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時の彼方(修正前)  作者: 水沢樹理
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高校一年四月 23

 大きく伸びをしベッドに腰掛けると、奈緒は全身の力を抜いた。


 色々考え込みそうになりながらも課題やら何やら済ませると、どっと疲れが出たような気がする。

 日中もそうだったが、鬼のことを考えないようにしながら勉強に集中するというのは、思った以上に疲れるものだった。


 既に入浴も済ませ、明日の準備も終えているのだから後は寝るだけなのだが、睡眠不足もあって身体は疲労を訴えているというのに、何だかそのまま眠る気にはならない。


 やるべきことを済ませるまではと無理矢理頭から追い出していたことが、それが終わって気を抜いた途端頭の中をグルグルと回り始める。

 それは奈緒を酷く憂鬱にさせた。


(いつまでも弘樹達にあんな態度をとり続ける訳にはいかないってわかってるけど…)


 弘樹だけでなく藍子や義人も、奈緒の様子がおかしいことに気付いていた。

 弘樹とは昨日の帰り道で会って以降、ずっと気不味いままだ。

 登校中も下校中も、殆ど会話を交わしていない。


 弘樹からは奈緒を問い質そうとする気配とそれを躊躇する気配が伝わってきていたが、どう対処すればいいのかわからなかった。

 それは今この時点においても同様だ。


(翔は、彼女に全部話してるのよね。確か、美紅ちゃんだったっけ?)


 夕方翔からの電話で彼女が話したがっていると言われた時は何事かと思ったが、奈緒の写真を送ってほしいと言われ、何か妙な心配でもしているのだろうかと更に困惑してしまった。

 だが何の敵意も感じられない可愛らしい声で緊張気味に話す様子に、どんな子なのだろうと興味が湧き、お互いに写真を送り合うことになったのだ。


 送られてきた写真に翔と一緒に写った彼女は、声のイメージ通りの子猫や子リスを連想させる可愛らしい少女だった。


 その写真を見ているだけで、翔が美紅をどれだけ大事にしているかが伝わってくる。

 これは多分、随分と溺愛しているのではないだろうかという印象を受けたほどだ。


 だからこそ、何故翔は美紅に全てを話す気になったのかが気になったし、それにそのことは少なからず奈緒を動揺させた。

 それで改めて後から電話を掛け直したのだ。

 まさかバレて洗いざらい白状させられたなんて答えが返ってくるとは思わなかったが。


 どうしてそうなったと詳しく事情を聞けば、それは仕方ないかもと納得せざるを得なかった。


 写真の二人の身長差を見る限り、恐らく美紅は小柄な方だろう。

 翔の身長は弘樹と同じくらいだったから、美紅の身長は百五十前半ではないかと思われる。


 その小柄で可愛らしい美紅が眼にいっぱい涙を溜めて上目遣いで訴える様子を想像し、それは敵わないなと苦笑を漏らした。


(隠されるより死ぬ程心配した方がマシ、か…)


 美紅は、どんな気持ちでそう言ったのだろうか。

 当事者である自分達以上の不安を抱えてもおかしくないだろうに、迷うことなくはっきりとそう言えるのは何だか凄いなと思う。


 もし自分が彼女の立場であったならば、そんなふうに思えただろうか。


 そこで自分と弘樹の立場が逆だったらどうだったろうかとふと考えた。

 その結果が更に気が滅入ることになる自己嫌悪だ。


 漸く別の視点から考えてみたことで、なんて独り善がりな考えをしていたのだろうと嫌気が差してきた。

 巻き込みたくないことを言い訳にしたも同然の一方的な考えで、実際は相手の気持ちなど一切考えていなかったことを気付かされた。


 鬼に襲われその力を振るったのが弘樹であったならば、隠さずに話してほしいとそう願っただろう。

 自分は隠そうとしているくせに相手には話してほしいだなんて、身勝手にもほどがある。


 それに巻き込まないようにすることと事情を話すことは、切り離して考えるべきなのかもしれない。


 そのことに気付いた結果、翔から電話があるまでは弘樹に話すつもりなど微塵もなかったというのに、本当にそれでいいのかと迷いが生じた。


 弘樹がこのことを知れば、何故黙っていたのかと怒るだろう。

 自分も同じ立場ならそうに違いない。


 それでも正直に話すことには躊躇いがある。

 まだ明確なことは何もわかっていない状態だが、それとは関係なく酷く心配を掛けてしまうのは目に見えている。

 ただでさえ重度の過保護だというのに、更にその度合いが増すことになるのは間違いないだろう。


(話すとしたら、誤魔化すのは難しそうね……)


 弘樹は奈緒に関しては妙に鋭いところがある。

 曖昧に暈そうとしても、翔同様包み隠さず洗いざらい話さざるを得なくなることだろう。


(せめて、少しでも確かな情報があれば…)


 だからと言って何かを掴めたら話せるかと言われればそういう訳でもない。


 こんな普通なら信じられないような非現実的で有り得ない話でも、弘樹なら信じてくれるし、今まで通り一緒にいてくれるだろうとは思う。


 その一方で、もし気味悪がられたらと怖くもある。

 弘樹なら大丈夫だとは思っても、そうした不安は理屈でどうにか出来るものではないのだ。


 もしかしたらそれが、弘樹に話すことを躊躇う一番の理由なのかもしれない。


 結局弘樹に話すかどうか、結論が出ないままだ。


 話す話さないに拘らず、困惑させ心配を掛けることに変わりはないだろう。

 それを考えると話した方がいいのだろうという気もする。

 逆の立場なら話してほしいと思うのならば尚更そうすべきだろう。


(話した上で、暫く距離を置くのも一つの手かもしれないわね…)


 だがそれはそれで寂しい。

 それに話すとしても少し時間がほしい。

 情報を集めることもだが、何より自分の気持ちを整理する時間がほしかった。


 ふと立ち上がり窓へと歩みよる。

 そしてカーテンに手を掛けたところでハッとして思い止まり、そこから離れた。


 カーテンを開ける音に気付いた弘樹がいつものように窓を開け顔を見せたとしても、今は何を話せばいいのかわからない。

 それで更に弘樹とぎくしゃくするのは嫌だし、それはどうしても避けたかった。


 小さく頭を振ると、電気を消しベッドに入る。

 眼を閉じたが、やはり今夜も中々眠りが訪れてはくれなかった。

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