レインBD「見知った二人だから」
「トリック・オア・トリート!」
外の空気が冷たくなり仕事も減ってきた今日この頃。
寒いし特に用事もなく家でごろごろしていようかと考えていた矢先の訪問者は挨拶を交わすより先にそんな言葉を発した。
無論、知らない言葉ではなかったが目線を反らして無視をする。
自分よりも人間との関わりが密接にあったからか、それとも単に教会を訪れた人間が余計なことを吹き込んだのか。いずれにしてもレインは確証をもって発したにちがいない。
この言葉を言えばお菓子をもらえる、と。
「ちょっと! 無視しないでよ!」
「開口一番に何を言い出すんだお前は、ってなるだろ普通は。わざわざ遠路はるばる家まで突撃してきやがって」
「何よ、都合でも悪いの?」
都合というか単純にマナーの話。
これでも自分は【試作品】の捜索で忙しくて久々のゆっくりできる時間だったわけで、当然のように来客など無いと思ってごろごろしていたのだ。
考えてほしい。
昔はパートナーとして共に戦い、異性として意識していた女の子が、自分がだらしない姿でいる時に訪問してきた時の気持ちを。
恥ずかしくて堪らないに決まっている。
ちなみに忘れちゃならないのはレインの性質だ。
こいつが元気に出歩けるのは日が落ちてから。それなりにいい時間でもあるのだ。
「そういえばノエルは?」
「テイムの所だ。ミスティっていう女に誘われてお茶会だとさ」
「あんたは?」
「パス。テイムの女が睨んでくるから断った」
理由はなんとなく分かっている。
きっとテイムの気持ちに気づいていて、その上で突き放したから恨んでいるのだろう。
そうは言ってもテイムだって男なんだし正当な恋愛をしないのが悪い。ミスティには謝る義理も無理に顔を会わせる必要性も無いと思う。
「暇なら付き合いなさいよ」
「休もうとしてたの分からないのか?」
「ほんと子犬ちゃんは自分勝手で困るわね」
「自分勝手はお前だ。そんなに付き合ってほしいのか?」
「嫌なら別に帰るからいいし。悪かったわね邪魔して」
「付き合ってくれないのか?」
「…………っ!」
レインとの付き合いは昔からなんだ。
自分から行動に起こすことはあっても退くのが早くて諦めが良すぎるところがある。
それを知っている身としてはレインに我慢させてばかりになるのが嫌で、落ち込んでいる背中を呼び止めることが多々だ。
「しょうがないから付き合ってあげる!」
「決まりだな」
「へ? ちょっとどこに行くのよ」
「付き合ってくれるんだろ。黙って付いてこい」
行き先なんて分かっているだろうにレインは少し頬を染めていた。
今の協力者という関係を壊さないために俺たちは踏み込んだ関係にはならないと誓ったはずなのだが、それでも昔の縁は切れないということだろう。
それはともかくとして俺の足は街の小さな飲み屋の前で止まる。
「あたしを酔わせて油断したところで色々としようと?」
「自惚れんな」
「あんたの目って節穴?」
どうやら酔わせてまで襲いたくなるほど美少女であるという点は譲りたくないらしい。
その発言には俺も一度開きかけた戸を閉め直してレインと正面を向かって弁明することにする。
「ちゃんと見えてるよ」
「見えてるなら予想も間違ってないんじゃない?」
「確かにレインは夜でもなければ注目を浴びるくらい可愛いが強攻策に出るほど俺の理性はガバガバじゃないんだぞ?」
「出ればいいじゃない。あんたが子犬ちゃんだった時に起こしに行ったら寝相が悪すぎて捕まったかと思えばいつの間にか初めてを奪われそうになったはな……むぐっ!」
俺はレインの口を塞いで周囲を確認する。
この時間なら外を出歩いている人間なんて酒が入っているか変質者かの二択なので気にする必要はなかったかもしれないが注意するに越したことはない。
ましてや今の発言は兵士に聞かれたらアウトなものだ。
レインの言う子犬ちゃんの頃というのは子犬といえど独り立ちするくらいの年齢の話をしている。
単純にレインが見た目上は変わらなくても歳上だという理由で子犬と呼ばれていても兵士が知る由もなく、そんな話を聞かれれば二人とももれなく連行される。
そんな理不尽な理由で俺は今日のこの日を逃したくないのだ。
「あれは無意識だ。別にレインが怖い思いをして恨んでるなら俺は謝り続けるがこの場所でその話をするのだけはやめてくれ」
「…………」
「分かったならいい」
「別に。恨んでなんかない……」
塞いでいたのを離してやるとレインは少し残念そうというか悔しそうな顔をしながらそんなことを呟いた。
これで勘違いすると失敗する。
レインにとっては普通の会話のつもりだから意味深に聞こえても反応してはいけない。
あくまで今の発言は世間話的なあれだ。俺が勘違いして「自分のことが好きなのかも」なんて思って反応してしまうとレインは「もしかして自分が好きなのかな」と俺がその気であると考えてしまう。
無指向性で特に軽い気持ちな訳でもないのだろうが迂闊な発言をしやすいレインは俺から好きになってくれるなら好きになろうという狡猾な考えなのだ。
特に気にも留めずさきほど閉めた戸を開く。
「よく来たな、ガルムの旦那! 今日は虎のは一緒じゃないんだな!」
「今日はプライベートなんだよ。そもそも予約したはずだ」
「お? たしかに二名で予約入ってたな」
「っ!」
酒場のマスターは予約票を確認して何となく察してくれたのかくれていないのか奥の部屋へと俺達を連れて行く。
ただ飲みに来たわけではない客を通す部屋。
用途としては身分に関わらず周りの人間に絡まれずに数人で集まりたい時や個人的に酒場に用事がある時に使われたりする。
俺は後者。個人的な用事だ。
「な、なによ。本当に悪いことするつもりなんじゃ」
「離れてる間に随分と信用を失ったんだな、俺は」
「信じてないわけじゃないけど個室を予約してるし、なんか暗いし……」
「広いと落ち着かない。明るいと具合を悪くする。プライベートはなるべく他人に覗かれたくない。そんな女に付き合ってもらうのに居心地の悪い場所は用意できないからな」
「それって……」
言わずもがな、レインのことだ。
今日は絶対にレインが家に来ると考えて昼のうちに先んじて行動していたのが功を奏した。
レインのことなら自分が一番詳しいのだから後は街のことで詳しいテイムから色々と聞いておいて、ついでに自分がよく通い詰めていた店に手配して、と。
何をしたかったのかは机の上にあるものが答えだ。
「ケーキ?」
「イタズラをされるのが嫌ならお菓子を用意しろ。そんなイベント事に俺は興味がない。些細な驚きと甘いもので喜んでくれるお前の誕生日を祝ってやる方が重要だ」
「もう忘れてるかと思ってた。あたしの誕生日なんて」
忘れるはずがない。
戦友として同じ戦場を生きていた頃に人間の催事と自分の特別な日が被っているせいで忘れられがちだと嘆いていたのを鮮明に覚えている。
あそこは戦いに生きる者たちの居場所だ。
故にレインを祝ってやることは一度も出来なかったが忘れてはいないし、いつかレインが戦場を離れられたなら祝ってやりたいと思っていた。
それが今日だ。
「蝋燭、立ててないんだね」
「お前の年齢なんか知らねえよ。俺の背中をずっと預かっててくれた女がまた一年、無事に生き残ってくれた。それさえ分かればいいんだよ」
俺はこう、キレイな言葉で場をまとめるのが苦手な質だ。
それでも不器用な祝辞はちゃんとレインの心には届いていたらしく先程までの不安そうな表情は明るく塗りつぶされていた。
「……半分こ、しよ?」
「お前の誕生日なんだぞ?」
「あたしの誕生日だからこそ用意してくれたケーキをどうするのか選ぶ権利もあたしにあるはずでしょ? そ、それなら背中を預かってくれたのはあんたも同じなんだから一緒に食べなさいよ」
「…………」
「それに、こんな大きいケーキ一人じゃ食べきれないに決まってるでしょ! あんたも甘いもの好きなんだから、さ」
こうして俺は一時間ほど、レインと甘党ならではの罪深い夜を過ごした。
――その頃のノエル。
「ノエルもケーキ食べたかった」
「特別な日くらい我慢してあげてください」
「あんたは常日頃から兄貴に甘えてるんだから我慢するっすよ」
「恋人でもないのに犬をデートに駆り出すレインの方がおかしい」
「仕方がありませんね」
駄々をこねる子供のような神様の我慢が限界になりつつあったのを見計らいミスティは紅茶と一緒に小皿を円卓に置いた。
そこには果実の香りがほんのりとする焼き菓子が乗っている。
「夜に甘いものは与えるなと言われていたのですけどね」
「犬のくせに生意気」
「それほどに大切にしていると考えられませんか?」
「ガルムの兄貴はノエルに対して過保護すぎるくらいっす」
「…………」
ノエルは焼き菓子を一つだけつまんで黙り込む。
しかし、ふと優しい笑みを浮かべたかと思うとその焼き菓子を、とても得意な人間が作ったとは思えない歪な形でやや焦げている手作り感のあるお菓子を口の中に運んだ。
「そういうことにしておく」




