第4話「飼い犬」
「ほへぇ……教会ってこんなにきれいな場所だったんだな」
俺は目の前にある建物を見上げて唖然とする。
こんな大きくて装飾とかが無駄に多い建物が神様を信仰するための施設だとは考えたこともなかったな。
というより街に入ったのが初めてだからな。
まだ自分の役目から逃げ出してテイムと出会う前は盗みに入ったりしてたものだが最近はテイムが俺から受け取った商品を売った代金で必要なものを揃えてくれるから入る理由が無い。
ましてや俺は人と会うのが怖いんだ。
人間と獣人は一緒に生活しているが【試作品】は別だろう。
化け物とかと同じ扱いを受ける。
俺の思い込みなんだとしても確かめるのが怖いんだから仕方がないだろう。
「ちょっと兄貴なに言ってるんすか? 罰が当たるっすよ」
後ろから頭を軽く叩いてテイムは溜め息を吐く。
やはり俺がノエルを信じると言ったのが納得できていないのだろうか。
と、思ったが明らかに今のは教会に来たくなかったとかそういう意味ではなくて普通に怒られたんだよな?
「いや、神様に祈る連中が派手な生活してたら変だろ?」
「神様が来る場所だと思っているからきれいにしておかないと失礼にあたるって考えた方らしいから本当に罰が当たるっすよ」
「その罰を当てる神様がここにいるんだけどな」
「ノエルは犬の発言くらいで機嫌を損ねたりしない」
やっぱり神様って感じじゃないよな。
態度は大きいけど身体が小さいから悪ふざけしている子供にしか見えないし、俺が連れ回してると変な目で見られるんだよ。
野蛮な男が小さい女の子を誘拐してる、ってな。
「ノエルは本当にこいつらが信仰していた神様なのか?」
「間違いない。この景色を見た記憶がある。ただ」
「ただ?」
「一つだけ確認したいことがある」
小さいながら真面目そうな顔をして胸を張ったノエルを見る限り、それなりに大事な用件があるらしいな。
ていうか神様が自ら赴くのって変だと思うぞ。
普通は信者から行かないとだめだろ。
「ちなみに確認したいことっていうのは何だよ」
「神降ろしの儀式、何か知ってることはある?」
「下界……要するに俺らが住んでる世界に贄を用意して神様を連れてくる儀式っすね。本来は悪いことをしたと神様に罰として行うって聞いたことがあるっす」
へぇ、そんな意味があったんだな。
さすがテイムは俺と違って頭の出来がいいみたいだな。
「虎は頭だけはいいみたい」
「おい!」
「神降ろしを行うのに必要な贄って何だと思う?」
あ、構うの面倒になって無視した。
テイムにはご愁傷さまとしか言えないが神様に怒鳴ったところで何か変わるわけでもないし仕方ないだろう。
それにしても贄か。
悪魔を呼ぶわけでもないんだから不気味なものではないだろうし鼠の死体とか血とかではないだろうな。
もっと綺麗なものか?
「純潔保ちし乙女」
「えっと……要するに処女か?」
「そう。神様は完璧にして穢れてはならない存在。ならば神を降ろすための贄も同じく穢れなき身体でなければいけない」
「なんとなくイメージはできるけど」
「ちなみに全裸にされる」
「いらねえ補足するな!」
いや、まあたしかに服だって人間が作ったものなんだから神様からしたら穢れた物かもしれないけど!
つまりあれだろ?
儀式を行う奴はそれを見てるわけだろ?
なんか一気に教会が下衆な組織に思えて帰りたくなってきた。今からでもノエルを抱えて離れようかな。
って、待てよ?
神降ろしに使う贄が裸にされるってことは神様は贄の身体に憑依するようなイメージで間違ってないよな。
要するにノエルの身体は贄になった誰かのもの?
「犬は察しがいい。でも不正解。神様にも身体はある。ノエルの場合はヒトに一番近い神様だから同じに見える」
「ん? 神様の世界でもノエルはこの姿なのか?」
「もち」
いや、そこでドヤ顔されても困るんだけど!?
今の話のどこでお前に感心しなきゃいけないところがあるのか分からないから少し教えてくれないですかね?
まあ親しみやすいんだろうけどよ。
いかにもって感じの厳つい神様より自分たちに近い神様のほうが、な。
「あんたは自分の身体で降りてきた。つまりは器になるはずだった贄はどうなったのか確認したいってことっすね?」
「そういうことになる」
「おやおや、獣人がお二人で何用かな」
教会の通路で話し込んでいたからか聖職者には間違いないだろう髭を蓄えた老人が現れた。
というか教会なんだから当たり前か。
「懺悔をしに来たのならば聖堂へ行かれると良いぞ」
「あ、いや」
「命を殺めたか? それとも盗み……女子を拐って私欲を満たしたか?」
「あなたが主教?」
「おや、小さなお嬢さんをお連れとな。つまりこの子の母親を殺めてしまったから懺悔しに来たのだな?」
「あの、主教さん。口は災の元って言うぞ。そろそろ閉じないと……」
「ノエルは随分と馬鹿にされているみたい。少し威厳というものを見せないと――」
「はいちょっと待った落ち着こうな!?」
止めないと教会を消滅させるつもりだったよな。
気持ちはわかる。自分を信仰しているはずの連中が普通の人間呼ばわりしてきたのだから怒りたくなるのは分かる。
でもな、ノエル。神様だぞ。
こんなんで怒ったら大人気ないぞ。
「主教さん、分かんないのか?」
「犬、この程度の知能しかない人間には難しい。理解させるには実力行使した方が早い」
「待て待て! こじれるから、な? 主教さん、こいつはお前らが信仰してる神様の一人だぞ」
「ま、まさか無名の女神か?」
「今はノエル。その名前は嫌い」
ふう、これで話ができそうだな。
まったく主教は暴走するわノエルは懐が狭すぎるわで大変だな。
「はっ、いまさらお出でになられるとは……さすがは神様、良いご身分ですな」
「どういう意味」
「そのままの意味です。必要な時にはおらず、事が済んでから姿を現すとは」
意味が分からない。
ノエルが神降ろしされたのは助けてほしいからであって、それは人間の手に負えるようなことではないという前提付きのはずだ。
なのに、事が済んでいた?
人間だけで解決できるのにわざわざノエルを降ろしたというのか、この人間は……。
「ノエルが降りるはずの器がなかった。贄があればそれを媒介にしてここへ来ることができたはず。しかし、それがなかったからノエルは特定の場所に降りることはできず、こうして今に至るまでに時間がかかった」
「我々のせいではござりませぬ」
「説明して」
「では、しばし私めについてきていただけますかな」
ノエルは一度俺に視線を投げる。
何かあったら目の前にいる主教を消せ、か。神様らしくない物騒な考え方だがノエルを守る意味では一番の近道だ。
これは、必要なことだと言いたいのだろう。
主教は教会の地下に通じる階段へと案内し、その階段を降りていく途中である程度の説明を交えた。
「贄は純潔でなければいけない。しかし、それを守り続けるだけの名誉はある。その身に我々が信ずる神が一時的に降ろされるのだから。そう、とても素晴らしいことなのだ」
「…………」
「しかしながら信者でありながらそれを理解していない者がいた」
ようやく階段が終わり、どこに着いたのかと思えば地下牢だった。
教会では懺悔をさせることもなく閉じ込めなければいけないような重い罪を犯した人間でもいるのだろうか。
が、俺の視界に映った人間はどう見ても違った。
「おい、なんで裸の女が閉じ込められてるんだよ」
「あれは罪を犯した。神に捧げるべき身体を粗末にし、純潔を失ったのだ」
「……器になるはずの人間が純潔ではなくなって、そのまま儀式をおこなったからノエルは知らない場所へ降ろされた」
「だからって閉じ込めること無いだろうが……!」
「ちがいますぞ?」
何が違うって言うんだ。
こんな頑丈な地下牢に入れられたら裸の女が何かできるわけが無いのに何が違うと言いたいんだ主教よ。
同じ人間を道具のように扱って、それで聖職者なんて笑わせるな。
俺からしたら悪そのものだよ。
「神降ろしの儀式は失敗した。しかし、あれは神降ろしに失敗したとしても役目を全うする責任がある」
「役目?」
「兄貴、これを見るっす」
「これは……指名手配書?」
テイムの持ってきた羊皮紙はまさに特定の人物に懸賞金を懸ける旨の記述がされた指名手配書だった。
それも、名前を見て俺はびっくりだ。
俺が探しているはずの【試作品】の一人が、懸賞金を懸けられていたのだから。
「それは《種を遺す者》という【試作品】を手配したものだ。見つけることは当然、捕まえなければならなかったのでな」
「なんで、そんな奴さがしてるんだよ」
「人間の道を外れたら正さねばなるまい。我々には義務がある」
「何の義務だよ」
「人々を救う義務だ」
「…………」
ノエルの前で、神様の前でよくもそんなことを言えるな。
人間が人間を救う?
しかもお前は他人を自分以下としか思っていないだろうが。
「リーブスは捨て身のつもりで戦場を駆け抜け、生還すると新たな命を遺す。そして、新たな命へと宿り自らは命を絶つ」
「別に危険でもなんでもないだろうが」
「先に言ったがリーブスは捨て身の戦士だ。争いを求め生き残ると自分への褒美として生まれ変わりを求めるのだ。つまり、自分のために罪のない人間を殺めている可能性がある」
「可能性の話は信じられない。疑わしくは罰せず」
「いやいや勘違いされては困りますぞ。生まれ変わるために種を遺すということは奴めの子供を身籠る女人がいるということになりますぞ」
それは当然だが……って、まさか!
「赤子は脆弱なもの。リーブスは女人の腹に宿るとみるみる成長し数日のうちに元と変わらない大きさになる。つまり、女人がリーブスを孕んだ直後であれば確実に始末できるということだ」
「ふざけるな!」
「っ!」
「あの女が無事に済まないのを分かっててヘラヘラするな偽善者が!」
「何を仰っているのかわかりませんな。多を救うのに個の犠牲は必要。それにあれは既に大きな罪を犯した重罪人。気にかける必要は――」
「不愉快」
主教を掴み上げていた俺はノエルの圧力に思わず手を離してしまう。
ノエルが、本気で怒っている。俺は下手な真似をせずに様子を見ていたほうがいいのかも知れないと自然と感じたのだ。
「罪とか罰とか主教が決めることではない。とても不愉快。犬の言うとおり偽善者。初めから彼女が犠牲になるものだと考えていたなら、ノエルを利用するつもりだったと考えてもいいはず」
「そ、そんなはずありますまい」
「ノエルは本来、そこの女性に降りるはずだった。でも儀式は失敗して、彼女は生身のままで役目を受けることになった。それ即ち、リーブスを孕み、共に死ぬこと」
「まさかノエルにその役目を?」
「そういうことになる」
「教会の人間が神に背く行為をしていたってわけっすね」
それはつまり、神への冒涜になる。
おそらく主教はノエルが神である以上はヒトの子供を孕むことができないと知った上で利用するつもりだったんだ。
ノエルは孕まない。しかし女であることに変わりはない。
女ということはリーブスは自分の新しい器を産ませるために狙うし、遺す者と呼ばれるくらいなのだから女がリーブスと行為をしたら孕む確率は絶対とも言える数値になるのだろう。
ノエルは孕まないがリーブスは行為を行うこと自体が生まれ変わりを示唆している。
つまり、生まれるかどうかは別として女と行為を行った時点でリーブスは死ぬ。
「犬、あのヒトを牢から出してあげて?」
「分かった」
俺は地下牢の鍵を無理やり壊して扉を開けると奥で震えていた女に驚かさないように小さな声で話しかける。
「いま出してやるからな」
何も言わずに抱えあげても良かったが怯えている様子だったし急に触れたらショックだけで死にかねない。
そうなったら本末転倒だからな。慎重に越したことはない。
「虎はそのヒトを上に連れて行って傷の手当とか、色々としてあげて」
「俺に命令するなっす!」
「テイム、頼む」
「っ! あ、兄貴がそこまで言うなら」
いや、俺はそんなに強く言った覚えはないけどな。
とりあえず現場には主教と俺とノエルだけが残された。これで難しい話は無しで直球なやり取りができる。
要するにノエルと主教の一対一だ。
俺はノエルを守るための存在でしかない。
「誰かを救うことに自己犠牲は付き物。けど、あなたが言うみたいに皆を救うために誰か一人が犠牲になるのは間違っている。その点、この犬は理解している」
「べ、別にそんな綺麗事言った記憶はないぞ!」
「だから抗う。主教、あなたが求めた救いを授けてくれるのは犬」
「は?」
あの?
俺はクソ野郎を助けたいとは思わないんだがノエルは何の根拠を持って俺が主教を助けると考えたんだろう。
まあ、命令されたら助けるけど。
「くっ……焦り己の過ちにも気付けぬとは何たるや。神よ、そして天の使徒よ。今一度、救いを乞うてもよいだろうか」
「犬が決めて?」
「は、俺?」
「ノエルは神様だから自分の尺度で救う救わないの判断はできない。犬はこの世界を見てヒトを見て美しさを知ってほしいから自分で決めてもらいたい。あなたがノエルと生きる世界はどうあってほしいのか」
ノエル……。
色々と雑な考え方の神様だと思っていたが一番そばに居続ける俺のことを考えて行動してくれていたんだな。
ったく、俺の心はこんな簡単に揺り動かされるものだったのか。
ノエルと俺が生きる世界。
俺が正しいと思ったものを信じ、過ちはノエルが正してくれる。だから失敗を恐れずに挑戦できる。
少しでもいい方向に進みたいと思える。
なら出すべき答えは決まっているな。
「あんたのしたことは罰せられるべき悪いことだ。さっきの話からするにあの女の子から何があったのか聞きもしないで責め立てたんだろ?」
「……否定の仕様もない。どのような罰でも受ける所存だ」
「お前がそのつもりならいい。誰かを守ろうと必死だったのは分かる。だから妥協してやる」
俺は胸を張って右手の親指を突き付ける。
これ以上にないというくらい自信を持っているという気持ちが伝わるように強気な態度というやつを見せたのだ。
「リーブスは俺に任せろ! だからヒトが無茶をするな!」
「あなたもヒトだろう」
「まあ、人で敵わないなら【試作品】の暴走は指を咥えて見てるしかないだろうな。諦めた時点で相手の勝ちが決まる。俺たちが足掻き続ける限りは敗北の二文字も先延ばしなんだよ」
「なんと剛毅な使徒様だ」
「ノエル、俺は自分と同じように戦争の道具として産み出された【試作品】をこの手で眠らせてやりたい。面倒に巻き込まれるかもしれない。嫌なら――」
「それは犬が決めたこと。ノエルは犬の判断に異存はない」
ノエルの言葉を聞いてから俺は完全に萎縮してしまっていた主教に手を伸ばす。
思い描いている未来は同じなんだ。敵対する必要はない。
主教も気持ちは同じなのか、それとも俺がノエルの使徒だと思っているからか分からないがその手を握り返してくれる。
「で、リーブスとやらはどこに?」
「ここより更に下へ進んだところだ。王国騎士団と協力して捕縛したはいいが弱っていても【試作品】だ。何が起きるか分からない」
「ああ、それは自分でも理解してる。簡単にゃ終わってくれないのが【試作品】だ。閉じ込めてくれているのは助かるが早いうちに次の手を考えないと確認されている力とは別の力を顕現しかねない」
リーブスの力は「生まれ変わる」ことなのか?
自分という種を遺すだけなら繰り返す者と呼ぶ方が正しい。万が一を考えるなら増える可能性も配慮した作戦が必要だ。
一先ず上に上がるか?
ノエルに視線を向けると同意とも取れる頷きが返ってくる。
テイムを信用していないわけではないが拘束されていた女の安否が気になるのだろう。
ということで一度上へ戻ることにした。
しかし、ノエルは主教と話を付けると言って別の部屋に行ってしまったため俺とテイム、それに弱った女だけが待機させられる形となった。
「兄貴、こいつ妊娠してるっす」
「え?」
「間違いないっす。うちの奴隷の子でも妊娠した子がいて体温が高くなったり普段の食事とか受け付けないんすよ」
たしかに何かを食べさせようとして吐き戻したような跡がある。
獣人に食わされたものだから、というよりは普通に食べようと咀嚼して飲み込もうとしたが気分が悪くなったという感じか?
あの主教、気づいてなかったとしても本当に最低だな。
「し、使徒様……」
「あん? 正確にはちがうんだけどな」
「私の夫は、リーブスに殺されました。主教様は私に、復讐の機会を、夫の仇を討つ機会をくださると……。責めないであげて、ください」
この女は分かってるのか?
夫がいると分かっていたなら処女ではない可能性を考えなければいけないのに何も考えずに選別したということは初めから分かっていてリーブスを殺すための犠牲にするつもりだったんだ。
馬鹿じゃないなら分かっているはず。
つまり、この女はそれでも主教を許してやれと?
お人好しにも程がある。
聖職者は皆こうなのか?
「お前は優しいな。俺が身内だったら主教を許したくないと考えるだろうに当事者であるお前は許すのか」
「リーブスも同じです。彼にも生きる理由と、権利があります。だから、彼を恨みません。誰も、恨みたくありません。でも、彼を誰かが止めてあげないと……」
「生きる理由……」
「使徒様にも、守りたいものがあるのですよね」
「そうだな……守ってやれた試しがないが、あったのかもしれないな」
もう思い出したくもない。
この小さすぎる手では、弱い身体では守りきれるものに限りがある。自分一人が生き残るのでやっとだった。
誰も救うことが、できなかった。
だから俺は使徒なんかじゃない。
ただの咎人だ。
「おや、聞き覚えのある声と思えばあなたでしたか」
「……フィア?」
「元気そうで何よりです。相変わらずお一人なのかと思えば……ああ、そういうことだったんですね」
「何に納得したんだ!」
いつかの仕事で出会った女は聖職者の衣装に身を包んでいて、要するに先日の天啓がどうたらと言っていたのは本当のことらしい。
とはいえ天啓を聞けるものが勘違いしてもらっては困る。
女の方は同じ信者だから分かっているのかもしれないが見慣れない人影がもう一つあったからってそれを俺の相手だと認識するのは浅はかだろう。
テイムは別に、ただの友人だよ。
「あなたは単純でいじり甲斐があります。そうそう、この前のお礼をしていませんでしたし、私の身体で童貞を捨ててみますか?」
「ふざけんな!」
「安心してください。私は処女です」
「誰も聞いてねえよ!」
「あなたのような童貞は相手が処女だと知ったらそれだけで興奮すると聞いていたので試したまでです」
「お、お前ちょっと黙れよ! この子に俺が変態だと思われるだろうが!」
「きゃんきゃんうるさい犬ですね。飼い主は誰ですか」
「ノエルだけど……」
まずい、ノエルが戻ってきた。
俺は再会するなんて思ってなかったからフィアのことをノエルどころかテイムにすら話していない。
勘違いされたら終わる。
ノエルが俺を殺しにかかるぞ。
「飼い犬には首輪をつけた方がいいですよ? こんな犬が野放しになっていると憲兵が聞いたら殺されてしまうかもしれませんし、服なんかを着せるよりも先に首輪を付けて飼い犬と主張すべきです」
「ノエルの犬は飼い犬じゃない。首輪いらない」
「そうですか。お手」
「……しないぞ?」
「犬、服従のポーズ」
「っ!? な、何しやがる!」
俺はノエルの方にお尻を向けて仰向けになるとお腹を見せながら尻尾を大きく振った。
犬がお尻を他人に向けるのは信頼の証であり、ましてや身体の一番柔らかい部分であるお腹を見せたり恥ずかしいくらい尻尾を振ってしまうのは完全に相手を信頼し愛情さえ覚えているという意味になる。
くそ、フィアに言われただけじゃ何ともなかったのにノエルに言われたら抵抗することができなかった。
そもそも俺はノエルをそこまで考えた覚えはないのにな。
「(どやっ)」
うわ、あからさまに分かりやすいドヤ顔してやがる。
ノエルの実力どうこうというよりは本能的に逆らった時点で俺のじんせいに終止符を打たれるから従ったまでなんだが?
おいノエル、これみよがしにお腹を撫でるんじゃねえ!
「あなたに服従しているから首輪はいらない、ということですか」
「そういうこと」
「あなたも大変ですね」
「大変というか、なあ?」
「さすがは童貞。そのように女の子に撫でられるためならどのような扱いも平気と来ましたか。感服しました」
「ちがうからな! ノ、ノエルだから許すんだ!」
「…………!」
自棄になった俺は身体を起こすとノエルを抱き寄せた。
見も蓋もない言い訳かもしれないが誰彼構わず女の子に撫でられたくてこんな恥ずかしいポーズをしているなんて思われたら癪だ。
それならまだノエルと何かあったと思ってくれた方がいい。
というか実際あるし。
なんて馬鹿をやっているとさっきの妊婦をどこかの部屋に眠らせたのか戻ってきて、俺を見るなり震え始めた。
なんだ、怒らせるようなことは何も……。
「失望したっす! お、俺の知らない間に色んな女と肉体関係を作ってたなんて男の恥さらしっす!」
「いや、知らないし」
「兄貴がこんな綺麗な女を見て抱かないわけがないっす! ましてや幼女すら抱いた兄貴なんかが見逃すわけが!」
「おいやめろ! 変な噂になるし教会で騒ぐな!」
「では一時休戦として彼を黙らせつつ状況のすり合わせでもしましょうか」
「それがいい。虎は黙らせる」
テイム、すまない……!
俺にはどうすることもできないまま、テイムは女二人に平手打ちをされて強制的に眠らされるのだった。