第9話「カダレアへ」
自分の所へ客人が来るときは決まって夜中だった。
それは彼らが自分に対して敬意を払っているが故のことであり、自分の能力を理解しているためであり、互いに寄り添うため。
しかし、私は一度たりとも寄り添ってもらえたなどと思ったことはない。
彼らがそう言っているだけ。
なぜなら「金色の悪魔」と蔑まれたから。
誰も信じられなかった。
たった一人だけ、もう私のことなど覚えてないかもしれないが……それでも、私は忘れたことなどない者を除いて。
彼には二度と会えない。
もう救えないところまで踏み込んでしまった。
手を伸ばしても届かない場所へ行ってしまった。
きっと、私を殺すだろう。
悪魔と呼ばれただけの、記憶にすら残ることのできなかった私を……。
――ガルムの家。
「『金色の悪魔』?」
太く千切れることのない縄にかじりついて戯れる犬を見ながら少女は問い返す。
いや、犬ではなく俺だ。
ノエルは俺に狼のような強さもかっこよさも求めていないらしく、どちらかといえば犬のような愛嬌を好いているようなので絶賛、犬らしく振る舞っているところである。
その中でテイムがふと巷の噂を話し始めたのでノエルはそれに反応したという次第。
話題に出た『金色の悪魔』というのは誰かが勝手につけたあだ名のようなもの。本人の名前は知らないが噂として広まりやすい話の傾向としては名前を聞いて興味をもたせることが大事だということで、そう語られているらしい。
金色の髪をした悪魔がいるという。
それは「夜を彷徨う者」とも呼ばれ、外を出歩くのは夜が更けてから。昼間は誰も祈りに来ない教会の奥に眠っているという。
「命を差し出せばどんな願いでも叶えてくれるとか、頼めばいい夢を見させてくれるとか色々な言われ方をしてるっす」
「願い?」
「犬、ヨダレで汚れる」
「なんかよく分からないが満ち足りた気分だ」
「犬としての本能だからね」
ノエルが言うに、あまり自ら争いをすることを好まない俺は犬としての狩猟本能というものを満たせていないということだった。
たしかに縄を相手とはいえ噛み付いていたらすっきりしたから間違いではない。
有り余る闘争心を玩具にぶつけるのは大切なことだ。
間違っても大切なパートナーや友人に向けてはならない。そういうものを受け入れてくれるのが玩具である。
「そういえばテイムはあの女の子と上手くいってるのか?」
「なんすかその意味深な言い方!」
「意味深じゃない。犬は虎とミスティの心配してる」
「心配っすか?」
「その……なんだ、子作りに勤しんでるみたいだし、頑張れ」
「は?」
何かいけないことを言ったか?
別にテイムとミスティという奴隷が単純な仲ではないと知っていたし明らかにテイムから女の匂いがしていたから合ってると思っていたんだが……。
「お、俺のことはいいじゃないっすか! ああ、兄貴の方はどうなんすか!」
「…………」
「犬の力が一方通行だから検討中」
「一方通行? 使ったら戻らないってことっすか?」
そう、その通りだよテイム。
俺の《成長する者》の力は使えば使うほど己の体の成長を促進、大きく生物としての根幹を外れていく。
骨格の成長だけならいいが心まで様変わりする、というのがノエルの見解だ。
つまり使いすぎれば手のつけられない化け物になる。誰かを傷つけることも厭わない化け物になる。
それを抑制する方法を見つけるまではノエルとそういう行為はするべきではない、というのが検討中の意味なのだ。
「物理的に削ぎ落とすのは駄目なんすか?」
「怖いことをさらっと言うな」
「兄貴のことだからノエルとするためなら平気な顔してやると思ったんすけどね」
あとで殺す。
おっと、あまり物騒なことを考えるとノエルにも伝わるし俺自身もノエルとの契約によって神様みたいなものになりかけているんだから発言には気をつけないとな。
とはいえ正気の発言ではない。
物理的に削ぎ落としてしまえばいいなんて、痛みを知っていたら言えないだろう。
想像してしまったノエルは少女のように身を震わせ、きゅっと俺の服を掴んでいる。
怖いという感情が分からなくても無意識に反応してしまったのだろうか。
「一応、試したというか前回の怪我を参考に調べてみたが物理的に損傷を受けた際は傷が塞がり時間をかけて再生した」
「足りない質量はどこから? 欠損しても再生するって意味じゃ……」
「欠損は治らない。損傷も軽く抉れた程度なら治るけど完全に穴が開いたら治るかどうかも分からないのが現状」
「ノエルの言う通りだ。致命傷や後遺症になるような重大な怪我をすると元通りにはならず欠けた状態で傷を塞がれてしまう可能性があるから危険なんだ」
「それは確かに軽々しく削ぎ落とすなんて言ったら残酷っすね。悪かったっす」
分かればいいんだ、と頷くとノエルは安心したように大きく息を吐いた。
テイムの不用意な発言を真に受けて俺がじぶんで肉を削るとでも思ったのだろう。
俺も血の通った生き物なのだからそんなことはしないと分かりそうなものだが……。
とりあえずに無駄に心配させてしまったのは間違いない。
そっと視界の隅からノエルの頭に手を乗せると静かに撫でて気を紛らわす。
「そこでお前の話してくれた『金色の悪魔』さんに興味があるわけだ」
「犬は知ってるの?」
「知り合いって言えるほどのものではないけどな」
俺が戦争の道具として使われることに何も感じていなかった頃の話だ。
その『金色の悪魔』と呼ばれるようになった者は戦争に不向きだと考えられて守られる側の立場にあった。
どんな力を持っているか詳細は知らない。
ただ、人間に悪魔と蔑まれていたことを知っていた。
「会いに行くっすか?」
「今はどこにいるんだ?」
「カダレアって国にいるらしいっす」
「たしか北東に馬で二、三日の距離じゃなかったか?」
「犬はまだ治ったばかりだから遠出は認めない」
やはりノエルは俺を止めるよな。
少し前に致命傷を負ったばかりだというのに大人しくしていられない駄犬は、また怪我をしに行くつもりなのか、と。
神様でも不安で胸が痛くなることはあるんだな。
そうして祈るように胸の辺りに手を握られると弱ってしまう。
自分が改めて好きだと認めた相手が心苦しそうにしているのた。
だけど……。
「いつか俺は自分という化け物を飼い馴らせなくなる。取り返しのつかないことをしてしまうのも時間の問題かもしれない」
「…………」
「そうなった時、きっと後悔するんだ。俺は誰とも一緒にいてはいけない、それこそ悪魔だったんじゃないかって。大切なものを自ら壊しておいて、生まれてこなければよかったなんて生きるのを諦めた奴らが吐く台詞を考えながら意識を失っていくだろう」
それが正しいなんて思わない。
化け物になる未来を肯定したくない。
こんなに俺を大切にしてくれる女の子を一人にしたくないから。
今までの自分だったら考えられないくらい、今の自分はたった一つの小さな命のために生きていたいと感じてる。
「俺はそんな未来を否定する。こんなところで自分の身を案じて立ち止まっていたら本当に安心して眠れる日は来ないからな」
「戦わなくても、いいの。犬は、このまま普通の人間みたいに生活して、誰かと親しくなって、子供を作って、老いて……そんな当たり前を望んでもいいの」
「今の俺には誰かなんて選択肢はないよ。勝手な都合で連れてこられたお前が幸せになれない世界なら俺はお前だけを幸せにできるように努力する。それが、化け物でしかなかった俺に意味を与えてくれる生き方なんだ」
ノエルは人間の都合で神様という立場から降ろされた。
そんな理不尽を受けてもなお人間を救いたいと考えるこの神様は十分に幸せを得る権利があり、それを与えることができるのが俺だというなら少しでも力になれるように頑張りたい。
だって、ノエルだけが俺をヒトとして認めてくれた。
化け物ではない、と偽物の俺を許してくれたのだ。
「分かった」
しばらく無言で俺を見つめていたノエルは折れてはくれないだろうと判断したのか俯きがちではあるが了承の言葉を発した。
低い位置で握られた拳がノエルの気持ちだ。
一度は死にかけた者が進み続けようとしているのに自分だけが逃げの選択肢を強いるようでは神様として情けない、と。
己に言い聞かせるように拳を握っていた。
「行こう、カダレアに」
「いいのか?」
「犬が真っ直ぐな目をしてるから止めたくない。それに犬は『金色の悪魔』を知っていると言った。つまり【試作品】という意味で、放ってはおけない」
「腐れ縁みたいなもんだし殺されるかもしれないぞ?」
「ううん、犬の言葉はきっと通じる。あなたの想いは必ず伝わるから」
ノエルの手が俺の胸に触れる。
心を強く持って生きろと、今の自分を肯定して前を向き続けてほしいという意味合いだったのだろうか。
背中を押してくれる。
自分よりも体が小さくて、今は何の力も残っていないから簡単に殺されてしまいそうなノエルが。
それだけで心強くて、馬鹿みたいに強い奴に背中を押されるよりも安心する。
――カダレアへ向かう街道。
「なあ、テイム……」
青く晴れ渡る空に心地よい風はまさに旅立ち日和。
それによく見知ったテイムやノエルと共にどこかへ行くのは真面目な目的であったとしても観光しに行くような軽い気分にする。
その状況でどうして戸惑いの声を漏らしたのかって?
「あれはニールっす」
「いや、名前を聞きたいんじゃなくて」
「別の子の方がよかったっすか?」
いまいち話が通じない。
俺が気になっているのはニールと呼ばれた女の子の服装だ。
奴隷と聞いていたが人並みには小綺麗な服を着せられているし、食事や世話などを手抜きしてないと分かるほど健全な体つきをしている。
しかし、あれだ。
見た目が小綺麗な分だけ目立っているのだ。
馬の手綱を引いている中、御者のパンツが。
「いつか襲われるぞ」
「ああ、ニールは獣人でスカートじゃないと文句を言ってくるんすよ。お前のパンツを見られるのとズボンを穿くのどっちが嫌なんだって聞いたら今の有様っす」
「そこまでかよ」
「犬は平気なの?」
荷台に積まれた木箱に腰を下ろしていたノエルが前屈みになって俺の顔を覗き込む。
いきなり視界に入った刺激物に動揺した俺は虫を見た女のように飛び退いて距離を取る。
「と、突然前に出てくるな!」
「どうして?」
「そ、そりゃあ…………びっくりするし」
「犬って女の子、好き?」
「なんだよ、唐突に」
質問されたから一応は頭で考えてみるけど考えるまでもなく男であるならば女の子が好きでもおかしくないような気がした。
つまり質問に答える必要性を感じない。
逆にノエルが答える必要性のない質問をするのか疑問を感じて、そっちに思考していると思い当たる節が微塵もないわけではなかった。
「そんなパンツ見たくらいで理性飛ばすくらい飢えてない」
「んーん。優しいな、って」
「?」
「虎もそうだけど犬も人に優しい。ノエルは【試作品】をそんなに多くは知らないしフィアから聞いていた程度の情報しかない。でも、犬も虎も優しいから、本当はいい子なのかな、って疑問に思う」
正直に笑って済まされないような話に誰かと目を合わせながら話すことができそうになかった俺は荷台から外を見る。
きっと、悪意とかそういうものじゃない。
純粋な好奇心。
「道具なんて使う人間次第で良くも悪くも変わるもんだ。俺は何を目的に作られたか知らないけどテイムだって上手く使える人間がいれば国一つを争いのない国にできるはずだ」
「本当は【試作品】も戦争が目的に作られた訳じゃないって、そう言いたいんすね?」
「今から会いに行くやつもそうだ。あいつが争いを好むわけがなかった」
今でも『金色の悪魔』なんて呼ばれて戦争にこそ使われずとも誰かに利用されているのだろうか。
誰よりも冷静で優しい女だった。
不器用だから傷の手当てなんてこともできないくらいなのに怪我をしてるやつを見かけたら何かしてやれることはないかとうろうろしていたのが懐かしい。
そんなやつでさえ、戦争に使うなんてな。
「もしかして恋人だった?」
「なっ!?」
「ただの知り合いにしてはやけに懐かしむような顔をしてた。それって戦場で芽生えた絆が恋に発展して仲間に見つからない場所を探しては愛し合った仲とか」
「ノエル」
そんな踏み込んだ話をしてくるなんて神様らしいじゃないか。
とはいえ今は無神経にも程がある。
罰として服を掴んで荷台から外に放り出すように身を持ち上げて宙吊りにする。うっかり手を離そうものなら馬の歩いている険しい道に体を打ち付けられることになる。
ノエルが普通の女の子なら死ぬ。神様だからまあ、死なないだろ。
「て、手を離したらダメだから! こんなところに落ちたらノエル死ぬ!」
「謝るなら早い方がいいぞ。あまり俺の機嫌を損ねると今日は野宿になるかもな」
「だって普通はあんな風に黄昏たりしない。それほど犬にとって大切な想い出のある人なら知り合いとかじゃなくて恋人とか思うのが普通だよ。虎もそう思うはず」
「恋人かどうかは知らないっすけど兄貴があんな顔をするのは珍しいっすからね」
そんな顔をしてたのか?
普通に自分達を戦争の道具として使う連中のことを考えていただけなんだが余計な勘違いをさせたらしいな。
でも事実なのかもな。
俺があいつのことを少なからず考えていたのは。
「レインは不器用で失敗ばかりの心配になる奴だ。完璧主義者のように振る舞っているが実際はそういう女の子だった。戦場では【試作品】としての力が戦闘向きではないことから後方支援に回されていた」
「随分と詳しいんすね」
「腐れ縁って言っただろ。俺はどちらかというと家でぬくぬくしてたい方だったから完璧主義者としては見逃せなかったんだろうな。毎日朝は起こしに来てたし飯も抜かずにちゃんと食えって作られたな」
「………………」
何故か二人がこそこそ話し始める。
俺はへんなことを言ったつもりはないし自分とレインの関係を問い質されたから説明していただけなんだが……。
その答えは今まで無言で手綱を握っていたニールがくれた。
「立派な奥さんだったんですね」
「へ?」
「余計なこと言ったらダメっすよ!」
「ガルム様のお話だとその方は自由に部屋を出入りできるほどの仲だったのでしょう? それに毎朝のように起こしにいらして食事まで用意していたならば奥さんなのではありませんか?」
「何言ってるんだ。その頃の俺はまだ子供だぞ?」
やはり《成長する者》なんて名前を与えられているだけあって自分は育つことを義務付けられていた。
他は使用用途に合わせて指示を聞いてもらえなければ意味がないので言葉を理解し、尚且つ反抗的な意思を持てない若い者を選んだのに対し自分は丸っきりの子供だ。
つまりレインに対してそのような感情を抱くわけがない。
逆にレインが俺をそういう目で見ていたかと言われると違うと思う。
とはいえ互いに特別な感情がなかったかと言われれば別かもしれない。
俺もレインのことが気になっていたし向こうも気にしていた。
「怒ってるだろうな、あいつは」
「話せば分かる、きっと」
「だといいな」
――カダレア南地区、月の教会。
カダレア到着後、俺達はそれそれが別の目的があるということで別行動をすることになった。
テイムは先んじて情報収集。
ノエルはニールを護衛に付けて本日からしばらく利用することになるであろう宿へ。
自分が教会にいるのは皆と会いに来る前に二人きりで話しておきたいと思いノエルに許可を得てレインの場所へ向かっていた。
少なくとも殴られることは覚悟している。
あの時、俺がレインにしたことは信頼を裏切るようなことだし嫌われていて当然というのが理由だ。
「誰も利用しない廃教会と聞いていたが綺麗なんだな」
本来ならば管理が行き届かなくなった建物は埃まみれでまともに呼吸をしようものなら咳き込むしあちこち建物が崩れていてもおかしくはない。
しかし、埃はまったくといっていいほど見当たらないし崩れてる場所もない。
ここを住み処にするに辺りレインがしっかり補修したのだろう。
そんな教会を真っ直ぐに進んでいくと本来ならば女神像が置かれていたのであろう大きな台座の上に腰かけ足を組む女の姿がはっきりと見えるようになる。
金色のツインテールに真っ赤な瞳。肩骨付近から生えた蝙蝠のような黒翼は綺麗に畳まれている人のような姿をした似て非なる存在、吸血姫。
間違いない、レインだ。
「獣人がお願い事? 珍しいじゃない」
「高いところで足を組むな。見られても気にしないような性格じゃないだろう」
「なっ! あたしの体が目当ての異常者なら叩き出すわよ!」
見えていたものを指摘したら怒られた。
そもそも銅像を立てるような場所に足を組んで座っているのが悪いしスカートだって短いのが悪い。
出会い頭に辱しめを受けたのがよっぽど気にくわなかったらしくレインは高さなど気にもせずに飛び降りると遠目から俺を睨む。
そこでやっと気づいたらしい。
普通に巡礼に来ていた獣人ではなく、別の用件がある者だと。
「ちょっと、嘘でしょ?」
「お前は昔から何も変わってないんだな」
「えっと、本当に? あの子犬ちゃんがこんな……」
「子犬って呼ぶな」
たしかにあの時の俺はレインからすれば子犬みたいなもんだったかもしれないが女にその呼び方をされるのは屈辱的だ。
俺はレインのことを女として認めていたんだからな。
そんなことを露も知らずレインは俺の頭を撫でたり肩や胸の辺りをぺちぺちと叩いたりしてくる。
「ほんとに、ほんとに子犬ちゃんなの?」
「だから子犬って呼ぶな。ガルムって名前があるんだから」
「調子に乗らないでくれる? これでもあたしを役立たず呼ばわりして追い払ったこと怒ってるんだからね?」
そう、俺はレインを戦場から遠ざけるために役立たず呼ばわりをした。
こいつの能力は戦場に必要ない、いるだけ危険な状況に陥るだけだと報告し二度と戦場に立たせないようにした。
でもそれは守るためだったんだ。
本当の戦場においては前線に立つ者よりも先に支援する者を排除してしまおうという作戦が企てられる。当然のようにレインが狙われる頻度が高くなるわけで、小さい自分にはそれを守りながら戦う力などなかった。
口下手だから意図を伝えられずにいたせいだろうか。
きっとレインは理解してくれない。
だから殴られることを覚悟してここへ来たのだ。
「小さいくせに一人でカッコつけないでよ。あの日からあんたが戦場で野垂れ死んでないか心配で眠れなかったんだから!」
「野垂れ死んでた方が気が楽だったんじゃないか?」
「バカなこと言わないで! 次そんなこと口にしたら殺すわよ!」
説得力のない発言だな。
どこに抱き締めながら殺すなんて宣言する女がいるんだよ。
でもまあ、気づいてなかった訳じゃないからノエルやテイムには別行動することを提案したわけだし互いに粗方知ってる仲だ。言い訳するのも違うよな。
俺だって憧れてたんだし。
「あの時は悪かった。死んでも最期まで一緒にいたいと思ってくれてたお前を裏切るような発言だったよな」
「だ、誰もそこまで言ってないでしょ! あんたが頑張ってる姿を見るのが好きだっただけで…………好き? ちがう! ちがうからね!? あくまで努力家が好きってだけで!」
「はいはい、分かってますよ。心配かけました。俺は元気にやってました。だから心配すんな」
「頭、撫でないでよ。子犬ちゃんのくせに」
こういうレインのしおらしい態度は嫌いじゃない。
強がりだから何でも平気だと背負い込もうとする癖もよく知っているし、何も言わずにそれを手伝って全て終わった後に見せる申し訳なさそうないじらしい態度が可愛らしい女の子だった。
それに強がりなのはしっかりと努力していたからだ。
努力もせずに何でもできると吠えていたんじゃない。努力していたからこそできると信じてほしい。そういう意地だ。
今まで散々、自分のことを子犬ちゃん呼ばわりして撫で回してくれたんだ。
返したって罰は当たらないだろう。
「会いに来たほんとの理由、知ってる」
「?」
「殺しに来たんでしょ?」
突然の冷えきった空気に自分は戸惑う。
レインの声は冗談を言っているようには聞こえず、俺はしばらくまともに受け答えをできずにいるのだった。




