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もう一度行きたくなる喫茶店のヒミツ  作者: 翼 くるみ
はじまり
4/16

4)初めてのお給料は、何に使いましたか?

 希空が仕事を始めてから1か月が経ちました。

 気分はすっかり社会人です。


 なぜって、それは初めてお給料日だからです。




 

 希空の勤める「もう一度行きたくなる喫茶店」は、一般的な就労形態とは少し異なり、いわゆる「作業所」と呼ばれる区分になります。


 作業所は、発達的、精神的、身体的などの理由により、一般就労が難しい方が通う場所になります。お金だけではなく、生きがいを求めたり、願いを実現したり、交流を広げたり、自分の成長を促してくれる場です。


 また、作業所には、「A型」、「B型」があり、B型作業所は、雇用契約は結ばず、短時間で働く場所です。そのため、出勤日も自由に調整ができ、体調が安定しなかったり、長時間の労働が難しかったりする方が利用することが多いです。


 一方のA型作業所は、雇用契約を結ぶため、出勤日や労働時間は規約に従う必要があり、一般的にB型よりも長く働ける方が通います。業務内容も少し難易度が高く、その分、B型よりもお給料はいいです。


 ちなみに、希空の通うお店は、A型作業所になり、時給は810円になります(最低賃金が適応されます)。ひと月働くと、だいたい6万円くらい稼ぐことができます。


 それが高いのか、安いのか、捉え方は個人によって異なりますが、初めてお給料をもらう希空にとっては、多く感じました。






 午後2時。お店が閉まります。


 店長ヨネリンは、仕事を終えたスタッフ達をスタッフルームに集めました。そして、手を後ろに組んで、ニコニコ笑顔で、皆と向き合います。


「皆さん。お疲れ様です」


 希空も気分はニコニコでした。きっと、希空だけでなく、まっさんも、エルフも、レン君も、楓ちゃんも、ニコニコの気分だと思います。


 そして、最年長のまっさんから順番に、ヨネリンが給与明細を手渡していきます。


「まっさん。いつもありがとう。君がいるおかげで、お店が上手く回っています」

「いえ。とんでもないです」


 まっさんの声は、少し籠った感じです。確かに、聞き取り難いですが、一生懸命に話しているその声は、まあるくて、優しい感じがします。



 次はエルフの番です。


 店長ヨネリンは、エルフの前に立つと、ふっくらした手で給与明細を渡します。


「エルフさん。いつもありがとう。君の盛り付けるサラダは、丁寧で、とても美味しそうです」

「ありがとうございます。これからも頑張ります」


 エルフの声は凛としていて、とても綺麗です。また、他のスタッフに比べると、動きは、機敏で、それでいながら繊細で、細かな作業を得意としています。



 その次は、レン君。


「レン君。いつもありがとう。君の接客は、勢いがあって、見ているだけでパワーを貰えます」

「あざすっ!」


 レン君は、相変わらず威勢がいいです。時々、きつい事も言いますが、照れ隠しをしている事は、希空にも分かるようなってきました。



 レン君の次は、楓ちゃんです。


「楓ちゃん。いつもありがとう。君がいるだけで、お店は穏やかな雰囲気になります。君のファンもいるようですね」

「アリガトウゴザイマス」


 楓ちゃんは、相変わらずカタコトの日本語で返します。抑揚はないけれど、彼女の優しさは十分に伝わります。



 最後は、まだまだ新人の希空です。


「希空さん。まだ慣れない事もあると思いますが、君がいるだけで、お店に花が咲いたような感じになります。これからも頑張って下さい」

「はい!頑張りますっ!!」


 希空は一際元気な声で返事をしました。彼女は、とても大きな声で言いましたが、自動調整機能のおかげで、程よい音量になります。



 こうして、初給料を受け取った希空は、このお金を何に使おうか、考えました。


 ココちゃんや萌ちゃんのようなオシャレな服……。

 素敵なレストランでの食事……。

 かっこいいアイドルの応援グッズ……。

 きっと楽しいテーマパークの入場チケット……。

 面白いアニメのブルーレイボックス……。


 色々と欲しい物は思い浮かびましたが、どれも現実的ではないか、今の自分には必要がないように思えて、なかなか決められませんでした。






 次の日、希空は仕事が始まる前に、皆に初めてのお給料を何に使ったのか、聞いてみる事にしました。


 まずは、ランチセットに付くスープを温めているまっさんからです。


「あの、まっさん。ちょっといいですか?」

「ん? 何だい?」


 まっさんは、手慣れた様子で、手は止めることなく、まあるい声だけを返しました。


「初めてのお給料は、何に使いましたか? 私、何に使おうか、悩んでいて……」


 すると、まっさんは、手を止めると、身体の向きをゆっくりと変え、希空と向かい合いました。2人の型は一緒なので、背丈も同じはずなのですが、希空には、心なしか、まっさんの方が大きく見えました。


「僕はね。ちょうど母の誕生日が近かったから、プレゼントを買ったよ。まあ、ネット通販だけどさ。手が冷えないように手袋を、ね」

「なるほど。ありがとうございます」


 まっさんの話を聞いた希空は、お母さんへのプレゼントが良いと思いました。だけど、希空のお母さんの誕生日は、春です。手袋はちょっと時期が違うと思いました。



 次に希空は、サラダにドレッシングを混ぜているエルフの所へ行きました。


「あの、エルフさん。ちょっといいですか?」

「はい。何でしょうか」


 エルフも手慣れた様子で、作業を止める事はなく、綺麗な声だけを返しました。


「変な事聞きますが、初めてのお給料は何に使いましたか?」


 すると、エルフは作業を中断し、機敏に向きを変え、希空と向かい合いました。その動きは、機械的ではなく、とても自然で、しなやかでした。


「私は……花を買いました。花は心を静かにしてくれます。花はいいですよ」

「なるほど。ありがとうございます」


 エルフの話を聞いた希空は、お母さんへのプレゼントは、花が良いと思いました。



 だいぶ買う物が定まってきた希空でしたが、ホールへと戻ると、レン君と楓ちゃんにも話を聞いてみる事にしました。


「あの、レン君、楓ちゃん。ちょっといいですか?」

「あ?なんだ?手短にしろよ」


 レン君は床を拭く手を止めると、大きく丸い目で希空を見ました。愛嬌のある目のはずなのですが、希空は睨まれたような気がしました。


「イイヨ。ナンデモ キイテ」


 遅れて返事をした楓ちゃんもテーブルを拭く手を止めて、希空を見ました。楓ちゃんは、レン君と同じデザインの目なのですが、穏やかに見えました。


「2人は、初めてのお給料を何に使ったの?」


 すると、レン君が先に答えます。


「なんだよ、そんな事かよ。俺はな、ゲーム。これがまた面白れぇのが、ちょうど出たんだよ。あのな、自分がニンジャになって、城に潜入するんだけど、バレないようにするのが、結構難しいんだ。それから——」

「ああ、うん。わかった。そうなんだ……」


 レン君はまだまだ話したい様子でしたが、希空はあまり興味がなく、彼の意見は参考にならないと思いました。


 すると、遅れて、楓ちゃんが声を出します。


「ワタシ ハ、ケイト。アミモノ ヲ スルカラ。ジブン デ ツクル。タノシイ ヨ」

「へえー。楓ちゃん、編み物をするんだ。てか、女子力、高―い!」


 しかし、希空は、自分には編み物は難しいと思いました。


 だけど、皆の話を聞いて、考えがまとまってきました。


 お母さんへのプレゼント……。

 花……。

 自分で作る……。


「あ、そうだ!」


 初給料で買う物を、閃いた希空は、すぐに店長ヨネリンのところへ向かいました。






 それから、数日後。


 お店に荷物が届きました。その荷物を受け取ったのは、希空です。


 中身は何かというと……


 「鉢植え」と「土」と「チューリップの球根」です。


 希空は、自分でチューリップを育てて、お母さんにプレゼントをすることにしたのです。秋である今に植えれば、ちょうどお母さんの誕生日である春頃に花を咲かせられますし、水やりならば、自分にもできると思ったからです。


「ステキ ナ カンガエ ダネ」


 楓ちゃんは、すぐに希空の考えに賛同してくれました。



 いいえ、楓ちゃんだけではありません。


「とてもいいと思います。花はいいですよ」


 一緒に育てやすい花を選んでくれたエルフも。


「お母さん、きっと喜ぶと思うよ」


 お母さんへのプレゼントというアイディアをくれたまっさんも。


「レジの横に置いておくと良い。日当たりが良いし、成長していく様子がよく分かりますから」


 お店で、花を育てる事を許可してくれた店長ヨネリンも。


「そこなら、邪魔にならねぇから、好きにしろよ。まあ……、あと、あれだ。水やりくらいなら、手伝ってやってもいいぞ」


 素直じゃないレン君も、皆、賛同してくれました。



 嬉しくなった希空は、皆にお礼を言います。


「皆さん、ありがとうございます!」


 希空の顔には、表情はありませんが、皆には、とっても嬉しそうに笑っている女の子の姿が思い浮かびました。

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