのだとしてもその分だけ過酷な環境に晒されているのだから擦り減り方も尋常ではないだろう。

 しばらくはテイムのことも気にかけなければならなそうだ。

 とりあえずはグラグラとエイルの指導だ。

 ギガスについては模擬戦をしている間にテイムに調べてもらおう。


「何を教えてくれるんだ?」

「躾のなってない犬だな」


 グラグラは待てをさせられている犬のように自分の目の前でしゃがんで舌を出しながら尻尾を振っている。

 あまり焦らすと飛びかかってきそうだ。

 自分は近くに落ちていた小石をいくつかひろうとグラグラに見せる。


「これを重くすることはできるか?」

「無理だぜ? 大抵のものは考え方次第で重くできるけど小石はどういうふうに考えても軽いぜ。この小石が人を殺したとか言うなら話は別だけど」

「思わぬ事故で怪我人を出したくないから小石の方が都合良かったんだけどな。エイル、すまないが何本か羽根を貸してくれ」

「こういうことか?」

「察しが良くて助かる」


 エイルは自分の翼から数枚の羽根を抜いて刃となったものを手渡してくる。

 小石が軽いなら羽根はもっと軽い。これから試そうとしていることはどちらかといえば重いものの方がやりやすいので羽根より刃の方がいい。

 真面目にやらなければ怪我をする。

 それだけでも()()としては十分だ。


「グラグラ、お前には判断力が必要だ。何を対象に『重力操作』をするのか、対象を重くするべきか軽くするべきか。それを考えろ。あと範囲もな」

「は、範囲も?」

「そうだ。最大範囲は把握してるだろ? 全部を最大でやったら仲間を巻き込む可能性があるのは分かるはずだ。だから必要な範囲でやるんだ。味方が近いなら小さく、動きの早い敵に使うなら範囲を広くしないと簡単に抜け出される」

「ちゃんと考えて使わなきゃいけないのは分かったぜ。でも、そのナイフは何に使うつもりなんだ?」

「特訓に決まってるだろ……!」


 自分は空を観察し視界に映った鳥を目掛けて刃を投擲する。

 当てるつもりはない。当ててしまえば鳥と刃は一緒に落ちてきてしまうから訓練の意味がない。

 グラグラは困惑していたが意図を理解している。

 刃が飛んでいった方に視線を向けて集中し手をかざす。彼が『重力操作』の対象として選んだのは投擲された刃だ。

 金属質の羽根はそれだけでも重いが人の命を奪うことができる凶器。軽々しく扱っていいものではないとグラグラが認識しているのならば十倍やそこらの重さではないだろう。

 人の命は何よりも重いのだから。

 自分の想像通り、グラグラの『重力操作』は鳥のすぐ近くを通過したタイミングで刃の周囲に効果を発揮し、効果範囲に巻き込まれた鳥は急に体が空を飛んでいられないほどの重さになったことで落下した。

 再び飛び上がろうにも混乱していて上手く飛べず地面に落ちたようだ。


「こ、これでいいのか?」

「そうだな。この判断を自分でできるようになれば十分だ。人の命を奪うことのできる物は人よりもさらに重く慎重に扱うべきもの。そう考えられるなら敵を重力で押しつぶすこともできるだろ」

「僕はその判断と飛び道具を使って効果範囲の死角を潰す練習をすればいいんだな?」

「実戦ではグラグラが投擲物を持っていなくてもいい。エイルが近くにいるならエイルが投擲した刃に『重力操作』を行えば同じことができる。ただ、そこは息を合わせる必要があるから作戦を考えたりタイミングを合わせる練習をしておけ」


 そもそも『重力操作』は刃自体にも効果が及んでいる。

 鳥と一緒に刃も落下しているはずだから敵の頭上で刃を急激に重くして投擲した時の慣性の向きを落下する方向に変えてしまえば投擲物を外したと油断している敵の頭上に落とすこともできるだろう。

 まあ、戦場の経験がある者だとその場に留まらないから当たらないかもしれない。

 それでも攻撃手段があるのに越したことはない。

 攻撃手段に合わせて今まで通り妨害にも使える権能。

 グラグラは主戦力というよりも敵を邪魔したりあわよくば致命傷を狙って少しずつだが敵の意識を彼に向けさせる役割をするのが良さそうだ。

 次はエイルだが……。


「お前の権能は意思でコントロールできるものじゃなさそうだよな」

「そうね。グラグラに事前に触ると告知されていても硬質化したわ。だから迂闊に触れさせないのは絶対よ」

「なら欠点ではあるがそこは諦めるか。仲間からの支援が期待できないなら自前で防衛するしかないだろうな」

「近接戦闘もしろと?」


 エイルは不満げに呟く。

 彼女が何を懸念しているのか分かっている。

 近接戦闘において武器の使用の有無に関わらず肉体的な耐久性は間違いなく重要なものだと考えられるが、有翼獣人にはそれが著しく不足している。

 相手の攻撃を腕もしくは武器を構えて防ごうものなら腕の骨が耐えられずに砕けてしまう可能性があり、逆に攻撃しようとして拳を握ったとしても相手にダメージを与えられる程の力を込めれば同じく自分自身の体に負荷が掛かる。

 つまり有翼獣人が戦おうとすること自体が間違いなのだ。

 戦時中は空高く飛び上がって上から物を落として攻撃したり敵陣に突っ込んで敵兵を鉤爪で持ち上げて連れ去るのが彼らの役割だった。

 肉弾戦なんてものはまさに獣と呼ばれる獣人達の仕事。

 それを考えるとエイルが自信を失うのも仕方がないことなのだ。

 ましてや自分がその戦闘型の獣人だからその口から「近接戦闘をしろ」と言われれば不満が募るのも分かる。


「あくまで最終手段だ。さっきグラグラの指導にお前の羽根を使っただろ?」

「都合よく投擲物があったからだろう」

「それも否定しないけど実戦で使う可能性の高いもので訓練した方が動きや感覚が残りやすい。グラグラに近接戦闘兼補助をやらせてエイルはグラグラが押し負けそうになった時の押し返しや遠距離に対する攻撃をやるんだ。グラグラが敵の接近を許してしまい、さらにエイルも敵の接近に反応するのが遅れて飛び立つことができずの状況を想定しろ」

「最悪の事態を想定すればいいのか」

「そういうことだ。屋外なら空からグラグラを援護すればいい。あいつの権能は移動しているものの重さを変動するものじゃないから適度に隙間なく羽根をばら撒いておくだけでも効果はある。ただ屋内で、さっき俺が言ったみたいな状況ならお前が戦わなきゃいけないだろ?」


 エイルは真剣に考えているが答えが出ないようだった。

 あくまで彼女にとって翼は空を飛ぶためのものであり、たまたま『硬質化』して刃のようになったから羽根をナイフのように投擲して攻撃しているだけ。

 感覚としては武器ではなく自分の体の一部なのだから思い浮かばないのは無理もない。

 ただ、有翼獣人には想像できない方法がある。

 体が脆いからこそ喧嘩しても鉤爪で高いところに誘拐して脅すだけで比較的温厚とも言える彼らには絶対に取り得ない手段。

 人間なら喧嘩が始まったらどうするか聞けば大体はそう答える。


「殴れ」

「いや、私の腕は殴るためにできていないから」

「ちがう、翼で殴れ」

「翼で?」


 やや疑問形だったが自分が『飽食還現(グロゥスリリース)』を装備した腕を前に出して防御姿勢を取っているのを見たエイルは困惑しながらも翼を大きく広げて少しだけ上半身を捻って翼をぶつけてくる。

 ガキンッという音が耳に届く。

 人間の拳で殴られたよりも遥かに大きな衝撃を受けて自分はそのままの姿勢で後ろへと軽く押された。

 エイルの上半身とほぼ同じ大きさの翼で打たれればそれなりの威力を保証できる。

 さらに、その翼は『硬質化』により金属と同等の硬さを持つ。

 エイル自身には衝撃は伝わらず、巨大な金属の塊で打たれた相手は少なからず自分と同じようにのけぞるはずだ。


「少し遠慮しただろ」

「そ、そんなことはない」

「嘘つけ。いくらお前が軽いって言っても同じくらいの体格はしてるのに翼はその体でも飛び上がれるほどの浮力を働かせてるんだ。それでぶってこんな軽いはずないだろ」

「…………申し訳ないけど、いくら本人が求めたからと言っても味方相手に全力で殴るなんて私にはできない。元々、味方を傷つけたくないと願っていたのに」


 少々意外な反応だった。

 自分が苦しみから逃れたい一心で体を『硬質化』させる権能を与えられたのだと思っていたが逆だったのか、と。

 本当は自分ではなく他の誰かを傷つけないための権能。

 攻撃の主軸として使われているだけで実際には守るための盾として彼女に与えられたのが鋼の翼なのだ。

 むしろ申し訳ないのは自分の方。

 それも知らずに戦って勝つことばかりを優先して他人を傷つける方法ばかりを考えさせてしまったのだから。

 しかし、それを知ったら腹立たしくも感じている自分がいる。

 エイルはあまりにも与えられすぎだ。

 有翼獣人の知り合いなんてほとんどいないから顔の良し悪しなんて知らない。

 それでも悪いとは思わないし大きな翼を形成する羽根の一枚一枚だって綺麗で柔らかそうな見た目をしている。

 声だって優しく、芯のあるもの。

 女としては好かれる要素を大抵は持ち合わせている。

 そこにプロトタイプとしての素質まで問われたら自分は自信を失くす。

 攻防一体の鋼の翼。遠近問わず高火力を期待でき、防御においても有翼獣人では考えられないほどの耐久力を持っている。

 自分の不満が伝わったのかエイルは隣に座り慰めようとしてくる。


「私もガルムが羨ましい」

「どうせバレてるだろうから隠さずに本心から言わせてもらうが、そんなに与えられていても他人を羨むことがあるのか?」

「隣の芝生は青い、と言う。私が優遇されていることも知っている。それでも、自分には無いものを他人が持っていると羨ましいと考えてしまうものよ。私は簡単に他人を傷つけてしまうから優しく抱きしめてあげることさえできない。今もあなたを慰めてあげるのにこうして言葉をかけてあげることしかできないの」


 それでもエイルの気持ちは十分に伝わってくる。

 きっと安易に触れられないだけ言葉でグラグラやギガスを励まし続けてきたから言葉の選び方が的確なのだろう。

 自分はエイルが羨ましいと考えてはいけない。

 与えられた条件は真逆でも方法さえ見つければ手に入れられるものは何も変わらないはずだ。

 顔が、声が怖かろうと心が穏やかであれば気づいてくれる者はいる。

 自分の場合はそれらに出会うのが遅かっただけ。

 一度それがあることに気づいてからは初めて会った者にも伝わるような行動と言動を努めている。

 権能だって使い方が難しいだけで汎用性だけで言うならエイルよりも上だ。

 潜在的な部分を見えてないのは自分も同じ、か。

 そういう意味ではこういう時間も大切……。


「相変わらず励ましてもらってばっかりだな、俺は。自信満々なところはグラグラを見習わないと」

「そこが良さだと思う」

「?」

「グラグラはいつも自身に満ち溢れているけど失敗して傷だらけになって戻ってくることが多い。その分だけ心配が絶えない。ただ、彼のそういうところは子供みたいで癒やされる。ガルムの場合は慎重になりすぎて迷ってるように見える。でも、それは大切な子を困らせたくないから。愛してる人のためなら直す必要はない」

「自分で気づいてない感情を他人に暴かれるのは恥ずかしいんだよ。そのくらいにしてくれ。あと……」


 なに、とエイルが顔を覗き込んでくる。

 教えてやるつもりではあるが答えは自分の方よりも前で訓練に励んでいる犬を見た方が分かりやすいだろう。

 顔が全体的に緩んでいる。

 小刻みに体が震えていて背後ではバタバタと忙しなく尻尾が揺れる。

 同じ犬として自分にもあれの気持ちが十分にわかってしまう。

 愛情に飢えた者は優しい言葉をかけられると素直に受け止めてしまう。

 いや、それ以上の意味として捉えるだろう。

 好きと言われれば大好きと認識し、癒やされるなんて言葉を掛けられたならば側にいたいと捉える。

 どこまで行っても自分達は犬だから。


「エイルの言葉、全部グラグラに聞こえてるぞ」

「え?」

「そんなふうに僕のこと想ってるなら素直に言ってほしいぜ。エイルが僕にラブをくれるなら僕もラブで返すんだぜ?」

「馬鹿なこと言わないで! そ、それにガサツに私に触れようとしたら」

「翼に触れなきゃいいんだぜ。だからエイルの柔らかい胸に顔を埋めるのは問題なし!」

「バカ犬……!」

「ぐべっ!」


 グラグラは驚いていて隙だらけだったエイルの胸に頭を埋めてスリスリしていたが、すぐに突き飛ばされた挙げ句、先程教えたばかりの翼で殴るという攻撃を食らって目を回していた。

 あの犬は正直、我慢が足りない。

 おかげで自分のこと少しだけ認められる。

 自分はちゃんと待てができる犬だ。投げられた物を何も考えずに追いかけていくのではなく、危ないと分かっているなら行かない。飼い主が行けと言うなら行くがそれまでは待っていられるから……

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