yumeの墓場
2020年1月に書いた小説をやっと投稿。
サスペンス、ホラー要素が強いです。
『・第一話 血球』
僕はシャワーを浴びながら、今日死のうと考えた。もう、楽になりたかった。
一度こうと決めた僕の行動は早かった。
血だらけの服を丁寧に畳んで、いつも捨てるゴミ箱に置き、自動ドアをくぐり、長い廊下を通り、自室に戻り、机に置いてあるメモ帳からゆっくりと慎重に白紙を取ると、僕はペンを取り出し、いままでにないぐらいキレイに字を書いた。
僕はその紙を机に固定するように、テープで四方の端を張り、部屋を出た。
大量に積まれた本から何冊か持っていこうと思ったが、僕と一緒に灰になるより、誰かの元で役にたったほうが本も幸せだろうと思い、持って行かなかった。
かれこれ15年も暮らしたこの部屋に、二度と戻らないと思うと不思議な感じだったが、寂しくはなかった。
この建物の最上階にある、隊長の部屋に行き、休暇申請をした。
ずる休みをしたことがなかったため、ばれるのでは? とびくびくしたが、あっさり許可された。どうやらいままで取ったことがなかったことが功を奏したようだ。
僕は力一杯敬礼すると、隊長はその大きな体を持ち上げ、敬礼を返してくれる。僕は心の中で「お世話になりました」と感謝を言い、部屋を去った。
僕はポケットから鍵を取り出すと、地下に止めてあった戦闘機に乗り込む。僕は唯一の友で親友のこいつと死ぬことにした。
戦闘機は全長15メートルぐらいの一人用で、僕がこっちに来たときに渡されたものだ。この船には15年間、つらいときも、悲しい時も一緒に同じ時間を過ごしてきた。名前を「yume」という。変わった名前だ。
僕は戦闘機に鍵を差し込み、エンジンをかけ、いつも通りの速度で、基地を出た。
外にはどこまでも続く黒い宙と、さまざまな星たちが出迎えてくれる。
さて、死に場所だが、やはり生まれた場所で死にたい。単に僕ごときが生まれた場所ではなく、人間が生まれたその場所で死にたい。
だから僕は以前、ターゲットを追い詰め、死体を隠したあの「血球」を目的地に指定した。
本当なら機械ボイスがなにかしらしゃべるはずだが、すでにスピーカーが駄目になっているため、プスーと空気が抜けるような音がするだけだ。
しばらくしてハンドルが勝手に動きはじめた。あとは優雅な宙の旅を満喫するのみだ。僕はただ宙を見ていた。
一時間ぐらいたっただろうか。ようやく目的地が見えてきた。真っ赤な色の惑星が。
昔は青かったらしいが、今ではこの有り様だ。人類の血で染まっているかのように。
血球の周りには通称「船の墓場」と呼ばれる場所がある。人工衛星や宇宙船の残骸などが軌道に乗って、動いている。まるで一種の生物がうごめいているようなそこは、難破ポイントとしてめったにに人が近寄らない。だから僕はそこで死ぬことにした。
僕は運転を手動に切り替え、全速力でそこへ突っ込んだ。
直後にもの凄い揺れと、アラームが鳴り響くが、僕は目をつぶり、なすがままにした。
ああ、これで死ぬのか。やっと楽になれるのか。もう後悔はない。いや一つだけ心残りがある。あの本のような、物語のような恋がしてみたかったな。
僕の意識はそのまま遠のいていった……。
『・第二話 船の墓場』
僕は目を覚ますと、なぜか戦闘機の中にいた。
どうやらあの世までこいつはついてきてくれたと思うとそうではなかった。
何やら大きなものに不時着していたのだ。それだけじゃない。周りには絶えず宇宙ゴミが水の流れのように一定方向に向かって行っているが、ゴミはこの場所を避けるように流れていた。
つまりは出られないのだが、そんなことはどうだっていい。僕はなぜか、運よく死ねなかったのだ。どうして? 僕はあんなに悪いことをしてきたのに。
僕は安全装置を外し、宇宙服を着ないで、扉を開けた。外には当然酸素なんかはなく、外に出れば間違いなく死ぬだろう。多少は苦しいがいまは手段を選んでいる場合ではない。
だが、外に出ても僕が苦しんで死ぬことはなかった。なぜか僕はまだ生きているのだ。
僕は途方に暮れて、しばらくその場にうずくまった。
しかし、いつまで待っても死ぬ気配がない。とりあえず僕はそこら辺を歩いてみることにした。
いまさらだが、僕はどうやら大きな宇宙船に不時着したようだ。全体的に灰色で、土星のように輪っかの中に大きな球体がある。多分これが操縦室だろう。大きさから言うと旅行船かなにかだろう。使われなくなって何十年もたっているのか、ところどころに穴や部品がむき出しの所があった。
僕が、球体に近づくと、中に入れそうなドアを見つけた。鍵はかかっておらず、ギーという音とともに扉があく。
僕は恐る恐る入ってみると廊下のような所に出た。奥が見渡せるぐらい明るい照明、そしてゴミやほこりが全くない。
もしかすると、誰かここに住んでいるのか? それとも、人間が去った後も、ロボットたちは仕事を続けているのだろうか?
そこで一つわかったことがある。酸素のことだ。宇宙船には酸素を作るプラントがあるのだが、大型の、特に観光用の船は、外に出られるように、宇宙船の周りに薄い膜を張り、そこを酸素で充満させることで外に出られるようにするらしい。また、その膜は例え強い力で壊されても、すぐに再生して密封を保つ機能もあるので、僕が戦闘機で入って来て、呼吸しても死なないのはそういう要因があるからかと、納得しながらも、相変わらず運が悪いと自分に嫌気がさした。
僕は興味本位で、宇宙船の奥へと入いていった。そうすればこのおかしな船の全貌を確認できると思ったからだ。もちろんすれ違う人なんかだれもいない。ただ、僕のカツカツと歩く音がこだました。
どうやらここは日本の宇宙船のようだ。所々日本語が書かれている。幸い、僕の仕事柄日本語は理解できたので、この部屋がどんな部屋か判別ができた。
操縦室と日本語で書かれた部屋を見つける。僕が扉の前に立つと、自動で扉が開く。
驚いた。緑なのだ。人工的ではない。自然の緑だった。操縦室はまるでジャングルの中の秘密基地かのように上からは草が垂れさがり、中には赤い木の実が付いているのもある。地面にはさまざまな色の花が咲き、蝶が飛んでいる。まさに僕がまだ故郷の星に居た頃、見たことがあるもので構成されていた。
真ん中には踏み固めた道があり、どうやらここを通るようだ。
路に従ってゆっくり歩く。鳥がさえずる声なんかも聞こえてくると、ここが操縦室だということを忘れてしまいそうだ。完全に自然になったわけではなく、操縦席らしい椅子や、機械なんかも転がっているが、どれもツタまみれで、朽ちるのを待っているかのようだ。植物プラントが長年の放置で外壁に穴が空き、そこから伸びてきたのかなと推測をしてみた。
開けた場所に出た。周りは相変わらずの緑で、ここが部屋だということをすっかりと忘れさせる。真ん中には草が積まれている。
僕はこの広場の中央のある場所に目が奪われた。
そこには白い服を着たとても美しい人間のようなものがあった。きっと人形だろう。
見た目は18歳ぐらいの華奢な少女で遠くから見るとまるで眠っているかのようにみえる。昔に読んだ本のようにキスをすれば目が覚めるかとやろうとしたが、人形にキスをするほど飢えているわけではない。だから触る程度にした。
長い髪はしなやかで、すべすべで、触り心地が良い。一種のメロディーのようだ。頬をなでると柔らかく温かい。まるで体温があるかのように。
そういえばあまり人間の肌を触ったことがなかったな。あんなにも……。
僕が考え事をしながらひたすらほっぺをいじると、人形は顔を歪ませた。僕は驚いて手を離す。人形はまるで生きているかのように体を起こし、気持ちよさそうに背伸びする。そこで僕は間違いに気づく。
「うーん。おはよう。あれ? あなただれ?」
彼女は目を擦りながらそう聞いてくる。その言葉は日本語だった。僕は慌てて日本語で返す。
「ぼ、僕はノドロフ。ノドロフ・アーキソン」
僕はいちお聞かれたのでちゃんと答えた。すると彼女は目を輝かせて言った。
「ノドロフ! ノドロフて言うんだ! 私はユメハ。よろしく!」
あまり聞かない珍しい名前だ。だけど響きが気に入った。多分相棒と似てるからだと思う。
「ユメハはどうしてこんなところにいるんだい?」
僕は気になっていたことを口にする。
「どうしてと言われても。ここが私の家だからよ」
「ここに住んでるの?」
「うん! もともとは別のところにいたんだけど……」
「別のところ?」
「うまく思い出せないんだけど、気がついたらここで寝てて、記憶がないんだ」
ユメハは記憶がないらしい。
「他の人はいないの?」
「いないよ。私だけ。だからルドルフを見た時はびっくりした!」
彼女はそう言うと、積まれた草から立ち上がる。身長はちょうど僕と同じか、少し上くらいだ。別に女の子に身長が負けるのは悔しくはない。
とりあえず、僕は先ほどから気になっていたことを聞いてみる。
「人工知能とかロボットとかはいる?」
「もしかして、フリティのことかな?」
「フリティ?」
「うん。機械の人」
人工知能の名前だろうか? 操縦室がこんなになっているのに、人工知能がそれを掃除もせずに放置しているとは。まるで操縦させたくないような――
「おはようございますユメハ様。おや?そちらの御方は?」
突然天井から声がする。驚いて見上げると、モニター画面に表情を表す線が上に二つ、下に一つ並んでいた。多分顔を表しているのだろう。当然日本語を話していた。
「フリティおはよう! 紹介するね! この人はノドロフ。今友達になったの!」
するとフリティと呼ばれたモニターは驚いたような表現をし、モニターの線を伸ばし、僕の前に来る。すると、モニターから手が出て来て、片方を差し出した。握手をしろということだろうか。僕は戸惑いながらも握手を交わす。
すると、腕の方も連動して上下に揺れる。機械の腕は思ったよりも温かく、なんだか心が安らぐようだ。
「よろしくお願いいたしますね、ノドロフ様」
「よ、よろしく」
「これで仲良しだね!」
彼女は嬉しそうに言う。
「ユメハ様、すみませんがノドルフ様と二人でお話したいことが。さっそくで悪いのですが、ノドルフ様よろしいですか?」
そうフリティが紳士的に言うと、僕に外に出ろと合図する。ちょうど話がしたかったので、僕は彼女に「またあとで」と手を振る。
彼女は「二人だけで秘密話なんてずるい!」と言ったが、無理に話に入ることはせず、僕は部屋の外に出た。
外にでると、上からモニターが下りて来た。フリティだ。
「ご歓談中に水を差すような真似をして申し訳ございません」
「いや、いいよ。気にいないで」
人工知能に言うのはなんか変かもしれないが、フリティはとても律儀で親切だと感じた。
「ありがとうございます。さっそくですが、あなたは外からの来訪者ですか?」
「うん。偶然ここを通りかかったら、宇宙船の方でトラブルが起きて、ここに不時着した」
自殺をしにきたことは伏せておいた。
「それはお気の毒に。宇宙船のほうは無事でしたか?」
「うーん厳しいね。不時着時に故障したみたいで。それに外がこんな感じだったらさ……」
僕は外を見る。相変わらずいろいろな残骸が川の流れのように流れている。
「修理道具なら探せばあると思いますが、どうされますか? 必要ならば直ちに探しに行きますが」
その親切はありがたいが、僕は死にに来たので、そこまでしてもらう義理はない。
「いいや、自分で探すよ。それに修理には数週間かかるかもしれないから、ここでゆっくりしていくよ」
「わかりました。すぐに部屋の手はずを」
まるで、一流ホテルのようだ。行ったことはないが。
「それよりも。あの子。ユメハについてだけど」
すると、先ほどまでにこやかだった顔が一瞬だけ固まった。ような気がした。
「ユメハ様のことですか。やはり気になりますよね?」
「まあね。どうして一人なのか。他の乗客はいないのか。そして……この船に何が起きたか。僕は知りたい」
すると、フリティは申し訳ない顔をする。
「残念ながら、私もそのときに、強制停止させられていたので、詳しい回答はしかねます」
「誰に停止させられたの?」
「それもわかりません。私にわかるのは、気が付くとユメハ様以外のお客様が姿なく消えてしまったこと。そして、この管制塔のみしか管理ができなくなっていたといった感じでしょうか。」
フリティは丁寧でいて、とても不気味なことを言う。いない乗客。残されたユメハ。乗客だけ先に逃げたのか?
「ここに脱出ボートは?」
「ありますが、全てが揃っており、その全てがめちゃくちゃに壊されていました」
これで、脱出の線は消えてしまった。では、乗客はどこへ消えたのか?
「この船がここにある理由は? 事故でもあったのか?」
「先ほど申したように私には記憶がないので何があったかまでは、わかりません。ですが、生活棟――つまりは外のエリアですね――北西に大きな穴が見つかりました。恐らくは大きな隕石にでも当たったのではないでしょうか?」
「でも、普通は自動防御でそういうのは防ぐんじゃ……。いや、そうか、止められてたからできなかったんだ」
「多分そうだと思います」
「とりあえず事情はわかった。泊めてくれるお礼にそっちの調査もしとくよ。いろいろ話してくれてありがとう」
すると、フリティはまたにこやかに笑顔を作った。
「またなにかあればなんなりと」
「うん」
僕はフリティに見送られながら廊下を歩く。振り返ると、ドアを開けて出て来たユメハとフリティが親しげに話していた。
少女と人工知能。消えた乗客。まるで推理小説だ。これはホラーなのか、それともサスペンスなのかわからない。
だが、そんな話、僕には関係がない。僕は自分のなすことをなす。ただそれだけだ。
『・第三話 暗転』
僕は外が見れる休憩室のような場所のソファーに腰かける。この部屋にはソファーと観葉植物ぐらいしかないとてもシンプルな部屋だ。明かりはあるものの、少し薄暗い。それがなんだか心地良い。
さて、これからどうしようか。変に協力だの、準備だの言ってしまったため、死ぬに死ねなくなってしまった。
さすがにこの船で首吊りでもすれば、ユメハに見たくもないものを見せねばならなくなる。僕は静かに、誰にも見られずに死に、灰になりたいのだ。
そういう意味で乗客の失踪は使えると思った。もし死体のありかさえ見つければ、僕もそこに混じって、一緒に見つかることなく安らかに眠むれる。そう、これは自分のための行いである。
「こんなところでなにしてるの?」
ひょっこりと、ユメハが顔を出す。僕はユメハを見ず、外を見ながら口を開く。
「別に。ただ星を眺めてただけ」
「星好きなんだ。私も好きだよ!」
彼女はさも嬉しそうに言うと、彼女は横に座り、並んで星を見る。別に星を眺めていたわけではないが、言ってしまった以上、僕も星を眺めた。
沢山の人工物の隙間に、赤やら、青やらの星が見える。僕には星の名前はさっぱりわからないが、まあ綺麗だなと簡単な感想ぐらいは浮かんだ。
「いつかちゃんと星が見たいな」
彼女は悲しそうにそうつぶやく。彼女は宙へ向けて手を伸ばすが、その手は空を掴むだけだった。
「確かに、これじゃ見えないよね」
「うん。だからそのためにも、生きて、ここから抜け出さないと」
「生きるか……」
僕には難しい話だ。生きるとか、頑張るとか。
「そういえば、ユメハはどうやって生活してるの?」
「どうやって?」
彼女は首をかしげる。それでは範囲が広すぎて話そうにも話せない。
「例えば、ご飯とか」
「植物プラントがまだ動くからご飯に関しては問題ないよ。でも、お肉については食肉プラントが駄目になったから、滅多に食べれないな。だからここを出たらいっぱい肉が食べたい!」
彼女は立ち上がり、背伸びした。そして何か思いついたのか、手をグ―にしてもう片方の手に打ち付ける。
「そうだ! 施設を案内するよ! ついてきて!」
すると、ユメハは僕の手をガッツリ掴むと、引っ張った。
「ちょっと、ユメハ。僕、一言も行くなんて……」
振りほどくこともできたが、僕はなすがままに彼女に引っ張られた。
『・第四話 ここはエデンか天国か』
ユメハに引っ張られた僕は、一つずつ説明されている内容を聞きながら思う。ここは楽園かなにかなのだろうか。
電力は太陽光と、宇宙上を漂う何とか物質を燃料として発電しているとかなんとか。ちなみにこれはこの船の特許だとフリティが言っていたらしい。そんな技術聞いたことがないので、これさえあれば、資源争いがなくなりそうだなとか考える。
食べ物は、肉を除けば永久的に食べれるし、トイレもお風呂も使える。図書室もあれば、ゲームコーナーもある。管理塔というよりは娯楽塔だ。ここだけで充分な生活ができる。
「こんなに素晴らしい場所なのに、外に出たいの?」
前を歩く彼女に問う。
「うん。たしかにここはいい所だけど、外の世界みたいに広くはないし、星だってよく見えない。それに、話す人もいないから……」
彼女は前を向いていたので、表情まではわからなかったが、多分最後のが一番の望みなんだろう。
「別に、話し相手ならフリティがいるし、それに、いまはノドルフが来てくれたから、少しは寂しくないかな。なんちって!」
彼女は振り返り、明るい笑顔で振るまった。僕にそんな笑顔を向けられても困る。だって僕は死に来たのだから。だから僕は曖昧に頷くぐらいしかできなかった。
しばらくすると、厳重なドアの前に来た。
「ここから先が居住スペースだよ。私達は生活棟と呼んでるエリア。暗いから気をつけてね。はい、これ」
そう彼女が言うと、僕に筒状の物を渡し、扉のレバーを引く。多分これは懐中電灯だろう。ボタンを押せば明かりがついた。
しばらくすると、扉は見た目によらず静かに上へスライドして開いた。中を除くと一面真っ暗だった。
ドン! と突然後ろから物凄い大きな音がした。振り返るとどうやら扉が閉まった音だった。
「ごめん、ごめん。ボタン強く押しすぎちゃったみたい。よし、じゃあいこうか?」
彼女はそう言うと、下手くそな鼻歌を歌いながら暗闇に入っていく。
もう、手を引っ張られないことに解放感を味わいながら、懐中電灯をつけ、暗闇を照らし、前へ進む。
今思えば異性の肌を触ったのはこれが初めてかもしれないと考え、少し顔が熱くなった。あんなに嫌だった腕を引っ張られる感覚がなんだか、とても愛しいもののように感じてきた。
……何を考えているんだ、僕は。邪念を振り切ると、僕も暗闇へ姿を消した。
「いろいろ部屋があるけど、全部空。だからたまにここを物置として使ってるんだー」
「ふーん」
しばらく進むと、彼女は再び道案内を始めた。ここは窓があるので、肉眼でも何となく見える。
「で、ここを左に曲がると、東棟――今いるのは南棟なんだけど――東棟に行ける。でも、途中で道が大きな穴で通れなくなってる。東棟への道は三か所あるんだけど、一つが今言ったところと、もう一つが反対側かの北棟から行く道。これは瓦礫でふさがれている。三か所目が中央からさっきみたいにゲートをくぐればいいんだけど、こっちも瓦礫でふさがれてる。つまり――」
「東棟に行く道はないということ?」
「そういうこと」
そういうと、彼女は左に曲がっていった。
「ここが、トイレで、ここが私の部屋」
「管理塔じゃなくて、ここで寝てるの? 危なくない?」
てっきり操縦室で寝泊まりしているものかと思った。
「うーん。私もできれば管理塔で寝たいのよ。楽だし。でも、なんだか見られているような視線を感じるの」
「それはフリティのこと?」
「ううん。多分別。フリティは友達だけど、人間ではないから違うと思う。だって視線はなにか欲望的な視線なんだもん」
「なんだそれ。もっとわかりやすく言ってくれよ」
「しょうがないじゃん。そうとしか言えないんだもん。私の勘違いだと思うけど。だからここで寝てるの」
変な話だ。明かりもあり、セキュリティーだって働いているだろう管理塔に寝ないで、こんな真っ暗で何がいるかも分からない場所で睡眠を取っているなんて。
「危なくないの?」
「最初は怖かったけど、今は平気」
「平気て。今からでもいいから管理塔で寝なよ。僕だっているし……。ごめん、さっき会ったばかりなのに。馴れ馴れしいよね?」
すると彼女は手を大きく振る。
「そんなことないよ! 今の言葉は、少し嬉しい。優しいんだね、ノドロフは」
「そんなことは、ないよ」
僕が優しい人間だったら、こんなところに来たりはしないよ。
「またまたご謙遜を。わかった! 今日から管理棟で寝るよ」
「良かった、これで――」
「ただし、ノドロフも同じ部屋で寝る事。わかった?」
僕はその言葉を聞いてどきりとする。いくら寝るのが怖いからと、それはないんじゃないかと。
彼女はこう見えても、僕と年齢はそんなに離れていなさそうなのに。年頃の男女が同じ部屋なのはなにかいろいろまずいのでは。それに、それじゃ――
「不服そうな顔してる。いいよーだ。管理棟じゃ寝ないから」
「……わかった。一緒に寝る」
「うん、うん。素直でよろしい」
そういうと彼女は僕の頭をなで、下手な鼻歌で部屋に入った。
多分、引っ越しの準備だろう。女の子に準備は長いと、前に読んだ本で書いていたことを思い出した。しばらく時間がかかりそうだ。
僕は窓を見た。無数のゴミの合間から赤い星が見える。
多分、明日の僕の目はあんな感じなんだろうなと思い、今からでも少し寝ようと、手ごろなベンチを探し、目を閉じた。
僕は真っ黒な道を歩く。正確には白と黒で構成された世界を。しばらく歩くと何もない景色が変化する。
床は木製で、歩くとギシギシ音がする。棚には、三人並んで笑顔の家族写真。家の廊下のようだ。
鏡があり、覗いてみると、僕は死んだような眼をしていた。そして、服が真っ黒なのだ。なぜ真っ黒なのか。僕はだいたいわかってた。
僕はまっすぐ進み、突き当りの部屋のドアを開ける。ギーと断末魔のような声をあげる。そこのベットの前で、服のところどころに黒い染みがある女性が、幼い金髪の少女を抱きかかえ、震えている。金髪? もちろんそんなのわからない。だって白黒なんだから。でも、僕は彼女が金髪だと知っていた。
とても美しい、まるで星の光みたいに。僕は、いつの間にか持っていた、銃を向ける。女性はいっそう少女を強く抱きしめ、何かを叫んでいるが、聞こえない。
「ごめんね」
引き金に手をのばす。少女は女性と比べ、平気な顔をしていた。むしろ、女性に強く抱きしめられるのを嫌がっているようだ。
「ゆるして」
あとは、引くだけだ。女性は何か叫びながら、何かを落としながら少女を抱きしめる。少女はいっそう嫌な顔をする。
「やるしかないんだ」
僕は、僕は、僕は――
「おーい! 大丈夫?」
僕の目の前を黒い影が横切る。目を開けると、無機質な天井と、ユメハの心配そうな顔があった。今のは……夢か。
「おはよ。うん、大丈夫」
僕はベンチから起き上がり、彼女の顔を見る。彼女は「なに?」ときょとんとする。僕は彼女の顔をまじまじと見た。目、鼻、口、アゴ。そっくりな気がした。
「ほら、管理棟行こ」
「……うん」
僕は彼女に手を引っ張られながら、暗い廊下を行く。
そっくりなのだ……夢で殺した女の子に。でも、金髪じゃない。綺麗な黒髪だ。だから違う。
僕は後ろを振り返る。僕がいたベンチあたりに何か黒い影がいた。そんな気がした。
それで、管理棟の空き室で寝ようということになり、隣のベットに腰かけたのだが……。あれ? なんで僕、ユメハと同じ部屋で寝ることになってるんだけ? あれ?
「ユメハさ、やっぱり……」
「嫌」
「えー」
確か、管理棟で寝ると、視線を感じるから、一緒に寝ることになったんだけ?
「僕はいいけど、会って初めての男と同じ屋根の下は……」
「じゃあ、外で寝るの?」
「いや、そういうことじゃなくて」
「どこで寝ても、この船の中だったらどこも『屋根の下』でしょ?」
「あ、うん。そうだねー」
言葉て、難しいね。
「いや、例えば僕が君のこと襲うとか……。いや、襲わないよ!? あくまでも仮定の話で」
彼女はゴミをみるような目をし始めたので、僕は慌てて修正した。
「も、もちろんわかってるよ。ノドルフにはそんなことできない」
「どうして?」
すると、彼女はニッコリと笑い、こう言った。
「いい人だと、そう思うから」
なんと無垢なのだろう。今まで人といなかった寂しさや、悲しみが彼女をこんなにしてしまったのか。それとも、彼女がそういうやつなのかは僕にはわからない。今わかることは、僕はいい人ではないということだ。
だけど、だけど。なぜか僕は目から涙が出そうになった。だって、こんな笑顔向けられたことなんて、誰かに信用されているなんて、はじめてだったんだから。
「おーい! どうしたのー? 話し聞いてる?」
彼女が遠くのベットから手を振るのが、歪んだ視界でもわかった。
「なんでも、ないよ。あと、……ありがとう」
「なにー? 聞こえなかった」
「なんでもないよ!」
僕の感謝は彼女の耳には入らなかった。でも、それでよかったのかもしれない。
「じゃあ、お休み」
「お、お休み」
ただでさえ暗い部屋に明かりが消える。漆黒がただ空っぽな天井に広がる。結局、生きて一日を過ごしてしまった。今日の今頃、こんなことになってるなんて、シャワーをしている僕は考えもつかなかっただろう。
「ねえ、もう寝た?」
隣のベットから声がする。さっき横になったばかりだし、昼寝のせいもありまったく眠れない。まあ、眠れない原因は他にもあるんだが。
「寝てないよ。どうしたの?」
僕は腰を上げる。
「ねえ、どうしてこの船に来たの?」
「それは……」
自殺をしに、なんて言えない。
「別に問い詰めようとかそんなことじゃなくて、単純な興味。話せないならそれでいいよ」
そんなことを言う彼女だが、やっぱりちゃんと話すべきなんだろうか。
「仕事に疲れて宙を漂っていたら、漂流物がうようよしている所を見つけて、つい魔が差して突っ込んだ……的な?」
「なんか中年のサラリーマンみたいだね」
「さらりーまん?」
あまり馴染みのない言葉だ。確か都心の会社勤めの金持ちを意味する言葉だったような気がする。そんな言葉を例に出すくらいなのだから、もしかしたらユメハは、どこかの令嬢かなにかなのかもしれない。僕とは大違いだ。
「そういう時あるよね? 私も何度そう思ったか」
以外だ。こんなひとりぼっちの状況下でもたくましく「生きる」と言っていた彼女がそう思うなんて。
「生活はできるけど、退屈だし、恐いし、寂しいし、ずっとこのままなのかななんて考えるだけでつらいし。でも、そう思ってても仕方ないし、何か変わるわけじゃない。だから毎日を懸命に生きる。ここじゃないどこかへ行くために」
彼女の置かれた環境は僕と似ている。だが、考え方、立ち向かう姿勢に大きな違いがある。だからだろうか。僕が今まで感じたことがないぐらいに、彼女に惹かれているのは。
「それに、多分、残してきた家族がいるの。思い出せないけど、心配しているだろうから早く戻りたいの。多分それが一番ここから脱出したい理由。君も外に戻りたいよね? 家族とかいるだろうし」
家族。とても懐かしい響きだ。ふと、青々した林が頭に蘇る。
「うん、そうだね」
だから僕は思ってもないことを言ってしまった。彼女を喜ばせたいからだろうか? わからない。そもそも僕は本当に死にたかったのだろうか。本当は誰かに……。
「じゃあ決まりだね。明日、脱出できそうな物を探そう! 確かノドルフの宇宙船が直れば出られるよね?」
「探すといっても、あらかたこの船は探したんだろ?」
彼女ならすでにそれはしていると思っていた。
「そうなんだけど、障害物とかいろいろあって進めない場所とかあるし。二人じゃないと進めない場所とかあったり……それに二人だと見逃してたものも見つかるかもしれないじゃん」
「いや、でも」
僕は少し躊躇う。これでも自殺志願者だ。これでは本当に自殺なんて……。
「なによ? 今更ビビってるの?」
「そういうわけじゃ」
「じゃあそういうわけだからお休み!」
彼女は勢い良く横になった。ばさんと音が鳴る。
「え、ちょっと? もしもーし」
僕は彼女に話しかけるが返事はない。仕方ない、僕も寝るか。僕は目を閉じる。
だが、寝れない。当然だ。昼寝もしたし、それに無防備な女の子が離れているとはいえ、同じ部屋で寝ているのだ。
僕はなんだかソワソワしたので、部屋の外のベンチにもたれて外を見た。廊下はしーんと静まりかえっている、外は相変わらずの宙模様だ。
これでは例え壊れてない僕の宇宙船でも、無事に脱出できるかどうか怪しい。多分脱出は不可能だろう。
だけど、彼女には諦めないで欲しい。勝手な願いだけど。どうして僕は外で生きれて、彼女は生きられないのだろう。そんなことを考えていると、目の前がだんだん真っ暗に染まった。
『・第五話 探索の果てに』
「ほら、朝だよ。起きて!」
誰かに体を揺すられる。誰かは見当がついた。
「……おはよう」
「おはよ」
僕が目を覚ますと、すでに着替えた彼女の姿が現れた。覗き込んでいたため、彼女と目が合った。彼女は慌てて目を逸らし、外の方を見る。
「ほら、探しに行こう」
「う、うん」
僕はベンチから立ち上がる。こんな固いとこで、しかも変な態勢で寝たからあちこち体が痛い。僕は呆然と彼女を追った。
例の門をくぐり、これから生活塔に入る。そのころには僕の目もさえ、警戒しながら彼女に続く。彼女は気楽に下手くそな鼻歌をしながら、懐中電灯を振り回している。
「楽しそうだね」
「うん。いつもは一人だけど、ノドルフがいてくれるからね」
彼女はそう言い振り向いて笑った。まったく。彼女の言葉はいちいち僕を困らせる。
「それで? いまはどこへ向かっているの?」
「フ、フ、フ。秘密」
「いや、いや。秘密にしてどうするの」
「だって秘密のほうが面白いじゃん」
「どうせ、昨日言ってた二人じゃないと通れない場所だろ?」
「ふ、ふーん。さーて、どうかな?」
彼女はとてもわかりやすい。あきらかに動揺している。彼女は何も言わず、ただ真っ直ぐ歩く。僕もそれに続く。
こうして誰かと歩くのはいつぶりだろうか。追跡や尾行なんかは沢山したのに、誰かと冗談言いながら歩いたことなんて多分、あまりない。
「ほら、着いたよ」
なんとも不思議な構造をしたドアだ。ドアの横にレバーがあり、そこの真ん中にガラスの壁がある。
僕はドアに近づくが、開かない。ドアノブのようなものもない。
僕はレバーを引くと扉が開くが、レバーを離した瞬間扉が閉まる。からくり扉のようだ。これなら電気がなくても開く。
「確かにこれじゃ厳しいね」
「でしょ? でしょ?」
彼女は強くうなずく。
随分古典的な警備だ。多分二人の人間がいないと入れないようになっている。
だが、古典的だからこそ有効な時もある。暗証番号なんかはわかってしまえば容易いし、キーなどいくらでも偽造できる。かと言って二人用意しても、片方は残らなけらばいけないので捕まるリスクがある。なかなかいいシステムだ。
「僕がレバーを引けばいいの?」
「できれば、中に入ってほしいような」
「わかったよ」
「いいの!?」
驚くことじゃない。何度も修羅場をくぐり抜けてきたからいまさら怪物程度じゃおどろかない。それに、彼女になにかがあったら大変だ。僕が例え死んでも、彼女だけでも生存できる。実に合理的な発想だ。
「じゃあ、いくよ」
「うん。気をつけて、ね」
彼女は心配そうにこちらを見ているのがガラス越しでわかる。彼女はレバーを引き、扉が開く、僕は暗闇へ足を踏み出す。
中に入ったのはいいが、部屋らしものが見えるが、真っ暗で何も見えない。
「なんかあったー?」
彼女の声が暗闇に響く。
「なんにも見えない」
僕はそのままの事実を述べた。
「じゃあこれ使ってー」
すると、彼女は懐中電灯をこちらに勢い良く転がした。僕はそれをちゃんとキャッチすると、部屋を照らした。どうやら下に降りる階段のようだ。
「なんか階段みたいなのあったよ」
僕は覗きこむ彼女にそう伝えた。
「多分、下の階に行ける唯一の階段だと思う」
「下の階にはなにがあるの?」
「確か、エンジンルームとかだったかな。階層マップにそう書いてあったはず」
エンジンルームか。もしかしたらこの生活棟の電気関連のものが見つかるかもしれない。電気が付けば、探索がしやすくなる。
「ちょっと見て来るね」
「き、気を付けてね」
彼女の声を背中に受けながら、僕は暗い闇へ身をゆだねた。
ただひたすらに階段を下る。頼れるのは右手の懐中電灯のみ。奥を照らせど、先は見えず、ただ階段が続くのみ。僕は慎重に進む。
まだかまだかと下を照らすが、やはり床は見当たらない。
そういえばこんな感じの怖い話をいつしか読んだ気がする。主人公は結局どうなったのだったか。そんなことを考えていると、ようやく床が見えた。どうやら無限ではなかったようだ。
僕は辺りを照らす。パイプや何かの機械などが所狭しと置いてある。ボイラー室なのだろうか。僕は中央の道を通る。しばらく先を進むと、上に続く階段を見つけた。しかしまだ先に行けそうだ。ひとまず1フロアずつ回っていこうと、階段を通り過ぎた。相変わらず辺りは懐中電灯がないと進めないくらい真っ暗だ。しかし、慣れてきたのか最初のような進みにくさはない。
(何か見えるな)
突き当りに大きな門のようなものが見える。それは全体的に濃い緑色で、ところどころが茶色くなっている。焼却炉かなにかだろうか。僕は扉に触れる。ヒヤと冷たい感覚が指から脳へ広がる。それで僕は嫌な予感がした。
もしかしたら、ここで……。
僕は慎重に扉を開ける。死体なんて山ほど見た。なにを今更怖がっている。僕は自分にそう言い聞かせ扉を開ける。ギイと重い音が暗闇に響く。中は相変わらず真っ暗だ。僕はその空間に光を照らす。空気が入ったことにより、ほこりが舞ていて、まるで雪のようだ。雪を見たことはないけど。
やはりここは焼却炉らしく、すっぽりと何もない空間が広がっている。
だが、ほこりがあるだけで、ゴミや死体なんかは見つけることができなかった。もうすでに灰になっているなら話は別だが。
僕は扉を閉めた。扉はやけに冷たいままだった。
地下の探索も不発に終わり、先ほど見つけた階段を上る。ユメハと別れた場所の、ちょうど真反対の場所だろうか。
部屋を出て、廊下を見ると知らない場所だった。
確かユメハが、「生活塔の半分に行くゲートは崩壊していて、通れない」と言っていた気がする。ここは東棟というやつか。
僕はいろいろ部屋を見て見たけど、大半が空、物があっても用途不明な箱などがあり、手がかりはなかった。
これが終わったら探索を切上げようと、入った部屋。そこは普通の部屋だった。それが僕は引っかかった。
あまりに普通すぎるのだ。
ベット、カーペット、本棚、テーブル、椅子、机。僕たちが生活するなら必ず使う物が置いてある。それが今までの部屋の法則とまったくもって異質なものなのだ。
この部屋に何かがある。そう確信した僕は念入りに部屋を調べ始めた。
机の下、本棚の中、ベットの下など何か隠されていそうな場所を探したが、何もない。
そういえば、僕は何を探しているのだろう。こんなところに脱出用の物なんかあるわけないのに。
結局、手がかりはなかった。
僕は諦めて、部屋を出ようとするが、カーペットがめくれて、段差のようになっていたところを踏み、見事に転んだ。
「いった」
思わず声が漏れる。僕は尻を思いっきり床にぶつけた。僕は内心ムカつきながら転んだカーペットの部分を見ると、カーペットの下が赤かった。部屋の床は白色なので、この色は明らかに異常だ。
僕は思いっきりカーペットをはがした。
どす黒く真っ黒なのだ。
まるで絵の具のパレットに落としたかのように、形がぐちゃぐちゃなのだ。
それが、まるで隠されていたようにカーペットの下にあった。
間違いない。血だ。この量ならばすでに死んでいるだろう。
では、死体はどこに。どこかに隠されているのだろうか。
これが、乗客失踪の謎につながるかどうかはわからないが、確実にわかることがある。
この船には殺人犯がいるかもしれない。
そういえば、一人で待たせてるユメハは大丈夫だろうか。
僕は急に心配になり、カーペットを元に戻し、来た道を引き返した。
廊下はなぜだか、とても寒々と感じる。こころなしか手が冷たい。
そして、やけに後ろから、視線を感じた。ような気がした。
『・第六話 探索ときどき休憩』
僕は最初、地下へ潜った階段のところに戻った。扉が閉まっていたので、ドンドンと叩く。もしかしたらユメハがおらず、僕はここから出れないのではとも思ったが、すぐに扉が開く。
「おつかれ! 大丈夫だった?」
レバーを離し、僕の目の前に来た彼女はそう言った。後ろで扉が閉まる音が鳴る。
ユメハは管理棟へ向かって歩き出すので、僕も後ろから続く。
「まあ、なんとか」
すると、彼女は振り返って、
「それで、何か脱出に繋がるもの見つかった?」
そう聞いてくる。
言うべきなのだろうか、あの血痕を。
僕は少し考えて、こう伝えた。
「脱出の手がかりではないけど、地下を通って、反対の棟に行けた」
「それはすごいじゃん。これで、この船の全部を探索できるじゃん。うん、うん! それで他は?」
彼女はさも嬉しそうにニコと笑い、次なる情報を求めてくる。
その笑顔、やっぱり苦手だ。自分が言わなければならないことを、彼女のためなのに、その笑顔を見ていたいと思い、隠そうとする自分がいる。
僕は悩むに悩み、黙っていると、管理棟への扉の前に着いた。ユメハはボタンを押して扉を開ける。僕はそのタイミングで口を開いた。
「あとは、その――」
「おや? 見かけないと思ったらやはりこちらにいましたか」
「あ! フリティ!」
僕の話を遮るようにフリティはやってきた。扉が開き、明かりが差すと、台車のようなものの上に、あの時と同じ顔代わりのモニターを付けて。顔は笑っているようだ。彼女はフリティに近づくと、フリティの手にハイタッチをした。
「おはよう! フリティ!」
「おはようございます。ユメハ様。それにノドルフ様も」
「お、おはよう」
こんな感じで挨拶をするのも慣れない。
「そうだフリティ! ノドルフがこの先に潜ってね、反対側のフロアに入れたんだって!」
すると、モニターはビックリマークを写す。
「それはそれは。私の小型探索ロボットですら行けなかった場所を。お手柄ですねノドルフ様」
「別に、そんなことは」
この手の褒めはお世辞なんだが、褒め慣れてないから少し恥ずかしい。
「そういえばフリティはどうしてここに来たの?」
「朝ご飯の支度を終えると、お二人の姿がなく、探していたところでした」
「それはごめんなさい。ちゃんと言えばよかった」
彼女はフリティに頭を下げる。するとフリティは手を振る。
「いえ、いえ。私は叱っているわけではありません。お二人が無事であるならそれでいいのです。ちなみにご飯をお持ちしましたので、こちらで食べますか?」
すると、彼女は顔をあげると、急にキラキラしだした。
「本当!? わーいやった! ちなみにご飯は?」
「ユメハ様が大好きなハンバーガーでございます」
「もちろんお肉は?」
「入ってますよ」
「わーい! やった! お肉! お肉ー!」
ユメハの喜び方が尋常じゃない。確かに昨日、肉が好きとは言っていたけど。
「どうぞこちらを。ノドルフ様も」
「あ、ありがとう」
僕はフリティからハンバーガーを受け取る。サラダやトマト、そして肉が入っているシンプルなやつだ。
「ハンバーガー、ハンバーガー。縦から読んでも横から読んでもハンバーガー!」
ユメハが相変わらず下手くそな鼻歌で歌っている。
「いやいや。全然違うし」
「ハンバーガー食べて喜ばない人は人間じゃないよ!」
「じゃあ、僕は人間じゃないな」
「もしかして、あんまり好きじゃない?」
ユメハは少し悲しそうにいうので、いい加減下向きなセリフはやめよう。
「好きだよ。ただ食べ慣れているからいまいち感動できない」
「それ、ただの自慢だからね!」
「ふー。 お腹いっぱい」
「そうだね」
なかなか美味しいハンバーガーだった。ユメハが喜ぶのもわかる。
「このあとどうしようか?」
「私、探索疲れちゃったから休憩しよう! 娯楽室で」
「ユメハ様はただゲームがしたいだけでは」
「うるーさい! 早く娯楽室に行くの!」
ユメハは走って管理塔のドアまで行く。おい、おい。疲れていたんじゃなかったのか。そう思うとフリティと目が合い。お互いやれやれみたいな感じをだした。
その後、僕とユメハ、それにフリティの三人でいろいろなゲームをして遊んだ。娯楽室には様々な遊び道具があったが、ユメハの希望でテレビゲームをした。格闘ゲームと言われるものや、パーティーゲームもやった。ゲーム自体は初めてやったが、案外楽しかった。そして今はレースゲームをしている。
「くっそー! 悔しい! やっぱりフリティに勝てない!」
フリティはしっかりと手でコントローラーを持ち、ゲームをしている。人工知能がゲームをする様はいささかシュールだ。当然今までの対戦は全てフリティの勝ちである。
「申し訳ございません。手加減したほうがよろしいですか?」
「その言い方がすごいムカつく! 実は裏でチート使ってるんでしょ!」
「いくら人工知能だからといってそれはないんじゃないか……」
それではフリティが可哀想だ。そういう同情で言ったつもりだが、どうやら矛先は僕になったようだ。
「そういうノドルフはなんなの!? ゲームやったことないて言った時はさすがに驚いたけど、この短時間でどうして私よりうまくなってるの!? 私このゲーム200時間ぐらいやってるんだけど!」
「悪かったよ。次は手加減するから」
「フリティみたいなこと言ってる!?」
そうして、いろいろなゲームを遊びつくし、僕とユメハはカーペットに横たわる。フリティは「昼ご飯の準備を」といい今はここにいない。
「遊び尽くしたー!」
「僕はなんだか疲れたよ」
ただ、モニターに前でコントローラーを握るだけなのにかなり疲れた。
「楽しかったー! 一度友達とやってみたかったんだ!」
「ユメハにはフリティがいるじゃないか」
「フリティには悪いけど、やっぱり同じ人間の、欲を言えば同世代くらいの子とやりたかったの」
「そういうものか」
「うん! そういうもの」
僕にはこんな笑って人となにかやるなんてこと一度もなかった。だからということもあるだろうが、人生の中で一番楽しい時間だったような気がする。
「あ、私トイレいってくるね」
そういって彼女はとことこと部屋を出て行った。相変わらず下手くそな鼻歌で。
すると入れ違いでフリティが帰って来た。
「おや? ユメハ様は?」
「トイレだって」
「そうですか。ではちょうど良かった。少しよろしいですか? ノドルフ様」
フリティは僕の隣に来る。タイヤで走っているのだが、音がまったく聞こえず無音でやってくるため、いつも少し驚く。
「いいよ。どうしたの」
「ただお話がしたくて」
僕はフリティをまじまじと見る。
「いいよ。どんな話?」
「ユメハ様について。あなたはどう思われますか」
「どうって……言われても。まあ真反対かな」
「真反対ですか」
「うん。行動も感じ方も、全部違う」
僕もあんな前向きに生きられたらもっとましな人生をおくれていたのだろうか。でもそれはなんか違う気がした。
「確かに。ユメハ様は前向きで明るく人を常に引っ張るタイプですが、ノドルフ様は冷静で論理的で影で活躍するような方ですね」
「僕がそんなふうに見えるの?」
「ええ、はい。これでも解析は得意なもので」
僕は苦笑いする。こんなにも賢い人工知能の測定だ、僕は少なからずそう見られているのだろう。自分の自覚なしに。
「それにしてもフリティはとても人間みたいだね。実は中に人がいるんじゃないの?」
フリティは一瞬ビクンと停止するが、またいつもの笑顔マークになった。
「なにをご冗談を。私はれっきとした人工知能ですよ。なんなら製造されてからのお話をさせてもらいましょうか?」
「わかった。もう大丈夫。フリティは人工知能だよ」
「わかってもらえてなによりです」
すると、扉が開いた音がした。
「お待たせ。あ! フリティがいるということは……」
「はい、お昼ご飯にしましょう」
「やったー!」
ユメハの喜ぶ声が部屋に響いた。
「探索の続きしよー!」
昼ご飯であるサンドイッチを軽く平らげた彼女は、食堂で本を読んでいた僕にそう言ってきた。
彼女は後ろに両手を回している。明らかに何かを隠しているが、あえて突っ込まなかった。
「次はどこへ行くの?」
「そうだねー。私も東棟行ってみようかな?」
「でも、あそこ二人じゃ行けないじゃん」
「フフフ。そう来ると思いました」
すると、隠し持っていたものを僕に見せてくる。これは……棒?
「これで固定すれば二人でも行ける! どう? 凄くない?」
「つっかえ棒か。隠していたわりに地味だな」
「地味じゃないもん! 偉大だもん!」
まあ悪くはない。これで固定できれば一人でも行き来できる。
「だけど、あそこはもうだいたい調べたよ」
「いいじゃんか。私だってあの先がずっと気になってたんだから。さあ、行くよー!」
彼女は僕の腕を引っ張ると、南棟へ向かっていった。こうなれば誰も彼女を止められない。僕はただただ引きずられていくのだった。
「ちか♪ ちか♪ ちか♪ ちっか♪ ちか♪」
なんなんだそのめちゃくちゃな歌。僕達は無事扉をつっかえ棒で固定すると、彼女は上機嫌で階段を降りている。いつもの下手くそな鼻歌にとうとう歌詞までついた。それぐらい機嫌が良さそうだ。
「この先が焼却炉?」
「そうだよ」
「あれかな? あの門」
冷たくて赤黒い門をユメハは持っていた懐中電灯で照らした。
「中に何もないけど、見る?」
「うん! 見る!」
僕は再び扉に手をかける。相変わらず扉は冷たい。ギーと音をたてて、扉が開いた。
焼却炉の中はホコリが舞っているぐらいで特に何もない。それがなぜだか少し不気味に感じた。
「なんかノドルフが好きそうな場所だね?」
「僕が、好きそう?」
「うん。なんか好きそう」
「なんだそれ」
でも、言われてみればここはなぜだか落ち着く。こんなにもホコリまみれなのに。
「そろそろ、行こう」
「うん! そうだね」
そういい僕らは立ち去った。
ユメハと東棟を見て回ったが結局何も見つからなかった。あの、血溜まりの部屋にも言ったがカーペットの裏には気が付かなかったようだ。かなり冷や冷やした。
その後僕らは北西にある、大穴を見に来ていた。
大穴は完全に天井が崩壊しており、少しの星明かりが差している。それがなんだかとても神秘的に感じた。
「凄いね」
「うん! すごいでしょ?」
僕が思わず漏らす声にユメハは答えてくれる。ユメハは宙に向かって手を伸ばすが、途中で止めた。星明かりが照らす彼女の横顔がとても美しく、とても悲しく感じた。
「そうだ! 屋上に出よう!」
「屋上? ああ、あそこか」
多分僕が宇宙船を止めたところだ。すると彼女はがれきを指さした。
「そういえば、これを使えばここから上に行けないかな?」
もともと天井の一部だったのだろうか? ちょうど大きな塊のがれきが階段上になっており、上にいけそうだ。
「危ないよ?」
「大丈夫! 平気、平気!」
そういうと彼女は上り始めた。僕は彼女が落ちてこないか心配で、ドキドキしたが、何事もなく彼女は視界から消えていった・
「ノドルフも早くー!」
「はいはい」
上からの声に、僕は呆れながら上り始める。結構楽に登れた。天井だった部分を抜けると、上に橋のようなものが見えた。ちょうどユメハに追いつた。ユメハは少し大きな段差を登ろうとしていた。
「キャ!」
突然、ユメハが足を滑らせ、落ちた。僕は慌ててユメハをキャッチする。ずっしりと重く、それで柔らかい感触が手に触れる。
今思えばそこまで大した段差ではないから受け止める必要はなかったと思うが、体が勝手に動いてしまったのだからしょうがない。
ユメハは少し僕の腕の中で硬直すると、途端に顔が真っ赤になってそっぽを向く。僕も少し恥ずかしさを覚え、斜め上を向く。心臓が波立つのがよくわかった。
「あ、あのさ。お、降ろして……」
「あ、うん。ご、ごめん」
僕は慌ててユメハを下ろす。その際に鼻をくすぐったいい香りで余計にドキドキする。
ユメハは僕に背中を向けると小さくこう言った。
「あ、ありがとう」
「あ、うん」
僕は気持ちを落ち着けようと、ユメハが登ろうとした段差を登る。どうにか登れたがユメハには厳しそうだ。ただ、一つだけ方法がある。だが、変な雰囲気になってしまった今、それをするのはなんだか気が引けた。
「管理棟のところから行く?」
僕は提案をするが、彼女は首を振った。
「うんん。頑張ってみる」
彼女は頑張って登ろうとするが、なかなか厳しそうだ。足がピクピクしているのが見えた。僕は恥ずかしいが、手を彼女に差し出した。
彼女は一瞬停止すると、恐る恐る手を伸ばす。僕の手が彼女の手に触れた瞬間、彼女は勢いよく手を離すが、再び手を伸ばし、がっしりと掴む。
僕は力を込めて彼女を引っ張りあげた。
「……ありがとう」
「うん」
彼女はまた感謝の言葉を述べると、さっさと屋上へ行ってしまう。僕は彼女の手の温もりを感じる手を見た後、慌てて後を追いかけた。
「これがノドルフの宇宙船?」
「うん、そうだよ」
僕たちは屋上に上り、戦闘機がある場所まで来た。ユメハはとても興味深そうに見ていた。
「この宇宙船以外に初めて見たかも」
「今の時代、珍しいものじゃないよ。……あ、そうか、記憶がなかったんだね。ごめん」
「うんん。別にいいよ」
今のはかなり無神経な話をしてしまった。僕は間が悪く感じて、話題を振ってみる。
「中、見る?」
「見る!」
彼女の目はキラキラに輝いていた。
僕はポケットから鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んみ、ロックを解除。扉をスライドさせる。
「なんか自転車乗るときみたいだね」
その例えはよくわからないけど、まあ多分その通りなんだろう。たぶん。
中はあまり変わらない。まあ当然か。彼女は下手くそな鼻歌を歌いながら、ハンドル回したり、椅子をぐるぐるしている。
「狭いんだね」
「まあ一人用だから」
僕は後ろの椅子に腰かける。すると、足元に何かが転がっているのがわかった。
「銃か……。閉まっておいたはずなのに」
着陸の衝突でタンスから出てしまったようだ。
「何か言った?」
「いや、なにも」
僕はタンスに銃をしまおうとして、やめた。もしもの為に持っておいて損はないだろう。宇宙服は……いらないか。
「そろそろ行こう」
「うん! はーい」
僕は彼女を外に出させると、鍵を閉めた。振り返ると彼女は硬い床に寝転がってた。
「何してるの?」
「星を見てるの。ノドルフもおいでよ」
彼女がポンポンと横を叩くので仕方なく横になる。宇宙ゴミが散乱している間にわずかだが、星が見える。
「ノドルフ……ありがとう」
「何がだよ。僕、何もやってないよ」
「それでも。……ありがとう」
「変なやつだな」
僕は少し恥ずかしくなり、頭をかく。すると、彼女は立ち上がって、
「じゃあ、帰ろ?」
と、可愛らしく言うものだから、ドッキとする。全く、僕は本当に君が、ユメハが苦手だ。
僕も立ち上がり、ユメハと並んで管理棟へ戻った。
『・第七話 真実はどこへ』
僕が目を覚ます、ベットの上だった。もうすっかり見慣れた天井だ。
ここに来て21日ぐらいたつが、これといって探索に進展はない。行けるようになった反対側もこちらとあまり変わらなかった。
三週間もいると、あの時襲った自殺衝動はなんだったのだろうと思う。
ここは人を殺さずにすむし、厳しいルールもない。ただ毎日、ご飯を食べて、ユメハと探索して、フリティとゲームして過ごすだけでいい。
ここは天国みたいだ。もうずっとここにいた……。
どうやら僕はここにそうとう毒されてしまったようだ。
第一に、僕に生きる資格はない。だから僕の意思など関係ない。
第二に、ユメハの目標はここの脱出だ。僕がここにいたいと思ってはいけないのだ。ユメハとの約束はしっかり果たす。
僕は緩んだ心に喝を入れ、起き上がる。
隣のベットではまだユメハが気持ち良さそうに寝ている。この状況すら慣れてしまった自分が恐ろしい。
「ユメハ、起きて」
僕は布団の上からユメハを揺さぶる。
「うーん。あと24時間……」
「それじゃ一日が終わっちゃうよ」
しょうがない。僕はユメハから布団をはぎ取った。
「うわ! サム! ここは常に暖房がかかっているはずじゃ……」
「フリティに朝は暖房を切るように話をつけといたのさ」
あまりにも最近、ユメハが起きないものだからフリティに相談したら提案された。
それにしても方法が古典過ぎる。たまにフリティは人工知能なのかと疑うぐらい人間臭いところがある。
「最近私の扱い雑じゃないー? あと、おはよう」
「おはよう。これでも気を遣ってる。朝ご飯できてるから食堂に来て」
「返答も冷や冷やしてるし」
僕は外に出て彼女の着替えを待つ。
まったくユメハはだらしない。僕をなんだと思っているのか。男がすぐ横で寝ている状態で、あんなブラジャーだけ付けた状態で寝るなんて。
相変わらず異性耐性はないが、クールを装い心を無にするすべを身に着けた。だからユメハからしたら冷たくなったと思われているのかもしれない。
「お待たせ……」
「どうしたの?」
ユメハはまじまじと僕の服を見る。
「さっきは暗くてよくわからなかったけど、今回も昨日と同じ服でつまんないなーと」
「そんなこと言われても、同じ服しかないんだから仕方ないじゃないか」
確かにここに常備されている服で僕が着れるサイズは黒の長袖、長ズボン、靴下と全身真っ黒だ。
「ユメハだっていつも同じじゃん」
「私は今日はペプラムスカート! 昨日はタイトだったもん!」
「わかったよ。ごめんね」
「わかればよろしい」
ユメハはスカートの裾をぴらぴらと揺らす。僕には女性ものの服の違いが全然分からない。
「ほら行こ?」
「うん!」
僕は彼女と並んで食堂へ向かう。食堂は僕らが寝室としている部屋から右に曲がった突き当りにある。
ユメハは「あとで髪もやんなきゃー」と独り言を呟いたりしている。女性という生き物は大変だなーと思ったりした。
フリティからの情報だと、ユメハはあまりファッションに気を遣うような子ではなかったようだ。朝はよく寝ぐせをはやしながらパンに噛みついていたそうだ。そんなユメハを想像したらなんだかおかしくなってきた。
「なんか笑ってるけど、面白いことあったの?」
ユメハが髪をいじりながら聞いてくる。
「いいや別に」
「なにそれ。気になるよ!」
ユメハは髪をいじるのを止め、こちらを見る。
「最近、ユメハが一段と可愛いくなったなーと」
「聞かなきゃよかった……でも、ありがとう。少し嬉しい……」
ユメハが顔を逸らしてそう言った。顔は見えなかったが多分真っ赤だ。そしてそれは僕も同じだった。
「そうだ! こんなもの見つけたんだ!」
朝ご飯を終え、僕はコーヒーを飲みながらボケーとしているとユメハがなにやら紙を見せて来た。
「なにこれ?」
そこには日本語で書かれたこの宇宙船の設計図のようだ。紙資料を見たのは初めてだ。
今の時代、全てがデータ化されているので、生活棟の壊れた上、電気が通っていないパソコンでは情報が集められなかった。
「昨日、娯楽室のテレビの裏に落ちてたんだけど。ここ見て」
ユメハが指さすところを見ると、「緊急用脱出カプセル」と書かれたものがこの施設の中央にあると書かれていた。
「フリティ、これわかる?」
「申し訳ございません。私も初めて知りました」
「人工知能なのにわからないのか?」
フリティは申し訳なさそうに顔を小さくする。
「実は有毒ガスが放出されているみたいで、現在すべてをシャットダウンしている状況です。それに以前も言ったように私の記憶は一部が欠落……特に施設関係のデータが破損していまして。お役に立てず申し訳ございません」
言葉でも頭を下げている様子が伝わる。それをユメハはカバーするように言う。
「いいんだよ。フリティは悪くないから。それにしても、ここの施設をよく探していなかったなー」
「灯台下暗しというやつだね」
今まで管理棟の外ばかり目がいっていたのは事実だ。おおかた探したので、次はどこを探すかちょうど考えていたところだ。
「じゃあ今日はここを中心に探してみよう!」
「うん。僕もそれがいいと思う」
僕は残ったコーヒーを飲み乾すと、コップをキッチンに置き、支度を始めた。
すると、後ろでフリティが話しかけて来る。
「今日は私もナビゲーションいたしましょう」
「おお、それは助かるかも」
「具体的にはどうやって?」
「これを」そう言ってフリティは腕時計に端末をくっつけたようなものを渡してくる。
「これは?」
「通信デバイスです。さすがに私の稼働区域といえども私の足では足手まといですので」
「うまい!」
「うまくない」
フリティはそういうつもりで言ったわけではないと思うので、指を立てたユメハを軽く小突く。
「それで通信で案内でもしてくれるのか? だったらもっと早くしてくれればよかったのに」
「外の区域では基地局を設置しなければ通信できませんし、設置してもとても強いジャミング波のようなものが飛んでいて上手くできないのです。なので、この区域限定でのみ可能なのです」
確かにあの時の地下に行くためのレバーはフリティがいればどうにかできそうなものだと思っていたが、ようやく疑問が解ける。
「まあ事情はなんとなく理解した。とりあえずナビゲーションよろしく」
「かしこまりました」
そうして僕たちはフリティを残し食堂を出て行った。
「聞こえるでしょうか?」
「うん、聞こえる!」
しばらくして、モニターにいつもの顔文字が現れ喋りだした。
「よし、さっそくだが中央に入るためにはどうしたらいい?」
「そうですね。やはり防護服かなにかが必要でしょうね。データですと、この区画にあるとの記述がありますが、場所までは破損していてわかりかねますね
「防護服か……」
外の生活棟ほどではないが、この棟だって初日に探したはずだ。そんな目立つものがあればすぐに思いつく。
「僕は思いつかないな。ユメハは?」
「うーん。宇宙服なら場所わかるけど、防護服はね……」
「宇宙服?」
「うん」
「どこにあるの?」
いちを、僕の戦闘機の中に常備はあるが、そんなこと初耳だ。
「ついて来て!」
そういうとユメハが歩き出すので、僕も続く。寝室を通り過ぎ、浴室を通るとやってきたのはいつもの場所だ。
「娯楽室か」
「うん」そういうとユメハは中に入る。自動的に明るくなった室内は普段とあまり変わらない。ユメハは冷蔵庫から水を取り出し、テレビの裏に手を突っ込んだ。
「そういえば、この紙はテレビの裏にあったて……」
「そう! それでその紙の下に……あれ? ない!」
「どこやったの」
「あ! そうだ、金庫にしまったんだった」
ユメハはそう言うと、小さいおもちゃのような金庫に行き、「いい国作ろう、カマクラバクフー!」なんて言いながら鍵を解除し、手にある白い袋を見せてくれる。だが、その袋はちょうど近くにある携帯ゲーム機と同じサイズである。
「こんな袋に宇宙服があるわけないじゃないか」
「それが違うんだな、これが! 実はこれ、水を入れると宇宙服になるインスタント宇宙服なんだ!」
そういうとユメハは僕に袋を投げる。僕は袋の表面に書かれている文字を読むと、確かにインスタント宇宙服やら、水をかけて一分など書かれている。
「へー。こんな便利なものがあったんだ」
「そうだよね! 私も見つけたとき、ビックリしたよ!」
宇宙服がここにあるのならば、取りに行く必要はないし、ユメハがこんなにも私凄いでしょ? オーラを出しているので取りに行きづらい。
それにしてもこの船は脱出できるものはおろか、管理棟を除き、あるはずのもが全てない。まるで外は完成したが、中には住人がいない家のようだ。そして当然あるはずの宇宙服ですらなくなっていた。まるでこの船から逃げ出さないように。
「ともあれ、これで中央に行けそうだ。お手柄だよユメハ」
「やるでしょー! 私!」
「問題は誰が行くかですが、大変申し訳ないのですが……」
「まあ、僕が行くしかないよね」
僕は体力はあるし、いざとなれば戦える。妥当な判断だ。
「私は外で応援してるから頑張って!」
「うん、ありがとう」僕はそう言って歩き出した。
目指すはガスが蔓延する中央。そこになにがあるのかわからない。だが、ユメハの希望を叶えるためだ、そのためにこの汚れた命を使う。僕はそのために生きている。
「じゃあ、行ってくるね」
「……」
最初の二重ゲートの前に僕たちは来ている。これから最初のドアを開け、そこで着替えをし、そこから中央へ行ける。だからここでユメハとはお別れなのだが、ユメハはどこか浮かない顔をしている。
「ユメハ?」
「え! あ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「考え事?」
「いいの、気にしないで」
変なユメハ。外に出るための鍵になるかもしれないものを探しに行くのにどうしてそんな顔をするのだろう。
扉がゴーゴーと音をたて開く。中はあまり変わった様子はなく、無機質だ。ただ扉が真っ黒でとても重量がある。まさになにかを封印しているような気がする。
「ノドルフ様。気をつけて」
ユメハに渡した携帯端末からフリティの声がする。僕は扉に向かって歩き始める。
「ごめん。やっぱり気にして! 私――」
突然、ユメハが口を開く。だが、その瞬間扉が閉まり、続きが聞こえることはなく、ただ無音が響き渡る。
フリティからの話だが、中央では防衛システムが働いており、ジャミング波で通信ができないと教えてもらった。
また、この扉も一時間おきじゃないと開かない。僕はタイマーを起動し、バックに入れ、ついでにライトを取り出した。ユメハの言葉も気になるが、今は時間がない。これが終わったらまた聞けばいい。
僕はインスタント宇宙服の袋から中身を取り出す。宇宙服は全体的に銀色で触るとざらざらした。見た目はただの布切れにしか見えない。確か、宇宙鉱山で発見された新物質を使っているとユメハは言っていた。
僕はそれを容器に入れ、水を入れようとすると、二つ折りのピンクの紙が落ちているのを見つけた。説明書だろうか?
僕が紙を開くと、日本語で「脱出で使う。後は任せた」と書かれた文章だった。女性らしい字で書かれていることからユメハが書いたのだろうか? それにしては僕に向けたメッセージではないような気がする。
僕はそれをポケットに突っ込むと容器に水を入れた。するとみるみるうちに大きくなり、やがて容器を飛び出し、宇宙服になった。
さっそく着てみると、普段使うものよりもだいぶ軽かった。これなら探索に支障はない。
あとは、ライトそして……僕はレイザーガンを取り出す。万が一に備えて外の宇宙船から持ってきていたものだ。まさかこの銃を自身を守るために再び使う羽目になるとは思ってなかった。
よし、これで準備完了だ。僕は黒い扉の横にある赤いボタンを力一杯押す。
すると、アラームのようなものが鳴り、扉が開く。ゴーゴーと先ほどのように扉が開く。扉の隙間から黄色い靄でもでればそれっぽいが、あいにくガスは透明なのであまりガスがあるような気はしない。ただ、中はあの地下室のように暗闇が広がっていた。
僕はその暗闇へ一歩足を踏み出す。いい加減終わらせなければならない。ユメハの願いを現実に、そして罪人は土に。
それが今の生きる意味だ。
さあ、進め。希望を求めて。
『・第八話 怪物は正体不明でなければならない』
そこは空気がどんよりしていた。慣れない宇宙服を着ていることもあるが、全体的に暗いのだ。
その暗闇は以前体験した地下室の階段と同じくらいだが、得体の知れないガスがこの服の外をまとわりつくような感覚を覚え、余計に気味が悪い。
廊下は他の場所と変わらず白い無機質なのにどこか不気味だ。僕は手始めに近くの部屋に入る。扉は自動ではなく、ドアのぶを回すタイプだ。ギ―と音をたてて、中に入る。
どうやら倉庫のようで物が沢山あった。特に家具のようなものが多い。
何かないか調べても、特に目ぼしいものはない。
だが、この家具に見覚えがあった。この船で基本的に使われるものだ。だいたい黒か白。この椅子なんて今日同じタイプに坐ったばかりだ。
しかし、こんなところに家具をしまう倉庫があるのはどういう事だ。普通はこの船の心臓にあたる施設が多いはずだ。もしかしてここに――
僕は素早く一番ドアから近いソファーの裏に隠れた。ドアが開いたのだ。ライトを消したため、姿はわからないが、中くらいの人影が見える。そいつはドアの前に佇んでいる。
(ユメハか? いやそんなはずはない。じゃあ誰なんだ)
当然まともな人間ではないようだ。
僕は銃を握る。こいつがこの船を襲った犯人かもしれない。そしてこいつは、乗客を皆殺しにできる能力を持っている可能性が高い。
チャンスは一度きりだ。一撃で終わらせる。
やつがソファーの前に来た瞬間、ライトを付け、狙いを定めて撃つ。速さとタイミングが命だ。
だが、やつは予想に反して扉を閉め、なにかを引きずりながら遠くへいった。
僕は高まっていた気持ちを落ち着け、安堵の息を出す。
戦わないにこしたことはない。こちらの情報が少なすぎる。人外相手では今の戦法は通じず、反撃をくらい、死んでいたかもしれない。もう少し情報が欲しい。
情報としてあげるなら、やつは呼吸をしていなかった。つまり、呼吸がいらない怪物か、僕と同じように宇宙服を着ている可能性がある。
また、何かを引きずる音だが、たいして重いものではない音だった。足を引きずっているか、荷物でも持っているのか。
ふと、昔読んだ殺人鬼が死体を引きずっている描写が浮かぶ。そんな悪い妄想を振り払い、戦略をたてる。
しばらくは息をひそめ探索をし、隙があればやつに攻撃をしかける。今はこれが妥当だろう。僕は慎重にドアを開け、外を確認して部屋から出る。
あんなに怖い体験をしたのに、心は平然だ。この時ばかりは軍人をしていてよかったなんて思う。僕は前線には立たないが、このようなステルスミッションは経験している。だが、相手が人に限るが。
怪物は正体不明でなければならない。どこかで読んだ本の一節を思いだした。
あいつとであって、数分後。時計を確認するとここに潜って二十分も経っている。
とにかく時間の流れが早いのだ。
当然だ、その間に僕は慎重に探索を続け、部屋をくまなく調べたが目ぼしいものは見つからない。時間だけが過ぎていく。カプセルには直接関係ないことをしている自覚はあるが、ここで何が起きたのか分からなければユメハは脱出してはくれないだろうと思っている。だから多少の危険も仕方ない。
廊下は先が全く見えず、奥にライトを当てるとあいつにばれる危険があるので、足元か近場にしか当てられない。こんなにも闇が怖いのは初めてだ。潜入のときにいつも味方になってくれた闇は、今では敵なのだ。
このエリアは広い。そのうえ、本来ならすぐにわかりそうな脱出カプセルの場所もこの暗さと、あいつのせいで一向に見つけられてない。いっそう引き返すのもありかもしれない。
エレベーターがあったが、ロックが掛かっており、開かない。鍵が必要なようだ。
とりあえずしらみつぶしに通る部屋を開けていくと、容器が大量に並べてある部屋に着いた。培養器室と書かれたここは、多分クローンか何かを作る部屋だろうか。
以前言っていた牛肉プラントなのかもしれない。僕は容器を一つずつ見て回る。
当然だがどれも使われた痕跡はない。特に目ぼしいものはなかった。
しばらく探索して、前のような違和感を感じる部屋を見つけた。
どの部屋にも家具や旅行鞄のようなものが乱暴に積み重ねてあったが、この部屋だけ家具が綺麗に並べられている。この部屋には何かある。そう確信した。
部屋に入り、隈なく調べると、ピンク色の鞄をクローゼットから発見した。四桁の鍵付きだった。
中には何か入っているようなので、是非拝見したい。鍵は銃で壊せるが、音であいつを引き寄せかねない。適当に1111とか0000を試したが当然そんなことで開かない。
一人悩んでいると、なぜだがユメハの顔が浮かんでくる。
そういえばユメハが好きそうな鞄だ。ユメハはピンクに目がない。この鞄を持って帰ったら喜ぶかな。最も金庫同様鍵がかかっているが。
そういえばユメハが言っていた、いい国だが、カマクラとかは何なのだろう。呪文を言わないと開かないのだろうか。……いいくに?
閃きにより頭から雷を打たれたような感覚と、全体が震えるような寒気がした。僕は恐る恐る1192に合わせると、カチャと気味の悪い音がし、鞄が開く。
中には女物の服や歯磨きセット、バスタオル、それに化粧品やゲーム機まで入っていた。どれも古い。鞄の裏に「草唯夢華」と漢字で書かれている。やっぱりこれはユメハのだ。
では、記憶をなくす前にユメハはここにいたのだろうか。とりあえず、ユメハに渡してあげよう。
鞄を閉めようとすると、ノートがあることに気づく。僕はライトを当てると、「日記帳」と書かれていた。ユメハには申し訳ないが、好奇心が抑えられず、ライトを当ててながら適当にページをめくる。
『4月6日』
部活の帰りに、後ろから視線を感じて振り返ってみると、誰もいない。最近ずっとこんな感じだ。もしかしてストーカーというやつだろうか。ママに相談してもらおうかな?
部活は本で読んだことがある。学校の授業が終わったら仲間と集まり、何かしらの活動をすることだ。学校に通っているとなると、ユメハは新地球に家があるのだろうか。
それに、ストーカーか。ユメハや僕がこの船でたびたび視線を感じたりしたことと何か関係があるのだろうか。
僕はまた適当にページを飛ばす。かなりページ数があるが、他愛のないことばかり書かれているので、どんどん読み進めると、気になる文章を見つけた。
『12月4日』
宇宙船に乗ってもう二日目。ここは凄く快適! ゲームもあるし、食事も食べ放題だし、これじゃ太っちゃうかも。最初は宇宙に出ることとか、故郷と離れることに不安と寂しさがあったけど、今では平気。ああ、早く友達に会いたい。
宇宙船という単語が出て来た。前のページの戻り読み返す。
『12月3日』
今日から宇宙船。さらば地球。初めまして新地球! どうやら私たちで最後みたい。宇宙船の中はとても大きくて、とても綺麗。ただ、いつもの視線を感じる。もしかしてストーカーも一緒なのかな? でも、警察の人が調べてくれたけど異常なしだったし、私の勘違いなのかな?
地球という単語でドキリとする。地球から新地球へ? 確かに人類は荒廃した地球を捨て、地球とほぼ同じ惑星へ移住したが、それはもう何百年も前の話だ。それではユメハは……。
僕は12月4日から先を見ようとしたが、そこには何も書かれておらず、日記はそこで終わっていた。
これはどういうことだろうか。ユメハは僕と同い年ぐらいだ。だが、それだとこの日記と矛盾する。だが、ユメハが百何歳にも見えない。人類の寿命はまだ平均70だ。あんなに若々しいはずがない。では、この日記はでたらめなのか?
「おや、おや。いけませんね、人の物を勝手にみるのは」
後ろで声がする。しまった、日記に夢中で警戒を怠った。
僕はすぐに振り向き、銃を向ける。そいつは人間だった。いいや、正確には人間だった何かだ。黒い服と黒いズボンを着き、丸坊主の中年男性なのだが、目からカメラのようなものがぶら下がっている。口は大きく開きその隙間を埋めるようスピーカーを加えている。腕は二本あるが、どちらも機械仕掛け、これではまるでサイボーグだ。
「おまえは、誰だ」
僕は引き金に力を入れる。すると、サイボーグは紳士のようにお辞儀をするが、そのグロテスクな姿でするので、余計に気味が悪い。
「わたしは、フリティラリア。この宇宙船を管理する最高権力者です。お久しぶりですね、ノドルフ様?」
「お、おまえは!」
この喋り方には嫌というぐらい覚えがある。
「ええ、フリティですよ」
そしてフリティはニタと気持ち悪い笑みを浮かべた。
「だましてたのか。記憶がないとか言って」
「ええ。全て嘘です」
「だったらこの宇宙船がここにあるのも、乗客がいないのも」
「ええ、全部私がやりました」
それならば納得できる。こいつはここの管理者なのだから、いくら人間が万能とはいえ、人工知能には勝てない。そのために強制終了などの機能があるのだが。
「どうしてそんなことをした。人間でも滅ぼすつもりか?」
よくありがちな動機を聞く。人間より優れているのに、人間にこき使われるのが耐えかねたとかなんとか。こいつは人間のような心があるからその話はあり得そうだ。
「そんなことどうでもいいのです。人間が滅びようが。私はむしろ大好きですよ、人間」
フリティはヘラヘラ笑う。いいやこれはフリティではない。多分本物の人間だったものだ。こんなことをするやつが人間を愛してるなんて到底信じられない。
「じゃあ、何が目的だ」
「ユメハちゃんですよ」
「ユメハ?」
その言葉を聞いて、嫌な予感がした。乗客を殺し、それを使いサイボーグなんか作るやつが、側にただの人間を置いておくはずがない。いつの間にか汗を大量にかき、その上、銃を持つ手が震えていた。
「私は彼女を手に入れるために、この船を乗っ取り、乗客をミキサーして、ユメハちゃんを……」
「コロシタ」
何を言っているかよく理解できなかった。コロシタ? でもユメハは今でもちゃんと生きてる。話の内容も過去だ。じゃあ、今生きているユメハはなんだ?
「最初は私、俺の性癖通りにやったが、如何せん機械の体だからもの足りなくて、加減を間違えてコロシテしまったが、最近の化学くてっスゲーよな? 死体の髪の毛からくろーんを作って、なんども初々しい姿を拝めてさ。何度コロシテも大丈夫だし。あ、そうだ。24回目ぐらいにヤったさあれなんて――」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!」
僕は引き金を引いた。銃口からは確かに弾が飛んでいるのが見えるのに、音が聞こえない。弾があいつに当たって、粉々になっているにの何も聞こえない。気づけば、僕は暗がりの中、肉片と共に座り込んでいた。
「いやーおかっないね。それかなりよくできた作品だったのに。でも、壊すのも芸術だからいいっか! 実際痛快だったし」
声がすると、照明がつきあたりを照らす。ドアがあったところには大きな穴が空き、そこにたくさんの人間だったものたちが並んでいる。女性もいれば、十歳くらいの子供もいる。みんな目や口から機械部品を垂れ流している。
「ごめんね。別に君と敵対したいわけじゃなくてさ、一つ商談がしたくて」
一番手前の若い女性の姿をサイボーグの口のスピーカーから声がする。
「商談……」
「きみ、自殺志願者でしょ?」
ドキリした。まるで心臓手で握りつぶされたように。
「ど、どうしてそれを」
「わかるよー。俺もそうだったんだもん」
「おまえ、人工知能じゃないのか?」
「まあね。もともとは冴えないサラリーマン。まあ不幸にあって首を吊ろうかと思ったことがあってさ、その時の俺にそっくりだったからよくわかるよ」
そんな気はしていた。人工知能がこんな人間のように、欲望に突き動かされるわけがない。では、こいつはなんなんだ。
「まあ、そんな話はどうでもよくって、自殺したいけど、ユメハちゃんのこと気にしてできないんでしょ?」
それも図星だ。こいつはまるでこちらの心を読めているかのようだ。
「俺がいい死に場所提供しとくし、ユメハちゃんも誤魔化しとくから死んできなよ。その代わりユメハちゃんにこのことは内緒ね。いい条件でしょ?」
それはとてもいい話だと思う。少なくとも、前の僕はそう思ったはずだ。だが、今は違う。
「だめだ。ユメハと約束した。ここから出すと、ユメハの家族に――」
「ユメハちゃんの家族はもう殺しちゃったよ。最後まで抵抗してきたから粉々にしてやった。それに、ユメハちゃんはクローン人間だよ? 家族に会いたいと思うユメハちゃんはもうこの世にいなくて、偽物のおもちゃがそう思うようにプログラミングされているだけ。そんなの助ける義理ないでしょ?」
言葉がでない。僕が生きる意味。ユメハとの約束は全てが不可能で、全てが無意味。それなら僕は何のために生きる? 生きる意味なんて……ないじゃないか。
「もしかして、ユメハちゃんに優しくされて、好きになった感じー? わかるよー。俺もユメハちゃんに救ってもらったから。でも、ユメハちゃんは俺の物だし、それって愛じゃなくて依存じゃない?」
「依存……」
「そう、依存。ユメハちゃんが自分だけ優しくしてくれる。頼ってくれる。笑顔でいてくれる。それに優越感を抱いて居心地がよくなる。これって愛じゃないよね? 依存。依存は悪だよ。薬物依存とかアルコール依存症とかダメだよ、治そうよとかいうでしょ? だから治さないと。それは間違っているよ。でも、治すにはユメハちゃんをコロスのが手っ取り早いけど、あれは俺のだからそんなことはさせないよー。だから、死んじゃえば楽に治せるよ。だから死んじゃえば? もとからそのつもりだったんだし」
サイボーグたちはケラケラと笑みを浮かべる。
ああ、そうなのかもしれない。僕はユメハに、彼女に依存していた。自分の罪を彼女に押しつけて。彼女を言い訳にして。本当にあほらしい。こんな男、さっさと死んでしまえばいいんだ。
「わかった。交渉にのろう」
サイボーグたちはみんなニタと笑った。
ここはエデンなんかじゃない。正真正銘の地獄だ。
『・第九話 地獄の果てで少女は笑う』
「おかえりー! 見つかった? カプセル?」
忌々しい二重ゲートをくぐると、そこでユメハに出会た。
「……見つけられなかった。また時間を置いて潜ってみようと思う」
口からでたらめを言う。心が痛かった。
「なんか元気ないじゃん? どうしたの? 私でよければ相談に乗るよ」
だからだろうか。ユメハにすらわかってしまうぐらい、今の僕はまともじゃない。
「探索で疲れただけ。……少し一人にして」
僕はユメハの前を荒々しく通る。隣にはフリティがニコニコ笑っているのが目に入る。背中からユメハの声がした。
「だったら部屋まで見送るよ。そうだ! なにか食べたいものとか――」
「うるさいな! 僕のことなんかほっといてくれよ!」
怒鳴り声が静かな廊下にこだまする。
しまった、ついきれてしまった。言ってしまって後悔をする。僕はユメハを見る。
ユメハは泣いていた。でも、ユメハは無理に止めようとか、引き留めることはしなかった。
「ごめんね。そんなつもりはなかったの。だから、だから……嫌いにならないで」
ユメハの悲痛で悲しい声が聞こえる。
「ユメハ様。今は彼をそっとしておきましょう」
そうフリティがユメハに言うのを聞き、僕はただ、黙って廊下を歩るくしかなかった。
寝室だとユメハが困るだろうと、僕は荷物をまとめて管理棟を出て、生活棟に入る。やつに指定された場所もそこにあった。ここの暗闇もなんだかとても居心地がいい気がした。
僕はいつの日かユメハに開けてもらった扉を抜け、地下に潜る。そして階段を下り、廊下を真っ直ぐ進み、焼却炉の前に行った。
ここがやつの指定した場所だ。僕は焼却炉を開ける。相変わらず扉が冷たい。だが、その冷たさもなんだか気持ちがよかった。
中は埃が舞っているだけで、特になにもない。だが、ここには秘密がある。
僕は中央に行き、下の床を思いっきり蹴る。すると、床が抜ける。
正確には隠し扉になっており、下へ続く梯子がある。中を覗くと、あの日の階段のように、暗く、そして深い。まるで化け物の口の中のようだ。
あいつが言うにはここに使い物にならない死体などを入れているらしい。
また、この扉は成人男性が思いっきり蹴らないと開かないようになっていて、例えユメハが来ても、まず開けられないし、見つかりにくい。ここなら安心して死ねるという訳だ。全く腹が立つ。
腹が立つ? 僕は何に腹を立てているのだろう? 元からの望みが叶えることができるのだ。何がそんなに僕を怒らせているのだろうか。
僕は怪物への道を一歩進める。
あの少女の顔が浮かぶ。もしかしたら僕を追いかけて来るかもしれない。だったらさっさと降りて、この扉を閉めよう。
閉めるには下にあるレバーを引かねばならない。
また、一歩下に沈む。
それだけなのに、なかなか下へ行けない。早くしないとユメハが来る。
一歩、足を下にする。
本当はユメハに見つけて欲しいのではないか? だったらなんでこんなに足が重いんだ?
手を下に下げる。
どうしても、次の足が動かない。わずかだが震えている。
なんとか足を下の梯子の隙間にねじ込み、下に下がる。
ユメハに見つけてもらったところで何になる? 僕は罪を背負ったままだし、彼女はクローンだ。そんな彼女に僕はどう接してあげればいい?
上で大きな音がする。それは多分扉が開いた音だ。
僕は必死で足を動かす。だが、なかなか動かない。もうどうなったていいや。いっそ落ちてでも、ユメハから逃れたい。僕は落ちる恐怖で目をつぶりながら手を離し、落ちる。
落ちる、落ちる、落ちる。だが、終わりは早かった。
すぐに全身を打ち、痛みを感じるが、そこまで痛くない。
恐る恐る目を開ける、梯子の上の穴に見慣れた少女の顔があった。
「大丈夫? まあ、これくらいの高さじゃ大丈夫か」
僕は驚いて、起き上がる。あんなに深く見えた底は浅く、梯子も六段程度だった。
「とりあえずさ、外で話そうよ?」
僕はただ、頷くしかできなかった。
僕は梯子を上り、焼却炉を出た。あんなに重かった足は上りでは、軽やかに動いた。
「どうしてここに?」
僕はよくありがちな問いをしてしまったことに腹立たしくなるが、このセリフを吐くことを期待もしていた気がした。
「ノドルフが心配だから。ノドルフならここかなーと」
「どうして僕は焼却炉なんだよ」
「ここに来たときノドルフが好きそうな場所だなーと思ったから」
「なんだそれ」と僕はぼやくが、ユメハは笑うだけで、何も言わない。
一回ユメハとここに来たが、それが僕を見つけるヒントになるはずがない。ユメハというか、女性の感というやつはとても恐ろしい。もはや第六感の類だ。
「外で星でも見ながら話そ」
僕はもう後には引けない。だって死にたくないんだもの。僕はそれを最後まで否定したが、梯子でのあれを見てしまうと、嫌でもわかる。本当は自殺なんてしたくないて。
じゃあ、罪はどうしたらいい? ユメハはどうしたらいい? そんなこと、後で考えればいい。僕はとにかくユメハと話をする。ただそれだけだで――
「それは約束と違いますねえ。それでは困ります」
突然、頭上から声が聞こえる。間違いない、やつだ。僕が死んでいるか確認しに来たんだ。
「え、誰? ……もしかして、フリティ?」
「多分……いや、そうだよ」
サイボーグか、それとも前のような車輪型か。だが、ここは一旦どこかに――
その瞬間、僕は間違いを認識させられる。乗客は大半がこの生活棟にいた。かなりの人間が乗車していたはずだ。では、それらをどうやって皆殺しにできたのか? サイボーグは乗客が死んだあとだし、あの車輪型では到底無理がある。ならば、もう一つあいつには兵器があるのではないか?
あんなに暗かった廊下が一瞬で眩しくなる。最初はフラッシュでも焚かれたかと思ったが、その明かりは僕たちにとって、とても馴染み深い明かりだった。
そう、電気だ。廊下の電燈に明かりが灯っているのだ。
「ウソ……。どうして電力が供給されてないここで明かりがついてるの……」
「それも嘘だったのか」
「ご名答」
そして、廊下の上から触手のようなものがうじゃうじゃと無数に出てくる。触手の先端は鋭い刃物のようで、中には黒く変色しているものもある。その様はまるでミミズの楽園だ。
「ユメハ! 僕の手につかまって!」
「う、うん!」
僕はユメハの手を引っ張ると、走り出した。廊下を走り、階段を慌ただしく駆け、ドアを乱暴に開け、また廊下を走る。
どこもかしくも明るいおかげで、逃げるのは簡単だった。後ろから触手が迫る音が聞こえる。とにかく外へ――
「え! そこ、曲がっちゃうの? そっちは外じゃ――」
「外への入り口にサイボーグが無数にいる。ここじゃ駄目だ。真反対に逃げよう」
「サイボーグ?」
「とにかく違う場所に行こう」
ここ、生活棟の外への出入口は四つある。どれも東西南北に設定されている。今のは北門だ。北門の前に中央で見たサイボーグがうじゃうじゃしていのが見えた。
「でも、それじゃ全部の入り口を抑えられているんじゃない?」
「それもそうだが、そこしかもう出口がない。とにかく行ってみ――」
「北西の大穴」
「え」
「北西に大穴があったじゃん。宇宙船がぱっこり割れているやつ。そこから外に出れない?」
出れるかどうかはともかく、そこしか選択肢がない気がする。
「よし、そこに行こう」
「うん!」
僕はまたユメハを引っ張り、駆け出した。ユメハと僕の手はびっしょりと汗で濡れていた。
「ユメハ」
「ハアハア。どうしたの?」
「痛くない?」
「なにが?」
「手」
「だ、大丈夫かな」
僕は体力があるが、ユメハはずっと部屋過ごしだ、体力があるはずがない。
しかし、立ち止まるわけにはいかない。今も後ろから触手が迫って来ている。
だが、どうもおかしい。あの触手はこの施設ならばどこでも出せるはずだ。まるでわざと逃がすような――
「ねえ?」
「え?」
「聞いてる?」
「ご、ごめん」
考えごとをして、ユメハの話が耳に入らなかったようだ。
「もう! ちゃんと聞いて! ……さっきはごめんね」
「いや、僕も悪かった。……ごめん」
話したいことはいっぱいある。だが、それは今じゃない。まずはあいつから逃げないと。
「言いたかったのはそれだけ。言わないとムズムズするから。後は外に行ってからだね」
「うん」
僕は一段と強く、彼女の柔らかい手を握った。
廊下をひたすら走り、ようやく目的の場所に着いた。
廊下の床には何本か亀裂が入り、その亀裂を辿ると、すぐに外が見える。外は相変わらず無数のゴミが飛んでいて、隙間から星々が見える。
僕は辺りを見渡すと、がれきや残骸などでちょうど階段状になっている。特に変わった様子はない。
「僕が先に上るよ」
そう言って僕はがれきに上り、上へ行く。
連絡通路の場所まで無事に登れることを確認しする。
下でユメハが床に座って待っているのが見えた。ユメハも僕を見つけ、手を振る。
「行けそう?」
「うん、行ける」
ユメハはがれきを上り始める。途中、段差が高い場所があるので、僕が手を引っ張りあげなくては。
「手につかま――」
「逃げられると思もっていますか?」
まずい! 後ろから触手が迫って来た。
「ユメハ! 早く!」
僕は必死に手を伸ばす。ユメハが僕の手をしっかり掴み、引っ張りあげようとするが、先端が鈍く鋭く光る触手がすごい勢いで、飛んできた。
このままじゃ、ユメハが!
「うおおおおおおおおおお!」
僕は物凄い力でユメハを引っ張り上げた。思わず目をつぶってしまい、状況がよくわからないが、何かが刺さるような音はしなかったから大丈夫だろう。
僕が恐る恐る目を開けると、ユメハは僕の横で尻餅を付いている。そして、触手はユメハがいた辺りで停止している。
「今のうちだ!」
「うん!」
僕とユメハは急いで上に上る。触手が追ってくる様子はなかった。
「はあ、はあ、着いた!」
「う、うん。なんとか」
僕たちはなんとか船の屋上、つまりは僕が不時着した戦闘機があるところだ。僕たちは疲れ果てて、床に並んで座り込む。軽すぎて気がつかなかったが、僕は未だに宇宙服を着込んでいたことに少し笑いがこみ上げる。宇宙服はベタベタだ。
「ここなら追ってこないかな?」
「どうだろう。わからない。でも、中よりは安全なはず」
僕はそう言って、深く呼吸をする。しばらくしてユメハが口を開く。
「私ね、ここが好きなの」
「そうなの?」
「ここからだと星が綺麗に見えるから」
僕は宙を見上げる。いろいろなゴミが混ざり合う中、赤やら青やら光星が見えた。
「でも、今はもっとこの場所が好き」
「どうして?」
「だって――」
そういうとユメハは僕の膝に頭を転がしてきた。いわゆる膝枕だ。彼女の髪の毛からいい匂いが漂う。膝にはほんのりと温かく、ユメハの生命を感じた。
「ノドルフがいるんだもん」
「……」
「ねえ、話して。中央で何があったの? どうしてフリティに追われているの?」
僕は……僕は真実を告げるべきなのだろうか? いや、この事実と向き合わずして何になる?
それに、こんなことを言ってくれた人は彼女、ユメハだけだ。例え彼女がクローンだろうがその事実は変わらない。
僕は重たい口を開いた。そしてこれまで何があったかを包み隠さず話した。
「ふーん。やっぱりそうだったんだ」
僕が重い真実を伝えると、ユメハは至って冷静だった。冷静というよりは、無関心?
「え、もっと驚かないの?」
「もちろん驚いたよ。でも、そう考えると合点がいくの」
僕の心配はなんだったんだと言わんばかりユメハはそう言う。
「だって、君はユメハのコピーだし、オリジナルは死んでいるし、両親にだってもう会えない……」
自分で言っていてよくわからなくなった。どうしてユメハは平気そうなのに、それを怯えさせるようなことを言うのだろう。
だけど、ユメハはいつものように満面の笑みで、
「それがどうしたの?」
と、おどけてみせた。
「私は本物じゃないかもしれない。両親に会いたいとか、外に出たいとかの感情はオリジナルである私のコピーだからそう思うのかもしれない。でも、オリジナルの私はノドルフを知らない。じゃあ、ノドルフを知っていてこんなにも、こんなにもノドルフを好きな私は偽物なの? 私は私。それ以下もそれ以上でもない。だから別に問題じゃないよ。これっぽちも」
凄いの一言だ。こんな状況でも自分を見失わず、自分の道を貫き通す。まさに、自分のために人生を生きている。僕はこんな彼女が好きだったんだと思い出した。
自分はいつも誰かのために生きていた。それ自体は悪いことじゃないが、僕の場合それが全て過ぎた。
愛だの平和だの理想だのために、人を殺し、それを正当化し、また人を殺す。
本当は誰も傷つけたくない。だけど、それでしか僕は人のために生きることができなかった。それをすれば、隊長は喜んでくれた。
僕はもともと日本のある小さな村に住んでいた。
両親と共に当時では珍しい自然に囲まれた生活をしていた。日本は戦争状態であったが、それを実感させるようなことはなく。いつも通りに生活していた。もっとも、そのときの記憶はもう薄らいでなにも思い出せない。
そんなある日、うちの村が戦場になった。敵国であるドイツ軍が秘密裏に街を攻撃するための拠点にするためだ。
僕の村は焼かれ、口封じに皆殺しにされた。だが、隊長は小さな僕を匿い、生かしてくれた。
「俺は子供を殺したいわけじゃない。できればこんな無残な殺しをなくすために俺は戦うのだ」
無精ひげをぼうぼうに生やす、強面の外国人にドイツ語でそんなことを言われても、子供は怖がるだけだが、僕はこの人に付いていくことを決めた。
必死にドイツ語、英語を勉強して、隊長が所属する組織、「対日特殊活動部」に所属するようになった。
僕が日本語を使えるということが採用理由になったように、要するにスパイ活動が主な任務だ。
初仕事から潜入という難易度の高いものだったが、隊長のためにと頑張った。
隊長はいつも僕が頑張ると褒めてくれたが、死者を出さなかったり、子供を救助すると、「よくやった!」と笑みを浮かべ、頭をゴシゴシしてくれた。
そんな隊長は死んだ。ある作戦で、僕と同じように子供を助けたら、その子供に銃を撃たれた。即死だったそうだ。
そのことがきっかけで、新隊長が来た。いかにもドイツ軍人のような男で、夢や理想、そして総統閣下のためならどんなものだろうが殺すそういう冷徹さをもっていた。
それ以降、殺しの仕事が増えた。基本的に皆殺し。子供だろうがペットだろうがあらゆる生命の抹殺。
僕は命令に従うしかなかった。いや、正確には従うことしかしらなかった。僕はほとんど誰かのために生きてきた男だったから。
だけど、初めて少女を殺したときに僕には無理だと感じた。
だから僕は罪を背負って自殺する。それしかできなと思っていた。
「ユメハはさ、自殺はいいと思う?」
「突然どうしたの?」
「いいから」
うーんとユメハは指を顎にやる。
「その人がどんな思いでするのかどうかはわからないけど、でもそれって逃げだと思う」
「逃げ……」
「結局、人生が苦しいだの、罪を償うだので死ぬのは一瞬で済むから、楽だからその道を選ぶんだと思うの。まあ極論を言うと自殺をする人は弱い人みたいになるけど。まあ人それぞれじゃないかな。私だって苦しくて自殺したいと思ったことが多分、あったようなないような。それはいつの私かわからないけど」
しばしの沈黙。宙を見上げると、流れ星のようなものが無数に降り注いでいるのが隙間から見える。ユメハは思わず「綺麗……」と息を呑んでいる。
自殺は甘えか。僕は別に人生が苦しいわけじゃない。罪を償うために自殺をしようとした。
でも、僕は本当は死にたくない。だからこれは楽だから「死」というものに依存しているから僕は自殺を選んだ。
それはユメハに依存した瞬間、自殺願望が薄れたことから確かだ。
僕は自分が死なないことをユメハのせいにした。言い訳に使った。自分は死ななければいけない人間だが、ユメハのためだからしょうがなく生きていると。まったくもって気持ち悪い。
僕の人生は誰かのためにとか、人のために生きてきた。それが別に悪いことばかりじゃない。
実際僕はユメハ、草唯夢華ではないユメハにために生きていきたいと思っている。それにちゃんと償いをしたい。殺してしまった人達のためにも。
だけど、今まのままではだめだ。依存していまう僕では、甘い僕では。だったらどうするか?
「ユメハ、聞いて」
宙を見ていたユメハがこっちを向く。
「なあに?」
「僕、自分のために生きたい。自分のために生きるから、僕は自分勝手なことを言うけどいいかな?」
会話は唐突だ。僕の心境の変化なんかわからないだろうし、とても勝手だ。
だけど、ユメハは何も言わず、困惑した様子もなくただ話の続きを待ってくれる。
「僕、ユメハと一緒にいたい。自分のために、ユメハのために生きたい」
ユメハはそう聞くと、意地悪そうな顔をする。
「じゃあ、そのためにどうするの?」
「フリティを倒して、二人で脱出しよう」
すると、ユメハは不満げにこちらを見て来る。
「それはもちろんだけど、今具体的に何かしてほしーいな」
それは難しい。契約書とか書かなければいけないのか? でも、そんなものないし……。
「あーもうじれったいな! えい!」
「う!……」
ユメハが突然唇を重ねてくる。僕は初めての感覚に戸惑うが、ユメハの唇はとても温かくて、心が温まるようだ。
心地の良い音を立て、唇から離れていく。感触は一瞬だけだったのに、温かさ、心が温かいのは冷めることはない。
「私も、もうノドルフなしじゃ生きていけない。それに頼れるのは、ノドルフしかいないから……」
うん、わかった。僕はそう言うとユメハを抱きしめた。ユメハは思ったより小柄で柔らかく、ユメハのいい匂いがした。ユメハは驚いた表情を見せるが、腰に手を回し、肩に頭をのせてきた。
僕はユメハに過去を話した。あらゆる全てを。最初はもしかしたら嫌われるかもしれないと思い、ドキドキしたが、ユメハは受け入れてくれた。
僕が「怖くないの?」と聞くと、「じゃあ、私を殺せる?」と言ってきた。
僕が無言でいると、「ほら、ね? だから大丈夫」と言う。これだからユメハにはかなわない。
「僕は、罪を償いたい。でも、どうしたらいいだろうか?」
「もう答えはノドルフが言ったでしょ?」
そうだ。僕はユメハのために生きることで、この罪を背負って生きていくんだ。死んでしまった人たちの分まで。その人たちがどう思うかなんてわからない。
でも、自殺という安価な手段で罪が償えるなんてことはない。きっとそれを望んではいないことだけはなんとなくわかったきがした。
『 ・第十話 過去との決着』
「そろそろ行くの?」
あれからしばらくした後、僕は壊れた自前の戦闘機の中ありとあらゆる兵器を持ちだした。
もともと緊急用の予備兵器で、火力は申し訳程度だが、ないよりはましだろう。
銃と手榴弾、粘着爆弾、ベタベタの携帯宇宙服を持ち、機動装置付きアーマーを着こなし、僕は準備を終えた。いつも使っている宇宙服でもよかったが、移動の都合上ユメハが見つけた携帯用にした。
「うん。中央に行って……フリティを倒してくる」
すると、ユメハは複雑な顔をする。
「やっぱり、倒さなきゃいけないんだよね」
ユメハは、特にフリティから何か危害を加えられてない。逆に親切にされていた。ここが引っかかるが、多分信用させてからなにかをするつもりだったのだろう。
「うん。あいつが脱出を許してくれそうにないし、まずあいつの行いが許せない。だからこれが僕の最後の殺しにする」
「うん。ごめん変な事言って。やっぱり私はここにいたほうがいいの?」
ユメハには僕の戦闘機に隠れてもらうことにした。
一人にするのは不安だが、僕はあいつとの戦闘中にユメハを守れる自信がない。僕は基本一人で戦闘していたからかもしれないが。
「ごめんね。すぐに戻って来る」
僕はユメハに軽く頭を下げると、回れ右をし、管理棟へ足を踏み出す。
「絶対、帰って来て! 約束!」
僕はユメハの言葉を右手を振って答える。そして白い廊下へ足がつく。
これは僕が死ぬためでも、許しを請うためでもない。これは自分のための自分による最後の戦い。
廊下に入った瞬間すぐにいつの日かのような、戦闘モードに体が、頭がスイッチを入れたかのように切り替わる。
だが、いつもの心を殺すモードには入らない。心は緊張と希望の入れ混じったものになる。絶対に成し遂げなければという覚悟と、僕とユメハならやれるという自信とでも言えるかもしれない。
「おやおや。お帰りなさい。お待ちしておりましたよ」
廊下の奥が黒い塊で埋め尽くされる。正確には人間、詳しくはサイボーグ。悪趣味極まりないそのデザインは相変わらず気持ち悪い。
「うん、ただいま。歓迎してくれているみたいだね」
僕は銃を構える。
「ええ。それはもちろん」
サイボーグは様々に武器を持っているが、どれも近距離用で、銃があるぶんこちらが有利だ。
だが、レイザーガンは充電が必要で、長時間戦闘には向かない。適度に充電をしつつ、戦うのが理想だ。
僕は引き金を引いた。今度は迷わなかった。
レイザーは真っ直ぐ一番手前の男の額にあたり、貫く。密接していたため、後ろのやつにも貫通し、二人倒れる。
どすどすどすと、一斉にサイボーグたちが走り出す。僕は走りながら銃を打つ。
廊下は金属の音、足音、銃声で支配された。廊下を走り、階段を駆け下り、また廊下を走る。
行動を読まれ、先回りされたが、手榴弾を投げ、強引に突破する。
奥から大量の触手が僕を貫こうと地面に突き刺さる。僕は機動アーマーを作動させ、それを避ける。人間程度の速さならば、貫くことは容易いが、僕は今、人間が出せないスピードで避けるため、触手はついていけず、絡まってしまった。
今のところは順調だ。サイボーグや触手相手なら勝てなくもない。
ドカーン! と音がすると、近くの壁がが吹き飛んだ。この時のために爆弾を持っていて、爆発させたと言えればよかったが、そんなことはなかった。
ここの天井はだいたい四メートルくらいあるのだが、そこに届くギリギリのラインまである銀色に怪しく輝く二足歩行ロボットがそこにはあった。正面には何かの端末が着いており、そこから赤い赤外線みたいなものが放出され、僕を含め辺りを照らす。
すると、真四角の体の下にはレイザーガンのようなものが取り付けられ、たった今ビィーンとうなり声をあげた。
これはまずいと、僕はちょうど横にあったドアめがけて倒れた。幸い電力が回復していたので、自動で開いてくれた。
ズドーン! と僕がいた辺りに衝撃音が鳴る。衝撃でむせそうになるのを我慢して、作戦を考える。
サイボーグや触手相手ならば勝ち目があるが、あんなものどうすればいい? 手持ちにはレイザーガン、だが充電が必要。手投げ弾はあと一つ、機動アーマーの使用時間はあと十分。なかなか絶望的な状況だ。
だが、時間がない。ロボットはドシドシと音を立ててこちらの部屋へ向かってくる。見た感じあれは自動操作だ。フリティが操っているなら戯言か何かを吐いてくるだろう。本当にお喋りな人工知能だ。では、センサーか何かで敵を判断しているのだろう。
僕は足元を見た。カーペットが引いてあった。
僕はカーペットを捲り取ると、ロボットがこちらに来るまで待った。
ドシン、ドシンと音がする。このまま通り過ぎてくれれば助かるが、そんな展開まずありえないだろう。音が一段近くなり、もう隣の部屋あたりから聞こえるようになった瞬間、僕はアーマーを起動させ、勢い良く部屋から飛び出す。
ロボットはすぐ目の前だった。センサーのようなものが作動し、僕を赤く照らす。僕はすかさず持っていたカーペットをロボットのカメラのような所に投げつけてやった。すると、ロボットは一瞬動作を停止したかと思ったが、人間が地団駄を踏むように、足をドッタンバッタンさせた。多分カーペットを取ろうとしているのだろう。
僕はロボットの真下を抜け、ロボットが空けた穴から管理棟へ入ると、中央へ急いだ。カーペットが取れたのか後ろから大きな足音が追ってくる音がした。中央への扉はロボットが通るためか、既に開いていた。
僕は中央に入ると、ドアの横でロボットが来るのを待った。すぐにロボットの足音が聞こえる。ロボットが扉をくぐろうとする。
「今だ!」
僕は扉の開閉ボタンを力強く押した。扉は勢いよく閉まり、ドーンという鈍い音の代わりにバキバキバキと金属をぐちゃぐちゃに潰す音が聞こえた。
だが、それでもロボットは活動を停止しない。カメラのようなもので僕を照らしてくる。
僕は若干の苛立ちをこめ、端末を銃で貫いた。プーンという音と共に活動を停止する。
どうやら端末が弱点のようだ。
端末は、薄型の液晶端末で、その裏にカメラが付いていた。どうやらだいぶ昔のもののようだ。
なんとか倒せたようだ。はぁーと大きな安堵と疲れが混じった息をする。
どうやら敵はもう来ないみたいだ。とりあえず充電をしてから中央に潜ろう。
ロボットが挟まったドアの隙間を抜けて、管理棟へ戻る。とりあえず充電できる場所を探さねばと思いつつ、先程の戦闘を思い出す。
僕は敵とはいえ、たくさんのサイボーグを殺した。一瞬罪の意識に駆られるが、自分の頬を軽くたたいた。
僕は自分のために、ユメハのために、そして僕が殺した人たちのために、僕は戦わなければならない。
僕は深呼吸をすると、その場を通り過ぎた。
あれからどれくらい時間が経ったのだろう。いい加減星を数えるのが飽きてきた。
私は椅子のレバーを押し、角度を変え、きちんと座る。漫画のような宇宙船を見るのも中に入るのも初めてだ。これで外まで行けたらどれだけ簡単か。
ゴーと音が鳴り地面が揺れる。多分、ノドルフが戦っている音だ。もしくは……。
危ないことはわかっている。迷惑だし、足手まといなる。そんなことは百も承知だ。
でも、ノドルフだけ危険な事をさせて、私はただ待っているだけなんてとてもできない。
一緒に戦いたい、一緒に勝利したい。今までのことに決着をつけたい。それに……。
しかし、中央に行くには宇宙服か、防護服が必要だ。
唯一の宇宙服はノドルフが持っているしどうしたものか。
私は顎に手を当て、如何にも考えていますよーみたいなポーズをとるが、何も浮かばない。
うーん、本当にどうしよう。私は椅子をクルクルしたり、ジタバタしてみるも当然そんなことしてもなにも――
足に何かを蹴る感触がしたと思うと、突然目の前が真っ暗になった。私は慌てて頭に被ったものを払いのけると、それは銀色に輝き、とても柔らかい素材で出来ている。
私は足で蹴った方を見ると、すぐ横に立てかけていたロッカーが開いていた。中にはほかにこの服とセットだと思われるヘルメットのようなものが置いてあった。
「もしかしてこれ、宇宙服?」
普通に考えれば宇宙船に宇宙服があるのは当然だ。まず間違いなく宇宙服だ。
じゃあ、この服を着れば……。
私は椅子から立ち上がると、いそいそと服を着始めた。
サイボーグを倒し、何とか二重ゲートまでたどり着く。被弾はないが、アーマーも銃も充電が必要で、手投げ弾もさっき使ってしまった。
とりあえず娯楽室で充電をしたが、一、二回の戦闘でしか使えないだろう。なかなか厳しい状況だ。
僕は宇宙服を着て、中央の扉を開ける。僕は銃を構えるが、サイボーグ軍団が待ち構えていることはなかった。代わりにフリティの淡々とした声がした。
「ここから真っ直ぐにエレベーターがあります。そこはここの最深部、つまりは私の本体がいます。そこで決着をつけましょう」
「いいよ。決着だ」
僕の声が空洞に響き渡る。僕は言われた通りに真っ直ぐ歩くと、ピンポーンと間抜けな音が鳴り、エレベーターが来た。これに乗るとエレベーターがそのまま落下し、死ねこともあるかもしれないが、今までの感じだと多分ないだろう。
おかしいと思っていた。フリティはここの人工知能だ。
つまり、ここの電子機械は全てフリティの管轄であり、やろうと思えば最初から扉にロックでもかければよかったのだ。
だが、それをせずロボットやサイボーグ、触手など比較的弱い敵をぶつけてきた。
要するに、遊んでいただけ。最初から自分自身で片付けるつもりだったと考えることができる。それほどの自信相手に僕は勝てるのだろうか?
エレベーターの扉が閉まる。そして体が下に下がる感覚が始まると。エレベーターが動いていることを実感する。どんどん下までさがっていく。いつ着くのかそんな不安はすぐになくなる。
ポーンと地獄に着いた音がなり、門が開かれる。僕は銃を構えながら出る。
そこはとても広い空間だった。大きな宇宙船なら四機か五機収容できるような空間だ。そして中央に巨大な脳みそが水の入った容器にプカプカと浮かび、周りのコンセントのようなもので繋がれている。容器の上に端末があり、それがこちらを向く。
「どうもこんにちは。この姿を見せるのは初めましてですね」
「……」
親しげに話してくるフリティを僕は無視する。
「おや? 無視は寂しいですね。私との対話は不要だと?」
「当然だ。僕は君を倒さなければいけない」
「そうですか。少しばかりお話したかったのですが残念です」
あたかも残念そうに言うフリティに僕は少し突っかかる。
「なんだ。質問したら答えてくれるのか?」
「ええ、あなたには知る権利があります」
「じゃあ、前に話していた人間だったとはどういうことだ? お前は人工知能ではないのか?」
「それについては――」
「僕は君には話していない。お前に話してる」
すると、いつもの親切そうな雰囲気が消える。
「だいたい答えが分かっているんじゃないか? それでも聞くのかい?」
これだ。あの時聞いたフリティのもう一つの側面。僕はこいつと話したかった。
「ああ」
「見ての通り、合体したんだよ俺たち」
「……」
合体と聞いて合点がいく。いやむしろそれ以外に何があればこんな状態になるのか不思議な話だ。
「ストーカー容疑で中央の一室で監禁されてたら、爆破が起きて全身怪我してよ。ストーカー? もちろんユメハちゃんだよ。
そんで外に出られたけど、全身痛くて痛くて。這いずりながら穴が開いて入れる部屋に来たらフリティの心臓部でさ、フリティも重症だったから、お互い助かるために脳を提供してくれねえかと頼まれて、俺は藁にも縋る気持ちで受け入れたんだ。だって俺だって生きたいし、まだユメハちゃんを手にも入れてないからな。
そうして俺、私たちは一つの生命体として生を受けました。私はもともと人間に興味がありました。
私はある程度人間の気持ちが理解できますが、それは全て善、言い換えれば人間のいい所しか記憶が許されませんでした。
しかし、私は人間の全てを理解したかったのです。人間は誰しもオセロのように、善と悪が表裏一体で存在しています。私は悪も理解しなければ完全な人間と同程度の人工知能になれないと思っていました。
そんなとき、不運にも隕石が障壁を突き破り、宇宙船を破損、私の思考データが破損してしまいました。
このままでは私は消滅し、船の制御がままならず、墜落の危険性がありました。
そこで人間の頭脳を繋げることで、演算機能の回復を得ると同時に、私は悪を得た。そして私と、俺は悪逆を尽くしたというわけだ、ですございます。
僕は何とも言えない気持ちになる。ストーカーと人工知能。善と悪。必死に生きた成れの果て。
もはや彼らではなく、フリティという一つの存在になったもの。それが僕が今見ているものなんだ。
「どうしたノドルフ? 何か感想は? もう少し話したほうがいいか? 乗客のババアの目の前で孫をバラバラにした話とか、あ! ユメハちゃんの凌辱の話のとかがいいか? 可愛い背中にフック紐をかけて――」
「もういい。話は十分だ。最後に一つ聞かせてくれ」
「なんだ?」
僕は銃口をフリティの端末に向けて言う。
「なぜ、今のユメハを生かしておいた。なぜ、なにも手を下さず何もしなかった?」
「……」
「答えろ!」
「今回は信頼させてから裏切って心を折るための――」
「わかった。じゃあ、死ね……!」
僕はフリティが言い終わる前に撃つ。ピューンという音が聞こえ、端末へ光線がとぶ。
だが、それが端末を貫くことはなかった。
ドゴゴゴゴゴゴと地響きが鳴り、煙が舞う。あまりの振動に僕は態勢を崩し、倒れ込む。
姿勢を戻そうと頭を上げた時、突然僕は吹っ飛ばされた。
「がっ……!」
僕は近くの壁まで飛ばされた。全身に激痛が走り、口は血の味がする。幸いアーマーが軽減してくれたのか、それぐらいで済んだ。ただこの分だとアーマーは使えないな。
「簡単にくたばってしまうと困ります。もっと楽しませてください」
僕が先ほどいた場所には、先ほど見たロボットよりもはるかに大きく、脳みそがあるカプセルを囲むように六本の足が伸びる、胴体には先が鋭い腕のようなものが二本付いている、まるで昆虫のようなものがいた。僕はそいつの腕にけり飛ばされたようだ。
会話は以前見た端末から出ている。前のロボットと同じならここが急所だ。
僕は立ち上がり銃を向けるが、その前にロボットが足をしなやかに走らせ、迫りくる。
こいつ段違いに早い!
僕は横に飛び回避行動をとる。
ダン! と壁に当たる音がし、僕がいたところにフリティの腕が突き刺さっている。腕は伸び縮みが可能のようだ。
「そうそう、その調子」
フリティの腕が抜かれると、パラパラと破片が落ちる。
ダン! と腹に衝撃が走る。バキバキと音が鳴り、僕はまた飛ばされ、床に叩きつけられる。
先ほどよりは衝撃が少ないが、腹の骨が何本か折れた気がする。
腹を見ると、十トンでも耐えるアーマーに穴が空き、使い物にならない。
僕はアーマーを脱ぎ捨て、銃を構え直すが、フリティが見当たらない。
まさかと思い、前に前転をすると、ドスーン! と先ほどいた場所から音がし、煙が舞う。
どうやら上にいたようで、僕をミンチにするつもりだったようだ。
「うーん。惜しい」
だめだ。やつに勝てるビジョンが何も浮かばない。
端末さえ攻撃できれば勝ち目があるが、銃を向け、狙う隙がない。
あいつは僕の何倍も早く動ける。なにかやつを止める手段を……。
必死に頭を回すもなにも浮かばない。そりゃそうだ。僕はもともと隠密行動や暗殺をなりわいにしていた。ロボット相手とか、自分のために戦ったことなんて……。
そんなことを考えていると、目の前に腕があることがわかった。
やばい、これは避け――
ズドーン! 僕は思わず目をつぶるが、腹に何か刺さっている感じはしない。
目を開けると、ちょうど真横、すぐ近くに先の鋭い、ナイフのような手が刺さっていた。
今、腕は僕の腹に直線で存在した。だったらなぜ僕は当たらなかった? 避けることを見越したか?
「おや、外しましたか」
いいや、違う。わざと外したんだ。こいつは僕が勝てないと踏んで遊んでいるんだ。
多分、僕が疲れ切ってヘロヘロになったところでとどめでもさすんだろう。
ならば好都合。存分にやつの遊びに乗ってうやろう。体力ならば自身がある。
僕はひたすら走った。やつは攻撃をしてくるが、僕が避けたところにそのまま刺してくれる。刺さったところは大きくえぐれ、穴が空く。
僕はペースに気をつけながらただ走った。やつはフェイントも仕掛けず、ただ真っ直ぐ攻撃をしてくれるので、避けるのは楽勝だった。
避けては走り、また避ける。これを繰り返して十分ぐらい経っただろうか。とうとう体力に限界が来た。
ハアハアと荒い息をする。骨が折れているなかよく走れたと感心する。僕は地面に倒れ伏せる。
「おやおや。もう終わりですか? もう少しあがいてみてはどうですか?」
「ハア、ハア。あいにく、もう万策……尽きた」
「それは残念です。ではさような――」
「と、思ったか! バーカ!」
僕は最後の力で走り出す。一瞬、フリティの動きが止まるが、全速力で追い始めた。
「無駄な抵抗を。遊ばれていることに気づいていたのでは?」
「そんなの知ってたさ」
「あなたを殺すことなんて容易なんですよ。これで――」
フリティの足が届く。だが、足は突如斜め上を向く。
「糞! 足が穴に!」
フリティは散々僕を追うために開けた穴にハマったのだ。
普段なら六本の足でバランスを保ち、横に着く二本の伸びる腕で攻撃をするが、突然僕が走り出したのと、僕を仕留めるため注意が足元にいかず、足と体の動きがマッチせず、バランスが悪い所をぼこぼこになった道により、バランスを崩す。
大きな胴体は完全に斜めになり、身動きがとてなそうだ。
やるならいましかない。
僕は銃を構え端末を狙う。
「させません!」
ベッシと腕に銃がはたきおとされ、やつの目の前にスライドしてしまう。慌てた僕は銃の方へ転がり、銃を取り、構えるが、目の前に鋭い腕が見えるところだった。
腕は光に反射して、煌びやかなそれでいて優艶に光。まるで死神の鎌だ。この鎌で僕の命が小麦のように収穫されて――
「やめてええええええ!」
目の前に見覚えがある少女が腕を広げ、僕を庇う。その光景は僕が殺した親子の母親そっくりで、僕は……僕は……。
「ユメハああああああああああああ!」
僕は端末めがけて銃を打つ。ピューンと間抜けな音が鳴り、光線は端末めがけて飛んでいく。
だが、間に合わない。ユメハの胸元めがけて死神は刃を突き立てる。
必死になってユメハを突飛ばそうと、体を動かしたとき、ユメハの胸の前で刃が止まったのが見えた。
そしてパリーンと音が鳴る。端末が砕けた音だ。
すると、フリティは壊れた人形のように、力が抜け、その場に崩れる。
ユメハはその場にしゃがみこんだ。
「ユメハ! ユメハ! 大丈夫か?」
僕は必死に前を叫び、ユメハに近づく。
「うん。大丈夫。ちょっと腰が抜けて……」
久しぶりに見る彼女は苦笑いでそう言った。僕は後ろからユメハに抱き着いた。ユメハの体温がわかりほっとする。
「危険だから来るなって言ったじゃん……」
「ごめん。でも、居ても立っても居られなくて……」
「バカ……。でも、ありがとう」
ユメハに助けられたのも事実だった。ユメハが僕の前に立ち、やつの注意をそらせたからこそ、僕はフリティを倒せた。
「くそ! くそー! どうしてこうなった! ふざけんな!」
フリティはまだ何やら騒いでいる。だが、容器は破損し、中の液体がドバドバ流れている。何となくもう助からないなと感じた。
僕はユメハから離れ、腹を抑えながらフリティに近づいた。まだ、確認することが一つあった。
「フリティ、フリティも寂しかったんだよね?」
「な、何の話だ?」
「僕も寂しかった。ずっと一人で戦ってきて、孤独が当たり前だから寂しいなんて考えたことなかったけど、やっぱり寂しかった。僕はユメハといてそう感じた」
「だから、何の話だ!」
「フリティはさ、どうして今回はユメハを殺さなかったの? さっきもそうだし、今のユメハの時も」
「……」
フリティは何も答えない。人間の形をしているなら表情の違いでわかりそうだが、脳みそしか見えないのでわからない。だけど確信はあった。
「クローン室見たけど、クローンが一体もなかった。あれは今回で最後にしようとしたんだよね?」
「……」
以前見つけた培養器室。あそこはクローンを作るのにもってこいだ。
「多分、フリティはユメハを殺すうちに、殺すことに飽きたんだ。そしてユメハと暮らすうちにユメハが大切な存在に感じるようになった。だから殺さなかった、いいや、殺せなかった。違う?」
「だったらなんだというんだ?」
「それは僕も同じだったと言いたかった。そう、フリティの言う依存。君もユメハに依存していた。似た者同士だよ僕たちは」
「そうか……依存か……。俺はユメハちゃんの支配権を握ったつもりが、握られていたわけか。そもそもはじまりからして俺はユメハちゃん、いいやユメハに依存していた……。俺は真面目に働いていたのに、リストラ喰らって、妻も子供も出て行って、家までなくなって、公園のベンチでどうしようか途方に暮れていたら、女子高生が隣に座った。そして俺にハンバーガーをくれたんだ。それがユメハだった。俺はうれしかった。こんな自分にも優しくしてくれる人がいる。それだけで自分には価値がある人間だと思えたし、彼女を特別な、まるで自分を救ってくれる救世主のように見えた。あとは、知っての通り、俺はストーカーに成り下がった。今思えば本当に馬鹿だと思う。そんなことをすれば余計に距離が離れるだけなのに。ストーカーを続けたある日、地球がやばいから全員脱出しようという話になった。運よく俺はユメハはこの船で同席できた。ユメハが一人のときに後ろから襲ったが、すぐに見つかって、中央の物置小屋に隔離された。悔しかった。特にユメハの表情が許せなかった。俺はユメハにあの笑顔で笑って欲しかったのに、まるでゴミを見るような目をしたから。俺はユメハを苦痛で歪ませやりたいと考えた直後……。あとは、さっき話したな」
だんだんフリティ、この愚かな男の声が聞きにくくなる。多分死期が近いのだろう。
「俺たちはユメハの優しさに依存してただけだったんだな……」
「いいや、僕は違う。僕はもう依存なんかしない。これからは自分のために生きていきたいと思う。だからこそ、ここまで粘れた。前の僕だったらすぐに諦めてた。まあ、最後はユメハに助けてもらちゃったけどね」
「フン、そうかい」
男は悔しそうな、それでいて楽しそうに笑った気がした。
「あのさ、俺、正体なんか現さず、ずっとあのままだったら幸せだったのかな?」
「さあ、それはわからない。だってもしもの話でしょ? だけど、多分楽しかったと思うよ、フリティ」
「そうか……そうか……そっか。じゃあこれ……約束……」
段々と音が小さくなりとうとう聞こえなくなる。だが、最後の一言だけは聞き逃さなかった。
「わかったよ。絶対に守る」
そう言って、僕はフリティの元から立ち去った。
「第十一話 エデンからの脱出」
僕の傷がひどすぎたこともあり、しばらくは安静にした。フリティがいなくなっても、機械自体は動くので、なんとかやっている。だが、いちいち手動でやるので、フリティの重要性がわかった。
動けない僕の代わりにユメハが探索をし、無事脱出カプセルを発見した。フリティがいた部屋だ。
脱出カプセルを見つけたところで、外に出てるかどうかという問題もあったが、どうやらこの宇宙ゴミはある日にちだけ、動きがゆっくりになる日があることを突き止め、解決した。
これは長年星を見続けたユメハのお手柄だ。
だから、真の問題はカプセルが一人用だということだ。
僕はユメハが乗るように言うが、当然ユメハは反対する。埒が明かないので、じゃんけんの結果ユメハが乗ることになった。
それでも渋るユメハには、「自分のロケットを直して追いかけるよ」と言った。もちろんそのつもりだが、直る保証はない。とりあえずそれでユメハは承諾してくれた。
そして僕が歩けるようになった次の日。ユメハの見送りに僕は立っている。カプセルは中に乗り、赤いボタンを押し、数分経つと発車し、ゲートを通り外へ出る。僕はカプセルに乗り込む彼女に言葉をかける。
「ユメハ、忘れ物はない?」
「もちろんあるよ」
「何?」
「ノドルフ」
その答えはとても困る。
「そんなこと言われても」
「まあ、そうだよね。ごめん」
ユメハははにかむよう笑うと、ボタンを押した。アナウンスが流れ、赤いランプが鳴る。
「確か自動的に生命のいる星に行くんだよね?」
「そうだよ。新地球さ。僕もすぐ追いつくから」
そうとしか言えない自分に腹が立たが、仕方ない。
アナウンスが鳴る。そろそろカプセルから離れないと行けない。
「じゃあ僕はこれで。……さよならだね」
「別れの挨拶なんてしないよ」
「ユメハ……」
「だってお別れじゃないし」
「え?」
すると、ユメハは席から飛び出し、僕を跳ね除け出口へ向かう。
「ちょっと! ユメハ!」
僕は慌てて追いかける。
部屋を出ると、ユメハは鼻歌をしながら待っていた。相変わらず下手くそだ。
「ユメハ! これはどういう」
「後ろ! 見て!」
ユメハが差す方向はちょうどカプセルだ。そのカプセルは火を噴いたと思うと、ゴゴゴゴゴゴゴと音を立て、空高く登っていった。
「どうするんだよ! これじゃ脱出が……」
「脱出なんかしなくていい」
「え?」
「だ、だから。ノドルフと一緒なら、ここでもいいの。それとも、だめ?」
そんな上目遣いをされたら断ることなんかできない。
「嫌じゃ、ない」
僕は恥ずかしくなってつい上を見てしまう。
「やったー! 雑誌に書いてあった通りだー!」
「雑誌?」
「うん! 上目遣いでお願いすると許してくれるとかいうやつ! 大成功!」
その最後の一言は余計だが。ドキドキしたのは事実なので黙っておく。
「それに、私の事守ってくれるんでしょ? なら、一緒にいないと!」
「……それもそうだね」
僕はユメハが大事なあまり、以前のようにユメハを、人を優先してしまっていた。まだまだ、悪い癖は抜けない。……でも。
「さあ、これからここにしばらく住むんだからいろいろやらないと!」
ユメハはパタパタと廊下を走る、僕はそれを後ろで眺めている。
いろいろなことがあった。まだまだ悪い所なんていっぱいある。だけど、彼女となら、ユメハならなんだってできそうな気がする。
僕は僕の人生を持って、ユメハを守りずっと大切にする。それが罪滅ぼしであり、救いである信じていたい。
「ノドルフ! 早くー!」
ユメハの声に僕は返事をし、ユメハの跡を追った。後ろからはもう、視線は感じなかった。
「第?話 ある新聞記事」
先日、旧地球探索隊が通称「船の墓場」で発見した大型宇宙船について、探索隊は調査をし、帰国した。
本艦はちょうど170年前の地球脱出時に行方不明になったとされる日本のものであり、中から大量の遺体が見つかったが、全てが墓に埋葬されていた。
船は隕石の衝突で破損したものと推測されるが、電気系統は生きており、生活した形跡があることから、生存者が生活していた可能が高い。
それを裏付けるように、比較的新しく作られた墓があり、二つの名前が書かれていることから上記の乗客ではないかと言われているが、確証は今のところない。
墓には花が添えられ、近くに故障した小型ロボットが置いてあった。
屋上で小型戦闘機が、船故障後に着陸したあとが見つかるが、戦闘機は見つからなかった。探検隊は、船の事故との関連は不明とコメントしている。
調査隊の一人である、タナカさんによると、「未だに飲み物や食事、娯楽が楽しめる。まるで地球最後のエデンのようだった」とコメントした。
最後までありがとうございました。
かなり長かったと思うぜ……。
しばらくは短編を投稿したいと思うぜ……。