3)友達を大切にするといいですよ②
「いらっしゃい!」
すぐにレン君が出迎えます。希空も反射的に声を出し、身体を入口の方へと向けました。
「いらっしゃいませ!」
そして、遅れて楓ちゃんも。
「イラッシャイマセ~」
入ってきたお客さんは、明るい茶髪で背の高い男の子と、黒髪で黒ぶちメガネをかけたひょろっとした男の子でした。どうやら、初来店のようで、ロボットたちに出迎えられ、少し驚いた表情をいます。
早速、褒められたばかりの希空が、自信たっぷりで接客にあたります。
「こちらの画面にお客様の人数を入力して下さい」
しかし、茶髪の男の子がタブレットを受け取ろうとしたとき、ココちゃんが声を上げました。
「おーい!翔、輪伍!こっち、こっち」
どうやら、2人は、ココちゃんと萌ちゃんの友達だったようです。
「おー、心音、萌佳」
茶髪の男の子が、軽い感じで手を上げ、2人を見ました。黒髪の眼鏡の男の子は、チラリと2人を見ただけです。ちなみに、心音はココちゃんの名前で、萌佳は萌ちゃんの名前です。
2人の男の子は、希空の横を通り過ぎると、すたすたと歩いて、ココちゃんと萌ちゃんのテーブルへと向かいました。
「悪いなー。課題の提出に時間かかっちゃってさー」
茶髪の男の子は、自分の髪の毛をネジネジと触りながら、苦笑いを浮かべました。
すると、ココちゃんも困った顔で言葉を返します。だけど、なんとなく、嬉しそうに見えます。
「あー、あれね。ヨッシーの課題、難しいねー」
続いて、萌ちゃんも困った顔をしています。だけど、やはりなんとなく嬉しそうです。
「うちは、先輩にもらったやつ、丸写しした。やばくない?」
「ええー。萌ちゃん、それ、ヤバイね!てか、ずるーい!」
ココちゃんは、そう言って、大きな声で笑いました。そして、2人は茶髪の男の子へと視線を集めます。
「ねえ、翔。早く座りなよ」
ココちゃんが座るように促します。
「そうそう。ほら」
萌ちゃんも促します。
「あ、ああ……そうだな」
しかし、翔と呼ばれた茶髪の男の子は、少し戸惑っています。
ココちゃんと萌ちゃん、どっちの横に座るべきか、迷っているのです。
すると、黒ぶち眼鏡の男の子は、何の戸惑いもなく、萌ちゃんの横に座りました。それを見た萌ちゃんは、少し顔が引きつります。
「あ、輪伍……なんで、うちの横なん?」
輪伍と呼ばれた黒ぶち眼鏡の男の子は、ひょうひょうとした顔で答えました。
「近かったから」
それには、萌ちゃんも返す言葉はなかったようです。
「あ、ああ。そう……」
一方、茶髪の翔が横に座ったココちゃんは、満足そうです。
「まあ、近くに座るのは、普通だよね。うん!」
座る席が決まったところで、4人に希空が近づいてきました。
「ココちゃんと萌ちゃんの友達?」
希空の質問には、ご機嫌のココちゃんが答えます。
「そうそう。こっちが、翔で、そっちが輪伍。2人とも同じクラスなんだよー」
希空は、2人を交互に見ました。
翔という男の子は、「チャッス」と軽い挨拶をしてくれ、輪伍という男の子は、小さな声で「ちわ……」と挨拶をしました。だけど、希空の集音マイクでは、拾うことができず、聞き取れませんでした。希空は無口な人だな、と思いました。
それから、希空は後から来た2人にも注文を聞きます。
「翔君と輪伍君も、何か飲みますか?」
「じゃあ、俺、コーヒー」
翔は、すぐにタブレットを手に取り、画面をタッチします。
「輪伍は?」
翔が尋ねると、輪伍はボソっと答えました。
「……水」
「は?何?」
翔は、一応聞きとれていましたが、もしかしたら自分の聞き間違えかと思い、もう一度尋ねました。だけど、輪伍は声を張る事もせず、さっきと同じ声量で答えます。
「……水」
「み、みず?」
翔は、タブレットを手にしたまま、少しの間固まってしまいました。すると、横にいた萌ちゃんが輪伍を見ます。
「あのさ、ジュースとかもあるんだけど……」
「……水」
しかし、輪伍の返事は変わりませんでした。
「あ、ああ、水な。わーったよ。北陸の水はうめぇからな」
「そ、そうだよね。水、チョー綺麗だもんねー」
翔がタブレットを入力し、ココちゃんが白々しく声を張って場を和ませます。
希空は、翔からタブレットを受け取ると、「少々お待ちください」と言って、飲み物を受け取りに厨房へと向かいました。
厨房では、いつものように店長ヨネリンが飲み物を用意して待っていました。
「友達かい?」
店長ヨネリンは、希空の持っているお盆の上に、飲み物を載せながら、そう聞いてきました。希空は、元気よく素直に答えます。
「はい!そうです。中学のときの友達なんです」
中学の途中から、学校に行っていない希空の友達は、ココちゃんと萌ちゃんだけです。ほとんど寝たきりだった希空は、高校には通っていません。中学だって、まともに通っていたのは、1年生の一学期だけです。
「そうなんだ。友達を大切にするといいですよ」
「はい!」
希空は、店長ヨネリンの優しい笑顔を見てから、厨房を出ました。
それからというもの、ココちゃんと萌ちゃんは、時々、お店に来てくれるようになりました。翔と輪伍が一緒に来るときもあります。
相変わらず、ココちゃんはオレンジジュース、萌ちゃんはリンゴジュース、翔はコーヒー、そして、輪伍は水を注文します。
希空は彼らが来てくれるのを楽しみにしていました。
また昔みたいに友達と話ができる。
それがとても嬉しくて、幸せだと思いました。だけど、少しだけ寂しく思うところもあります。
それは、ココちゃんや萌ちゃんが、子供の頃から少し変わってしまった事です。
まず、見た目ですが、中学の頃は、2人とも重たい黒髪だったのに、いつの間にか可愛い亜麻色や栗色の髪になっています。パーマだってかけています。それに、短めのスカートを履いたり、素敵なコートを羽織っていたり、とてもおしゃれになっています。それを見て、希空は少し羨ましく思います。
また、ココちゃんも萌ちゃんも、希空に会いに来ている、というより翔たちと遊びに来ている、という感じがします。
希空はついで……。
どうしてもそんな印象を受けてしまうのです。
まあ、自分は店員さんだし、仕方がない。
希空はそう思い、皆と少し話が出来るだけでも、部屋に閉じこもっていた頃に比べれば、随分とマシだと考えるようにしました。