報告書070《停滞する者》
【大切な兄妹】
何の変哲もない一家に生まれ特に目立って優れたことなどなくとも不自由なく生活できていたことに満足していた。幼い頃から正義感が強く転んでいる者がいれば慰め、親とはぐれ迷子になった者がいれば共に探し、そうして誰よりも自分は「誰かのため」に生きようと決めていた。そんな一家に妹が生まれた。自分に向けられる愛情や期待などの感情は次第に減っていき、それに比例するように妹に向けられる愛情の方が大きくなっていったが彼は僻むのではなく自分より後に生まれてきた存在を愛した。今まで家族や周囲の人間が自分に向けてくれた感情を今度は自分の妹が受けとるべきだと判断した彼は妹を溺愛し危険となるものから遠ざけ大切な家族として守り続けた。妹は誰よりも自分のことを大切にしてくれた兄を敬愛し、自分を守ってくれた分だけ支えていかなければならないと心に決める。
【停止を願う心】
ある日、人道的とは言えない研究を行う者達に捕らえられてしまった兄妹は施設に連れていかれたが兄が「実験を施すのは自分だけにしてほしい」という願いを届け出たので苦痛を伴うような人体実験は兄が全て受けることとなり、これで妹は何一つ傷を負うことなく解放されるだろうと考えた。それを過ちだと知ったのは研究者に「今日が本番」と言われていた日。いつものように恐怖を植え込むように痛みを与える実験が始まり、いつものように堪えていれば終わると考えているとわざとらしく彼に見える位置にもう一つ実験を行うための台が運ばれてくる。考えたくもなかった悪い予感に顔を向けると彼が大切にしてきた妹が涙を流して彼を見ていた。目の前で大切な妹が泣いていて、その首には今まさに断罪用の斧が振り下ろされようというタイミングで彼は苦痛に顔を歪めながらも何度も妹を助けてくれるように懇願した。残酷な実験を止めるように訴えた。彼の願いが神か悪魔に届いたのは奇しくも頭部が胴体から切り離された後だった。
【停滞する者】
彼が願ったのは何よりも大切にしてきた妹を救うことだったのに対して力を与えた存在は嘲笑うかのように残酷な結末を彼に迎えさせる。誰かに奉仕することで、誰かのためとして生きることで自分の価値を決めていた彼に与えられたのは「自分が助かるため」に周囲の時間を停止させる力。誰かを助けることも叶わず、自らが老いて死ぬこともできないように彼自身の時間も停止されて長過ぎる時間をただ一人で生き続けることを強制された彼は救えなかった妹に一言「すまなかった」と伝えるためだけに自分を停滞から解放する術を探している。
失った時間を取り戻すことは不可能だと考えているため過去に縛られる者とは距離を置いている。




