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偽物でも許されたい  作者: 厚狭川五和
『正義と傲慢』テイマー(2章)
57/89

第37話「親友」

 ――ガルムの家。


「体に異常はないみたいよ? あたしも医者ではないから絶対ではないけどね」


 うつ伏せに転がる自分の背中に跨った状態のレインは触診を終えてそう答える。

 自分がうつ伏せになっていたのはいくつか理由があった。

 体の前側は自分の目で確認できるから必要ないと言われ、そもそもレインが触診をするのに上に跨がろうとして目が合うと恥ずかしくなったのか何度も殴ってくるので必然的にうつ伏せで対応した。

 しかも万が一と言って手足までしっかり拘束されている。

 理由は始める前に聞いていたが納得していない。

 今の状態の自分は危険なのだと説明されて素直に拘束を受け入れるようなマゾ体質ではない。比較的温厚な犬として振る舞ってきたはずなのだ。

 手枷と足枷をカチャカチャ鳴らしていると上に新しい重さが追加される。

 自分の体が反動で小さくなっているために少し重く感じるがノエルだろう。


「犬、暴れないの」

「暴れてるつもりはねえよ。ただ枷を外してほしいんだって」

「再三の忠告を無視する気? あたしは危険だって言ったはずよ」

「今までお利口さんにしてただろ? それに体が小さくなってるんだから力だって弱くなるし気にし過ぎじゃないか?」

「じゃあ証明してあげる」


 背中に感じていた重みが消えた。

 そして持ち上げられたノエルはうつ伏せになっている自分の顔の前に置かれた椅子へと座らされる。

 なぜ目の前の手が届かない位置に置くのだろう。

 自分とノエルの仲なのだから噛み付いたりしない…………はずだろう。

 気持ちとは正反対に口から唾液がこぼれていく。

 ノエルを前にして自分の意志とは無関係に牙を剥いてしまっているのだ。


「これで分かった? 今のガルムは危険なのよ」

「どういう状態なんだ?」

「一種の飢餓状態ね。たとえばガルムが満腹の状態が十だとして十一を超えたら身体が制限なく成長するし、マイナスになれば身体が小さくなっていく。たぶん『飽食還現(グロゥスリリース)』の使用自体は数回耐えうるんでしょうけど感情的になってなかった? 人は感情によって力の制御もできなくなるのよ?」

「それで、少ない回数でも身体が小さく? 空腹状態だから何でも食いたいってことなのか?」

「そういうこと。たとえ、大切なパートナーだとしても、ね」


 こんなに使い勝手の悪い力があっていいものだろうか。

 信用せず使わなすぎれば無駄に体を肥えさせて、過信しすぎれば反動は間違いなく衝動として自分の人間性を損なわせる。

 とても付き合いきれない。

 今だって本能的に拒絶しているはずなのに目の前のノエルが食いたくて食いたくて仕方がないという意味だ。

 ヴェイグに言われて否定した、獣と変わらない。

 苛立ちを感じていると視界の隅から赤いものが差し出される。

 自分はそれに噛みつく。

 口の中に丸ごと押し込んで齧ると中から大量の水分と甘味が広がる。これは林檎だ。


「ここで本題よ。ガルムが成長するために、体を大きくするために食べなければならないものは何だと思う?」

肉とかか(いふへほふぁ)?」

「そう、獣人も他の動物とかと同じく肉を食べなきゃ育たないはずよね? じゃあ逆に甘いものって必要? 果物って食べる必要あるの?」


 ごくんっ、と咀嚼していたものを飲み込んでから考える。

 肉を食べなければ成長できないとして、他の食物から取ったものは何に使われるのか。

 一番わかり易いのが甘い物。

 その甘い物に含まれるものは熱を発生させることで知られ、それは即ちエネルギーとして消費されるということ。要するに燃料だ。

 ただ必要かと言われれば微妙……。

 いや、自分には必要だ。

 昔から甘いものが好きだったのもあるから食べない生活など考えられないというのもある。

 しかし、それ以前に燃料が無ければ自分が放出したエネルギーはどこから賄われている?

 答えは単純。

 自分の体そのものを燃料として、エネルギーとして消費する。

 今回の体が小さくなったのが良い例だ。

 最近は好んで甘いものを食べる機会など失っていたから普通に生活するのに必要な食事しか取らずにいた。

 自分はその食事で得たエネルギーをヴェイグ戦で使い果たし、足りない分を体を消費することで補ったのだろう。

 考えれば考えるほど不便な力。

 普通に「成長」としての力を使うと体が大きくなってしまい不便。

 逆に『飽食還現』を通して使えばエネルギーを浪費して小さく。

 自分の意志で調整しようにも自分の満腹度やエネルギー残量が数値化されて目に見えている訳ではないから難しい。

 林檎から溢れた水分で汚れた口周りを舐めて綺麗にして、困り顔でこちらを見つめていたノエルに視線を向ける。

 自分が悩んでいるのと同じくらいノエルも悩んでくれているようだ。


「林檎、食べたら落ち着いたの」

「どちらかといえば拘束されてることにイライラしてんだけどな。まあ、さっきほどイライラしてないけど。てか、普通に腹減ったから何か食いたいんだが」

「レイン? あげてもいい?」

「ダメなんて言ってないじゃない。そもそも飢餓状態なんだから食べさせない方が危険なはずよ」

「じゃあ拘束も解いてくれ」

「それはダメよ。とりあえずご飯食べ終わるまでは開放したらダメ。ガルムは食べなからでいいから話を聞いて」


 頑なに外さない理由は何だ?

 危ないという理由だけなら食事をしている時点で解消されているはずだから開放してかったけど……。

 こういう感情さえ危ないと言われたらそこまでだ。

 自分は危なくない。開放しろと要求している時点で自分は間違いなく苛立ちを覚えているということで、それが暴走に繋がらないと言い切れない。

 今の自分に必要なのは冷静になること。

 どんな状況さえも全肯定の精神でいなければならない。


「俺の力の使いすぎに関してはよく分かった。それはそれとしてレインは他にも話したいことがあって来たんだろ?」

「うん、一応ね? 二人の最終目標も分かってるし気になる点があるなら放置せずに確認しとかないと」


 自分達の最終目標か。

 プロトタイプ実験の被害者救済と当事者の断罪。それから自分達を駒代わりにした神様の代理戦争を計画したゲームの主催者を葬ること。

 もしかしたら自分達が知らないプロトタイプの情報でも持ってきてくれたのだろうか。

 今すぐに対応はできないが情報を得られるのは嬉しい。

 基本的にプロトタイプ関連で集めた情報はテイムが管理してくれているが足りているかと言われると心許ない。

 あくまでプロトタイプに該当しそうな例外的な存在の情報を断片的に収集しているだけなので確実にプロトタイプと遭遇することができる訳では無いから情報提供ならありがたい話だ。


「ガルムのが騎士団に提出した報告書を確認したの」

「騎士団の文書保管庫は関係者以外立ち入り不可だろ」

「真っ暗にしてるのが悪いのよ。あたしは悪くない」


 その「盗まれるのは盗まれそうなものを簡単に盗める場所に置いているのが悪い」みたいな理論はやめろと思う。

 書類の劣化による解読不能を避けるために日差しが当たる場所には保管できず、常に誰かが見張っているわけでもないのだから灯りを消しているのが普通だ。

 要するにレインは好き放題にできるという意味である。

 レインは自分より騎士団のことを毛嫌いしているから見つかったとしても適当に半殺しにして逃げるだろうな、と想像してしまう。


「今回の当事者、ヴェイグはプロトタイプの中でも戦略兵器として利用された過去のある者にとっては馴染みの名前。集団で戦うことを想定しないプロトタイプは軍事的な訓練はさせられないから専用の戦術指南書で戦い方を学ぶ」

「ああ。その指南書の兵法を考案した奴がヴェイグだ」

「そこで気になるのはヴェイグがそんなものを作った理由よ」


 ヴェイグがプロトタイプのために戦術指南書を作った理由?

 今後、自分の後に生まれたプロトタイプ達に勝つための戦いをさせるため?

 安易な回答をしようと考えた矢先、レインが目を細めた。

 その目を見て自分の考えを一度、白紙に戻して考え直してみる。

 まず考えるべきなのが戦術指南書を作った時のヴェイグはどの立場にあったのかということだ。

 既にプロトタイプとして認定された後なのか。

 他のプロトタイプに先んじて戦争に参加していたからなのか。

 そもそもプロトタイプ実験の被験者なのか協力者なのか。

 少し考えれば分かることだ。


「プロトタイプを兵器運用したい連中のために?」

「犬? ヴェイグもプロトタイプだったのに、研究者側に立つことなんてあるの?」

「それは……」

「ありえない話じゃないでしょ。スティグによれば彼をプロトタイプにするため妹さん共々、体の時間を加速させられたそうよ」

「その人はどうして協力を?」

「単純に考えるなら加速、もしくは早さに関連した願いを持ってるはずだが……」


 それはあまりにも単純すぎるか。

 誰よりも早く走りたいなんて願いは叶えた先に何も残らない。次がない願いなら終着が見えた瞬間に熱量は失われ権能の進化も止まる、

 何より研究に協力する見返りが見当もつかない。

 ただ、スティグのことを考えると正反対の存在とも言える。

 彼は死に向かい続ける体を停滞、そのままに留めることで命を繋ぎ止めた。最愛の妹を救うことができなかったことに対する戒めとして、地獄のような苦しみを自分の体へと留めた。

 なら苦しみから早く開放されたいという願い?

 そもそも願いの中身をある程度は予測できたとしても研究に協力した理由と一致するかも分からないから考えるだけ無意味だ。

 大事なのは研究に対して協力的なプロトタイプがいたという事実。

 レインは机の上に置かれている林檎を一つ手に取ると小さなナイフで六等分にして皿に置いた。

 それを差し出されたノエルは小さく頭を下げて一切れだけ手に取る。


「現状、プロトタイプには何種類か存在している。ガルムのようにノエルさんの力を借りて同胞の救済を求める者。神様同士の代理戦争という名のゲームに命を懸けている者。それと、個人的な要求があって研究を手伝う者ね」

「ヴェイグが個人的な要求があって手伝った奴だな」

「たぶんね」

「たぶん? 何でそこで自信なさげなんだ?」


 もはや状況的にその節が濃厚だろう。

 技術的な協力も知識的な協力も奴等の手助けには変わらない。プロトタイプに戦い方を教えるなんてそれこそ彼らの思惑通りだ。

 臆病者ヴェイグが奴等に求めるものなんて身の安全で仮置きすればいい。

 しかし、この場で理解できていないのは自分だけのようだ。

 レインに渡された果物を食べ終えたノエルは自分の口に再び林檎を丸ごと押し込みながら彼女の言葉を補足した。


「その人は『傲慢』ほどプライドは高くない。でも、竜人に生まれたことに誇りを感じている人が本当に身の安全を確保する程度の口約束で人間に協力する? ノエルは違うと思う」

「ヴェイグが自分から協力したんじゃなくて研究者側が協力を仰いだ?」

「その方が納得できる点は多いんじゃない? 透明になれる能力のことを考えてもね」


 レインの言う通りかもしれない。

 透明になれる能力を竜人に人為的に操作して取得させることはできない。どれだけ追い詰めたとしても竜人が人間ごときに追い詰められたから世界から消えてやろうなどと考えることはありえない。

 それに世界から消えてやろうと言うより死んで楽になろうと考える可能性の方が高いのだから人間の手では管理しきれない「死」に関連する権能を授かってしまう可能性もある。

 故にヴェイグの権能は人為的にではなく本人が先に授かっていたと考える方が自然だと言える。

 そして、透明になれる能力を持ってる彼は研究者に守ってもらおうとするはずがないため研究者側が協力を仰いだ。

 透明になれる能力の使い道は多く役に立つ上、手元に置いておいた方が外を彷徨かせるよりも管理が簡単になる。

 ただ、それで分かるのはあくまでヴェイグが頼まれて研究者に協力したことだけ。

 それ以外に分かることもあるが、自分の失態を認めるようなこと。


「そんな顔しないで? レインがくれた情報、意外と大事だよ?」

「俺が貴重な情報源を後先考えずに殺したって話だろ?」

「別にあたしはガルムを責めるためにこんな話をしてる訳じゃない。自分がほしい情報のために目の前で凌辱される女の子を放置しろなんて言うつもりもないし竜人と言えば権能以外にも強い力を与えられてる可能性が高い相手でしょ? そんなもの相手に拘束したからって油断せずに攻撃したのは正解だと思う」

「もう少しだけ我慢すればテイムが合流していた」

「それは確定していた訳じゃない。今後のことより今を、まさに目の前で苦しんでる人のために動いた犬は間違ってない。それは神様(ノエル)が認める」


 二人がそこまで言ってくれるのなら間違っていたなんて思うのはやめておこう。

 最善ではなかったかもしれないが間違いではない。他にも手段があったかもしれないが、現場においてはその時の判断で早急に決めなければならない物事もある。

 それにノエルが言った通り、レインの持ってきた情報は自分が見落としていたものがある。

 研究に協力したプロトタイプが元は部外者だったという説だ。

 プロトタイプにするため非人道的な扱いを受けてきた者達が自ら研究に協力するものだろうか、という疑問があったが脅された訳でもないとすれば非人道的な扱いをする実験だと知らない状態で協力したと考えた方が納得がいく。

 もし協力したプロトタイプの中に実験の内容を知って逃走した者がいれば情報提供を期待できる。

 あとは話していて思い出したこともある。

 おそらく体が元に戻るまでは戦闘行為を避けろとノエルが言うから別に何かできることをするべき。


「なあ、ご飯食べ終わったら行きたい所あるんだけど、行ってもいいか?」

「病人ってわけじゃないし制限はしないつもりよ。ただ出先だろうと少しでも空腹を感じたら放置しないで何か食べること。あと基本的にはノエルさんに側にいてもらって?」

「少しでも様子がおかしいと思ったら子犬にすればいいの?」

「おい」

「ノエルさんの言う通りよ。カダレアで見たくらいの大きさだったら噛みつかれても大怪我することはないし問題ないでしょ」

「問題あるだろ。俺が恥ずかしい」


 ノエルの力で子犬化されると服が全部脱げる。

 その欠点が未だに改善されていないのだとしたらトラブルが発生した時点で自分は全裸にされるという意味だ。

 獣形態になった時も全裸になってしまったが実際には大型の獣ということもあって体毛で気になるものは見えなくなっていたから良かった。子犬だと体毛も短めになるから見えてないとしても気になってしまうのだ。

 と、文句を言おうとしたらレインが先程のナイフを鼻先に向けてきた。

 さすがに命の危険を感じて口を閉じる。


「それなら今から小さくしてもらう? あんたの服もあたしが作ったんだから子犬ちゃんのために新しい服を用意するなんて簡単なのよ?」

「ノ、ノエルだって運んでくれる人がいないと困るよな」


 助け舟を求めてノエルに視線を向ける。

 どう見ても助けを求めている視線だと分かっているはずだがノエルはこちらの頬を撫でながら微笑むと首を左右に振る。

 人形のような少女の可愛らしい素振り。

 だが、それを間近で見ていた自分は恐怖を感じていた。

 無邪気が故の善意を否定できない。

 そして、自分とノエルが番という立場であり、飼い主と犬の関係であるからこそ主人の言葉に、命令と言われなくとも過敏に反応しているのだろう。

 ノエルの「遠慮しなくていい」は「拒絶するな」と同義だ。


「いつも犬が抱えてくれてるし、今日くらいはノエルが抱えるよ? 胸の辺りにぎゅ〜って抱えたら温かいからノエルは嫌じゃないよ?」

「そもそもガルムがちゃんとお腹空いたらご飯食べるようにしてたら問題ないでしょ」

「ま、まあな。とりあえず俺を子犬にした時は元に戻すのは人に見られないところにしてくれ。さすがに毎回知らない女の子の前で裸にされるのはごめんだ」

「分かった。ちゃんと犬の服はノエルが責任持って回収しておくし子犬化を解く時には人目を気にする」


 そこまで約束してもらえれば大丈夫だ。

 子犬にされる恥ずかしさは我慢すればいいけど何も知らない女の子の前で裸にされてしまうと後でどんな噂をされているのかも分からない不安に苛まれて落ち着かない。

 イルヴィナの場合は気にしてる様子が無かったから平気なだけだ。

 と、あまりここで話して時間を潰してしまうと行き先に迷惑が掛かってしまう。

 レインに枷を外してもらい服を着直して家を出る。

 目的地はそんなに遠くない。



 ――テイムの商館。


 テイムに確認しておきたいことがあったがロクに話をできていなかった。

 今の時間なら席を外してることはないだろうと思い商館の扉を叩いたが中から出てきたのはテイムではなくミスティだった。

 彼女は客が来たものと勘違いしていたのか驚いているようだ。


「テイムは?」

「奥で奴隷(しょうひん)の相手をしてます」

「あいつが奴隷達を構うの珍しいな」


 基本的には愛着が湧いてしまって売れなくなると困るからという理由で大切にはするが世話を焼きすぎないようにしていたのがテイムだ。

 ということは仕事でも教えているのだろうか。

 自分はノエルと手を繋いでミスティの案内に従ってテイムがいるという部屋へと向かった。

 そこで見たのは想像とは少し違う状況だった。

 テイムが奴隷(こども)達によって組み敷かれている。

 大柄の虎獣人が床に転がっていて、その上に奴隷達が悪者をやっつけたと言わんばかりに馬乗りになって木の棒でつついている状態だ。

 普通に遊んでいるようにしか見えない。

 そもそも奴隷達の教育的にテイムは彼らが買われていくまでのご主人様にあたる存在だと教えこんでいるはずだ。このような扱いをしていては買われていった家でもご主人様に歯向かう可能性が出てくる。

 言葉を失っているとテイムは自分に気がついてこちらを向くと奴隷達を振りほどいて起き上がる。

 それから彼らには隣の部屋に行っているように伝えていた。


「遊んであげてたのか?」

「いくら奴隷っていう立場でも遊びたい盛りの子供っす。俺が拾って生かされてる時点で幸せなはずだ、って教え込むのが商人としては当たり前なのかもしれないっすけどね」

「いいんじゃないか? ちゃんと売れた後も定期的に様子を見に行って買い手から苦情が来ないようにアフターケアも万全なんだろ?」

「もちろんっす! お客様を困らせてるなら叱らないといけないし、逆にお客様が手荒な真似をしてるなら守ってやらなきゃならないっす」


 雰囲気は変わってもテイム自身の心は変わってないらしい。

 いつでも弱者の味方。あくまで『支配者』としての肩書きは彼らを守るために必要な肩書であって本人が望んだものではない。

 だからこそ『傲慢』もテイムを認めたのだろう。

 と、テイムは奴隷達がいなくなった扉からこちらに視線を向け何かに気がつくと自分にからかうような視線を向けてくる。

 視線の先はどうやら自分がノエルと繋いでいる手のようだ。


「いつの間に進展してたんすか?」

「な、何が?」

「兄貴って硬派な感じで全然ノエルに手を出してないイメージだったんすよ。手を繋ぐよりも抱えて歩いてるイメージが多いというか」

「犬はこの前の戦いで消耗して体が小さくなった。ノエルより大きいのは変わらないけど手を繋ぎやすい高さになったの」

「兄貴? 別に俺は知ってるんすからノエルに甘えたいなら甘えても別にドン引きしたりしないっすよ?」


 一応、首を横に振っておく。

 テイムが自分とノエルの関係を知っているのは分かっているがあからさまに知っている人間の前ではノエルと露骨に甘えるのはそれはそれで恥ずかしいものだ。

 それに手を繋いでいるだけでも十分に甘えさせてもらっている。

 普段は飼い犬として乗り物のような扱いを受けることを常としていてもノエルは番なのだから自分も人間の番のように仲良さげな行為をしたいのだ。

 さすがに人前で抱き寄せたりキスとかはできない。

 こうして手を繋いでいるのは最低限の愛情表現。

 テイムは「相変わらずっすね」と部屋にある椅子に座るように示した。

 机を三人で囲むような形で椅子に座るとミスティが飲み物を置いてくれる。


「兄貴が小さくなったのは権能の反動なんすよね。元に戻る見込みはあるっすか?」

「たぶんな。本来は『成長』に使うはずだったエネルギーを使うだけの装備だったんだが、使い慣れてなくて感情的なのもあったし既に『成長』に使われた分のエネルギーまで消費したらしいんだ。だから普段の食事よりも多めに食べてれば元通りになるってレインが言ってた」

「元通りより少し小さいくらいに止めるけどね。あそこまで大きいと何かと不便」


 自分もそれは考えている。

 アステルの戦闘後の自分はさすがに力の使い過ぎで化け物と間違われるレベルで体が成長していたのでそこまでいかないくらいに留めておきたい。

 日常生活はもちろんだがノエル的にも色々と不満があった。

 体が大きすぎて寝る時に不便だったり。

 毛繕いのためにブラッシングしようにも頭が高すぎて床に座らせないと届かないという理由で怒ったり。

 あとは普通に温泉に行った時に見られた場所が大きすぎて驚かれた。

 普通に面と向かって「無理」の二文字を言われた時は拒絶の意味ではないと分かっていても少し落ち込んでしまった。

 だから限度は決める。

 ノエルと初めて出会った時くらいでいい。

 他の獣人より少し大きいくらいで。


「なら良かったっす。兄貴の権能は他のプロトタイプと比較して使い勝手が悪いというか使い方の難しいものっすからね」

「使い勝手悪くてごめんね」

「いや、気にしないでくれ。テイムも悪気があって言ったんじゃない。普通に俺が頭良くないから使いこなせてないだけだ」


 ノエルが自分に譲渡した力は使い方と頻度さえ適切に使えれば万能なものだ。

 ただ、肝心な使い方を自分が全て把握しているわけではない。

 故に悪いのは自分だ。権能の強さは効力よりも使い手の問題が大きいだろう。

 と、自分の話をするためにここへ来たわけではない。

 それこそテイムの権能について話に来たのだ。


「そういえばエイルに聞いたんだがテイムが『防げ』って言ったら完全な不意打ちだった攻撃を見向きもせずに防いだ、って本当か?」

「見向きもせずに、ってのは誤解があるっすけど事実っす」

「お前の権能で支配できる対象は他人じゃなかったか?」

「この前まではそうだったっすよ」


 この前というのは襲撃を受けた時?

 たしかにレイスがテイムの商館とフィアの教会を襲撃した時に止めたのはテイムだと聞いていたがどのようにして対抗したのだろう。

 記憶が正しければ話し合いのタイミングではテイムも負傷していた。

 レイスを無力化する際に負傷した可能性もあるが、もしその状態になってから戦闘をしたのならテイムの言葉の意味が分かるかもしれない。


「ここを襲撃され、教会も襲撃しようとしていたレイスに対して当事、プロトタイプを相手に戦える者は自分以外にいなかった。その状況下でお前は何を思ったんだ?」

「今までの俺と何も変わらないっすよ。守りたいって」

「虎は本当にそう考えたの? いや、ちがう。質問が良くない。虎は守りたいもののためにどうしなきゃいけないって考えたの?」

「それは……ああ、ちょっと違うみたいっすね。守るためには俺が戦わなきゃいけないって考えてたっす。兄貴が居ない今こそ自分が戦って勝たなきゃ守れないんだって」


 そう、テイムがいつも考えていたのは戦うことではなく逃げること。

 守りきれれば勝ち。敵に手を出させなければ勝ちだ、と。

 故に彼が『支配』を可能とするのは()()()()()()だった。

 動きを止めたり攻撃をやめさせたりすれば安全に守るべき仲間を救出できると考えて、誰の手も汚させずに平和的な解決をさせようとした。

 逃げずに戦うことを選んだ。戦わなければ守れないと判断して……。

 テイムの雰囲気が変わったように感じたのはそういうことだったのか。


「願いが強ければ権能は真化する。神様が与えた時よりも遥かに強い力として。もしも人の体で完全に近い力を使いこなすことができたなら」

「それは《完成品(アブソルート)》と呼ぶしかないっすよね」

「テイム、早まったことは考えるなよ。ミツキって女から聞いた話だと強すぎる願いがアブソルートへ至る理由らしいが同時に本来の自我を失うそうだ。それは権能を与えられたにも関わらず叶わぬ願いに絶望した結果だから、今までの自分を殺してしまうものだと考えていい」

「虎は自我を残してる。何も変わってない。アブソルートとして絶望した先の権能とは違う」


 プロトタイプの権能には分岐がある。

 最初に神様に与えられた権能で願いを叶えることができた場合はそこで行き詰まるから変化はない。

 願いが叶わなかった場合は二通り。

 与えられた権能があっても願いを叶えられず「こんな力では叶わない」と自分の願いとそれに応えた神様を否定した絶望による変質。

 テイムのように権能に込められた意味を他に見出し別の能力を引き出すことに成功した進化。

 研究者達が求めたプロトタイプからアブソルートへの真化は前者の方が正しいのだろう。

 自分達は生物兵器。

 戦場に出撃された後、無事に戻ってくることなど期待していない。

 敵陣に壊滅的な被害さえ与えることができたなら有能なのだ。

 あとは負の遺産として葬ればいい。

 テイムは彼らの意志とは反した人らしい方の進化をした。

 ならば近いか遠いかも分からない未来で狂ってしまうかもしれないという僅かな可能性のために眠らせるのは違う。

 いや、そんな()()()()()()()()()はどうでもいい。


「もしアブソルートとして覚醒して仲間に手を出すのが怖いって言うならそんときは俺が止めてやる。お前の兄貴分として、お前の親友として、そのくらい当たり前だろ?」

「兄貴……」

「心配しなくても()()()()()()()()テイムの権能なんか封じるの余裕だ。なんたって俺はお前の兄貴分だからな!」


 ノエルがちらとこちらに視線を投げてきた。

 今は、何も言わないでくれ。

 ミツキの話が本当ならアブソルートに至る理由には与えられた権能に対する絶望も関係しているのだろうが、それと同じくらいに当人の精神状況が影響している可能性がある。

 テイムは変に諦めのいいやつだ。

 ここで()()()()()()()()分かれば先んじて手を打つ。

 ミツキと同じように、完全に覚醒する前に止めろと言うだろう。

 たしかに現時点で自分にはテイムの権能に打ち勝てるだけの要素がない。

 テイムの権能は効果を発揮するまでが早い。テイムが「死ね」と言えば死のうとしてしまうし「殺せ」と言われれば殺してしまう。

 きっと抗うよりも行動が早い。

 対抗しうる権能として思い浮かぶのはスティグの『停止』だ。

 しかし、そういう保険を掛けないことが……そうならないと信じてやることが自分にできること。

 そうでなければ誰かを守るために変化を受け入れたテイムが自ら死を受け入れたように感じられて耐えられない。

 こんな感情はテイムに伝えられない。伝わるはずもなかった。


「ははっ! 兄貴はそんなことまで考えてたんすか? 俺は兄貴にそんな残酷なことを頼めるようなタマじゃないっすよ」

「は? 商人はいつでも交渉が上手くいかないことを想定して退路を確保しておくものだって言ってただろ。それじゃ博打じゃないか」

「いいや、俺は勝てない博打には賭けないっす。俺達を作った研究者のうち誰かが実際にアブソルートに至る者を観測したから存在が認知されているっす。つまり、俺がアブソルートとして『今の俺』を失うのはほぼ確実っす」


 ならアブソルートになる前に止めろと言うのか?

 いや、テイムは自分に「残酷なこと」を頼めるようなタマじゃないと言った。テイムをここで止めるというのが命を絶つか、誰も関与することのできない場所に単純な行動では脱出不可能な構造で閉じ込めておくしかない。

 前者は絶対にできない。

 後者とて似たような方法を取らざるを得ない。

 つまり、テイムは()()()それらを求めてはいない。


「レイスは魂の移動によって器を入れ替えて生き永らえる。自分が息絶えようとしている時に目の前に生きている人間しかいなければ『不死』の権能は働かない」

「おい、まさか……!」

「いざという時は『不死』を発動させるための手段で俺を殺す。そういう約束でレイスは俺の訓練に付き合ってくれてたっす」


 それは頼む相手が違うだけで……。

 テイムは困惑していた自分に視線を向けるといつもみたいな笑顔を向けて安心しろと言う。

 何を安心すればいいのか分からない。

 ただ親友を生かす手段が見つからないこの状況でどうしろというのか。


「レイス曰く『支配という非常に精神に影響を与える権能を与えられたにも関わらず己が描いた理想を曲げないのは己の意志が強靭故にだ』と言ってたっす。兄貴にとって俺が親友なら俺にとっても同じくらい大切なんすよ? だから、親友のためなら俺は前を向いて自分の意志を貫き通せるっす。まあ、その親友が失われそうになったら別問題っすけどね」

「ごめん、俺が迂闊だった。お前を信じる。お前がテイムとして生きていられるように俺も自分をちゃんと大切にする……!」

「そうしてくれるとありがたいっす。俺だけじゃない。今は沢山の人がガルムの兄貴が無事でいてくれることを望んでるっす」


 テイムの言葉が心に響く。

 いや、別にこんな言葉を投げられたのは今回が初めてというわけではない。

 ただ自分がガルムとして、普通の人として生き始めてからずっと一緒にいたテイムに言われただけで説得力というか、言葉の重みが他とは違うように感じられた。

 その日、自分とテイムは他愛の無い話を続けて一日を過ごしたのだった。

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