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時の彼方(修正前)  作者: 水沢樹理
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高校一年四月 9

 奈緒が鬼に似た異形の者と遭遇しそれから逃げ始めたのと同じ頃、遠く離れた北の地では、翔が推測した通りのことが起きていた。

 もし翔がこちらに駆け付けていたならば、色々な意味で毒気を抜かれることになっていたに違いない。

 それほど、緊張感に欠けた展開が繰り広げられたのだ。


「なんだ、あの鬼みたいな顔した女…。なんか、身体透けてるし……」


 北海道で生まれ育ち、この春地元の高校に進学した高木悟(たかぎさとる)は、日に焼けた端正な顔に似つかわしくない間抜けな声で呆然と呟いた。

 声だけではなく、表情も随分と間抜けなものになってしまっている。

 呟いた内容も、状況を考えれば呑気で間抜けと言えるかもしれない。


 この日の放課後、入部する気もないのに気まぐれで複数の部活を見て回ったせいで、高校からの帰りはいつもよりかなり遅くなっている。

 その途中、突然数メートル先に現れた鬼に似た異形の者の姿に、彼は驚くでもなく、呑気としか言えない態度で足を止めた。


「どうすんだよ、あれ…。ここ通らなきゃ帰れないっていうのに…。流石にあれの横は通り抜けたくはねえぞ……」


 勿論、そういう問題ではない。

 そして、異形の者に対し、何の危機感も抱かないことも、他者から見れば不思議でしかないだろう。


 悟は元々霊感が強く、この世ならざる者の姿を視ることが多いとはいえ、現在眼の前にいる異形の者の姿は、空想上の妖を連想させる不気味さを漂わせている。

 大多数の者はそれに恐怖を覚えるだろうが、悟には何ら怯える様子がない。

 そんな彼の様子を異常なほど呑気だと感じてもおかしくはないだろう。

 ただ、この場には悟以外に生きている人間はいないので、それを突っ込む者もいないのだが。


 悟が些か的外れなことを思い悩んでいるうちに、それは有り得ない速さで彼に突っ込んできた。

 気付いた時には、もう眼の前だ。


「うわっ!?」


 間一髪のところで横に飛びそれを躱す。

 咄嗟に着地した反動を利用しながら身体を捻り、前のめりになったそれの腰を横から蹴り上げるが、その力が込められていない悟の足先は、それの身体を何の感触もなく通り抜けてしまうだけだ。


「何だよ、こいつっ!?」


 流石に身の危険を感じた悟が慌てて後退りするのと同時に、瞬時に体勢を整えたそれが、再び襲い掛かってくる。

 今度は至近距離であったこともあり、避ける余裕がない。


「うわっ!」


 思わずそれを振り払うように右腕を大きく振り回すと、鈍い衝撃が伝わった。

 その衝撃が何に因るものか、悟は理解していない。

 異形の者の鋭い爪を、自分の右手が握りしめているもので受け止めていることに気付いていない。

 危機感を感じているとはいえ、それにより焦燥感に駆られてもいない。

 その状況を把握するより先に、無意識に身体が動いていた。

 何かを薙ぎ払うように右腕を振ると、そのまま大きく振り回す。

 そうする内に、それの姿が光に包まれた。


「――!?」


 慌てて後退りした悟の眼の前で、それは直ぐに霧散して跡形もなく消えた。

 異形の者が突然消えたことに驚き、辺りを見回した後、何度か瞬きを繰り返し、それが消えた辺りに視線を向ける。

 何が起きたのかわからず、その空間を凝視している内に、自分の右手が何かを握りしめていることに気付いた。

 見るとそこには、光る刀の形をしたものがあった。

 ただ、奈緒や翔とは違い、身を守る、防御の類のものは一切存在していない。

 それは、悟の手に光る刀が出現してから一度もだ。


「何だよ、これっ!?」


 思わずそう叫び、悟は光る刀を手放した。

 途端に、それはスッと消える。

 その様子に、悟は再度瞬きを繰り返した。

 暫くの間、悟は自分の右手を見詰めながら、その手を握ったり開いたりを繰り返し、その後、状況が理解出来ず呆然と立ち尽くした。


 実は、悟が適当に右腕を振り回した際に、偶然光る刀が異形の者の身体を貫いていたのだが、彼はそのことに気付いていない。

 自分が異形の者を倒したことでそれが消えたことを知らない悟には、何が起きたのか理解することは無理な話だった。


 漸く自分の右手から眼を離し顔を上げた悟は、大きく頭を横に振った。


「何だ、今の?俺、疲れてんのかな?それで夢でも見たのか?うん、きっとそうだ、今のは夢だ、間違いない!」


 そう言って大きく頷く。

 どうやら、今の出来事を現実ではなく夢か幻とでも思い込むことにしたらしい。


 勉強が大の苦手で、難しく考えることも大の苦手としており、更に言うと頭を使うこと全般を苦手としている悟は、早々に深く考えることを放棄した。

 その結果が、夢か幻という結論である。

 もしこの場に奈緒と翔がいたならば、「こいつバカだ…」と、揃って呆れて呟いていたに違いない。


「よし、さっさと帰って寝るか!」


 寝て全て忘れることにでもしたのか、そう言って悟は、無意味な気合を入れた。


 この時、現実逃避してこの出来事に真剣に向き合わなかったことを、後日、酷く後悔することになるとも知らず、呑気に夕飯は何かななどと考えながら、足早に帰路に着いたのだった。

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