第36.5話「優先順位」
――ダズロフの街。
ヴェイグの一件以来、ガルムが騎士団に要望を挙げたことでダズロフ復興の話が浮上し騎士や冒険者の出入りが多くなった。
街の復興に関しては人手が足りているし防衛という点から見ても騎士団は連携が取れているために自分やエイルがわざわざ護衛をする必要もなくなって、それからは時々、気が向いた時に顔を見せる程度になっている。
今日はその時々ですらない。
本当に気まぐれで、思いつきで来ているだけだ。
唯一の生存者というか、渦中で産まれた孤独な女の子が中心になって街をどのように復興していくか話し合いが進んでいる。
その様子を傍から見ていると自分と真逆の立ち位置にいるような気がして虚しさを覚えてしまう。
自分は中心にはいられない。
他人の中に埋もれて見つけられない場所まで沈んでしまうから。
だから常に先頭に立ち続ける方が良かった。
どんなに早く前を走っていても必ず誰かの視界には映り続けることができるのだから、それで良かったのだ。
この前までは勝手にそう思い込んでいた。
「グラグラさん? また来ていたのですね」
「これでも当事者だから様子見くらいはしないと、って。自己満だけど」
「私には、それでも嬉しいことですけどね」
今までは声を掛けてくれる者さえいなかった事と比べれば定期的に会いに来てくれる者がいるだけでも気持ちが楽になるという。
そのような達観した考えを持てる彼女が羨ましい。
幸せな今があっても悲しい過去が消える訳でもない。
いじらしくも前だけ向いて生きていく彼らのような生き方に憧れはあるが、真似してもなりきれないのは分かっている。
だから、こうして様子を見に来ているのだ。
自分がなれない憧れを見るために。
「エイルさんの側にいなくていいのですか?」
「…………」
「何か小言を言われて気まずくなったから飛び出してきた。そんなところですか」
「あっ、分かっちゃう感じ?」
ユーに言い当てられたことで逆にここの方が居心地が悪く感じ始めた。
本当に小さなことだ。
いつもみたいに自分が馬鹿をやってエイルがそれを叱った。単純なことなのに今日だけは素直に受け取れなくて拠点を飛び出してしまった。
まるで子供みたいに。
きっとエイルを失望させてしまっただろう。
別に期待などされてなくてもいい。
ダズロフに来てエイルから聞かされた言葉が本音だったとしても自分自身が役に立たない自分を認めたくないのは他の誰かに諭されて曲げるものでもない。自由意志に基づいて自分で決めた生き方なのだから否定する権利は誰にもない。
エイルとギガスが自分のことをリーダーとして認めてくれていても、自分は無力な自分をリーダーとして不十分だと感じている。
そんな感じで自分が不貞腐れているのを感じ取ったのかユーはくすくすと笑う。
馬鹿にしているような感じではなく、先にネタを知っている者が何も知らない人間の反応を見て面白がっているような感じだ。
ユーは人差し指を交差させてバツを作って「ダメですよ?」と言う。
「な、何がダメなんだよ」
「女の子は恥ずかしがり屋です。話している言葉と伝えたい気持ちは必ずしも一致しているとは限りません。それに、伝えたい気持ちと本心が同じではないこともあります」
「伝えたい気持ちと、本心?」
エイルが自分に伝えようとしていたのは自信を無くさないで、ということだった。
強さなんて求めていない。
自分達の『拡張を望む者達』のリーダーとして明るく振る舞って皆に元気を分けられるような存在。
だけら強くなくて馬鹿な自分がリーダーだと。
本心なんて分からない。
エイルが自分のことをどう思ってるかなんて知るはずがない。
ユーは顔の前で人差し指を立てる。
内緒にしろ、と。
「本人には私が言ったことは伝えないでくださいね。怒られてしまうので」
「まあ、その程度のことで怒るような女の子じゃないと思うけど」
「エイルさんはグラグラさんのことを子供のようだと言っていました」
「やっぱり僕を馬鹿にしてるんじゃないか!」
「我が儘で自分勝手で皆を巻き込んで厄介事を引き起こす達人だから迷惑。ただ、そんな手のかかるグラグラさんがいるから自分だけは冷静に考えて行動しようと考えられる。組織としての堅苦しい空気ではなくて、まるで家族のような暖かくて人情味のある生活をできている、と」
家族…………。
自分にとっては忘れてしまった方が幸せになれるほど思い入れのない存在。
ただ、埋めようのない寂しさを鎮めてくれるのも家族の存在。
特別な扱いを受けた訳でもないはずなのに嬉しい。
やけに後ろが騒がしいなと感じて見ると尻尾がパタパタと揺れている。
そういうことらしい。
エイルは自分に強さも賢さも求めていない。
ただ、明るく優しくなリーダー像を求めていた。
それはエイルが自分に、自分達の『拡張を望む者達』のリーダーに求めたもの。
彼女が個人的にリーダーとしてではなくグラグラという一匹の犬に求めているのは家族のような距離感。
自分だって二人のことを仲間としてというより家族として話しているみたいな軽い雰囲気を好んでいた。
子供扱いされて腹を立てていても実際、自分は子供でしかない。
ただ、幼い頃に経験することのなかった甘えるという気持ちを満たしたかった。
素直ではなかった。
いつもみたいに叱られてもテキトーに受け流せばよかった。
それでも二人は「仕方ないんだから」と言ってくれるはずなのだから。
「ああ、あとガルムさんもグラグラさんのこと気にかけてますよ」
「ガルムが?」
「作られた存在だからなのか一つ一つの出会いを大切にしているみたいです」
そんな純情な性格だっただろうか。
自分のことを気にかけてくれていたのは否定しないがそこまで出会いを大切にしているようなイメージがわかない。
というより、作られた存在?
普通の獣人とは違う?
プロトタイプといえども権能を与えられただけの獣人では?
「不思議な感じだったんです。大体の方は体という器の中に魔力を溜め込んでいるのですが、彼は器そのものから魔力を感じたというか、魔力を閉じ込めておくための殻のようなものが無いというか」
「ゴーレムみたいに魔力で作られた存在なのか?」
「その辺りは分かりません。とにかく彼は普通ではないですから出会いも別れもそれほど経験していない。だから数少ない出会いを心から大切にしようと考えているのでしょうね。敵も味方も平等に、出会ったことを大切にしている」
「………………」
「あのヴェイグにさえ彼は期待していた。本当は味方が死ぬのを近くで傍観していた卑怯者ではなく、より多くの後に戦うことになるであろう者達のために仕方なくそうしていたんだと言ってほしかったのだと思います。ただ、ヴェイグは彼のそんな期待を裏切った。誰かのために涙を流しながら活動していたのではなく自分のためにそうしていたと知って、自分が信じていたヴェイグの人物像が崩れてしまって絶望した。だから、自分の信じた存在ではないヴェイグをこの世から消してしまいたかったのだと思います」
できることならば憧れの存在のままであってほしい。誰もが信用する存在であってほしかった。
現実は、そうではなかった。
自分が利益のために。己が安全のために。
彼の本心は分からない。その時は現場に居なくて後から話を聞いた程度だから実際は彼が泣いていたのか怒っていたのか知る由もない。
いや、おそらく悲しんでいたのだろう。
ガルムが一つ一つの出会いを大切にするのなら直接話をしている時点で他人という扱いにはならず、自分が学びを得た相手なら特にこうあってほしいという願望が強かったはずだ。
ヴェイグでさえ彼にそのような気持ちを抱かせるなら自分はどうなのだろう。
出会ってから日が浅いことは間違いない。
彼はそんな自分でも…………愚問だ。
そのくらいは自分でも感じ取れる。
「そういうことか」
「?」
「僕は匂いを嗅ぎ分けられないんじゃなくて知らなかったんだ。ユーがエイルの本心を教えてくれて、エイルとガルムから同じ匂いがしていて、それでやっと気づいたよ。二人は僕に同情してるんだな」
どう足掻いても逃れられなかった孤独。
そこから抜け出すために前を走り続けた自分に二人は気づいていた。
隣で見ていてやるから無理に先へ走っていこうとするなと言ってくれているような気がするガルム。
もしも転んでしまった時にいつでも慰めてあげられるように常に後ろ側を歩き続けているエイル。
「分かってしまえば何も苦しくない。最初から期待なんかしてなくて挑戦する機会を与えてくれる人や失敗を前提に支えてくれる人がいたんだ」
「帰るのですか?」
「うん。ユーの顔も見れたし、そもそも僕はエイルに謝らないといけないんだぜ?」
帰って、怒られて、謝って……。
それから期待されない自分なりに色々と試して少しでも役に立てたと思えるようにならないといけない。
自分の権能は「自己よりも他人を優先する」ものだ。
だから今までは自分を「軽い」と考えて力を使っていたけど、それは大きな間違い。
自分についてきてくれる仲間や友人に失礼なことだ。
そう、自分を「軽い」と考えるのではなく他人が「重い」と考える方がいい。
だって自分のことを支えてくれている分だけ他人は重くなるのだから。




