第32話「罪深き異端者」
――ガルムの家。
ノエルとの二人きりの時間を終えて帰宅すると平然と家に侵入しているだけでなく、ニムルと談笑している男の姿があった。
グラグラである。
もはやニムルも警戒する気が無いのかお茶まで出している。
自分はお茶を啜ろうとしていたグラグラが着ていた服の襟の辺りを掴んで吊るし上げた。
「や、やあ。随分と早い帰りだったな〜」
「まだ懲りずにニムルを狙ってるのか?」
「そんなはずないだろ! 僕は諦めはいい方なんだぜ?」
まあ、たしかに狙われているのならニムルも大人しくお茶など出しているはずもないからグラグラが悪いことをしに来た訳ではないことくらい気づいている。
そこは信じていい。
でも、家にいる事は変だと疑ってもいいはずだ。
一日の間に二回も訪問してきた上に二回目は家主不在中という異常としか言い様のない行動をしているのだから。
ニムルが止めろと視線で訴えてくる。
まだ悪いことをした訳でもないのに吊るし上げるのは可哀想、と言っているように見えなくもない。
「何しに来たんだ」
「せ、せめて下ろしてくれ」
「……何しに来たんだ」
床に下ろす前に目的を話せ、と圧をかける。
どうして逃げられる可能性のある相手を素直に開放すると思っているのだろうか。
グラグラはすぐに降参した。
「僕は『罪深き異端者』について調べてたんだ」
「なんだって?」
「だから『罪深き異端者』だよ! ほら目的は話したんだから開放してくれよ!」
自分はグラグラから手を離すと後ろを振り向いてノエルに確認を取る。
もちろん首を横に振られた。ノエルも知らないことだ。
グラグラは「本当に何も知らないんだな」と言って一枚の書面をこちらに渡してくる。
そこに書いてある内容から大事なところだけを抜粋する。
元から不思議な力を持っていたり一つのことに秀でていたりする者が才能を開花させるのは神様から自分を敬愛する信徒として認められた証。
要するにプロトタイプはその力の大元になった神様の信徒とされる。
しかし、稀に複数の力を発現してしまうことがあり、神様から信徒として認められているにも関わらず、他の神様を信仰するのはあまりにも罪深き行い。到底赦されざる者。
故に常識から外れた者という意も合わせ『罪深き異端者』と呼ぶ。
おおまかにはそのような事が書かれている。
その書面を見る限り書いたのは自分たちと同じ程度には情報を得ている者だと推測される。
これは『罪深き異端者』という文字列よりもルールブレイカー……つまりは神様の力を借りている者同士の代理戦争というゲームのルールを無視した者という言葉がそれを示している。
一人に一つの力を与え、戦わせることがルール。
複数の力を一人が持ってしまえば、その者が勝利した場合どの神様の勝ちと言えるのか判断できない。
初歩的なルールを違反している者と言える。
自分はそれに該当するのだろうか。
グラグラは自分がプロトタイプであることを薄々ではあるが気が付いているだろうが能力を知らず、ニムルについて知っているのも手元を爆発させるということだけ。
わざわざ『罪深き異端者』について調べるには非効率。
可能性があるとすればニムルが複数の能力を扱えると想像できるだけの条件を揃えていることだが……。
「もしかしてニムルと同じ爆発させる能力持った奴が知り合いにいるのか?」
「爆発? それは違うぞ。あれは拒絶してるんだ。最初はボマーなのかと疑ったけどな」
「拒絶してる?」
「自分の手元で爆発が発生しても怪我も火傷もないのは何故だ? ギガスの腕力がなければ持ち上げることすらできない巨大な鎚をこんな小柄な女の子が弾き返せると思うのか?」
たしかに言われてみれば思い当たる節がある。
騎士団で突然爆発音と衝撃を感じた時、ニムルは一番最初に使った爆発だから器用に自分に被害を受けないように爆発させるなんてできないはずなのに怪我をしていない。それどころか爆発して粉々になったのは扉だけ。
その後も火薬の匂いなんて一切しない爆発が頻発。
ギガスの重い鎚も軽々と跳ね返したこと。
その際、ニムルの足元にいた自分は間違いなく衝撃を受けるはずなのに彼女の軽すぎる体重以外に何も感じていなかったこと。
グラグラの言う通りだと考えれば全て理解できる。
扉が爆発したのは自分を閉じ込める物をニムルが拒絶していたから。
何も壊さない爆発を頻発させながらニムルが走っていたのは攻撃されているという勘違いから発生した恐怖を拒絶していたから。
ギガスの鎚を跳ね返せたのは自分とノエルが潰されるのを拒絶したから。
そう考えるなら全て当たり前のように思えてしまう。
「その能力を持った奴は僕の仲間だったんだぜ? あれもこれもと押し付けられたことに耐えられなくなった彼女は自分以外のすべてを拒絶して孤独になった。でも僕の所にいる連中は押し付けたりしないし基本的には自由だ。だから……」
「お前の『拡張を望む者達』に?」
「しばらく連絡が取れなかったから心配してたんだ。まさか死んでるなんて……」
「………………」
どうにも不憫な話だ。
聞いていて自分まで悲しくなってくる。どうにかして癒やしてやれるなら心を癒やしてやりたい。
ただ、少しだけ違和感はある。
本当に死んでいるのか?
グラグラはたぶんニムルの能力を完全に知っているわけではなく、たまたま自分の仲間と同じような力を使っているから『略奪者』という組織のように殺したプロトタイプの力を扱っていると考えているのかもしれない。
もし勘違いでニムルが殺したと思っているなら恨んでいるはず。
そこで攻撃的にならないのはグラグラが仲間に対して絶対に負けるはずはないという信頼を寄せているからだろう。
彼女がこんな小さな魔物の少女に負けるはずはない。
なら、自らの意志で力を渡したとも考えられるし、そうなると勝手な考えで殺すのは仲間の意志を裏切ることになる。
そんな展開があるのかもしれない。
ただ、そう考えるにはニムルの考え方と相反する。
「ニムル、お前のことについてグラグラに話してもいいか?」
「んー? グラグラ面白い奴! 話してもいいぞ!」
「ガルム、お前はなにか知ってるのか?」
グラグラの瞳に怒りはない。
おそらく仲間の最期を知りたいという、ただそれだけの理由で向けられた視線なのだろう。
自分はニムルの能力を含め、それを踏まえた予想を話した。
「体液を媒介に相手の能力を複製? じゃあ複数の能力を同時に使えるわけじゃないのか?」
「新しい能力を得ると古いものは破棄される。だからニムルが最後に体液を何かしらの理由で摂取したのはグラグラの仲間のもので、昨日みたいに別のプロトタイプの血液とかを取り入れると失われてしまうんだ。それに体液は別に血である必要はないからお前の仲間が死んでいると考えるのは早急だ。そもそもニムルは好んで血液を舐めたりしないから涙や汗の可能性が高い」
「もしかしたら、生きてるかもしれないんだな」
あくまで可能性だ。絶対とも言えない。
ニムルが偶然にも彼女の最期に居合わせてしまっただけかもしれないし、ニムルが別れた後に殺されている可能性もある。
ただ、悲観するのは良くない。
良い可能性も信じて生きていく方が良い。
グラグラはニムルの頭を撫でながら考えを整理していた。
元よりニムルのことを恨んでいたから狙ったわけでもないために敵対心を持っていた訳では無い。
それでも今と少し前では見方が全然違うはずだ。
「こいつのこと、なおさら知る必要が出てきたってことだな」
「なんで『罪深き異端者』を追ってるんだ?」
「調べた限り『罪深き異端者』って最初は神格から与えられた能力しか持ってなかったのに他の能力を後から得てるらしいんだ。それって複数の神格から認められたり愛されたりしてるってことだろ?」
「どうなんだ?」
「あってると思う」
ノエルの考えが共有される。
グラグラの言う『罪深き異端者』を自分に当てはめて考えたらしい。
まず自分はノエルという神様に認めら………愛されて(ノエルが睨んでいたので訂正)プロトタイプとして『成長』の力を得た。それがプロトタイプとしての始まりであり自分に与えられた権能だ。
そして自分は『成長』の一部として仲間の能力を真似することで劣化版として少し弱い力として扱える。
条件は目の前で使われたことがあることと保持者が自分に好意的な感情を持ってくれていること。
おそらく「自分に好意的な」の部分が引っかかるのだろう。
プロトタイプは言わば神格の代理者。神格が認めた人間の願いに応え、叶えるための権能を与える代わりに自分の代わりとして戦わせることを認めた戦士のようなもの。
つまり全権とまでは言わずとも一部の権利は有する。
その中に相手を認めることが含まれているのかもしれない。
他のプロトタイプが自分と同格として認識、もしくは上位として認め、プロトタイプが生まれるプロセスと同じように力を与えることがある。
当然ながら自分の『成長』は完全な状態では受け取れない。
それはあくまで神格の一部の権利を有するプロトタイプから認められて代理行使を許されたからだろう。
ニムルの場合は……。
ふと頭に天啓のように答えが思い浮かぶ。
ニムルは仲間がほしい、誰かと同じになりたいという願い。別の言葉に置き換えるとすれば『対等』になりたいという願い。
その『対等』と言えば今日の自分とノエルみたいな関係だ。
人と神様ではあるがノエルによってお互いに半神となった今の状況。男女の関係でありながらお互いが求めているものに差違はなく甘えたいとも愛されたいとも思うし、体を洗うことだってノエルが自分を洗ってくれたのなら恥ずかしくとも自分もノエルを洗ってあげたいと思う、そんな関係。
つまり近似しているだけではダメだ。ニムルの『対等』の願いは同じでなければ、等しくなければならない。
故に能力は完全な複製なのだろう。
そう考えるとニムルの能力にある体液の摂取は血液でも可能と謳いつつもメインはどちらかといえば唾液やそっちの方という意味で捉えて然るべきなのかもしれない。
なら自分も…………同じではないのだろう。
そもそもニムルとは願いが違う。
とりあえず自分のことは忘れよう。今はグラグラがどうしてニムルのような『罪深き異端者』を探しているのか、だ。
「複数の神格から愛されてるってことは、そいつに力を貸した神格は奴らが仕組んだゲームに興味がないって意味だろ?」
「そういう考え方もできるのか」
「いや、絶対とは言い切れないぜ? 他の神格にも愛されたんじゃなくて力で無理やり分からされて認めざるを得ない状況だったかもしれないんだ」
「つまりグラグラはニムルがどっちか知りたい。そういうこと?」
「疑うようで悪いんだけどね。ただ、ガルムのさっきの言葉が嘘じゃないんだとしたらさ、こいつは力で組み伏した訳じゃないんだろ? そこは信じるぜ」
「ならグラグラはトモダチ、だな!」
「お、おい何だよ急に!」
突然ニムルに抱きつかれてグラグラは困惑する。
それが彼女の素なのだから仕方がない。感情表現に乏しいからとりあえず敵対の意思が無ければ抱きついてしまうのだ。
ゲームに興味のない神格、か……。
言われてみれば不死の魔王も巻き込まれたから結果的に負けられない状況に陥っているだけでゲームへの参加は批判的だった。
そして、その不死の魔王から力を預かっている二人はゲームの進行に関しては興味を示していない。一方はそもそも自分の意志や記憶が薄弱だからゲームのことなど覚えてられないのかもしれないが、もう一方に関しては諦め気味だったから勝つ意欲もなかった。
ゲームへの参加が前向きではない神格もいるし、その意向に従うようなプロトタイプも存在する。
グラグラが言うように決めつけるのは良くないが敵対せずに協力関係を築けるような神格がいれば心強い。
自分はニムルに視線を向ける。
ニムルという純粋で指示通りに動くかもわからない魔物の『対等』という願いに応えた物好きな神格。
教会で皆とした話が合致するならニムルのように純粋な性格のはず。
「どんな馬鹿力だよ! 抜け出すのに苦労したぜ!」
「ニムルは手加減を知らないからな」
今すぐに神格を見つけ出す必要はない。
そもそもノエルのように神様なら顕現しているかも怪しいし、プライドが高い竜や魔王ともなれば会う前に消し炭にされる可能性はある。
どちらかといえば可能な限りプロトタイプ同士の協力を、か。
いずれは『拡張を望む者達』とも話をする必要がありそうだ。
「そういえばガルムにも用事あるの忘れてたぜ」
「俺に?」
「何でプロトタイプなのに黙ってたんだ? お仲間だったなら先に言ってくれよ〜!」
「ニムルがプロトタイプだから狙われてるなら俺も狙われるかもしれないから言いたくなかったんだが?」
グラグラは言い訳しようと色々と考える。
しかし、ニムルを襲ってしまったのは事実なので上手いこと言い包めるような言葉など見つかるはずもなく、大人しく謝るしかない。
こいつも大概、素直だと言える。嘘が吐けないから。
たぶん信じても大丈夫な部類だ。
危険な人物なら初手で能力を知った相手を逃がすなんて選択はしない。間違いなくニ回目以降の戦闘では対策をされてしまうから不意討ちだろうと数の暴力だろうと自分をその場で始末するのが得策。
その際にプロトタイプだと疑ってなかったとしても生かすべきではない。
グラグラがその考えに至っていないのなら疑う必要はないだろう。
「俺も特殊なタイプなんだ」
「男が好きなのか? それとも女の子同士がイチャイチャしてるの見てると興奮するようなタイプか?」
「性癖の話じゃねぇよ」
後者は嫌いではないが。
とりあえずグラグラの耳を引き千切るつもりで引っ張って黙らせてから説明する。
「俺の権能は貸与でも強奪でもなく譲渡された力なんだ」
「譲渡? そんな事例は聞いたことないぜ?」
「当たり前。そんな簡単に全権を委ねる神様なんていない」
「何でも自由にできるほどの権力持ってるのに譲るのは馬鹿だぜ? だってその権力を使って欲しいもの自分のものにすりゃあ…………? なんであんたはそんな顔してるんだ?」
グラグラの無神経な発言を聞いて隣を見る。
涙目でグラグラを睨みつける小動物がいた。今にも毛布に包まっていじけてしまいそうな勢いである。
これにはさすがに擁護できない。
本当にグラグラの言う通りではあるが、ノエルがそうしない理由も考えてあげられないと恋人なんかできないだろう。
好きなら何しても良い訳ではない。
本当に好きだったら力でどうにかするのではなく相手にも同じ気持ちになってほしいと思う。それがノエルの考えた普通だ。
自分はノエルの頭を撫でながらグラグラを諫める。
「恋は盲目って言うだろ? 好きになってほしいのに権力で従わせたって好きっていう気持ちは満たされないんだからどうにか別の方法で好きになってもらいたかったんだろ」
「いやいや、まず神様ってやつが人間を好きになること自体が」
「否定しないでやってくれ」
「え? 本気で言ってるのか? そいつがそうなのか?」
ノエルは小刻みに震えながらも頷く。
本当に珍しいパターンだと思う。
世の中には神様を信仰していたはずが、いつの間にか恋愛の対象として捉えてしまう者さえいるが、逆は滅多に起こり得ない。
数万、数十万の信者の中で飛び抜けて信仰心の強い者であっても姿を見せてくれることさえ稀と言える。
しかし、ノエルがそれだ。
それに姿を見せるどころか地上に降臨してまで会おうとするレベル。
グラグラはそんな稀有な存在にどう反応していいものが悩みに悩んだ末、深々と頭を下げてみせた。
「あの、僕は全然そういうの知らなくて……悪気があったわけではないんだぜ?」
「急に態度を変えられても困る。ノエルは、別に……怒ってない」
「あっちに戻りたいとは思わないのか?」
グラグラが問い掛けるとノエルはこちらを見る。
おそらく「答えを知っているのだから代わりに答えて」という意思表示なのだろう。
ノエルは神様がいた世界に帰ることができない。
ただ、それこそ馬鹿と罵られても仕方がないと言える。
ノエルをこちらに喚び出したのは人間だが、ノエル側にもそれに応じるだけの理由があった。
「誰も好きで独りを選ぶわけじゃない」
「ガルム……」
「せっかく一緒になれたんだ。ノエルが帰りたいって言っても返すつもりはないからな」
ノエルの肩を軽く抱き寄せながら言うと頷きを返してくれる。
違う場所にいることがあっても生きる世界まで離れることは絶対にない。
自分はこの小さな恋人を独りでどこかに送りたくない。
グラグラはお互いにそういう気持ちがあることを理解したらしく珍しいものを見るような目でジロジロと見てくる。
顔を見られたくないノエルは自分の後ろへ隠れる。
しかし、同じ犬獣人のグラグラは匂いから全てを感じ取れる。
「へえ、ほんとに好き同士なんだな」
「匂いで探るなよ」
「その割にはそっちからガルムの匂いしないんだよな。マーキングしてないのか?」
「マーキング?」
「それはあれだ! ノエルはいつも俺の側にいるしマーキングなんてしなくても誰かに奪われる心配はないんだ!」
いや、何度となくマーキングしようとした。
まずノエルはいつも移動する時は抱えられているし、寝る時も基本的に一緒にいるから匂いは移ってるものだと思っていたが……。
心配になりノエルに鼻を寄せて嗅いでみる。
たしかに自分の匂いだと言われればそんな気はするが他の匂いに混ざっているし薄いような気もする。少し前に身体を清めたばかりといえどあまりにも薄すぎるような気がする。
そもそも獣人だけが感じられる匂いであって人間には嗅ぎ取れないような匂いのことを言っている。一回や二回、身体を清めた程度で薄まるほどのものではない。
マーキングが甘かったのか?
それとなく自覚はあるが……。
「それじゃあ盗られても文句言えないぜ?」
自分はノエルを抱きしめると全力で首を振る。
文句を言える言えないではなくノエルを誰かに盗られることに自分が耐えられそうにもない。
それなら一度くらい経験しておいた方がいいのか?
でも本当に交尾となると自分の歯止めが利かなくなる可能性が高い。
しかし、大切にするだけでは愛玩動物と同じようなもの。他人に盗られてしまう可能性もある。
「逆にグラグラはどうやって接してるんだ?」
「まずはキスだろ? そのまま愛撫しながら押し倒して後は自由に、って感じだな〜」
「まったく参考にならない」
「そりゃ自分から身体を触ることに抵抗ある奴にゃ参考にならねぇだろうけどよ。いつまでも清いお付き合いだって言い張って手を出さずにいたら、それこそガルムがそいつと付き合ってることに気づかず好きになる奴だっているかもしれないんだぜ?」
「ゔっ……」
あまり本音を言われても困る。
たしかにグラグラが言う通りで自分とノエルの間にそういう空気を見出だせないから介入する余地があるように思っている者もいる。自分がはっきり否定するにしても既成事実が無ければ信じてもらうには根拠が薄い。
やはり近いうちに交尾する必要はあるのだろう。
雰囲気作りなどは下手でもノエルがその気になってくれれば自分達はいつでも可能だ。
あとはニムル次第、か?
「忠告はしたかんな。それにしても神様と気持ちを酌み交わした奴かぁ。改めて考えてもすごいことだよな〜」
「グラグラは力の持ち主とは面識ないの?」
「あー、あいつは『力を貸してやるからテキトーに頑張れ』とか言ってきたから僕もほとんど話してないんだよな。会おうと思えば会えるんだけど戦争とか正直どうでもいいらしくてさ」
「似た者同士じゃねぇか。じゃあグラグラの権能は貸与されたものか?」
「そうなるかな? 僕の性格はあいつの真似みたいなもんだから本当はもっと内気というか、はっきり言えないタイプなんだぜ」
正直いまのグラグラの方が話しやすい。
あまり本音を隠されるとどこぞの無愛想な神官様のように何を考えているのか常に裏の気持ちを勘繰りながら話すことになる。
それより全てを明け透けにする性格の方が楽だ。
だから自然とグラグラの周りにも仲間が集まっていたのだろう。
勝手に納得しているとグラグラがちらちらと自分に視線を向けていたことに気がつく。
「どうした?」
「いや、僕なんかの話をちゃんと聞いてくれるんだな〜って」
急に気持ちの悪いことを言い出したグラグラに目を丸くする。
そして少しでも冷静だと主張するために胸ぐらを掴みあげて発言の意図を尋ねる。
「なんか嘘でも吐いてんのか?」
「ちがうぜ!? ただ、僕が一回ガルム達を襲ってるし日中にも避けられても仕方のないような関わり方をしたのに普通に接してくれるし、ちゃんと話も聞いてくれるから怖くて」
「誰の顔が怖いって?」
「近いって! さすがに犬歯剥き出しで睨まれたら怖いぜ!?」
「ガルム、こっちでニムルが怯えてる」
ノエルが示した方を確認してみる。
たしかに椅子の下に滑り込んで隠れているつもりなのだろうがお尻だけが見えている状態で小刻みに震えている犬がいた。
自分はグラグラを下ろしてから椅子の下にいるニムルのお尻をぽんっ、と軽く叩いて「ニムルには怒ってないぞ」と伝える。
椅子の下から「ほんと?」と振り向くニムルに頷きを返す。
頭から突っ込んでしまったから上手く出てこれないのか少しずつ後退して脱出したニムルは勘違いで怯えたことを謝罪しているのか自分の腹の辺りにやたらと頭を擦り寄せてきた。
一連の様子をグラグラは呆然と見ていた。
「ニムルが答えみたいなもんだろ?」
「そいつが?」
「狙われたのはニムルで俺達はあくまで巻き込まれただけ。そんで狙われたニムルはグラグラのこと友達って言ったんだろ? 俺達が留守の間に訪ねてきたお前のこと追い出さなかったんだろ?」
「それは……」
そうだ、と認めてしまえば楽になれる。
グラグラがはっきりと答えられないのは彼にはニムルが何も考えていないだけの子供にしか見えていないからだろう。
実際にニムルはまだまだ子供だ。
いくら体は繁殖に適した機能を備えているからと言っても中身はまだまだ知りたいこともやりたいことも数え切れないほどの子供。何よりも優先するのは好奇心と自分の信じる大好きだけ。
故にグラグラの考えは間違っていない。
ニムルは子供だから気にしていないと言われればその通りだ。
しかし、それだけが全てではない。
あくまでグラグラと対等に話をしたいのか床に座ったニムルはお尻から足にかけての毛繕いをしながら自分の気持ちを言葉にする。
「ニムルは追いかけ回されるのキライ。でもグラグラはニムル追いかけてたのとちがう。居なくなったナカマ追いかけてた、ちがう?」
「………………」
「なら、グラグラは悪いヒトちがう。ナカマ想いな良いやつ! ニムルのトモダチだったかもしれないヒト知ってるなら、教えてほしい」
子供かもしれないがニムルは他人を気遣える。
こんな幼いながらも『対等』なんて願いを持つくらい強い心を持った魔物なのだ。
と、さすがにそろそろ見ていられない。
ニムルが毛繕いのためにぴん、と張っていた足を掴んで下ろさせる。
さっきから気になっていたんだが平然と毛繕いしているがニムルのパンツが、というかお尻がグラグラから丸見えだったのだ。
「あ、あまり見せつけたらグラグラが発情する!」
「するわけないだろ! と、友達なんだろ?」
「ん」
「へんなこと言って悪かったよ。僕なんか、って勝手に自分を小さく評価してたけど、それって友達に対して失礼なことだよな」
ニムルは尻尾を振って満面の笑みで頷く。
友達になった時点で相手は相応の存在であることを認めているのだから自分で過小評価することは相手の評価基準が甘いと言っているようなものなのだ。
それを分かってくれれば何も言うことはない。
なんて自分は偉そうに言えた義理ではないのだが、別に過小評価しているつもりはないので考えないようにする。
「とりあえず今日は帰るぜ。長く席を外すとうるさい奴がいるんで」
「そうだな。また話に来ればいい」
「……ありがとな」
捨て台詞のように残していった言葉にニムルは満足げな顔をしていた。
きっと自分達が帰ってくる前にも何かグラグラと話していたのかもしれない。ニムルが他人のお悩み相談に応えられるのか微妙なラインではあるが、本人がそれで解決したと言うなら良いのだろう。
問題はどちらかといえばノエルだ。
扉が閉まったのを確認した後、悪いことを考えているのか小悪魔のような笑みを浮かべた状態でこちらを見上げている。
言葉を介さずとも伝わってくる。
ノエルが言いたいこと分かるよね、と。
途端にお互いに身体を洗っていた時に感じていたものが戻ってきたように体温が跳ね上がる。
「グラグラが言ってたこと、ほんと?」
「な、何の話だ?」
「ノエルからガルムの匂いしないって話」
「ニムル、ごはん作っとくから食べたかったら食べろ!」
「あ、おい!」
何かを察した感の鋭いニムルはそそくさと部屋を出ていく。
グラグラとは色々な話をしているからそれとなく誤魔化していれば話は逸れるかと思ったが真っ先に自分が聞きたくなかったことを言ってくる辺りにノエルの焦りを伺える。
獲物を狙うハンターのような視線。
もはや獣人である自分とどちらが狩人なのか分からない。
「ど、どうだろうな? グラグラは風邪を引いてて鼻が利かなかったのかもしれない」
「嗅覚であることは確実だけど感情に近いものも嗅ぎ取るほどのものが風邪を引いたくらいで鈍るの?」
「それは…………って、ノエルさん? 何で勝手に俺のズボン脱がせようとしてるんですか?」
こちらが必死にどう言い繕うか悩んでいるというのにノエルは無遠慮に自分のズボンを脱がすためにカチャカチャと留め具を外している。
もはや顔を見てさえくれない。
自分の声は聞こえているのだろうが目の前の獲物に対して夢中になる様にはある意味、恐怖さえ覚えた。
と、抵抗しないでいるとノエルはいつの間にか留め具を外し終えていたらしくズボンと共にパンツごと下ろそうと手を掛けている。
身の危険を感じて咄嗟にノエルの腕を掴んだ。
「ガルムは鈍感だね。ニムルでも察しが付いて空気を読んだのに」
「待て、察しどころか何をするつもりか分かってるからドキドキしてんだからな?」
「なら、邪魔しないで」
ノエルが再び下に向けて力を込める。
自分が言いたいのはそういうことでは無かったのだがノエルに伝えるには直接的な表現を用いるしかないのだろう。
いや、そもそもだ。
自分も抵抗する理由があるのだろうか。
ふと真理に辿り着いてしまったような気がして力が抜けたタイミングで遠慮なくノエルは自分が身につけていたものを下ろしてしまった。
「本当にガルムは鈍感。ノエルはそんなガルムを可愛いと思うし好ましいと感じる。けど、同時に誰かに盗られる可能性が大きい」
「えっと、ノエルは俺が誰かのものになりそうで怖いと、そう言いたいのか?」
「そう、ノエルが誰かに盗られることはない。だってノエルは誰にも心を許さなければいいだけの話。でも、ガルムは優しすぎる。誰にでも心を開く。だから、ガルムはノエルのことを知らないままだと気移りする」
「お前のことなら知ってるぞ。ほら、色々と情報の共有は可能な訳……っ!?」
ノエルは自分を押し倒すと腹の辺りに馬乗りになる。
起き上がろうと思えばいくらでも起き上がれるはずなのに驚きの方が強くて自分はそのままノエルを見上げていた。
それに押し倒した後、自分の胸を撫でる細い指が妙にくすぐったい。
「それは、数字的な意味で?」
「ノエル?」
「心配しなくてもガルムの意思を尊重する。だって好きだ、って感じてくれないと何も意味ない。だから、そう……ガルムが匂いを嗅ぎたいだけならノエルの匂いを覚えるまで嗅げばいい。温もりを感じたいから抱きしめたいならそれでもいい。匂いを付けたいなら、ガルムがノエルに自分の匂いを付けたいなら必死に身体を擦り付けてくるのも、とてもくすぐったいけど我慢する。分かってる、ガルムは優しすぎること。頭に思い浮かんでいても相手が嫌がると思って勝手に選択肢から外してしまうってことも。だから、選んでいいよ。ノエルが代わりに選択肢を提示するから」
やはり飼い犬の首輪を引っ張っていくだけあって理解度が高い。
どのようにすれば自分を従わせられるのかよく分かっている。
逆に、自分はノエルを知った気でいるだけ。
ノエルがどこまで自分を見ているのか、勝手に想像しているだけで実際はもっと深いところまで考えてくれているのだろう。
自分の手はノエルの腰に添えられていた。
上に乗っているから下ろそうとしたのか、それとも別の意図があったのか分からない。
本当に不自由だ。
頭の中で思っている考えと心で感じているものでも大きなズレが生じているのに身体でも所々で認識の不一致が発生している。
自分はノエルの腰に手を添えたまま顔を逸して小さく口を開く。
「ぜ、全部……」
「?」
「わがまま、言わせてくれ。全部……だ。グラグラのせいなのか、元々からなのか。それとも二人で湯浴みしたからなのか……へんなんだ、ずっと。試せること試したいし、その……ノエルが止める気ないなら、その…………行ける所まで行きたいというか」
ノエルから肯定が返ってきた。
自分は心のどこかで謝罪する。
不器用だからノエルとただ愛し合いたいと言えばいいだけなのに遠い言い回しをしてしまう。
そんな犬でもノエルは訝しむことなく好きでいてくれる。
自分が満たされたいだけなのもある。
でも、彼女の想いに報いる行いでもあるのだ。




