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時の彼方(修正前)  作者: 水沢樹理
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高校一年四月 11

 翔が消えた空間を見詰めながら、奈緒は思わず眼を見張った。

 考えられる可能性として話を聞いていたとはいえ、実際にそれを目の当たりにするとやはり驚愕するしかない。

 心構えをする間もない一瞬の出来事に、当然の如く言葉を失い立ち竦んでしまう。


(――本当に、消えた……)


 まるで夢でも見ているかのように翔の姿がそこから消え失せたことに、本当にこれは現実なのかとぼんやりと考え、直ぐに間違いなくこれは現実なのだと頭を振った。


(ちゃんと、元の場所に戻れたのかしら…)


 大きく息を吐き出しながら翔が懸念していたことを考えていると、それに呼応するかのように、先程ブレザーのポケットに入れておいたスマートフォンが着信を告げ始めた。

 急いでそれを手にし確認した画面には、予想通り登録したばかりの番号からの着信であることが示されている。

 息を呑みながら画面に触れると、直ぐにそれを耳に押し当てた。


「…はい。……そう、無事元の場所に戻れたのね。良かった……。ええ、また後で……」


 翔からの電話で彼がこちらに来る直前までいた場所に戻れたことを確認してホッとし、改めて後程詳しい話をすることを約束して通話を切った。

 その際眼に入った時刻に気付き、思ったほど時間が経っていないことに驚いた。


 奈緒の感覚では化け物に遭遇してから三十分以上は経過している気がしていたのだが、実際にはその半分程の時間しか経っていない。

 翔と連絡先を交換した時には時間を確認していなかった為、そのことに気付けなかったのだ。

 もしその時に時間を確認していれば、化け物と遭遇してから倒すまでの時間が五分に満たないことに気付いていたかもしれない。


(随分長いこと逃げ回っていたような気がしていたんだけど……)


 思わず化け物と遭遇してからのことを順に振り返っていく。

 そして倒したところを思い浮かべた途端、あることに気付き呆然とすることになった。


(――あたし、助走なしで何メートル跳んだ……?)


 有り得ないと手を強く握り締め驚愕に眼を見開き、それでも冷静にその時の状況を分析しようと、今度は一瞬だけギュッと眼を瞑り、そしてゆっくり開けると深く息を吐いた。


 跳躍する前の化け物との位置関係及びそれを頭上から見下ろした時の状況を考えれば、距離だけでも約十メートル、高さにして二メートル近くは跳んでいるだろう。

 本来の奈緒であれば、全力で助走しても到底不可能な距離だ。

 しかも、それだけの距離を一瞬で移動した気がしたことから、いくら跳躍したとはいえ移動する速さも異常だったように思える。

 とても火事場の馬鹿力なんてもので説明出来るようなことではない。

 常識的に考えて、一般的な普通の人間に可能なことだとは思えなかった。


(――まさか、この力には、身体能力を異常な程高める効果があるとでも?だとしたら、随分走り回ったような気がしていたのに思ったほど時間が経ってなかったのは……)


 走る速さもおかしなことになっていたのではという可能性に思い当たり、化け物と対峙した時とは違う意味で、ぞくりと背筋を冷たいものが伝う。

 身震いした奈緒は強張った顔で唇を噛みしめ、思わず自分の身体を抱きしめたのだった。




 視界に見慣れた景色が飛び込んできたことに、予想以上の安堵を覚えた。

 最大の懸念事項が払拭されたことに、緊張に張り詰めていた身体から力が抜けそうになる。

 しかしホッとしたのも束の間、瞬間移動でこの場に戻って来たところを誰かに見られていたら大変だと慌てて辺りを見渡し周囲に人影がないことを確認すると、翔は改めて肩の力を抜き深く息を吐き出した。


 今のところ妙な視線も感じない。

 だからと言って安心して良い訳ではないが、現状騒ぎ立てられていないだけでも良しとするべきだろう。


 取り急ぎ奈緒に無事戻れたことを連絡し、必要最低限の会話で通話を終わらせる。

 後で詳しいことを話す予定だから、改めてこれまでに感じた違和感を含めて状況を整理しておかなければならない。


 正直面倒なことになったとは思う。

 だが、自分と同じ状況に置かれていると思われる者が他にもいたことで、この非現実的な事態を一人で抱え込まないで済む。

 そのことに胸を撫で下ろしたのも確かだった。


(それにしても、見掛けに依らず気さくな子だったな…)


 少し前まで一緒にいて、先程電話で話したばかりの少女の顔を脳裏に思い浮かべる。

 彼女の顔を視認した途端、こんなにも美しい少女が存在するのかと、思わず驚愕し眼を見張った。

 あまりの美しさに、見惚れるのではなく唯々驚いた。

 同時に、美しすぎて近寄り難いとも感じた。


 普段の翔ならば、気後れして積極的に関わろうとはしなかっただろう。

 だが、彼にとってそれが許される状況ではなかった。

 どうにかして協力関係を築く必要があると考えた。

 だからこそ、最初こそ当然のように警戒されたものの、直ぐに状況を理解しすんなりと話に応じてもらえたことに安堵した。

 見た目の印象とは違う気さくさを感じる言動にも正直ホッとした。

 これなら妙な苦手意識を持つこともなさそうだ。


 何とか上手くやっていけるかもしれないと改めて安堵したところで、今度は別の懸念事項が頭をよぎりつい顔を顰めてしまう。


(美紅のことだから、絶対気付くよなあ……)


 今度は脳裏に恋人の顔を浮かべ、深い溜息を吐く。

 恐ろしく勘の鋭い彼女のことだから、明日顔を合わせた途端に今日のことも気付くだろう。

 出来ればこれ以上心配はかけたくないのでスルーしたいところだが、彼女がそれを許さないのは明白だ。


(さて、どう説明するかな……)


 この件に関しては最初からだが、今回は特に頭が痛い。

 はっきり言って説明するのは気が重い。

 翔が途方に暮れ頭を抱えることになるのは、ある意味仕方のないことであった。

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