第3話「神降ろし」
俺はよく考えないで行動する節が前からあったりする。
こうすれば誰かは救われるのではないか、と考えたら迷うより先に行動して実際に助けはするが相手にお節介だと非難される。
そう、割と俺は突っ走り癖があるんだ。
今回もそうだと思う。
助けたまではいいがテイムに「街に返してこい」とか「お前のところで奴隷として仕事を探してやれ」とか言い方はあったはずだ。
わざわざ俺の手当をしてくれたということが申し訳なくて、普通に考えれば怖がられてもおかしくないような俺のことを撫でてくれたのが嬉しくて、ついつい色々と理由をつけて置いてしまった。
ましてや、名前まで付けてしまった。
それが大きな問題になるなんて知りもしないで、俺はやらかしてしまったんだ。
「あの、ノエル……?」
「ぎこちない。それに犬はどうして正座しているのか分からない」
「あんな話を聞かされて普通にしていられるか!」
「普通にして」
と言われてもな、といつまでも悩んでいる俺にしびれをきらしたノエルは俺の胸を軽く押して姿勢を崩させるとがら空きになった胴の辺りにちょこんと座る。
可愛い行動だが相手がただの子供ではないと知っているから油断できない。
俺の上にいるのは神様だぞ?
さすがに話をしようにもあのままでは気まずくて大慌てで服を着たくらいだ。
「分かる範囲で質問は受け付ける」
「ノエルが神様っていうのは?」
「たぶん本当。ノエルも路地裏にいたという記憶から前に遡ることはできない。ただ、あの聖職者と同じ格好をした人たちを見たことがあるから、必然的にそうなる」
たしかに街でも見かけないような服装だ。
あれと同じ格好をした人間を何人も見ているともなれば教会の方だろうし、そうなると信仰の対象か逆にノエルも同じ聖職者の可能性しか無い。
ノエルはあまり信仰心はなさそうだし前者だろう。
「名前を付けたら、って話はどうなんだ?」
「ノエルには二つの権利がある。ノエルだけが扱える特権と、拒否権。名前を付けられてもノエルは拒否することができる。なぜ拒否権が必要なのかは分かるはず」
「あの盗賊みたいな連中に名前を付けられたら強制的にあいつらの所有物にされるから?」
「それも然り。万が一、ノエルに名前を付けたのが女性だと伴侶にはなれない。ノエルはこの空間にいる時点ではヒトと同じ身体になっているから」
「つ、つまり……するのか?」
俺は期待に声が上ずってしまう中、ついつい尋ねてしまう。
だって気になるものは気になってしまったのだから仕方がないだろう。
こう見えても俺はまだまだ若くて盛りのある年頃の男だ。それに伴侶だとか言ってくる女がいて、同性では不可能なことと言われたら想像してしまうのは普通のことであり、経験なんかまったくない俺は特に期待してしまう。
やっぱり、そうだよな。
伴侶ってことは番だし、番ってことはやるよな、あれ。
「犬はノエルに選ばれたから……というより犬がノエルに名前を付けたけど、とにかく選ばれたから永遠に生きる。わざわざ種族を残さなくてもいい」
「そうかもしれないけど、やっぱりさ。男女なら、そういうこともあるのかな、と」
「何度も言うけどノエルの体はヒトと同じ。神様ではあるけど器は人間と同じだから仮に、犬とノエルがそういう関係だから、って意味ではなく本当に犬がノエルを好きになってしまったのなら考えなくもない」
「なんか安心した」
「どうして? 逆に落ち込むものだと思っていた」
それは偏見ってものですぜ、神様よ。
俺だって盛りたい年頃でもちゃんと節操は弁えているし、そういう分別が付けられない奴らが作り出した【試作品】だからこそ分別をつけるところは付けたいと思うってもんだ。
欲にかまけて行動する男じゃないんだよ。
それに……。
「もし、ノエルがいいよって一言を口にしてたら、と俺は心配だった。いくら神様だからって情緒が無かったら俺は寂しいと思うんだ。どうせ一緒にいるならノエルにも笑ったり怒ったりは普通にしてほしいし嫌がったり恥ずかしがったりって人間味のある反応を見たかったな〜、って」
「拒絶されたいなんて、いい趣味ではない」
「そうじゃない! 男としてはされるがままのマグロより活きのいい女を抱いた方が実感が湧くもんなんだよ!」
「そうなの?」
「あ…………その、どうだろうな。ムキになって語ったのに説得力ないな」
経験がないから言い切れない。
俺はマグロのようにされるがままでいる女を前にしても興奮するのかもしれないし、実際にはどうなのか分からない。
でも願望でもいいはずだ。
無機物より有機物の方がいいと願うのは俺が生きてるからだ。
何も間違っちゃいない。
「……ノエルは犬を………………た」
「は……え?」
「何でもない。他に質問はある?」
俺はとても重要な言葉を聞き逃した気がしたが黙っていたら質問タイムが終わってしまうので即座に次の質問を考える。
ある程度は聞けたと思うし神様について聞いてもな。
ノエル自身は神様である自覚はあっても何の神様かまでは覚えていないらしいし【無名の女神】とかいう名前についても尋ねたところで分からないだろう。
なら、次で最後にするか。
「最後に、一ついいか?」
「いいよ」
「身体に触っても…………いいか?」
「…………」
「(ごくっ!)…………」
「見損なった」
あ、やっぱり怒られたか。
これは質問の仕方が悪かったのかもしれないな。
「慌てなくてもいい。犬が何を考えているのか、何となく分かっているつもり。それに緊張しているけど鼻息が荒いわけではないし特にノエルの体に興味があるようには見えなかった」
「興味がないわけではないぞ? だから傷つくなよ?」
「心配しなくてもノエルはその程度で傷つかない。犬に嫌われたら、たぶん死にたくなるけど」
「絶対にならないと思うぞ!?」
ノエルを固く抱きしめて全力で主張する。
しまった。絶対は言いすぎたかもしれない。
でも、こんな可愛い反応を見せてくれるノエルを嫌いになるくらいなら初めから誰も好きにはなれなかっただろう。
「心臓の音、ちゃんとしてるな」
「ノエルが死んでいるとでも思っていたなら心外。それに心臓が止まっていたら動かない」
「死んでも動いてる奴と出会ったばかりだからな」
こうして触れてみるとノエルは普通に人間なんだな。
俺は咄嗟にではなく時間がある今のうちにゆっくりと、ちゃんとノエルが普通の女の子であると実感したかった。
体温はあるし心臓も鳴っていて柔らかさのある女の子であると……。
「兄貴〜! 仕事が片付いたから手伝いに来た…………っす!?」
タイミングが悪いことこの上ないな。
声から察するにテイムなんだろうが空気というものを読めるようになってくれないかな、と遅くも考えるものだ。
「あ……」
「んっ」
「な、ななっ! なにしてるんすか!」
俺はちょうどノエルの鼓動が確かなものか調べようとして胸に手を当てていたものだから大きな音に驚いた俺は手を離す、という咄嗟の行動はできずに当てたままにしていたばかりか揉んでしまった。
その結果としてノエルからこのくらいの女の子が発してはいけない声が聞こえたような気がする。
色々とまずい。
何から説明したら……。
「嫁さんでもないし奴隷登録も済んでない女の子と遊んだら捕まるんすよ!」
「わ、分かってる! というか遊んでない!」
「いいや決定的な瞬間っす! 奥さんにするには若すぎるし奴隷の登録をするのが恥ずかしいからって隠そうとしてたっすね!?」
「ち、ちがう! いや、ちがわなくもないけど……誤解だ!」
「そう思って【隷属の首輪】を貰ってきて正解っすよ。ほら、首輪つけるから兄貴から一回離れろっす」
あの、テイムさんやめてください。
ノエルに何かしたら殺されるのは間違いなく俺なんだ。
俺は頭を抱える。教会の奴らに神様を冒涜し首輪をつけてさらし者にした悪い男として通報されるのが目に見えたからだ。
しかし、
――パリンッ。
何の音だ?
「な、何が起きたっすか……」
「どうしたんだテイム……っ!」
俺はテイムの方を見て唖然とする。
本来は契約の証として使われている【隷属の首輪】は他人に破壊されて所有権を奪われたり本人が頑張って壊して逃げ出したりしないように特殊な魔力を流しながら鍵となる言葉を呟かなければいけないはずだ。
それが、何もせずに壊れた?
「ノエルに首輪を付けようなんて悪い虎。尻尾を引き千切られるのと虎に見合わない小さな猫になるのどっちがいい」
「意味わかんないこと言うなっす」
「ノエルは選択肢を与えたけど選ばなかった」
「なっ! 今度はなんすか!」
「テイムが小さくなったぞ」
いや、正確には猫になった、か?
見た目は可愛いが威厳も何もないし本当に猫みたいになってしまったから服も何もノエルが後付けした首輪だけになっている。
これが特権なのか?
「やはり虎は危険」
「小さくしといて言う台詞っすか!」
「犬は大人しい。ノエルに危害を加えない。えらい」
「さ、逆らったら駄目だって俺の野生のカンが言ってる」
「危機管理能力が高いのはいいことだと思う」
俺はテイムを猫のように抱えあげる。
少しだけテイムが別の、どこかにいた野良猫と入れ替えられたのかと疑ったが腹の辺りにある縞模様が完全に一致しているのでこの猫はテイムだ。
これは本当に逆らったらまずい。
俺も本当の犬にされてしまうかもしれないのだ。
さすがにそのままにしておくわけにはいかないので俺はテイムに事情を説明した上で二人してノエルに頭を下げて元に戻してもらった。
このままでは話そうにも端的にしか伝えられないからな。
ちなみに服も消えたわけではないのですぐに着てもらう。
「なるほど、兄貴がノエルって名前を付けたことで契約を交わしたような状態になった、と」
「そういうことになる」
「でも神様って普通は俺達と同じ所にいたらだめな存在っすよね。何か理由がないと降りてきちゃだめなんじゃないっすか? 絶対に帰った方がいいっすよ」
「…………もう戻れない」
「へ?」
「神様は都合のいい生き物ではない」
そう、だよな。
ノエルは人間のいる世界に降ろされた時点で神としての器から切り離されているんだから帰れと言われても帰った先でノエルを受け止めてくれる容れ物がないと……。
だから乱暴者だと分かっていても仕方なく俺と契約したのか?
「犬は心配しすぎ。ノエルは嫌だったら嫌だと言える。だから落ち込まない」
「べ、別に落ち込んでない」
「耳が垂れてる。そういうところも含めてノエルが自分で選んだから名前が欲しいと言った」
「!」
「兄貴? 毒されるの早いっすよ?」
いや、毒されるというかノエルの言葉が俺の求めていたものに近かったせいもあって契約とか関係なく嬉しいんだ。
選んでもらえる、ということにここまで感慨深いものがあるとは思わなかった。
だって選ばれたことなんてなかったから。
愛されたことなんてなかったから。
こうして信じてもらえたことが何よりも嬉しいんだ。
「で、ノエルは何で降りてきたんすか?」
「知らない」
「ふざけるなっす」
「いや、本気。ノエルは知らない」
「はぁっ!?」
「自分の意思で降りてきたわけではない。人間に降ろされたからノエルはここにいる」
人間に降ろされた?
つまり「神降ろし」をやった人間がいて、ノエルは有無を言わさず神様のいるべき世界から連れてこられたってことか?
しかも裸で……。
あ、なんか腹立ってきた。
ノエルを、神様を自分の都合で降ろしたくせにアフターケアも何も考えずに放置した挙げ句、路地裏で襲われたのも無視した奴がいる?
一発殴らないと気がすまないぞ。
「ノエルを降ろしたのって教会の人間か?」
「たぶん。最後に聞いたのは祈りではなく救いを願う言葉だった」
「兄貴、街の人達が拠り所にしてる教会を潰さないでほしいっす」
「まだ俺は何も言ってないぞ」
「顔を見ればわかるっすよ!」
「だって神を崇める連中が神様を降ろしたんだぞ! そんなことして平気な顔してる奴らの気が知れねえよ! 何より裸の状態で降ろされてるし人間に襲われてたんじゃノエルが可哀想だろうが!」
「それはまあ、そうっすけど」
ほら、ノエルからも何か…………ノエル?
俺が怒っているのに対してノエルは落ち着いている。あんなことをされたのに何も思うことがないのか?
少し不安になって俺はノエルの顔を横から覗き込む。
あ、これ怒ってるやつだ。静かな怒りってやつだ。
「天罰が必要」
「ノエルさん? 俺が言うのも何だが手加減しないと街を滅ぼしかねないぞ」
「犬以外にノエルの裸体を見られたのは屈辱。やはり相応の罰を与えないと調子に乗られては神様としての威厳が」
「あ、俺は男として見てもらえてないのか」
「犬?」
ちょっと心の声が漏れてしまったな。
ノエルがどんな存在であったとしても女の形をしているからには男として俺のことを見てほしかった、なんてことは言えない。
それこそ俺の臆病のカタチだ。
誰かに見てほしい、認めてほしいと願ってばかり。
知らないやつのエゴで作られたのにゴミのように捨てられた記憶が、俺をそういう男にしたんだ。
と、俺が落ち込んでいるとまた耳が垂れていたのかノエルが俺の頬に両手を添えてきた。
小さい手だから掴まれているような感じはなく優しさすら感じる。
「犬は特別。枠組みの外に出したわけではない。ノエルの守護者、ノエルの伴侶つまり夫となる人。ノエルの半身とも言える」
「どういう意味だ?」
「守護者たるもの汝いかなる時に問わず守るべし。ノエルが裸だからって何かあった時に助けに来れなかったら意味がない。ノエルの伴侶なれば我その身あます処なく捧げるもの也。犬はノエルの伴侶だから恥ずかしいとか関係ない。お互いがお互いの体を自分自身の体のように扱わないと」
「そりゃそうかもしれないけど、嫌じゃないのか? 昨日今日あったばかりの男だぞ?」
「犬はノエルのこと嫌い?」
嫌いなわけがない。
普通に考えて自分に寄ってくる女を拒絶できるほど俺はモテているわけではないし、ノエルのことはぶっちゃけ好きな方だ。
でも、それとこれと何の関係が?
「ノエルは神降ろしをされた時点で極端に長生きして少し特殊な力があることを除けば人間と同じ。それならノエルはいつか、本当に二人が理解しあえたなら犬の子をこの身に作したい」
「なっ!」
「つまりはそういうこと」
「まさか幼女に許嫁になられるとは思わなかったって顔っすね」
「お、俺の子を……ノエルが……」
止まれ俺の想像力!
無駄に生々しくてリアリティのある想像なんかしたところでなんの意味も無いんだから止まってくれ!
ノ、ノエルは神様だから老いることはないわけで、言い換えるとすれば歳を取らないのだから成長しないという意味でもあって、つまるところ今の体が成熟した状態ということで……。
とりあえずノエルから顔を背けろ俺。
その、ノエルが俺の子をな、作したいって言ったんだよな?
つまり俺はノエルと、こんな幼い見た目の女と……っ!
まてまて!
お、俺は神様相手になんて不埒な想像してるんだ!
あれだ、子を作したいって言ったって相手は神様なんだから俺とノエルがどうとかなんとかしなくても授かっちゃったりするんだろ?
ほら、神様なんだからいつの間にか宿るみたいな?
とやかく考えていたら目線が合わないのが気に食わなかったのかノエルは再び俺の顔を押さえる。
「喜んだり興奮したり、慌てたり落ち込んだり犬は忙しいね」
「ぅおんっ!?」
「犬はもう少し物事を単純に捉えてもいい。疑いすぎるのは悪い癖。それに先に言った。犬はノエルに名前を付けて守護神になった。同じ神様なら焦る必要もない」
「お、俺が……? ノエルと同じ?」
「そう。同じまたは対等。故に半身」
思っていたよりも簡単なのか?
俺がノエルのことで悩んでいたのは「単純なこと」で、立場とか性別とか色々と考えようとするから難しくなっていたのか?
そう考えると、この小さな手の優しさがより暖かく感じる。
ほんと俺はどうしようもない犬だな。
この手に撫でてほしくて仕方がなくなっている。
「ちぇっ、兄貴に嫁さんができるはずが無いから俺が変わりになろうって思ってたのにっすよ」
「虎は無理。男だから犬が満足しない」
「お前だってガキンチョのくせに生意気言うなっす!」
「わりぃ。テイム、俺もさすがにそれは無理」
「兄貴まで!」
「いや、そりゃ女の方がいいに決まってるだろ。それに嫁さんの代わりにって、お前まさか……そういう性癖だったのか?」
「兄貴限定っすけどね」
「そこで胸を張るな! 心底呆れたぞテイム!」
慕ってくれているとは思っていたが重すぎて応えたくない。というか男同士はごめんだ。
いや、そもそもの話だろ。
俺に嫁ができるはずがない、って言わなかったか?
まあいい。話がこじれる。
「テイムは明日ひまか?」
「特に商談もないから暇といえば暇っすけど……急になんすか」
「ノエルが人間の世界に降ろされた理由を確かめる。元より教会の人間から顔を出せと言ってきたから都合がいいと思ってな」
「虎も同席すれば説明する手間が省けて一石二鳥。犬の考えに賛成」
テイムも忙しいとはいえ休みなら断る理由もないはずだ。
まずノエルを追い出そうとしている理由が嘘を言っているようで気に食わないというのが第一だろう。
それを払拭するにはいい手段である。
「兄貴、ちょっといいっすか」
いつになく真剣な声色で呼ばれた俺はノエルに目配せして隣の物置部屋へ移動する。
心配するな、という言葉が伝わっていればいいが……。
「あんまりノエルを信用するなっす」
「嫉妬してるのか? 長く一緒にいるテイムよりも仲良くなるのが早かったから取られるんじゃないかって不安なんだろ」
「真面目に言ってるんす!」
肩を掴んで壁に押し付けられた俺は慌てる。
声は抑えてくれていたが暴れているような印象をノエルが受けてしまうと俺ではなくテイムが危ない目にあう。
テイムは紛れもない友なのだから。
「兄貴は神をも手にかける尖兵として作られた【試作品】の一人なんすよ? ノエルが神だと言うなら自分を殺しうる可能性のある男を知らないわけがないし、教会の人間とグルになって兄貴を消そうとしてるんすよ!」
「おいおい、何を言い出すんだよテイム。ノエルがそんなことするわけ……」
「ないと言い切れるっすか?」
俺はテイムの言葉に言葉を詰まらせる。
そうだよ、職業柄で出会って一日二日の人間を信じろと言われてもできないのが俺で、ましてや相手が女だったら色仕掛けとかを疑うから余計に信頼関係が根付くまで時間がかかる。
テイムでさえ数日じゃ話をできるくらいまでしか信頼できなかった。
だからノエルのことを完璧に信じているかと言われたら違うのかもしれない。
だからって、そんなことあるかよ。
あんな優しく撫でてくれるやつが、命を狙ってるなんて……。
「仮に、もしノエルがお前の言ったとおりなら俺は昨日の時点で殺されてるよ。あの屍野郎も【試作品】なら見逃すわけがないし、あいつに殺されかけた俺を助けるなんて以ての外だとは思わないか?」
「俺は、心配なんすよ……兄貴がまたきずつくことになるんじゃないかって」
「もし神様が俺に死ねって言うなら、その時は必死に足掻くさ。それにノエルは嘘を吐ける神様じゃない」
むしろ怪しいのは教会の人間だ。
ノエルに救いを求めたのは本当のことだとして神降ろしという荒業を使ってまで救ってほしいというのは少々傲慢がすぎる。
そもそも神様は見守るものだ。直接は手を下さない。
教会の人間だというのに信仰心はどこへ消えたのか、という横暴な言動や行動は正直言って本当に信者なのか疑うところだ。
「それにな、テイムよ」
「っ!?」
今度は俺がテイムの肩を掴む。
こっちだって必死なんだから当然だろう。
「俺はノエルみたいな嫁が欲しかったんだ!」
「な、なな……どういう意味っすか!?」
「どうもこうもない! お前相手にもまったく怯まない強気な態度といい、神様でありながら無垢な少女のような健気な気遣い! 俺はあんな良い女の子は他にいないと思うんだ!」
そう、あそこまで完璧な理想のカタチの女の子はありえない。
見た目が若すぎようが神様だろうが関係ない。
ノエルは俺の求めた理想像そのものだ。強さも優しさも、可愛らしさも母性も兼ね備えた存在を易々と手放せるものか。
むしろ殺されてもいい。ノエル相手に腹上死できるなら本望だ。
「兄貴……もしかして幼女好きっすか?」
「ちちち、ちがうぞ!」
「犬、いつまで虎と話してる。もしかしてノエルよりも虎の方が好き?」
「んなわけあるかっ!」
俺はどっちに対しての否定なのか自分でも分からなかった。
ノエルのことを嫁にしたいとは言ったし理想像だとも言ったが断じて幼女が好きというわけではないし、かと言ってテイムのことをそんなふうに見たことは一度もない。本当にない。
でも、どちらかを肯定したら俺はとんでもない男だと思われてしまう。
「あんまり兄貴にベタベタするなっす! 神降ろしされたからって堕ちすぎっす!」
「別に愛情を育むことに問題はない。神様としての立場から言わせれば異なる生い立ちにも、可能なら自然とかにも愛情を持ってくれる人が増えてくれた方がいい」
「あの、ノエルさん。あまり変なところは触らないでくれます? こんな姿してても感触はあるんだぞ」
「ノエルはもふもふしているだけ」
「あ、はい」
「兄貴がされるがままのぬいぐるみみたいになってるんすけど!」
いや、だってくだらないプライドとかより女の子が触ってくれるなら大人しく触られていた方が幸せだろう。
こう見えても俺は男だからな。