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もう一度行きたくなる喫茶店のヒミツ  作者: 翼 くるみ
12/16

12)猫目の女の子②

 楓ちゃんが家のなかに逃げ込もうとした時、勢いのある声に呼び止められました。


「コンチニャーッス!宅配便です!」


 猫のマークの宅配業者の人でした。


 普段であれば、インターフォンが鳴っても絶対に対応しない楓ちゃんですが、直接声をかけられ、目まで合ってしまった今は、逃げようがありませんでした。


 楓ちゃんは、小さくコクリと頷くと、荷物を受け取りました。


「あ、それと、ココ。ハンコか、サイン、お願いしにゃーっす!!」


 猫のように喋る宅配業者の人は、伝票を楓ちゃんに差し出しました。


 楓ちゃんは、ペンを受け取る事を躊躇し、不意に下駄箱の上を見ました。すると、偶然、ハンコがそこに置いたままになっていたのです。


 楓ちゃんは、そのハンコを自分では取らず、宅配業者の人に指差しで教えました。


「んにゃ? 自分が押してもいいッスか? 了解ッス!!」


 配達業者の人は、首を傾げつつも、楓ちゃんの意図を読み取り、自分でハンコを押すと、満足した様子で、すぐに帰っていきました。


「にゃっ、あざーッス!」


 バタン、と扉が閉まると、楓ちゃんは慌てて、鍵をかけます。


 そして、足腰の力が抜け、へなへなとあひる座りになりました。そのまま、大きなため息を吐き、緊張と恐怖を吐き出すと、彼女は俯いて、まだ震えている両手を見ました。


 人と喋ってしまった……。



 実際には、楓ちゃんは一言も発していないので、会話にはなっていませんが、家族以外の人の声を聞くのは、とても久しぶりでした。


 仕事のときは、お店の皆やお客さんの声を聞くことはありますが、それはスピーカー越しなので、現実味がありません。


 どこか、別世界の住民たちと話をしているような感覚です。


 しかし、今ほど来た配達業者の人の声は、とてもリアルでした。


 声が空気を振動させ、言葉となって耳に届く。


 いいえ、耳だけではありません。男の人の低い声は、お腹にまで響くような感覚がしました。


 でも、なぜでしょう。



 楓ちゃんは、それほど恐怖を感じませんでした。


 全然怖くなかったといえば、嘘になりますが、思っていたような痛みも恐怖も感じなかったのです。


 きっと、あの人が猫みたいに喋っていたせいでしょう。



 楓ちゃんは、猫のように喋る配達業者の人の言葉を思い出し、クスッと小さく笑いました。


 そして、顔を上げます。


 楓ちゃんの前には、受け取った荷物がありました。


 両手で抱える程の大きさのダンボールで、見た目とは裏腹にとても軽いです。重さだけで言えば、片手で持ち上げられるほどでした。


 宛先は、「楓ちゃん」となっていました。


 しかし、彼女には、最近ネットで何かを買った記憶はありません。自分が忘れているだけなのだろうか、と思いましたが、どうやらそうでもなさそうでした。


 差出人は、「もう一度行きたく喫茶店の仲間」となっていたのです。



 楓ちゃんはそのダンボールを大事に抱え、リビングへ向かいました。そして、リビングの隅っこではなく、真ん中にダンボールを下ろします。


 それから、カッターナイフで丁寧に開いていくと、そっと蓋を開けて中を覗きました。


 ダンボールの中には、1通の手紙と折り紙で作った千羽鶴が入っていました。


 楓ちゃんは、まず千羽鶴を慎重にダンボールから取り出します。


 様々な色の折り紙で出来た千羽鶴は、20羽程しか連なっておらず、どう見ても千羽ではありませんでした。


 折り目もバラバラで、正直言って不細工です。


 楓ちゃんは、その千羽鶴もどきを手に持ったまま、次に手紙を取り出しました。そして、真っ白な紙に綴られている言葉たちに目を通します。






——楓ちゃんへ。


 君がいるだけで、お店は穏やかな雰囲気になります。 まっさんより


 あなたの言葉は、とても綺麗で、とても優しいです。 エルフより


 お前がいたから、俺は仕事を続けられた。 レン君より


 いろんなことを教えてくれて、ありがとう! 希空より


 どうでしょうか。仲間は出来ましたか? ヨネリンより






 

 手紙の上に、一滴の雫が落ちました。


 そのせいで、文字が滲みます。




 皆からの手紙は、短い文が添えられているだけで、文字も大変歪んでいました。


 だけど、胸がじんわりと温かくなります。



 お店の皆は、それぞれ違う「生き難さ」を抱えています。それは、「身体的」であったり、「精神的」であったり様々です。


 楓ちゃんには、身体的な不都合はありません。そのため、ロボットは、ゲームのコントローラーのようなもので、操作しています。それでも、ロボットで字を書くという事は、とても難しい事です。


 皆の中には、身体の動かせる箇所が限られる人もいるでしょう。


 もしかしたら、顎でロボットを操作しているかもしれませんし、目線だけでロボットを操作しているかもしれません。きっと、ロボットを動かす事でも精一杯の人だっているでしょう。


 それなのに、自分なんかのために、手紙を書いてくれた……。


 たった一文、たった一文字書くのに、多くの時間を要したことでしょう。



 そして、楓ちゃんは、千羽鶴も改めて見詰めます。

たった20羽しかいない千羽鶴。


 酷く歪んだ鶴もいます。

 潰れかけの鶴だっています。


 ですが、これも1羽折るのに——

 いいえ、一折するためだけに、一体どれくらいの時間を要したのでしょうか。


 そんな苦労を惜しまず、自分なんかのために折ってくれた……。


 楓ちゃんは、皆の優しい想いを抱きしめるように、折り鶴と手紙をそっと抱えました。


 とても軽く、無機質な紙のはずなのに、程よい重さと、体温のようなぬくもりを感じます。


 それらが、あなたは独りではない、と教えてくれているような気がしました。



 そして、楓ちゃんは、「仲間」が待っているあの店に、あの喫茶店に、もう一度行きたいと思いました。



 私はいきたい——。




 そんな思いで、自室へ上がり、再びパソコンの前に座ります。


 電源を入れると、機械音が鳴り、電子音がお店へ送り出してくれます。


 楓ちゃんは、人間である事を嬉しく思い、もう一度お店へ行く決意をしました。







 12月の初め。


 朝礼の時、店長のヨネリンから楓ちゃんが正式に退職したと、お話がありました。ヨネリン宛てにメールが届いたそうです。



——大切な仲間たちへ。手紙と千羽鶴、ありがとう。




 希空はその知らせを聞いて、少しだけ落ち込みました。しかし、手紙も千羽鶴もちゃんと彼女のもとに届いたようで、それがせめてもの救いでした。

 




 朝礼後、希空はレン君と共に開店準備のため、掃除をします。


 希空がテーブル拭きで、レン君が床掃除。以前は、楓ちゃんもいたので、掃除はあっという間に終わりましたが、2人だけになると、少し時間がかかってきます。


 しかし、こんなことでは楓ちゃんが心配してしまう、と希空は思い、なるべく仕事が早く出来るように頑張りました。


 そのおかげか、11時の開店に少し余裕をもって終えられるようになってきました。





 11時なると、店長のヨネリンが、お店の前に看板を出します。


 開店と同時にお店にやってくるのは、たいていゲストハウスを営むアメリカ人のニックです。


「Hey!」


 ニックは楓ちゃんのファンでした。しかし、楓ちゃんがお店に来なくなってからも、お店に通ってくれています。


「いらっしゃいませー」


 希空が対応すると、ニックは少し困った顔をします。


「OH。今日も、楓ちゃんは、いないのかーい?」

「そうなんです……。楓ちゃんは、お店を辞めてしまったんです」


 希空が申し訳なさそうに言うと、ニックは少しの間、口を閉ざしました。


 きっと、ショックで、返す言葉もないのだろうと、希空は思いました。


 しかし、ニックは予想に反して、明るい表情で口を開きます。


「そうですか。残念ですが、仕方ありません。彼女は、次のステージへ進んだという事なのでしょう。それは、喜ぶ出来事で、応援すべきことでーす!」


 希空は、アメリカ人のニックの言葉が、とてもポジティブな感じがして気に入りました。


 確かに楓ちゃんは、お店を辞めてしまいました。きっと、あのときの怖い体験のせいでしょう。


 しかし、楓ちゃんは、メールの最後に「ありがとう」と残しました。それの意味するところは、想像でしかないですが、「次に進む勇気をくれて、ありがとう」という解釈だってできます。少々、無理やりでしょうか。


 それでも、楓ちゃんは、きっと次のやりたい事や行きたい所へ向かっているのだと、希空は思う事にしました。





 ニックが席に着き、希空がコーヒーを運んでくると、次のお客さんがやってきました。


 カランコロン——。



 お店のドアを控えめに開けて、やってきたお客さんは、長い髪を一つまとめにした、猫目の女の子でした。


「いらっしゃいっ!」


 レン君が元気よく対応します。


 女の子は、恥ずかしそうにペコリと会釈をすると、慣れた手つきでタブレットを操作し始めました。そして、2人掛けの席を選び、レン君に案内される間もなく、自分で選んだ席へと向かいます。


 それから、女の子は、これまた慣れた様子で紅茶を注文します。



 紅茶を待っている間、女の子はソワソワ、モゾモゾ……時々、顔を上げてチラリ。



 どうやら落ち着かないようです。きっと、初めてお店に来たのでしょう。


 ですが、タブレットを操作する手つきは、慣れた様子でしたし、席の位置もよく分かっている様子でした。希空は、首を傾げられないけれど、不思議に思いました。


 そうしている間に、レン君が紅茶を運んできました。女の子は、ペコペコと頭を下げながら、レン君に「どうぞ、取って下さい」と言われる前に、自分で紅茶を取り上げます。やはり、このお店に詳しいようです。


 しかし、女の子は、猫舌らしく、熱い紅茶に苦戦しました。


 どうにか紅茶を飲み干した女の子は、いつまでもペラペラと喋っているニックよりも先に席を立ち、素早く会計を済ませます。そして、また控えめにお店のドアを開けました。


『ありがとうございました』



 声を合わせたレン君と希空が、彼女の背中を見送ります。すると、女の子はいったん立ち止まり、振り返りました。


 そして、俯き加減ですが、小さく唇を動かして、言葉を返します。



「……みんな、ありがとう」



 とても小さな声でしたが、まるで子猫が喉を鳴らすような、とても可愛い声でした。



 なぜでしょうか。


 希空は、不思議と初めて会った気がしませんでした。


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