第1話「試作品(プロトタイプ)」
いつも見る夢がある。
四角い、金属ばかりに囲まれた部屋で俺は横になっていて、その体は鎖やら枷やらで拘束されている。
そして同じ空間に何人か人間がいて一人が俺に針を刺そうとする。
何の薬だ、何をする気だと叫んでも聞いてはくれない。
俺は打たれた薬に対する拒絶反応と戦いながら視線を泳がせる。
そして目が合うのだ。
ガラス越しに部屋の外から俺を見下ろす冷たい目と。
――フーヴルの丘。
「ガルムの兄貴~、朝っすよ~!」
「…………」
俺は慌てて体を起こしたが先程までのことはやはり夢だった。
少し視線を逸らせば窓の外から壁を叩いて爽やかな笑みを見せる虎の姿がある。
わざわざ夢の再現みたいに出てこなくてもいいのに。
「入れよ、テイム」
「ガルムの兄貴が寝坊なんて珍しいっすね~」
貶しているのか冗談のつもりなのか虎は、テイムは笑顔を絶やさないまま俺の家へと上がってくる。
無論、俺の友人だ。
雨が降る夜に出会い、特に今まで理由なんて聞いたことがないけど俺を助けてくれている。
商人ではあるが基本的にここから一番近い街に薬の素材やら獣の革や肉を納品しているため、毎日のようにここへ顔を見せに来るのだ。
俺の様子を見るために。
「ていうか無防備っす。せめて服ぐらい着ないと襲われるっすよ?」
「下は穿いてるだろうが。それに俺を襲おうなんて考えるやつはとんでもなく体のでかい化け物くらいだろ」
「ちがいないっすね!」
俺は獣人の中でもそれなりに大きいらしく人間からすれば近寄りがたい存在ともいえる。
故に襲ってくる相手などいない。
むしろ逃げずに接してくる虎の存在が奇異に思えるほど、俺には人間という存在が寄り付かない。
それが寂しくも、気楽とも感じられる今日この頃。
「これが前回の報酬っす。隣国の王族の所有物が盗まれ、それが偶然にも貴族の手に渡ってしまったらしいっす。完全に兄貴のお手柄だって喜んでて」
「俺のことを、話したのか……!」
テイムは急に青ざめる。
親しき仲にも礼儀、どうとか言うが礼儀というよりも俺と関わる時の条件のようなものだ。
俺の名前を妄りに他人に伝えるな、と。
「っ! い、いや誰が取り戻したかは言ってないっす! あくまで取り戻してくれた者のお手柄だと言っていたから俺なりの解釈で……!」
「ならいい。迂闊に俺の名前を出していないなら、な」
テイムは胸を撫で下ろす。
別に脅しているつもりはないがテイムは口が軽くなってしまうことがある。商人である手前、お得意様の個人情報にあたる部分は伏せているだろうが万が一ということもあるだろう。
俺の名は、あまり広まると困る。
「それはそうと【試作品】を名乗る存在は付近じゃ目撃されていないみたいっすね」
「まあ、あまり多く目撃されても困る」
「兄貴が忙しくなるっすね」
そう、俺は【試作品】を探している。
探して、見つけたら破壊している。
テイムが発した【試作品】というのは獣人など様々な種族を使って作られた生物兵器のことだ。
実際の製造方法は知らないが人間に作られ、今や一般人に紛れて出歩いているのが普通の存在。
危険であり、例外であり、軽蔑の対象。
憐れむより先に憎まれる存在。
「なんで兄貴は【試作品】を殺して回るんすか?」
「人間が過ちに気がつくまでに【試作品】の方が先に心を傷つける。俺と、同じようにはなってほしくないんだ」
「一人ぼっち……てことっすか?」
「ああ」
俺は人間に作られ人間に否定された【試作品】の中でも限りなく残念な存在ともいえる失敗作だ。
戦争の道具になるはずが制作者を襲った欠陥品。
「兄貴は紛れもなく人っすよ。心がない兵器なんかじゃないっす」
「……機嫌とっても金は払わねえぞ」
「ケチ臭いこと言わないでほしいっすね~」
「ちがう、お前ががめついだけだ。俺に協力してるのも希少価値の高い品物が欲しいからだろ? そんなやつが柄にもなく優しい言葉をかけてくるなんて信じられるわけがないだろ」
「ま、間違ってはないっすね」
そう言ってテイムは荷物の中から一枚の羊皮紙を取り出して俺の前でひらひらと振ってみせる。
あれは、仕事だ。
俺達は持ちつ持たれつの関係である。
テイムは俺に【試作品】の目撃情報や制作者に関する情報を調べ、その代わりに俺はテイムの要求に答える。強欲な奴等から物を奪い、一般人の市場に流したり、それこそ人さらいみたいな仕事を頼まれたこともある。
でも、テイムは悪い男ではない。
盗む仕事には必ず理由があるし人さらいを依頼してくる時は村娘を連れ戻すためだったりする。
だから信頼はしているのだ。
「今回はなんだ。盗みか? 人さらいか?」
「悪党かなんかっすか。まあ似たようなもんっすね」
「ええと……今晩、街を出ていく荷馬車を襲って荷台にあるものを回収……って完全に犯罪だろうが!」
見つかったら俺が捕まるような案件だ。
ただ事ではない。
「どうも荷馬車の持ち主が盗賊団の一味らしいんすよ。だから何か起きる前に対処してほしいって街の責任者からの依頼っす」
「あ、ああ……俺はついに汚れ仕事専門の傭兵にされたのか……!」
たしかに羊皮紙の隅に街の責任者の署名がある。
これを断れば街からのテイムに対する信頼が失墜し、かといって引き受ければ本当に悪党呼ばわりされてしまう。
簡単には決められない。
「ちょっと考えさせてくれ」
「今さら何を言ってるんすか! 兄貴は悪名高い盗賊団を潰すように依頼された正真正銘信頼された側の男なんすよ!? 迷う必要がどこにあるんすか!」
「ま、待て! 俺が保身のために受けないとでも言いたいのか?」
「じゃあなんすか!」
「報復の可能性を考えろ! もし盗賊団の長に話がいったら街の奴等が報復を受けるんだぞ。何より、それを避けようと考えるなら今回の依頼では人を、殺さなきゃいけねえんだ。簡単においそれと引き受けていたら生物兵器だって肯定しているのと同じだろうが!」
俺は落ちぶれたくない。
ただ、この生を後悔したくないだけなのに【試作品】という事実だけが俺の人生を狂わせようとしてくる。
テイム、俺は怖いんだよ。
いつの日か俺が犯罪者にされ、お前とこうして話をできなくなる可能性があるのが。
「……悪かったな、怒鳴って」
「いや、兄貴の言ってることは間違いじゃないっす。だから」
「テイム、俺はべつに──」
「俺もついていくっす!」
「…………………………は?」
俺は耳を疑う。
商人といえば信頼が第一の人種だというのに犯罪紛いのことに手を貸そうと言うのか?
いや、そもそも街の方から依頼を出されているなら悪くないのか?
俺が一人で依頼を受けたとして、荷馬車を襲っているところを誰かに目撃されれば危ないかもしれないがテイムは街の責任者から直接で仕事を渡された男だ。姿を見られても執行しているだけだとわかるはず。
なら、悪くない選択ではないか?
「兄貴、俺はあの夜から兄貴のものっす」
「はい?」
「雨に打たれながら黄昏ている兄貴を見て俺は確信を得てしまったんすよ! 俺はこの人に身も心も捧げるために産まれてきたんだって!」
「あの、テイムさん?」
「安心してほしいっす。兄貴がここを追い出されることになっても俺が一生そばに居続けるっす。悪名に尾ひれがついて女が寄ってこなくなっても俺が代わりを勤めるっすから!」
「俺を憐れむんじゃねえ!」
たしかに今の今まで誰とも夜を明かしたことはなかったが最初が男相手だなんてごめんだ!
というかテイムは俺の何に心酔しているんだ?
普通ではないが特にいい意味で目立つわけでもなければ性格も優しいわけではないし、何よりテイムが反応したのは雨の中で黄昏ていた俺だというではないか。
そもそも黄昏てない。今後どうするか考えていただけだ。
「とにかく俺はそういう男っす。体裁とか気にせずに必要なら人手として頼ってほしいんすよ」
「その、俺はなんて言えば」
「手伝ってくれの一言で十分っすよ」
「…………て、手伝ってくれ……るか?」
俺のどこに惚れ込んだのか分からないがテイムは本気だ。
こうして二人で盗賊団の荷馬車を襲うことになるのだった。
──その日の夜。
「テイム、準備はいいか」
「いつでも万全っすよ」
俺はテイムの返事を受け、草影から街道へと姿を現す。
突然あらわれた敵かもしれない存在に荷馬車の御者は動揺して馬を止める。
少しだけ嫌な臭いがするが……まあ、気にしないでおこう。
今は馬車を検める方が先だ。
にやりと不気味な笑みを浮かべた俺はそれらしい嘘を並べていく。
「この時間に街を出ていく馬車は無いと聞いていたんだがな〜」
「な、何者だ! この馬車はちゃんと街の責任者に承認をもらって走らせているものだぞ!」
「ふーん?」
承認をもらってるならテイムに依頼したりしないよな。
さて、どうにかして御者が嘘を吐いてることを証明しないと一方的に襲ったともなれば本格的に犯罪者の烙印を押されかねない。
そうだな、辻褄の合わない言葉か証明書みたいなものを見せてくれるといいんだけどな。
「俺は用心棒だ。最近何かと物騒だから雇われたのさ。何でも街の人間がさらわれたり、大切な商品が盗まれたりしているんだそうだ」
「わ、私を疑うのか!?」
「まあそんなに怒るなよ。こっちだって仕事なんだ。確認さえ取れたら何も止める理由なんてない」
「この……!」
「待て、大人しく見せてやれ。証明書ならもらってるだろ」
馬車の中に物分りのいいやつがいるな。
ただ、怪しい空気だ。
あるのならば最初から提示すればいいものを拒んでいたし馬車の中にいる人間に言われて思い出したかのようにリアクションするのはどうもおかしい。
少し揺さぶってみるか。
俺は御者の差し出した証明書を凝視しているふりをしながら疑いを向ける。
「なあ、それ本物か?」
「見せろと言ったのに疑うのか!」
「とりあえず同乗者を確認したいから馬車から降りてくれないか?」
「それは……できない」
「こっちは手荒いご挨拶って手段、あるんすよ」
「なっ!」
御者は後ろの方から現れたテイムに驚く。
やはり中に見られてはいけないものを積んでいるか。
「じゃあいいや、降りなくても……《解析》!」
「っ!」
俺は証明書に「物体に付与されている何かしらの状態を確認する魔法」を使って確認する。
まだ練度が足りないから筆跡までは判定できないが決定的な証拠さえ掴めればいい。
そう、偽造だという証拠さえ掴めれば。
「魔法による情報改竄。おそらくは別の御者に渡された証明書を奪って情報を書き換えたんだろうな」
「死ね――」
「生憎だが」
馬車の隙間から銃を向けてきた人間がいたが俺は動じない。
むしろ間合いを詰めて瞬きする間も与えない速度で御者の横に飛び乗ると銃を構える腕を掴んだ。
「俺はお前が狙うより早いんだ」
「ぐあっ!」
「さて、お前はどうする? って言ってもこの距離じゃ諦めた方が懸命だぞ?」
「わ、分かったから殺さないでくれ!」
「ああ、お前は生かしておく理由がある」
俺を殺そうとした奴は転じて死ぬべき。
しかし、こういう諦めのいい奴は嫌いじゃない。理由がなかったとしても無碍に殺してやることもないのだ。
とはいえ派手にやりすぎたな。
先程の男は地面に叩きつけられた反動で内蔵が潰れてる。もう長くはないし御者の男からすれば諦める理由にはなったんだろう。
「兄貴、こっちは問題なしっす!」
「楽しそうだな、テイム」
俺の問いに苦笑いしたテイムはたしかに男を縛り上げるとき楽しそうな顔をしていたのだ。
意外と内面ではそういうことを求めていたりするのか?
「さて荷台は、っと」
「…………まさかの麻袋一つっすね」
「空振りか?」
「いや、そうでもなさそうっすよ」
テイムがそう言うと麻袋が勝手に動き始める。
心霊現象かと慌てそうになったが何やら人間のような声が聞こえてきていたので理性は飛ばずに済んだ。
そう、声も声で間抜けな寝ぼけ声なのだ。
「……ん?」
「裸の女が出てきたぞ」
「裸の女っすね」
麻袋の紐が緩み中からゆっくりと出てきたのは人間の幼女であり、その身体には一切の邪魔なものをまとってはいなかった。
正に汚れなき無垢な天使という感じだ。
髪は白髪で背中にかかるほどの長さ、瞳は空を映しているかのような水色。一糸纏わぬ身体は真っ白で本当に綺麗だとさえ思う。
ただ胸がないのは残念だ。
いや、年相応かもしれないが――。
「…………むぅ!」
「ぐぁっ!」
殴られた。
視線に気が付かれたのだろうか。
寝ぼけていたはずなのに俺の視線に気づいて攻撃してくるなんてよほど自分の身体に自信があるのだろうな。
というか痛い、死ぬ。
「あちゃ〜、犬獣人の鼻は攻撃しちゃ駄目っすよ?」
「視線がやらしい。仕方がないと思う」
「見惚れてただけだろ! そもそも壁みたいな身体してるくせに一丁前に視線がどうたらいうな!」
「私は壁じゃない」
「お前だよお前の胸のことだよクソガキ! そんなんじゃ欲情できねえよ!」
「…………」
と、俺はさんざん怒鳴り散らしてから理解する。
本当は誰でもいいから慰めて欲しかっただけなのに、どうも俺の歳じゃそんなことをしてるのは変態くらいらしくて抵抗してしまう。
でも、俺だって一度くらいは誰かに甘えたいんだよ。
誰にも優しくされてこなかったから。
誰にも頭を撫でられたことなんてなかったから。
と、俺がいじけていると頭の上にふわっと何か乗せられた感触がある。
「…………」
「あ、憐れむなよ。俺はガキじゃねえんだ」
「私は犬の頭を撫でているだけ」
壁のくせに、虚無のくせに大人ぶりやがって。
でも不思議とこの幼女に頭を撫でられていると嫌な気分にはならず、逆に幸せな気持ちになった気がした。
「あー、兄貴はナイスバディな姉さんより幼女が好きなんすね?」
「ちがうぞ! 断じて違うからな!」
「まあまあ世の中には未成熟な女じゃないと興奮しない男なんて普通に存在してるんすから兄貴がそうでも軽蔑はしないっすよ」
「…………。まあいい、この話はどうでもいいんだ。問題はこの女がどうしてさらわれそうになっていたか、だろ?」
俺はしれっ、と追求を逃れる。
だって俺の性癖なんかより今は仕事の途中で、盗賊の馬車にはこの女以外に何もなかったという現状がある。
理由を探る方が大切だ。
もしかしたらこの女をすぐに返してやれるかもしれないのだから。
と、俺の外套でも貸してやらないと裸のままだったな。
「答えろ。真面目に答えてくれたら開放してやる」
「本当だな!? 本当に開放してくれるのだな!?」
「質問するのはこっちだ。余計な口を開いたら殺す」
こういう時に「お仕置き」とか言っても弱い。
一つの選択でもう後に戻れない状況を作り出すなら「死」を考えさせた方が後で何かしらの報復を受ける可能性も低い。何かと都合がいい。
何より向こうは倫理を捨てた行動をした。
同じ人である幼女を、まるで物であるかのように袋に詰め込み誘拐しようとしていたのだ。
本当なら人間として扱うに値しないクズである。
「どこから連れてきた」
「西地区の路地裏からだ」
「こいつは、その時点ではどんな状態だった」
「すでに裸だった。ただ乱暴されたようにも見えなかった」
今の幼女にはいくつかアザがある。
まあ栄養をしっかり取らせた上で休ませれば痕にはならず綺麗に治る程度だが男の話が本当ならこのアザは……。
本当に救いようの無い奴等だ。
「テイム、西地区はどんな場所だ」
「んー、西地区は基本的に貧しい家もなければ馬鹿みたいに金を持った貴族もいない、いわゆる普通の地区っすね」
「だそうだ。お前の言った話はありえないと思うが?」
「ほ、本当だ!」
「黙れ! すでにお前らは無関係の女に、しかもまだガキなのに手を出した最低なクソ野郎なんだよ! 自分たちの罪も明かさずに生きて帰ろうなんて浅ましい生き物だな」
「それ以上はいけない」
男を殴ろうとした俺の腕を意外なやつが止めた。
そう、あの幼女だ。
訳もわからないまま誘拐され暴行されたというのにまだ誰かを庇ってやろうなんて思っているわけではないよな?
「犬は手を汚してはいけない。犬の手は、綺麗な手だ。本当に綺麗な手」
「お前、この男を許すのか? お前に乱暴したんだろ?」
「殴られた。色々な所を触られた。でも、それだけ」
「それだけじゃねえだろ!」
俺は幼女の肩を痛くない程度の力で掴み、説得するように揺さぶった。
何がそれだけだ。女にとって顔も身体も傷が残ったらだめなものだろうが。
もっと、自分を大切にしろよ。
「お前は若いんだ。まだ未来が何も決まってない自由な人間だ。それが、こんな男のせいで決められてしまったら、それは違うだろ……」
「私のために罪を償える犬が罪を重ねるのは不本意。犬が罪を償えなくなるくらいなら、私は今日のことを忘れた方がいい」
「お前な!」
「兄貴止めるっす! その子は兄貴を思って言ってるんすよ!」
「分かってる。分かってるんだよ、そのくらい」
俺は今だけは性別とか種族とか関係なく、ただ同じ生きる人として幼女の寂しそうな身体を抱きしめたくなった。
こんな考え方、お前くらいの歳でするものじゃないんだよ。
「俺を考えてくれたことには感謝する。でもな、誰かを救済するのと自己犠牲で代えるのは別物なんだ」
「私は抱きしめられるような事をした覚えはない」
「いいんだ抱きしめられてくれ。その方が俺も救われる」
「まさか欲情」
「しねえよクソガキ」
単に、お前の優しさが嬉しくてな。
テイム以外に俺に優しくしてくれるやつなんか、今までいなかったんだ。
「それにしても、俺の手が綺麗なんてお世辞でも嬉しいことを言ってくれるな」
「本当に綺麗だから仕方がない」
「さっき一人だけ殺しちまった手だぞ」
「いいや、犬は誰も殺してはいない。あれはすでに――」
「兄貴!」
「なっ!」
テイムに呼ばれて視線を向けた時には遅かった。
先程、俺が投げたから死んだと思っていた人間は蘇り――いや、初めから死んでいたものが動いていたのだ。
今思えば生きている人間にしては腐った臭いが強い。
まさか……嘘だよな。
死体が動いていたなんて。
「テイム! 奴に近づくな!」
「っす!」
テイムが着地する寸前、死体だと思っていたものが攻撃しようとしていたので止めて正解だったかもしれない。
あれは、普通じゃない。
テイムでは、普通の人では危険だ。
「ほう、気がつくとは。私が持つ【試作品】が嗅ぎ分けたわけだ」
「お前は関係者なのか?」
「何の話か分からんな。私は【試作品】と呼ばれる生物兵器を譲り受けただけ。その私が譲り受けた【試作品】ナンバー36が同胞がいると言って騒がしかったんだよ」
要するに誘われた?
いや、俺を作った奴らは俺を追いかけるより先に【試作品】を完成させて【完成品】を作りたいはずだ。
なら、本当にただの所有者?
深追いする必要はないかもしれないが、あの36とかいう【試作品】は壊しておかないとトラブルに発展しそうだ。
死体で、腐敗臭がしているのに俺の匂いを嗅ぎ分けられるほどの探知能力にほぼ不死身にも近い身体は本当に面倒だ。
「見逃してはくれないか」
「…………は?」
「今回は36がお前に会いたいと言ったから企てたんだ。その女を誘拐したのは気まぐれだったわけだが……。戦うつもりはない」
「気まぐれだと?」
「それと、君では36を壊せないよ。彼はこの通り屍だ」
くそ、俺の本能が奴と戦うなと言っている。
あれが俺と同じ【試作品】だって?
俺は同胞に会いたくなったら人を拐うなんて倫理の欠片もないような行動はしない。
同じにするなよ人間……!
「あ、にき……?」
「見下すなッ! 人の命を気まぐれで弄ぶクズ野郎が俺を見下すんじゃねぇっ!」
真っ直ぐに突っ込んで36を殴り飛ばす。
悪いな、テイム。俺はたぶん死ぬかもしれないとか気にせず突っ込んでしまう性格なのかもしれない。
でもな、これを肯定したら俺は本当にただの兵器になってしまうんだ。
「36、いつまで寝ている。軽く倒してしまえ」
「ドウホウ……タオス」
「上等だ腐れ野ろ――ぐふっ!」
「これで大人しくなったかな」
嘘、だろ。
さっき俺が殴り飛ばして折れた腕の骨を……剥き出しになった骨で俺を突き刺した?
本当に、兵器じゃねえかよ……。
「兄貴ッ!」
「帰るぞ36」
「くそが……っ」
俺は36の骨という置土産を食らったまま流血してしまい、そこから意識が薄れていった。
きっと、これが現実なのだろう。
彼らは【試作品】でも愛された方の、本物の【試作品】だ。俺とは違う。
偽物が本物に勝てるわけがなかったんだな。