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もう一度行きたくなる喫茶店のヒミツ  作者: 翼 くるみ
8/16

8)いろんなお客さんが来ます①

 「もう一度行きたくなる喫茶店」には、いろんなお客さんが来ます。


 お客さんの多くは観光客で、日本の方や外国の方、男の人、女の人、お年寄り、子供などなど様々です。


 また、ニックのような常連客もいます。希空の友達のココちゃんや萌ちゃんたちも、もはや常連客と言っていいでしょう。


 皆、優しくていい人ばかりだと、希空は思っています。







「ねえ、希空。あれ、何が植えてあるの?」


 午後1時を回った頃、常連客になったココちゃんと萌ちゃんがお店に来ました。


 そして、ココちゃんは、少し前から気になっていた、鉢植えについて希空に尋ねました。


「ああ、あれね、チューリップだよ。来春のお母さんの誕生日にあげようと思って。でもさ、全然芽が生えてこないんだよね」


 チューリップの鉢植えは、入り口近くの日当たりの良いところに置いてあるのですが、一向に芽が生えてくる気配がありません。


 希空はその事が心配で、心配で、掃除のときも、接客中も、閉店作業をしているときも、何度も見てしまいます。


「へぇー。そうなんだ。なんか、素敵だね。お母さん、きっと喜ぶと思うよ」


 ココちゃんが、にこやかにそう言うと、萌ちゃんが茶化します。


「ていうか、希空、チョー乙女じゃん!かわいいー!」


 それから2人は、いつもの4人掛けの席について、いつもと同じメニューを頼みました。ココちゃんがオレンジジュース、萌ちゃんがリンゴジュースです。


 希空が注文を受け、厨房からジュースを運んでくると、ちょうど2人と同じ大学に通っているかける輪伍りんごが遅れてやって来ました。


「チャーッス!」

「ちわ……」


 翔は自分の茶髪をネジネジと触りながら、輪伍は黒ぶち眼鏡を整えながら、入ってくると、真っ直ぐにココちゃんと萌ちゃんの席へと向かいます。


「やっほー!翔、輪伍。もう、ムスクルス先生のレポート終わったのー?」


 近寄ってきた2人にココちゃんが、手を振りながら尋ねます。すると、翔は、大袈裟に手を広げて肩をすくめました。


「ある意味、終わってる!もう、マジ、お手上げみたいな感じ?つーことで、諦めたわ。俺ら」


 その後ろから輪伍が、ぼそっと付け加えます。


「まだ、期限あるし」

「そうそう。うちもまだ終わってないんよね。今週の金曜まででしょー?」


 萌ちゃんは、困った顔をして、ココちゃんを見ました。


「うん——てか、金曜って、もう明日じゃない!こんなことしてる場合じゃないよねー」


 ココちゃんは、亜麻色の可愛い頭を抱えてテーブルに伏せました。その嘆きに翔が同調します。


「マジで、筋肉どんだけ種類あるんだよって、話だぜ。ああ、学校爆発しねぇかなー」


 翔の不謹慎なジョークに萌ちゃんが、爆笑します。


「あはは!それヤバくない? 爆発は、やりすぎっしょ!」


 希空は時々、皆の話についていけないと思う時があります。話の内容もそうですが、ノリというか、流れに乗れないというか、そんな感じがするのです。


 それでも、仕事は忘れてはいけないと、気を持ち直し、言葉を発しまた。


「えっと、あの……翔君と輪伍君も何か飲みますか?」

「あー、じゃあ、俺、コーヒー」

「……水」


 2人は迷うことなく、いつもと同じメニューを注文しました。


 しかし、翔は、いつも水を注文する輪伍が気に食わないのか、少し口調を荒げます。


「あのさー、輪伍。お前、また水? 水以外のものなんか頼めよな」


 それでも、輪伍は全く動じません。


「別にいいだろ」


 輪伍は、そう呟き、萌ちゃんの横に腰を下ろしました。


 横に座られた萌ちゃんは、顔を引き攣らせて、輪伍を見ます。


「てか、輪伍。なんでうちの横なん?」


 輪伍はいつもの眠たそうな目のまま、ひょうひょうと答えました。


「リンゴジュース……飲んでたから」

「は? 何それ」


 リンゴと輪伍りんご……。



 萌ちゃんは、全然笑っていませんでしたが、希空は少しだけ面白く感じ、小さく笑ってしまいました。


「ふふ」


 一方の翔は、輪伍の言い草が気に食わない様子でしたが、それ以上事を荒げるつもりはないらしく、「ふん」と鼻を鳴らして、ココちゃんの横に座りました。


 注文を受け取った希空は、厨房へと一旦引き返します。厨房では、店長のヨネリンがコーヒーと水を用意して待っていました。


「また、お友達かい?」

「はい。そうです……」


 希空は元気よく答えようとしましたが、ちょっとだけ暗い声になってしまいました。そのことにヨネリンはすぐに気付いて、優しく言葉をかけます。


「希空さん。大丈夫です」


 希空には何が大丈夫なのか分かりませんでした。


 そもそも、自分でもなぜ暗い声になってしまったのか、分かりませんでした。それでも、ヨネリンの優しい顔を見ると、少し元気が出た感じがしました。


 希空は、ヨネリンにコーヒーと水をお盆に載せてもらうと、ホールへ戻るため、向きを変えます。そして、いつも通り左側通行で、飲み物を運んでいきました。


「お待たせしました」

「お、希空ちゃん、サンキュー!」

「……どうも」


 希空がコーヒーと水を運んでくると、翔と輪伍がそれぞれお盆から取り上げます。


 そして、翔がミルクと砂糖を溶かし、輪伍が水を一口含んだ時でした。



 ガランゴロン——!!



 お店のドアが開きました。しかし、少々乱暴です。


「イラッシャイマセ~」


 手の空いていた楓ちゃんが、真っ先に対応します。すると、遠慮なく発せられる大声が彼女を取り囲みました。


「うっわー!マジでロボットじゃん!ヤッベェー!!」

「ホントだー!チョーウケるんですけどぉー!」


 入ってきたお客さんは、ガラの悪そうな若い男の人と派手な女の人でした。


 2人はお店に入ってくるなり、馬鹿笑いをして、楓ちゃんの事を勝手にスマホで撮り始めました。


「ねー、これ遠隔操作してるんでしょー? 家に引きこもってさー」


 女の人が、長い爪を立てて、楓ちゃんの目を触ります。


「マジかよ!どうやってやってんの?ゲームみたいな感じ?」


 男の人も楓ちゃんに触れると、無理やりに腕を上げさせたり、首を動かそうとしたりしました。


 2人の耳障りな声が店内に響くと、他のお客さん達は迷惑そうな表情を浮かべました。


 でも、誰も彼らと目を合わせようとはしません。むしろ、避けるように顔を背け、なるべく関わり合わないように努めているようでした。


 それは、希空の友達のココちゃんと萌ちゃんも同じです。2人は、一瞬だけ彼らに怪訝な顔を向けましたが、すぐに目を反らし、互いに顔を近づけ合うと、ヒソヒソ話を始めました。


「ねぇ、アレ、やばくない?」


 萌ちゃんの言葉に、ココちゃんが頷きます。


「うん。やばい。警察に言う?」

「いや、警察まではいいっしょ」

「そうかな……」


 萌ちゃんはかぶりを振りましたが、ココちゃんは心配そうでした。


 すると、萌ちゃんは何かを思い出したかのように、「あっ」と声を上げ、翔を見ます。


「そういえばさ、翔、ボクシングやってたんでしょ? アイツら、やっつけちゃってよ」


 その言葉にココちゃんも食いつきます。


「え、そうなの? なんかアイツら感じ悪いし、やっちゃってよ」


 2人はなぜか楽しそうでした。


 しかし、2人の視線を集めた翔は、明らかに動揺しています。膝が震え、冷汗をかいていました。


「え、え? ボクシング? ああ、確かにやってたよ。全国行ったヤツは、なんつーか、俺の後輩みたいなモンだし、俺も地区予選ではそこそこの成績だったよ。で、でもさ、それって、もう半年以上前の話じゃん? もう体が鈍っているつーか、忘れちゃってるつーか。思うように体が動かねぇんだよなぁ」


 つまり、翔はボクシングをしたことはあるが、ほとんど素人でした。


 その間も、ガラの悪そうな男の人と派手な女の人は、面白がって楓ちゃんを触ったり、スマホで撮ったりし続けてています。


「ねーねー。もの運ぶ以外に何ができんのさー? ねーってばー」


 女の人は、勝手に楓ちゃんのお盆を取り上げ、それで彼女の頭をコツコツと叩き始めました。しかし、楓ちゃんは言葉を返すどころか、全く動こうとしません。


 きっと、怖いんだ。



 希空はそう思いましたが、無いはずの足がすくんで、動けませんでした。そんな自分が情けなくて、無いけれど唇を噛みました。


 そのときです。


 男の人は、楓ちゃんが無視をしていると思ったのか、急に怒り始めました。


「おい!何ができるのかって、アケミが聞いてんだろーが!!なんか答えろや!」


 その怒鳴り声に、希空はビクッと身体が震えて、恐怖で強張ってしまうような感覚がしました。


 一方の楓ちゃんは、男の人に怒鳴られても、言葉を発する事も、動こうとする事もありませんでした。


 その様子に、男の人は怒りを増大させ、たまたま足元にあった「モノ」に、その怒りをぶつけました。


「何シカトしてんだよ!!ポンコツがっ!!」


 お皿が割れるようとても大きな音がしました。


 初めは、ガラスが割れてしまったのかと希空は思いましたが、お店の大きなガラス窓は傷ひとつ入っていません。


 視線を下げてみると、お店の木目の床には、深い茶色の粒が広がっていました。そして、その中に頭の先が少しだけ緑色になった球根が転がっています。


 男の人は、希空が育てていたチューリップの鉢植えを蹴り倒したのです。


 男の人は、怒りを鉢植えにぶつけましたが、まだ静まる様子はなく、今度はバレーボールくらいの楓ちゃんの頭を掴みました。


「ぶっ壊すぞ!コラァ!!!」

「……」


 楓ちゃんは依然として、返事をしません。抵抗もしません。まるで本当のロボットになってしまったかのようです。


 店内のお客さん達も誰も言葉を発することなく、俯いています。皆も恐怖で怯えているのです。自分に被害が加わらないように祈っているのです。


 そんな最中、威勢の良い声が、希空の後ろの方から飛んできました。


「いい加減にしろよ!」



 レン君です。


 レン君は、出来るだけ速い速度——といっても人が普通に歩くより遅いですが——で、男の人へと近づいて行きました。


 そして、男の人を睨みつけるように見上げます。


「楓を掴んでいる手を離せ!」


 しかし、男の人がこれくらいで、怯むはずがありません。


「あ? 何だ、お前。ナメてんのか?」

「な、ナメてねぇよ」


 レン君も必死に食らいつこうとしますが、徐々に勢いは弱くなっていきます。


「お前から、先にぶっ壊すぞ?」


 男の人の鋭い眼光に睨まれ、レン君が少し後退りました。更に、女の人が「やっちゃえー!」と合いの手を入れ、はやし立てます。


 男の人は、女の人にカッコイイ所を見せようと思っているのでしょうか。指や首の関節をポキポキと鳴らして、レン君を威圧します。


 レン君はすっかり怯えていました。


 腰が抜けることはありませんが、それに近い状態で、ふらふらと蛇行しながら後退していきました。


 しかし、後退の速度は、前進よりも遅いです。当然、男の人の間合いから、逃れることは出来ず、レン君はすぐに男の人に頭を掴まれてしまいました。


「ひぃ!」


 レン君から言葉が漏れます。


「覚悟しろよな!」


 男の人は、空いている手で拳を作ると、高く振り上げました。


 希空は思わず、目を瞑りました。そして、心の中で叫びます。



 誰か助けて——!


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