第10話「夜の眷属」
レインとの再会を果たした後日、日中はレインと面会するのを避けた方がいいと判断した俺はテイムが調べて分かったことを確認することにした。
どちらかといえば一人なら会うことはやぶさかではない。
問題はレインの方だ。
よく見知った間柄である自分に関しては日中に、力の使えない時間に会うことも危険とは感じていないらしいがテイムやノエルと会うことは危険だと判断したらしい。
当然の如くテイムの他者を支配する力は日中でも健在。それは【試作品】にも影響を及ぼすというのならレインが恐れるのは当たり前で、旧友として自分も配慮しなければならなかった。
「まずは街の地図を見てほしいっす」
そう言ってテイムは部屋の中央にある机にカダレア全域の地図を広げた。
円形の広大な土地を囲うように塀が囲っていて東西南北に四分された地区があるらしく、中央から十字型に大きな線が引かれている。
自分達がいるのは南の区画だ。
馬車を走らせていた道を真っ直ぐ行くとカダレアの南門から入ることになり、レインのいる教会も南区。
それぞれの区画の移動には特別な許可を必要とするのが掟だという。
「さすがに区画を跨ぐと問題になりかねないっすから南区にいる人間に話を聞いてみたんすけど悪い情報しか耳にしないんすよね」
「どんな?」
「南区にいる魔女は街の人間からありとあらゆる物を盗む悪党だ、とか。区画が分かれているのは土地を支配する四人の仲が著しく悪いからだ、とか」
「魔女?」
「不思議な力を使える女のことだ。今は【試作品】が多くなって魔女の使う魔法なんて見ても誰も驚かなくなった」
興味深そうにしていたノエルは残念そうに視線を地図に落とす。
そもそもの話が魔女の魔法には贄が必要だったり本人の技量によりけりというところがあるからノエルの起こせる奇跡と比較すると普通に思えてしまうのだから仕方がない。
不思議な力なんて身の回りに溢れてるしな。
「南区を支配してるのは誰なんだ?」
「その魔女らしいっす」
「じゃあ魔女に会わないと他の区画にはいけないんだね」
「楽しそうにしてるけど危ない人種だから無暗やたらに関わりたくないんだが」
「まあまあ、南区の魔女は余所者に優しいらしいっすよ? なんでも自分が余所者だったからこそ除け者にしたくないんだとか」
むしろ余所者だった魔女を受け入れた人間もすごいな。
何を企んでいるかも分からない魔女を平然と迎え入れて長として置いているんだから。
「兄貴の方はどうだったっすか?」
「あ、ああ。あいつには会うことができた。元気そうにしていたし協力も…………」
言いかけて俺は口を閉じる。
ノエルの方に視線を向けてみると向こうは何も知らないからか首を傾げていた。
ノエルは怒るのではないだろうかと思ったのだ。
たしかにレインは元気だった。協力もしてくれそうだ。
しかし、彼女は俺が戦場から追い出す前はパートナーとして、自分の足りないところを補うような関係にあった。
二人が言うような恋仲の関係ではないにしろ信頼もありお互いに知らないこともないほど密接な関係…………家族のような存在であったレインの話を、ノエルにしてもよいのだろうか。
「犬の旧友」
「?」
「近くまで来たからって、その日のうちに会いに行きたくなるくらい、懐かしい人ならノエルが文句を言うのはちがう。どちらかといえば犬は心理的に弱いところがあるから支えてくれる人がいるのは心強いと思う」
そこまで言ってからノエルは目線を逸らした。
気を使わせてしまったのだろうか。
あまり表情にも言葉にも感情を出さないノエルとはいえ今の反応には明らかな寂しさを感じた。
「テイムが『金色の悪魔』と呼んでいた【試作品】は、レインは友好的だった。俺たちが考えていた協力も依頼できると思う」
「それなら良かったっす」
「ただ、条件を出されて……」
実際問題ノエルに言いにくいのはこっちだ。
今更渋っても仕方ないので言わなければいけないのは分かっているが言った後に冷たい視線が刺さることに耐えられる自信がない。
これだから臆病だと罵られるんだ。
「協力はしてあげる。ただし定期的にあたしとデートしなさい、って」
「犬、嫌い」
「まだ条件を飲んだともなんとも言ってないぞ」
「そういう関係の人がいるなら先に言ってほしかった」
「待てって。勝手に勘違いして自己完結するな」
「違うなら、どういう関係?」
ノエルのその言葉に胸を刺されたような気がした。
他人と呼ぶには密接に過ごした過去の時間が失われるようで悲しく、戦友と呼ぶにも自分とレインはそんな安い言葉で片付けてもいいほどの仲ではない。
恋人と言うほど発展していたわけでもない。
本当に家族という言葉が一番しっくりくるくらいで、でもノエルにとっての家族とは、という話になってしまう。
普段は神様とは思えないほど無遠慮なのに、こういう話の時だけは物分かりが良くて……。
「あいつとの関係を、何か言葉で表そうとしたくない。俺が作られたばかりの時は母親みたいに面倒見ててくれて、対等に扱われるようになったら姉弟みたいに言い争うことも増えたし、戦場では背中を預けてもいい仲間で、男と女でもあった。でも、俺はどんな関係もレインに求めたくないんだ」
「………………」
「レインを、奴等に与えられたようなありふれたものと同じ目で見たくないんだよ」
俺は育てることで兵器としての有用性を会得していくタイプの【試作品】だったから人間と同じように育てられた。
家族という符号のつけられた他人。
家と語られた真っ白な研究室。
友達と教え込まれた真っ赤に染まった死体。
奴等は目的のために俺に必要なものは全て与えていた。与えられていたからこそ拒絶反応を起こした。
本当は与えられるものじゃないのだ。
それを片っ端から作り上げられていく世界観が気持ち悪くて与えられるものを受け入れられなくなっていた。
その時、あいつが現れた。
別の配属だったにも関わらず首を突っ込もうとして処罰を受けることになったが上の人間が「好都合だ」とかなんとか言われて配置が変わったんだよな。
「レインは……ノエルのこと知ってるの?」
「伝えたけど張り合おうとしてる様子はなかった。自分より高位の存在を相手取ろうとは思わないんだと」
「じゃあデートって何」
「それはあれじゃないっすか? 一緒に買い物したり食事したり、それだけの行為を仰々しく呼んでるだけって感じっす」
それを聞いたノエルの顔に笑顔が戻る。
俺の心を読めるから捨てられるなんて未来はありえないと分かっているはずなのに何がそこまで追い詰めたのだろうか。
「レインの要望に応えてもいい。犬の発言から察するにレインは一般的な【試作品】ではないし、どちらかと言えばノエルに近い部類の存在かも。仲良くしてて損はない」
「本人の口から話すべきだから教えてやれないが似て非なる存在だぞ? むしろ対極の存在というか」
「生きる世界が対極なだけで中身は同じだよ。ノエルのこと高位の存在って言ったのが何よりの証拠」
それもそうか。
ノエルがどういう存在であるかは協力者である以上すべて教える必要があるのでレインには伝えてあるのだが、その上であいつはノエルを「高位の存在」と称した。
神と対極の存在である夜の眷属が何を基準にそう言うのだろうか。
彼らにとっての「高位の存在」とは同極に位置し至高たる存在、魔王なんかが当てはまりそうなものだが。
そう考えるとノエルの発言がしっくりとくる。
神か吸血姫かではなく、人間に対する考え方という点ではノエルもレインも同極に位置し、神であるからこそノエルの方が彼らに恩恵を与えうる高位の存在。
ならば争いに発展する可能性は低いだろう。
「一つ忘れてた。テイム、俺が【試作品】を殺してるって話はお前が流してるのか?」
「真っ先に俺を疑うなんてひどいっす!」
「外の世界に繋がりがある知り合いはお前しか居なかったんだ。まあ、その反応に嘘がないなら別の人間が噂を流して回ってるらしいな」
「どういうこと?」
ノエルの質問に対して昨日のレインとの会話について話す。
最初、俺が会いに来たのは自分を殺すためだと勘違いしていたレインが隠すでもなく素直に話したのだ。
とはいえ誤解は誤解である。
主に【試作品】としての一つの信念だけが残って人間性を失った者達を自由にしているという本当の話を伝えると深く疑うこともなく信じてくれた。
ただ、再会を喜ぶ矢先に出た発言は誰かから聞いたからとしか考えられない。
「ただの嫌がらせのつもりかな。でも、話が広まれば犬は動きにくくなる」
「そんなことして喜ぶやつなんかいるのか?」
「邪魔をしたいのかも」
「考えてもしゃーないっすよ。夜になるまでレインだかに会えないなら街を見て回るっすよ? そこで人間の反応を見て考えてみればいいっす」
名前や特徴だけ伝えられた連中が俺をどう見るのか。
それは知っておいてもいい。極端に避けられたりするようなら急ぎ噂を流した何者かを特定しなければいけなくなるのだから。
テイムの意見に異論はなく、レインとの約束の時間までカダレア南区の人間の反応を見て回ることにするのだった。
――日が落ち始めてきた頃。
「おかしいっすね」
ほとんど黙って歩きっぱなしであった時間を崩したのはテイムだ。
俺やノエルも違和感を感じていたからこそ口数が減って次第に無言になっていたのだがテイムは疑問を口にしないと生きていられない質なのかもしれない。
「こんだけ歩き回っても兄貴のこと知ってるような素振りを見せる人間が一人もいないなんて絶対におかしいっす!」
「声が大きい。虎は少し落ち着いて」
「だって変じゃないっすか?」
「ノエルもそう思うけど、とにかくうるさい」
おそらく二人が疑問を感じているのはレインに伝えた人間が南区に居ないということ。
俺に対して確認をしなければいけないほど話に信憑性を持たせることができるのは彼女の信頼を受けていると考えられる南区の人間が可能性として大きかったが違ったのだ。
その結論が二人に新たな疑問を持たせた。
ならば誰がそこまで信憑性の高い話をレインにできる?
いくら余所者に優しい南区とはいえ同じ居住地区に住んでいる以外の赤の他人がした話をレインが真面目に聞き取るはずがない。
だとすると……。
「各区の長が面会する機会があったなら」
「それが北区と南区の長は仲が良くないというか、北区が一方的に目の敵にしているせいで親交がないらしいっす」
「目の敵?」
「詳しくは知らないっす。本人に会って聞かないことには――」
「犬っ!」
「ノエル?」
テイムとの会話に割り込むように入ってきた声に俺はさっきまで隣を歩いていたはずのノエルを探す。
声が消えていったのは後ろの方。振り向くとノエルはそこに居る。
首元にナイフを添えられた状態で。
「わざわざ人通りの少ない道を歩いてくれて助かるぜ。何か聞かれちゃまずい相談でもしてたのか?」
「まずノエルを助けるっすよ!」
「まあ待てよ。お前が何をできる奴なのかは知らないが余所者に優しいとはいえ南区で問題を起こしたらまずいんじゃねぇのか?」
「テイム、奴の言うとおりだ」
街の人間は俺のことを知らないのではなく、知っているけど確証がないから疑わずに居てくれているだけの可能性もある。
そして、もし俺を信じてくれているなら揉め事を良くない。
ここで問題を起こしてしまえば行動に制限が掛かるし、もし悪いように噂を流されてレインの耳に届けば嘘を吐かれたんだと俺に疑念を持つかもしれない。
大人しくする方が得策だ。
何より、あの発言には要注意かもしれない。
「賢明なことだな! こっちはガキさえ連れてけば金がもらえるんだ。悪く思うなよ」
「兄貴!」
「心配しなくてもいいわよ」
「だ、誰だ! こいつらの仲間か!」
テイムが今にも咆哮の力を使おうという勢いの中、そこにいた全員の耳にはっきりと届いた声。
他が動揺を示しても俺だけは安堵してしまう。
だって、その声は心配しなくていいと言ったのだ。
「わざわざ暗いところで悪さするなんてお疲れ様」
「ぎゃっ!」
ノエルを拘束していた男の背後にある暗闇から人影が現れると振り向く前に首筋に噛み付いて昏倒させていた。
その影は男が崩れたのを確認すると影の方からほんの少しだけ光が差している俺達の方へと歩き始める。
レインだ。
「やっぱり冷静ね」
「ほんと、お前には敵わないよ。冷静なんじゃなくて手詰まりだったんだ、レイン」
「レイン? じゃあ、この女の子が?」
助けてくれた人を確認しようと仰ぎ見るノエルの前にレインは膝を立てて目線を合わせる。
それから怯えさせないようにという配慮なのか俺でも聞いたことがないような丁寧な口調で挨拶をするのだ。
「初めまして、ノエルさん。ガルムとは旧知の仲のレインです」
「は、初め、まして?」
「おい、さすがに気持ち悪いぞ」
「っ! 気持ち悪いって何よ! あんたから聞いていたよりも明らかに小さい子供だから怯えさせないようにって真剣に考えてたんだからね!」
「あ、そっちが素なんすね」
本性が割れたところでノエルも俺の近くまで駆け寄ってきてレインはもう一度、今度は本当の自己紹介をする。
「ガルムと同じく【試作品】のレインよ。種族柄で無駄に畏まった空気が苦手なのは許してね」
「こいつがお前に話してたノエルで、こっちは【試作品】のテイムだ」
「ノエルだよ」
「兄貴の弟分みたいな感じっす。よろしくお願いするっす」
と、レインの視線は何故かノエルに向けられたまま止まっている。おそらくテイムの挨拶も聞いてない。
やっぱ神様が相手だと気まずいとかあるのか?
いや、それにしては興味深そうな眼差しを向けている。
ノエルは生きる世界が違うだけで中身は同じだと言っていたし、レインも感覚的にノエルを仲間だと認識したのだろうか。
「そういえば会うのは夜って話だったんじゃなかったっすか?」
「もう日も沈み始めてるし極端に明るくないから平気なの。明るい所だと力が弱くなる関係であまり日中に知らない人と会いたくなかったからガルムにそう伝えたのよ」
「誰も自分の弱体化する状況下で話したい奴なんていないだろ。テイムだって首輪を付けられたら無能だしな」
「無能って言うなっす!」
「……無能な虎」
「とりあえず場所を変えるわよ。どこで誰に聞かれているかも分からないのに能力の話はするべきじゃないわ」
さっきの事もある。
俺とテイムが居ながら近くにいたノエルが捕まるまで敵の存在を感知できなかった。
もしも近づくために何かしら力を使われていたならば明らかな敵対行為。ノエルを連れ去れば金をもらえるという理由だけでは危険を冒すには根拠が薄いし別の目的があったに違いないだろう。
つまり、まだ仲間が隠れていても不思議ではないわけだ。
レインの言うとおりにしよう。
少なくとも残り続けるよりは安全を確保しやすい。
「テイム、安全なところに行くまでは力を使うな」
「危険な状況でもっすか?」
「犬の言う通りにした方がいい。この人も虎が力を使えるって知ってた。何をできるか知らなかったから後手に回っていたなら手の内を明かすのは避けた方がいい」
「二人がそこまで言うなら従うっす」
ノエルの言葉通りだ。
あの男は「何をできる奴なのかは知らない」と言っていた。わざわざ自分が能力の詳細までは知らないと明かして得をするのは分かりさえすれば対策の取れる人間だ。
つまり能力さえ特定していれば相殺することのできる力が与えられているか、回避方法を考えて実行できるだけの実力を保持しているか。
どちらにしろ知られたら不利になることに変わりはない。
――カダレア南区、月の教会。
「レインの力すごいっす!」
あの場から離れるならば当初の待ち合わせ場所として指定されていたレインの住処である教会がいいだろうという話になり、俺たちは彼女の力で教会まで直に送ってもらった。
後で話すと言われて怯えていたノエルとは対象的にテイムは大興奮。
元々は実験の影響で自分はしっかりしなければと考えているだけで少年のような性格がテイムだったために空間転移のような力に憧れを覚えたのだろうか。
俺からしてもレインの能力は便利なのだ。
「まずあたしの力を説明した方が良さそうね」
「ノエル怖かった。犬、慰めて」
「はいはい。レイン、こいつのことは気にせず説明してやってくれ」
神様だというのに子供が暗闇を怖がるときのように震えて涙を浮かべながらノエルは俺にしがみついてきた。
仕方ないから頭を撫でて慰める。
事前に説明が無かったし急に影の中に飲み込まれれば小さい子供なんかは特に怯えて当然だし、子供じゃなくても女の子は怖がるのが普通かもしれない。
「今のは『影渡り』って呼んでる移動手段の一つよ。夜だったら明かりからある程度離れていればどこでも使えるし昼間でも裏路地とかの移動は可能よ」
「距離って制限とかあるんすか?」
「理論上は無い。俺と組んでいた頃は敵の懐に俺を連れて行って内側から崩壊させるスタンスだったし遠くからも移動はできる」
俺が代わりに答えるとレインは頷いた。
あえて言うなら制限があるのか試したことはないのだが、それでも味方の拠点から一気に敵陣の奥へと侵入できるともなれば近距離の移動ではない。
しかし、俺の知ってる限り制限はレインの精神状態で課せられる。
言うなれば物理的には制限がなくとも当人の状態次第では無力にもなりうるということ。
「ただ、知らない場所には行けないんだ」
「知らない場所?」
「見たことがない、もしくは見たことがあっても変化していたりするとイメージが上手くできないの。例えば中身が見えない箱があって、中で何かが動いている気配があったら手を入れたいと思う? そういう不確定要素のある場所はダメなのよ」
「カッコいいって思ったけどレインはしっかり女の子だね」
「ああ、当時の俺も何度となく可愛いと思った。こんなに可愛いのに何で誰も告白しないんだよって怒りたいくらいにな」
俺とノエルの言葉にレインは嬉しそうに、しかし寂しそうにも見える表情で微笑んだ。
もしかしたら地雷を踏んだかもしれない。
そう思ってフォローを入れようか迷っているとレインはすぐに俺の考えを察したのか首を左右に振ると「ちがうの」と続けた。
誰にも好かれなかったのは気にしてはいない。
そう伝えようとしているのだろうがこの場にいる者は誰一人としてレインが自己完結しようとしていることを良しとはしなかった。
「俺も同じだから気にしなくていいっすよ」
「虎も犬も、ノエルだって同じような立場だった。だからレインも一人で抱えなくていい」
「…………だってさ。この際だ、愚痴をこぼしたって誰も怒らねぇよ」
「ガルムが三人に増えたみたいで変な気分」
「お人好しは伝染するってことっすよ」
「誰がお人好しだ!」
テイムのヒゲを掴んで引っ張っているとくすくすとレインの笑い声が聞こえてくる。
まだ話を聞いていないが俺たちと話しているうちにそこまで悩むことではないように感じているのだろう。
「あたしね、この通り夜の眷属だからって理由で色々な人に嫌われてるのよ」
「どうして?」
「神様を信仰する人たちは悪魔やそれに近しい存在を忌み嫌うし一般の人間だって血を啜って生きてるような女の子のことなんか人として扱ってくれない」
仲間内でも気味悪がられていたのだ。
研究員は俺達を道具か何かのように考えていたし戦争の道具としては優秀なものだから人ではなく武器のように見る分には好かれていた。
けど、それを取り払ったらレインは吸血姫という夜に生きる種族。
俺のように獣人に紛れて生きることは難しいのだ。
「まあ、ガルムだけは気にしないで一緒に居てくれたんだけどね」
「俺の背中を可愛い女の子が預かってくれるって言うなら文句を言う筋合いはないからな」
「それは分かるっす」
「犬はレインを女の子として見てるんだ」
「まあな」
お互いに命を預けてるような間柄で他人のように関わるなんて不可能だ。
親子であり姉弟であり、戦友であって男女でもある。
俺にとってはレインの存在は半身のようなものでもあって、どうにかして戦場から抜けさせようと思った頃もある。
だとしてもノエルが疑っているようなことはないからな。
レインと俺は恋仲じゃない。
「そういうことらしい。自信持って、レイン」
「あ、ありがと。あなた達だけでもそう思ってくれるなら少しだけ安心したかも」
「こいつらはそういう連中だ。俺だけじゃなくて二人とも仲良くしてやってくれ」
「もちろんよ! ガ、ガルムの紹介だから疑ってた訳じゃないけど二人ともここまで寛容だとは思わなくて」
それは分からなくもない。
虎の獣人は気難しいやつが多いし神様だって本来なら人間を突き放すようなやり方を好むものだろう。
テイムのように誰彼構わず懐く虎も、ノエルのように誰だろうと見離せない神様も俺が偶然にも関わることができただけで貴重な存在であることを忘れてはいけない。
「それで、さっきの男は?」
「あたしも知らないけど心当たりならある」
「もしかして北区の連中っすか?」
「そう。北区の連中はあたしの能力を知らない。明らかに敵視してきているから情報を手に入れたくてテキトーに関係のありそうな人間を襲ったのかもね」
「ノエル、少しだけ不満」
拗ねた顔をしたノエルの発言はその場の誰しもが思ったことだ。
レインの情報を得るために関係者を捕縛しようという考え自体は珍しくもないし悪くもない判断だがノエルはレインと面識が無かったし、普通の人間でもない。
つまり情報を得るための囮には向かない。
そもそもノエルをレインの関係者だと判断したなら俺とレインが会ったのを見ているはずだ。
普通はレイン→ノエルとはならないのだから。
「なんで北区の人間に敵視されてるんだ?」
「知るわけ無いでしょ! 向こうが勝手にあたしを毛嫌いしてるんだから! まあ、あたしが夜の眷属だからって言われたら頷く他ないんだけど」
「それじゃあレインにデマを伝えたのも北区の人間なんすかね」
「違うんじゃない? 流れ者の話はよく聞いたりするんだけど自分も見たことのない鎧を身に着けた人が来てね? 過去の同胞を屠り歩く狂いし者がカダレアへと向かっているみたいな話をしたの」
それで次の日に姿を現したのが俺だったから確認したのだという。
この話が本当ならレインにデマを流したのは北区の人間ではなく、むしろ南の方からやってきた別の国の人間ということになるわけだが……。
妙な話だ。
なぜレインはあちこちの人間に手を出されているんだ?
レインの『影渡り』は便利だしなるべく他の誰かに渡るくらいなら消しておきたいというのなら分かるが北区は詳細を知らないし外から来た人間も噂を流して自滅を待つような回りくどい方法を選んだ。
何か企んでいる連中がいる?
結局のところ考えても何も思いつかず、とりあえずの情報交換のみでその日は解散となり、俺たちも宿へと戻るのだった。




