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偽物でも許されたい  作者: 厚狭川五和
『貪欲なる小狼』ニムル
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第28話「許されない罪」

 ――フィアの教会。


 レインと共にカダレアに行っている間、ノエルはずっと教会にいて大人しくしていたのだろうかという不安があった。

 フィアは厳しいようで折れやすい性格だ。

 もしかしたらわがままを言って迷惑をかけているのではないだろうか。

 そこまで信頼していない訳では無いがノエルが大人しくしていることがまず珍しく、あえて言うなら信じているから大人しくしていないことに確信がある。

 とはいえ神様は神様だ。

 それもこの教会が信仰している神様。自分の評価を落とすほどのことはしないはず。


「思ったより見つからないな。フィアに聞いた方が早いか?」


 思ったよりも無駄に部屋が多かったりする教会で一人の少女を見つけるのは難しいことを実感した。

 せめて寝泊まりしている部屋でも聞いておくべきだった。

 と、諦めかけた頃だった。

 窓の外で話しているノエルの姿を発見した。

 彼女が話しているのは……ニムルのようだ。ノエルの言葉を聞いた後に小刻みに首を縦に振って同意しているように見えなくもないが何を話しているのだろう。

 耳を澄ませても聞こえないので自分も外に出た方が早そうだ。


「戻ったぞ〜。何してたんだ?」

「犬、おかえり。随分と戻らないからイルヴィナと駆け落ちしたと思って不安だった」

「ああ、この全部見透かされてる感じはノエルっぽくて良いな」


 イルヴィナのように遠慮しない。

 読み取ったことは平然と口に出してしまう辺りがノエルらしさで、自分がノエルに求めてる部分でもある。

 と、このまま流されると何をしていたのか聞きそびれてしまう。


「冗談はいいとしてノエルは何を?」

「ニムルを教育してた」

「お前が?」

「ノエル馬鹿にされてる?」

「常識外の奴が何を教育するんだ」


 この世界の歯車ではない存在が神様だ。

 どちらかといえば人という歯車を組み合わせて出来たからくりを使って遊んだり組み替えたりするのがノエル達の仕事であり存在意義。当然ながら神様からすれば歯車は噛み合うのが普通であり反発したり、逆回転したりなんていうことは想定外。

 つまり個人的価値観で生きる人々の常識は理解できない。

 それを言えばニムルも常識はないが正解を知らない人間がテキトーに知ってることをそれっぽく伝えたら彼女の認識は狂っていくのは間違いないだろう。

 しかし、ノエルはどうも不満げだ。

 馬鹿にされたことを怒っているなら素直に伝えてきそうなものだが、口にはしない辺りに別の意図を感じる。

 これは考えあっての行動を否定された時の顔だ。

 ノエルは自分にそこまで気づかれたことを察したのか観念して何を目的にニムルに教育するなんてらしくないことをしていたのか白状する。


「ニムルをメイドにしようと……」

「なんて?」

「メイド」

「お前は娯楽に飢えた金持ちか?」


 そういう趣味をお持ちの方でも無ければ起こり得ない発想をしている。

 ただ背後で何も知らないニムルが申し訳無さそうにしているのを見るとノエルを頭ごなしに叱るのも良くない。

 ノエルが考えなしに言ったことを二つ返事で頷いてしまったと考えてしまう。

 それならノエルから話を詳しく聞いた上で正当な理由をもってニムルにその必要はないと伝えるのがこの場的には丸く収まる。

 自分は一応ノエルに理由を問う。


「犬はメイドが家にいた方が喜ぶ」

「ノエルさんの頭の中にいる俺はだいぶ歪んでるみたいだが?」

「本心で答えて」

「いや…………」


 これは……あまりにも、卑怯だ。

 ノエルは分かっているのか、それとも知らずにやっているのか。背後のニムルは言われたことを一生懸命に尽くそうとするタイプだと知っていて、今もノエルに言われたメイドという業務を忠実にこなそうという気分になっていたのに自分に断られると思って震えている。

 そう、否が応でも否定すればニムルが悲しむ姿を見ることになる。

 このままノエルの口車に乗ったみたいになるのは悔しいが……。

 精神に訴えかけてくる卑怯な手立てに屈する訳にはいかないと言葉に詰まっていると心中を知っているノエルは何やら悪い顔をしていた。

 遅かれ早かれ自分が許可を出すと知っているのに()()()()と感じたのだろう。

 おそらくイルヴィナの一件に関する嫉妬だろうか。

 今の二人は方向性が違う。

 何でも打ち明けられて怒りも悲しみも隠さなくていいノエルと、恋人のような恥じらいを含んだやり取りのあるイルヴィナ。

 ノエル的には自分もそういうやり取りがしたい。

 しかし、ノエルには駆け引きが無くてかまってほしいなら押し切ってしまおうという考えが前面に来る。

 その点だとイルヴィナも前衛的だったが気持ちをくすぐるのが上手だった。

 とにかくイルヴィナに気持ちが傾いていたのは事実。ノエルからの罰だと考えて甘んじて悪巧みを受け入れるしかない。


「そんなに口で答えたくないの?」

「くっ……」

「なら下半身で回答」

「はい?」


 ノエルは後ろで難しい表情をしているニムルの背後に回る。

 そしてスカートを軽くたくし上げたり耳をつついて動かさせたりして主張する。

 必要か必要でないか、困るか困らないかではなく見た目で判断しろ、と。

 言いたいことは分かるが神様のしていい発言ではない。


「おい、さすがに危険用語すぎるからやめろ」

「一番分かりやすいと思う」


 分かりやすいといえば、そうなのだが……。

 ニムルが困っている。本来なら給仕服なんて人間に合わせて着ているだけで違和感しかないのにスカートをたくし上げられたりしたら気になるし、耳だって敏感なのに突かれてくすぐったいに違いない。

 何より自分自身もこの状況は中々に困りどころだ。

 ノエルがスカートをたくし上げるのが下手くそすぎて見えるか見えないかではなく見えてしまっているのだ。

 ニムルもそれに気がついているからやたら恥ずかしそうに視線を逸らしている。

 下半身で回答。要するに欲求に忠実に答えろという意味だ。


「ニムルはどうしたい?」

「ガルム決めることちがうのか? なんでニムルに聞く?」

「こういうのって自分で決めるもんだぞ。人間だって自分がどんな仕事したいのか、どこに行きたいのか、誰と一緒にいたいのか。それを自分で決める。間違いを自分で気づくこともあるし誰かに指摘されることもある。でも、最初に選ぶのは自分だ」

「ニムル決めていいのか?」


 自分が頷くとニムルはノエルと自分に視線を行ったり来たりさせる。

 勘の鋭い野生児だからノエルの考えも悟っていたし、自分がどうして答えなかったのかも何となく分かっているのだろう。

 そこまで迷うものでもない。

 ニムルはまだ若いのだから間違った選択をしても誰かしら助けてくれるはずだ。

 と、ニムルは答えを決めたのか自分を見つめてくる。

 後ろではものすごい勢いで尻尾が振られているため、どちらを選択したのかは聞くまでもないだろうか……。


「ニムルはガルムと一緒がいい。ニムル、ツガイだから」

「犬は罪深い」

「誘導したのはノエルだろうが。というかイルヴィナの件で腹癒せで困らせようとしてたならニムルを家に置くのは反対じゃないのか?」

「心配ない。ノエルと犬は魂の契約。上位の契約だからノエルが一番。それに犬が悲しかったり辛かったりするよりも楽しいとか嬉しいとか、幸せな気持ちでいる方が大切。だから、別に犬の恋人が増えることに文句は言わない」

「あの自分から増やした訳じゃないんですが」

「ノエルが意図してたからね」


 なんで、と聞こうとしたが口から出てこなかった。

 ノエルの焦りが伝わってきたのだ。

 他の誰かにパートナーというポジションを取られるよりも危惧していること。

 最近あまりにも仲間という存在に助けられていたがために忘れかけていたものを一瞬で呼び戻されたような気がして冗談を言っていた時のような間抜けな顔をしていられなくなった。

 ノエルから伝わってきたのは自分が敗北する可能性。

 この戦いにおいて敗北は死を意味する。

 自分とノエルのようにプロトタイプによる代理戦争を止める目的で動いている者達なら命まで取らずとも今回対峙することとなったアステルのようなプロトタイプ相手に敗北した際の未来は一択だ。

 それを、忘れていた。

 これまでは勝てたから良しとするのはあまりに危険すぎる。

 相手の能力を知っている状況だから優位に事を運べただけで実際は情報がなければ負ける可能性の方が大きかった。

 それなのに自分は……。

 ノエルは自分のいない間も心配していたのに。

 自分の顔を見たノエルは首を左右に振り、勝手に想像して落ち込もうとしていた自分を否定した。

 そしてニムルの頭を撫でながら謝罪する。


「ノエルが勝手に行動した。犬には悪いことしたと思ってる。元々、それなりに犬のことは知っていたけどフィアに過去の記録を見せてもらったら犬には過剰なくらい幸せになってもらいたかった」

「俺のことを考えてくれたから、なんだろ?」

「犬には幸せになってほしい。好きになった女の子と離れさせたくなかった。そうすることで犬は心も満たされるし能力として皆の力を模倣することができる。それに、犬が幸せならノエルが幸せなの」


 ノエルの考えは分かる。

 たぶん死なせたくないのも第一の理由だけど同じくらいに幸せになってほしいからというのも本当な気がする。

 自分と相手が互いに気を許していれば自分は相手の能力を模倣してやや効果が弱くなった状態で使用することができる。対象の性別は問わないけど異性の方が親密な関係を築きやすいという考えは間違いではない。

 そういう目的で作られた犬のプロトタイプだから。

 本当ならプロトタイプとしての利用方法として最悪の手法をノエルは利用したくもなかったのだろう。

 ただ、理由が違う。瓦解させて不幸にするためじゃない。

 自分がもし幸せを感じられるなら相手も同じ気持ちを抱えてくれるはずで、それはノエルにも伝わる。共感しやすいノエルとしては苦しみが伝わってくるよりも幸せを受け取りたいのだ。

 それにノエルは自分の記録を見たと言った。

 フィアがなぜ持っているのかは分からないが自分が実験されていた頃の記録に目を通したという意味だ。

 幸せになってほしいという言葉に裏も表もないのは明白。


「俺はノエルにも幸せになって欲しいんだけどな」

「それは大丈夫だと言った。ノエルは犬が幸せなら同じ気持ち」


 救いようのないお人好しには呆れて言葉も出ない。

 それほどに嬉しいことでもある。何も言葉を返せないくらいに。

 とはいえ、一つだけ否定しておくことがある。


「たしかに好きな女の子と一緒にいられるのは幸せなことだけどノエルは性的な意味で体を重ねることをそれだと勘違いしてないか?」

「犬の視線がさっきからニムルの下着に向いてたから」

「いやっ、ちがう、ちがうぞ! 見えたから気になっただけで! 可愛いの穿いてるなとは思ったけど、ちがうぞ!」

「やっぱり体に聞いた方が早かった」

「だから違うって!」

「ガルム、見たいのか?」

「ニムルは誤解を招きそうな発言をするな!」


 やはり常識のない者を合わせてはならない。

 自分は見えてしまったものに対してどう評価したらいいのか分からず、せめて嫌な気分にさせない選択をしたつもりだ。

 しかし、それが伝わらなかったというより面白半分に捉えられた。

 この二人を相手に正しい返答なんてない。どのように返しても二人にとって面白い方向に捉えられてからかわれるのが決まっている。

 いっそ、それでいいような気がした。

 この二人と関わるならそのくらいでなければやってられないと割り切ればいい。


「そこで、何をしてるんですか……?」


 嫌な予感がした。

 錆びた人形のように頭を教会の中へと向ける。

 そこでは鬼が……否、フィアが三人のやり取りを優しい表情で見つめていて、窓越しにでも声を聞くことができた自分とニムルがそれを見てしまった。

 自分は横目でニムルの方に視線を向ける。

 どうやら見せる見せないの話でタイミングが分からずにスカートをたくし上げたままの状態らしい。

 死を悟った。

 フィアから見たら下着を見せるように強要しているようにしか見えないだろう。

 さて、どうしたものか。

 フィアが外に出てくるまでの間にうまい言い訳を思いつかないものかと悩む。花瓶を落として怪我をしたと聞いて確認していたと言えば誤魔化せそうだがニムルがどこの花瓶を割ったのかで問い詰められることになる。

 転んだなどの言い訳は通用しないだろう、と考えているうちにフィアは外に出ていた。


「何をしていたんですか」

「…………ニムルのパンツを鑑賞してました」

「やけに素直ですね。何か悪いことでも考えているんですか?」

「いや、事実だから素直に述べた。無駄に言い訳してお前に問い詰められるのも面白くないからな」

「ニムルを拾ってきたのはあなたですから気持ちも分からないでもないですがペットとは訳が違うんですよ? むしろ犬のあなたならよく分かっているはずですよ」


 ニムルが愛玩動物ではないことくらい知っている。

 自分とて愛玩動物ではない。愛でられるために作られた存在だとしても人権があるし嫌なことは嫌だと主張する。

 たまにノエルに犬みたいに扱われて喜んでいることはあるがあれは趣味……というより何も考えなくていいストレスフリーの時間を作って自分の精神回復に努めているだけだ。

 ニムルの場合は獣人でもないから自分より獣に近い習性で動いているせいでそういう扱いが定着しやすいだけでペットとして見ているわけではないのだが……。

 と、こちらが気にかけているというのにニムルは無邪気に蝶を追いかけていた。

 その姿を見てしまうと溜め息しか出てこない。


「なんかニムルは縛らずに自由にさせとくのがいい気がするんだ」

「下心で言ってませんか?」

「可愛いと思うことが下心ならそうなのかもな」

「…………本当は私達とは住む世界が違う。それが理由ですか?」


 自分は首を左右に振る。

 ニムルの住む世界が違うのは知っているし、ニムルが人間に合わせたくないというのなら彼女の生き方を尊重してやりたいとも考えた。

 しかし、種族抜きにしても分かりやすい理由があるだろう。


「子供は無邪気なものだろ?」


 生きる世界が違おうとニムルが子供であるという事実に変わりはない。

 だからニムルは誰かに縛られずに直感で行きたい場所へ行けばいい。自分達に縛られる必要はない。

 フィアが懸念していたような心配もないだろう。

 もしニムルが立場のある魔物だったとしても本人の意志でここにいることを宣言すれば親も無理矢理に連れて帰ろうとはしないはずだ。

 それに親の元を離れたのには理由があるだろう。

 ニムルはいつの間にか蝶ではなく庭に居た鳥を捕まえていて、満足そうに額の汗を拭っていた。


「お二人に懐いているのも事実ですし、否定する理由も見当たりませんね」

「勝手に預けといて連れて行くのも勝手に決めたのは本当に申し訳ない」

「預けられたものは返すのが普通ですよ? それにノエルから前もって相談は受けていたので勝手に、ではありません」

「そうなのか?」


 ちらりと後ろで黙って話を聞いていたノエルに視線を向けると頷きが返ってくる。

 どうやら自分がカダレアに行っている間にノエルはノエルで色々と動いていたらしい。

 自分の過去の記録を見たから過保護になっているのだろうか。いつもなら自分に確認してからするようなことも独断で進めている。

 いや、正直そちらの方が望ましい。

 ノエルも自分も心ある者として自分の意志で決定する権利を持っていた方がいい。


「ガルム、捕まえた!」

「良かったな。だけど服が汚れるから程々にしとけよ?」

「んー」


 頭を撫でてやるとニムルは気持ちよさそうに目を細めて尻尾を振る。

 色々と考慮した上でノエルの計画には危険性は少ない。

 他のプロトタイプに負けないために自分は親しい者を増やしていくことで能力の汎用性を向上させることができる。

 今のところ自分が力を模倣することのできる関係にある者達は簡単に仲違いをするような関係性の者は少ない。好色と呼ばれてしまうかもしれないが割り切ってしまえば相手を利用してしまっているという罪悪感から来るストレスも少ない。

 精神面でも負担にならないように考えているのだろう。

 それにニムルに関して分からないことがあれば聞ける相手もいるため一人で悩むこともないので安心できる。


「本日は構いませんが後日、しっかり報告書はお願いしますね」

「報告書?」

「カダレアで大立ち回りをしたんですよね?」


 そういえばフィアに向こうで起きたことを教えていたか、と疑問を覚える。

 こちらに戻ってきてから何人かの神官と話はしたがノエルの居場所を訪ねた程度で自分が何をしていたのかを話した記憶はない。フィアはもちろんノエルとニムルだって自分が何をしていたかは知らないはずだ。

 いや、ニムルは知っているが話したわけではない。

 つまり盗み聞きされてもいないはずだが……。

 自分の行く先々でトラブルが発生しているから今回も同じように問題が発生したというふうに考えただけかもしれない。

 フィアはプロトタイプの情報を管理している立場だから知りたいだけかもしれない。

 深く追求することに意味はない。


「そうだな、わりと大切な話もあるし報告書は作っておく」

「お願いします」

「じゃあ今日は二人を連れて帰るから」


 ニムルが何処かへ行ってしまわないように手を繋いで教会から離れる。

 自分より少し後ろの方を歩いていたノエルは言葉にはしなかった猜疑心を感じ取ったのか小声でそのことに関して尋ねてきた。


「フィアを信用できない?」

「信用してないのとは違うんだ。あまり、あいつのことを知らないから」


 分からないの、とノエルに聞かれて小さく頷いた。

 フィアがどんな女なのかを知らない。

 神官として果たすべき役割は知っていたが、ノエルが降ろされる前までの様子も知らない。

 だから、分からない。

 自分が見ているフィアは、イメージしている女は、本当にその通りの人間像に当てはまるのか分からない。

 嘘か真実か嗅覚による判別はできるはずなのにフィアという人物が自分の考えているものと別の人格に見えるのだ。

 どう表現すればいいか分からず口ごもっているとノエルが隣りに来る。

 あまり声を大にして言えない内容なのだろう。


「フィアが神官になる前、何をしていたのかは知らない。フィアが言わなかったことものもある。でも、ノエルに伝わらなかったとも言える」

「相手の考えが読めないこともあるのか?」

「例えば犬はニムルの下着を見たことに対して反省してる?」

「何だよ唐突に」

「答えて」


 あまりにも突拍子もない話題に困惑したが、しっかり考えた上で自分は首を左右に振ることにした。

 先程の出来事は不慮の事故とは言わないか自分の意志で招いた訳では無い。

 ニムル自身に隠そうという意思がなく、ノエルという第三者によってスカートをたくし上げられ、自分はその前にいただけ。自分が指示した訳では無いし、ニムルも見られて嫌だった訳でもなく、ノエルにも怒るつもりはなかった。

 つまり避けようと思えば避けられた事故を誰一人として避けなかった。

 そこで自分だけが反省するのも少し違う気がする。

 あえて反省するべき点を上げるとすれば目を逸らさなかった事だが自分が男であるという前提条件を考えたら仕方がないと言ってほしいくらいだ。

 むしろ痴女的行為をしたノエルの方が反省するべきだと思う。

 と、色々と考えていたが今は聞かれたことだけ答えればいい。


「理由は言える?」

「は? いつもなら俺の考えを読んで、ある程度わかってるはずだろ?」

「まったく分からない」

「冗談だろ。いや、本気で言ってるのか?」


 ノエルは頷く。

 自分は口には出さなかったがノエルを非難するような考え方をしたのだから読まれていてもおかしくはない。

 どういう状況か分からずにいるとノエルは教会の方を指で示す。

 何を伝えたいのか分からない。

 フィアの件と関係しているのか?


「犬は反省してない。なら許される気もない。ちがう?」

「ニムルには悪いけど今回、見せてきたのはノエルだからな。俺が許されなきゃならない意味がわからないし、この場合だとごめんなさいよりもありがとう……な気がする」

「犬的には眼福だしね」


 ニムルが純粋な眼差しを自分に向けてくる。

 心が痛くなるのでやめてほしい。別に「いつでもみせるぞ」みたいな顔しなくていい。

 話が本題から逸れていきそうだからノエルに視線を戻す。

 自分が許されたいと思っていないこととフィアのことが分からないことに繋がりはあるのか?


神様(ノエル)は自分の過去について許されたいと思ってない人の考えは読めない。その人が悪いことをしたと思っていないのか。それとも、悪いことをしたと思っていても自分で償いきれないと考えているのか。何れにしても自分の答えを持ってるのに神様(ノエル)が口を出すことはできない」

「フィアも、その状態なのか?」

「どちらかといえば後者。悪いことをした。でも、自分が一生を賭けても償いきれない。許されようと考えてない。むしろ許されなくてもいいと考えている」

「一体何をしたらそこまで自分を追い詰められるんだ?」

「犬も同じだったよ?」


 ノエルに指摘されて自分は言葉に詰まる。

 たぶん自分が許されることはないのだろうと、そう考えていたことは認める。

 しかし、許されなくていいとは……。

 思っていたのだろうか。

 自分は許されないことをしたのだと考えていた時間があったのだろうか。

 ノエルは静かに自分の手を強く握りしめた。

 ああ、自分が許されなくていいと考えなくなったのはこの温かみが原因か。

 誰かに特別扱いされているのに、自己完結はできない。


「一人で抱えて、あそこまで表に出さない奴も珍しいな」

「犬にも関わることだから余計に、かな」

「俺にも?」


 それは予想外だった。

 てっきりフィアとはあの日に初めて会ったのだと思っていたのにそれ以前にも何かしら関わりがあったのだろうか。

 いや、直接的にはないはずだ。

 自分の持つ嗅覚は知覚的な記憶力なんかよりアテになる。直接見た訳でないにしても匂いの伝わる同じ部屋内、もしくは窓や扉が開放状態なら建物内部に居た人間の輪郭(シルエット)くらいは分かる。

 仮に相手が若い女であるなら男よりは記憶に残る。

 自分がフィアと会った時に懐かしいと感じていないのは初対面だからだ。

 可能性は低いが自分達の研究に携わっていたのかもしれない。


「自分もフィアを追い詰めている要因なのか」

「犬はそう考える?」

「もし俺が考えている通りなら俺の顔を見るのは辛いんじゃないか? 俺だって戦争で殺した相手の家族と顔を合わせるのは苦しいんだ。争いごとの経験者じゃないフィアにはもっと重く感じてるはずだ」

「逆だよ」


 ノエルの言葉に反応するようにニムルが自分を見上げてきたことに気がつく。

 この魔物もまた共感性の高い生き物だ。

 何かを伝えたいのだろうが、この視線から何を感じ取ればいい。

 自分は殺した相手の家族から全てを奪ったのだと、幸せさえ残してはやれなかったのだと嘆いていた。

 何も知らずに生きていける訳がない。

 大切な家族を殺されて喜ぶ訳がない。

 故に彼らは苦しみ、悲しんでいるのだと当人達の口から聞いていなくても勝手に解釈していた。

 その逆?

 どうして幸せになれる?

 いや、その逆ではないのかもしれない。

 フィアはノエルから伝えられない限り悪夢にうなされていることなどは知らないはずだ。

 むしろ自分がノエルと居るのを見て幸せそうに感じるかもしれない。

 それは、間違いない。

 大切な人達に囲まれて生活している。今日もまたニムルという一人の家族が増えた。

 幸せそうに見えるのではなく、文字通り幸せだ。

 ノエルの言った「逆」の意味が理解できたかもしれない。


「ニムル、お前も定期的にフィアに顔を見せに来るか」

「いいのか? ニムル、ここにきても」

「その方があいつも喜ぶだろ」

「こんなこと聞く必要ないの分かってるけど、犬はフィアのこと許せるの?」

「許すんじゃなくて知らないんだ」


 ノエルは難しいことを言われても分からないと険しい顔をしていた。

 何も難しいことは言っていない。

 言葉のままだ。


「あいつが俺に何をしたかなんて知らねぇよ。俺はあいつの口から説明されるまでは協力者としてのフィアしか知らないんだ」

「…………自分に都合のいい理想を通すの?」

「わざわざ嫌な選択するようなマゾじゃねぇんだよ」

「もし理想と程遠い現実だったら……」


 ノエルと視線を合わせない。

 下を向かないという意味でも、お前のことを信じているという意味でも、わざわざ暗い表情をしているところなんて確認する必要なんてないのだ。


「ならないように努める。それに、俺が曲げそうな時はノエルが叱ってくれるだろ?」


 理想が高ければ高いほど現実を直視した時の絶望は大きいだろう。

 でも、誰かは言った。

 夢を見るのは自由だ。自分がどんな世界に生きたいか選ぶのも自由だ。

 叶える努力をするなら。

 そのために何もしないままで「夢は叶わなかった」と嘆くのは間違っているが、それに対して直向きに努力していたのなら誰かに咎める権利はないし絶望していても差し伸べられる手はある。

 この小さな手がそうだ。

 獣人の男である自分よりも遥かに小さい人間の少女の手が差し伸べられた。

 こんな小さな手でも、自分一人救うのには十分すぎた。

 なら自分はニムルの手も、フィアの手も引いてやりたい。

 それが、自分の役割だ。

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