シャンバラ
「はぁ…まさか、サイボーグになる日が来るだなんて…。リリン共!!絶っっっ対、許さない!!」
医務室でエリーが怒号を上げる。彼女の右腕と左足には、RASがかつて開発していた最新鋭の義手と義足が接続されており、その傍らではローズがそれらの調整をしている。テスト段階であり、まだ、実装はされてはいなかったものの、生体の神経をそれらの疑似神経と接続することで、自らの意志でほぼ思いのままに稼働させることが可能となる生体工学の結晶であった。
「ちょっと黙っててくれない?」
彼女は気怠そうにエリーにそう促す。それが気に食わなかったのか、エリーは彼女に食って掛かる。
「ああ!?こっちは手と足を失ってんのよ!?アンタらのために戦って!!それなのに何だ、その口ぶりは!?」
「…はぁ~…」
そう捲し立てる彼女に対して、ため息をつきながら無視しつつ義手と義足の調整を進めていく。既にエリーの腕と足の神経と、義手と義足の疑似神経とは接続されているため、普段の生活に支障が出ないような出力を探っていた。
「さて…どうかな?…エリー、腕と足を動かしてみて。」
エリーはむすっとした表情のまま、言われた通りに動かしてみる。
「どう?違和感はない?」
「…ちょっと、力み過ぎるというか。」
「そうか…なら。」
ローズはエリーの言葉を頼りに細かい調整を行っていく。エリー達が戻ってきてから約2週間が経っていた。彼女が今ここにいるのはジェイドのおかげで、最終的に上位種にとどめを刺したのは彼女であった。
倒したものだと思っていた上位種"見えざる手”が起き上がり、セブンス、ルナをはじめ、気絶していたエリーをその手にかけようとした時、発砲音とともにその頭部を弾丸が射抜いた。それは連絡が取れなくなっていたジェイドの放った銃弾であった。
彼女とアンバーは見えざる手から投擲された巨大な瓦礫に押しつぶされることはなく、奇跡的に彼女たちが陣取っていた高台の隙間に隠れることができたため、セブンスたちを襲おうとした“見えざる手”から彼らを救うことができた。
そのような不測の事態もあったが、誰も欠けることなく、そして、上位種を打ち倒すという多大な成果を上げ、胸をなでおろしていたエクスシスであったが、そこからは激動の日々だった。その渦中で、エリーが目覚めたのはそれが落ち着き始めた3日前ほどだったのだが。
それからさらに数日後、会議室でエクスシス含め全てのNRAS高官と、政府要人を交えた重要な会議が進行していた。
「フィリア博士の残した遺産ともいうべきウイルス兵器は、上位種に対して有効であることが分かりました。前回の実戦から、上位種“見えざる手”の名の元となった能力、不可視の手を可視化し、結果的には弱体化を引き起こしました。」
エクスシスはその映像をスクリーンに投影する。セブンスたちにあらかじめ備え付けていたカメラの映像であり、その現場を如実に映し出していた。それに驚きの声を表す要人たちであったが、その内の一人が彼に質問を投げかける。
「素晴らしい成果ではある。しかし、だ…その能力を完全に封じるまでには至らず、依然として、上位種の力は強大なまま。結局のところ…エリーやルナ、そして、パンゲアの様な特殊な能力を持つもの以外では太刀打ちできないのではないか?」
彼の指摘はもっともであったが、容易に予想できるものでもあった。エクスシスはすぐにWeb参加のレナートへと合図する。
『あれからこのウイルスの作用機構を解明するため、セブンスたちが持ち帰ってきた上位種“見えざる手”のサンプルを用いて研究しました。』
彼女は抽出したタンパクの電気泳動結果を投影する。ウイルス感染させたサンプルと未処理の対照サンプルを泳動しており、複数のバンドが確認できるが、ウイルス感染させた方ではある一部のバンドが消失していた。
『これはウイルスDNAが宿主のDNAに組み込まれた結果、本来、発現するはずのタンパクをコードする遺伝子がジャンクになった可能性が非常に高く、そして、これは不可逆的なものだと考えられます。さらに…。』
彼女はスライドを次へと送る。それはウイルス感染させたサンプルの経過観察動画であった。数分程度では変化がなかったものの、20~30分を超えたあたりで組織が所々崩壊し始め、8時間を超えたあたりで原形を留めないほど組織が破壊されていた。
「これは…!?」
『御覧の通り、感染させたサンプルの組織は破壊されていきました。これを受け、下位種、中位種、そして、再度、パンゲア等のLILITH遺伝子を持つものの組織の一部でも試してみたところ、同様の結果となりました。これは即ち、ウイルスDNAが挿入された箇所はリリンのようにLILITH遺伝子を持つ個体にとって必須な遺伝子であることを示唆しています。』
この結果に政府要人は驚きを隠せないでいた。
「我々は遂に、突破口を見つけたと言っても過言ではありません。ただ、前にも説明したとおり、ウイルスを大量生産するのにはかなりの時間がかかります。そのため、このウイルスを増産するためにより多くのリソースを割きたいと考えています。」
エクスシスがそう続けると、彼らは顔を見合わせた後に応える。
「容認しよう。しかし、現状を極力維持しなければならない。市民たちにフラストレーションが溜まり、暴動を起こされたら元も子もないからな…。RASの研究所を押さえ、保管されている資源を確保することを第1優先とする。」
「そして、ウイルス兵器の大量生産を達成できた暁には…領域:異界への本格的な進行を目指す。」
―領域:異界。それは、衛星グングニールによって確認された黒色の触手状の組織に覆われた一帯を指し、そこには複数の巨大な有機の塔が聳え立ち、数多くのリリン、とりわけ上位種が跋扈している異様な領域である。それは南北を繋ぐよう大陸を複数覆っており、西の研究所への進行を阻む大きな障害となっている。
以前は上位種への対抗手段がないため放置せざるを得なかったが、フィリア博士のウイルス兵器が功をなしたため、この領域に踏み切り、西の研究所を目指す計画が出てきていたのだ。
「先を急ぐのは分かりますが、それよりも優先すべき事項があります。」
エクスシスは彼らの話を遮る。
「…何だ?」
彼らは眉をひそめながら窺う。彼はスクリーンに衛星画像を表示する。それは南方に位置する施設であり、巨大なドーナツ状をしている。そして、その拡大画像にはその施設に入ろうとしているギルバードの姿が確認できる。それは数回に渡って記録されており、彼がここを根城にしている可能性が非常に高かった。
「ギルバード…!!」
「こんなところにいたのか!!」
政府要人たちにざわめきが走る。
「これは領域:異界を経由しない近傍のRAS研究所を調査した結果、発見した場所です。表向きは別組織である欧米連合医用新薬開発組織ヘルメスの研究施設の様ですが、実際はスペンサー管轄の秘密研究所…シャンバラです。」
「何だと!?ヘルメスはRASとは協力関係を築いてはいなかったはずだが…。」
「我々の数人はここに何度か立ち入ってはいたのだが…情報をひた隠しにされていたようだな、全く…!」
彼らはしきりに憤りを露にするとともに、焦りを覚える。実際のところ、彼らはRASの動向、とりわけ、その長官であるギルバードを注意深く監視していたのだが、その全てを出し抜かれていた。それを表すのはつまり、彼ら政府要人の中にも彼の協力者がいるということで、今も彼らの中に紛れている可能性がある。
「…後顧の憂いを断つ必要がある。我々…そして、君らも。」
一人が口を開く。彼は要人の中でもかなりの重役であるようで、彼が口を開くと他の者たちは沈黙を保つ。
「渦中の原因である、ギルバードの抹殺を優先事項とする。異論はないな?」
彼らは静かにうなずく。
「ギルバードの抹殺に向け、部隊を編成します。この作戦のために、現状、最後のウイルス兵器を使用しますが…よろしいですね?」
「うむ…許可しよう。身中の虫を探し出すのはその後…まずは、原因を叩き潰す。」
―
――
―――
「スコールじいちゃんと一緒に…貴方もここを去るの?」
「すまない…義父の判断だ。次期長官として、RASの全てを運用するために、ここに留まり続けるのは良くないとのことだ。…義父も友人と言えども、あの狂人にここを任せるのは結構不安なようだ。暫くの間、君を冷凍保存することにした。」
「そう…。」
「心底、申し訳ないと思っている。」
「いいよ。仕方のないことだし…でも、約束は忘れないでよね?」
「…ああ。」
―約束したのに…
「…夢、か…。」
ギルバードはベッドの上からだらりと起き上がる。彼は頭を抑えながら、ゆっくりと立ち上がり、机の上に置いてある試料を見る。彼はそれを見るや否や苦笑いし、乱暴に机の上を払いのける。
「……。」
彼は壁にもたれかかり、そのまま、床へと座り込む。
「…結局、私は……。いや、まだ望みはある。」
彼は立ち上がり、ガラス越しに眼下を眺める。そこには巨大な生命の樹が描かれた構造物があり、セフィラにあたる部分が1つを除いて淡く発光している。
「彼らが十分に育つのに、まだまだ時間がかかる。彼らが目覚めれば…。」




