2)友達を大切にするといいですよ①
希空がお店で仕事を始めて、1週間が経ちました。
彼女は開店前、テーブル拭きをしながら、大きなガラス窓を見上げました。
お店の前に植えてあるイチョウの木が、少し黄色くなっています。それを見て、ほっこりとした気持ちになりました。
しかし、よそ見をしていたせいか、後ろに下がろうしたとき、レン君の声が飛んできました。
「おい、希空!あぶねぇ!」
希空は慌てて、止まります。モップ掛けをしていたレン君も急停止。二人は間一髪のところで接触は間逃れました。
「す、すいません!」
希空は深く頭を下げたつもりで、謝りました。
「ったく、気をつけろよ。俺らが倒れて、故障でもしたら、どうすんだよ!しばらく仕事ができねぇんだぞ!」
「ホント、すいません!」
希空は再び深く謝りました。
レン君の言う通り、現代において、ロボットはとても高価なものです。
通信技術やロボット工学が発達したことにより、ほとんど意のままに操れますが、その分、複雑な構造になっており、製作や修理には、高い専門性と費用がかかります。
それは、希空にだってわかっていましたが、少し慣れてきたせいか、油断していたのです。彼女は、改めて働く事の責任を感じました。
そんなイライラしているレン君と、落ち込んでいる希空に、楓ちゃんが声をかけます。
「マァマァ、フタリトモ オチツイテ」
「俺は、別に怒ってねぇし!」
という、レン君の口調は強いです。彼は嘘が下手なのです。一方の希空は、楓ちゃんに声をかけられ、少しほっとしています。
それに、今日は落ち込んでいる場合ではありません。
今日は、近くの大学に通っている友人がお店に来てくれることになっているのです。希空はその事が昨日の晩からずっと楽しみにでした。だから、ニッコリと笑ったつもりで、楓ちゃんに言葉を返します。
「うん。ありがとう!」
11時になりました。
開店と同時に、お客さんはすぐにやってきます。
「いらっしゃいませ!」
希空のお出迎えもだいぶ板に付いてきたようですね。
ちなみに、お客さんの多くは、観光客です。お店は、観光名所の兼六園や21世紀美術館、片町などと比較的近いので、足を運びやすいのです。
また、もう10年以上前になりますが、新幹線が通ってから外国人の観光客が増えました。だから、お店にも時々、外国人の方が来ます。
希空やレン君は、英語は話せないので、その時は、楓ちゃんの出番です。楓ちゃんは、相変わらずカタコトではありますが、英語は上手でした。
「イラッシャイマセー」
楓ちゃんが、希空から遅れてお出迎えの言葉を発すると、お客さんが元気の良い声を返します。
「ヘーイ!楓ちゃん!こんにーちわ!」
彼はニックというアメリカ人です。本当の名前はニコラスというらしいです。しかし、彼は観光客ではありません。
犀川を挟んで向かい側にある寺町、というお寺がたくさんある町で、ゲストハウスを経営しています。
ニックは週に2、3回の頻度で、お店に来ます。
彼は、なかでも楓ちゃんがお気に入りで、いつも楓ちゃんに接客してもらいます。
見た目こそ、楓ちゃんも、レン君も、希空も同じロボットですが、それぞれに個性があります。
話し方ひとつとっても、レン君は威勢がいいですし、楓ちゃんは穏やかで、希空は元気があります。ニックはそんな個性豊かなスタッフ達と話をするのが大好きでした。
「ハロー。ニック。ハウ アー ユー?」
楓ちゃんがカタコトの英語で話します。でも、ニックは日本語が話せます。
「おぉ、元気元気!楓ちゃんも元気ですかー?」
「イエース」
楓ちゃんはいつもより大袈裟に手を動かして、アメリカ人っぽく答えました。それがニックには面白かったみたいで、彼は大きな声で笑いました。
「HAHAHAHA!楓ちゃん、面白いねー!いいね、いいね!」
ニックは、親指を立てて、Goodのポーズをしました。
それに合わせて、楓ちゃんも親指を立てて、Goodのポーズをします。
ニックは彼らの事をロボットだと思っていません。やはり彼らは、人間なのです。
ニックが帰ると、入れ違いで、次のお客さんが来ました。
亜麻色のショートヘアーと栗色のロングの女の子の二人組です。
希空は2人を見るなり、「いらっしゃいませ」も忘れて、すぐに2人のもとへ床を滑って近づきます。
「ココちゃん!萌ちゃん!」
2人は希空の友達でした。
「え?希空なの?ねえ、ホントに希空なの?」
亜麻色のショートのココちゃんは、本来の姿とだいぶ違う希空の分身を見て、目を丸くしています。
「えー!見た目全然違うじゃーん!」
栗色のロングの萌ちゃんも驚きの声を上げました。
「えへへ。希空でーす。この姿、可愛いでしょー?」
「うん。可愛い!なんていうか、顔が犬っぽい?」
亜麻色のココちゃんのコメントに、栗色の萌ちゃんが、爆笑します。
「あはは!全然、犬じゃないっしょ!チョーロボットじゃん。なんか、未来って感じするわー」
「でしょー」
希空は久しぶりに友達に会えて、とても嬉しい気分でした。だけど、仕事中です。希空は2人をテーブルへと案内することにしました。
「え? 4人掛けの席なの?」
ココちゃんがタブレットの画面を操作し、4人掛けの席を選択したので、希空は不思議に思いました。
「そうそう。もう少ししたら、友達も来るから。同じ学校なの」
「へえー」
希空は、ココちゃんと萌ちゃんの通っている大学の事を思い出します。
2人は、作業療法士、を目指して、金沢医療福祉大学という学校に通っています。作業療法士とは、生活のリハビリをする人で、2人とも1年生です。
ココちゃんと萌ちゃんが、席に着くと、希空は注文を聞きます。
「じゃあ、注文はどうするー?」
ココちゃんは、希空から受け取ったタブレットを見て、少しだけ迷って答えました。
「えーっとね……私は、オレンジジュース」
続いて、萌ちゃん。
「じゃあ、うちはリンゴ」
「おっけー」
希空は2人からタブレットを受け取ります。それを持って、テーブルを離れると、厨房の方へと滑っていきます。
厨房では、既に店長ヨネリンが、オレンジジュースとリンゴジュースを用意して待っていました。
タブレットで注文を取ると、自動的に厨房へと伝わる仕組みになっているのです。
ちなみに、このお店のメニューは、コーヒーと紅茶、オレンジジュース、リンゴジュースに加え、ランチセットしかありません。
店長ヨネリンは、飲み物を担当しており、ランチセットは、まっさんとエルフが作ります。と言っても、ほとんどは別の所で作られてきたものを、盛り付けたり、温めたりするだけです。
店長ヨネリンが、希空の持っているお盆の上に、オレンジジュースとリンゴジュースを載せました。そして、優しく微笑みます。
「じゃあ、お願いね、希空さん」
「はーい」
希空も素直に返事をして、向きを変えると、すぐに厨房を出ました。
そして、ホールの通路は左側通行で、厨房へと向かうレン君や楓ちゃんとぶつからないように気を付けて進みます。
「はーい。お待ちどうさま」
希空が飲み物をお盆に載せて運んでくると、ココちゃんと萌ちゃんは自分で、お盆からそれぞれのジュースを取ります。
この店では、店員さんは運ぶまでしかできません。そのため、ランチセットもお客さんが取りやすいようにワンプレートになっています。
「ありがとー!」
「なんか、ちゃんと店員さんって感じするねー」
2人は希空が働いている姿を見て嬉しそうです。
褒められた希空も、自慢げです。
「えへへ。そうでしょ」
すると、ちょうど次のお客さんが、お店に入ってきました。