母の眠る場所
数日後、スペンサー・タワーと地下にある施設の調査のために部隊が派兵された。タワー本体を調査するアイリス隊長の部隊と地下施設を調査するアラン隊長の2部隊編成され、アイリスの部隊にジェイド、アンダーが、アランの部隊にルナとエリーが組み込まれている。
タワーまでかなりの距離があるため、戦闘用車両を使用した移動が提案され、倉庫に放置されていた幾らかの車両を調整、改造して用いることとなった。
車両は快調に速度を上げていき、タワーへと順調に近づいていく。目に見えたタワーの頂上近くの部分は崩壊しているが、それ以外は特に目立った損傷はなく不気味なほどに元の姿を保っている。
「……やけに静かだな。」
アランが窓の外を見ながらそう呟く。車両での移動のため、騒々しい音を出しているのだが、下位種が現れるような様子が一向にない。辺りの静けさに増して異様な雰囲気が彼らを取り囲んでいた。
「……。」
エリーは銃座でタワーの頂上を見つめ、あの時のことを思い出していた。彼女の脳裏にブレイドの顔が浮かぶ。逃れられぬ死という結末に彼は、一切恐怖しておらず、最後に見せた表情は穏やかなものだった。
半ば彼の死を受け入れられていなかった彼女はタワー周辺の調査をエクスシスに申し出たが、当然ながら却下された。
「…ケチが…。」
彼女は小さくそう呟く。
「懐かしいね、ジェイド。」
「そうね…アンバー。」
眼前へと迫ってくるスペンサー・タワーをジェイドとアンバーが眺める。数年前、彼女たちはラスカー研究所から保護され、ここに連れてこられた。セブンスの下、数か月間の厳しい訓練を経た後は別の施設へと移されたため、短い滞在期間ではあったのだが、強く記憶に残っていた。
タワー内は落ち着いた基調に豪華な装飾が成されているのだが、無機質さを感じるような殺風景で、彼女たちが住んでいた上層にはほとんど人は出入りしておらず、生活音などはほぼ聞こえなかった。まるで、自分たち以外誰もいないような異様な雰囲気が常に彼女たちを包み込んでおり、底知れない冷たさが纏わりついていた。
彼女たちは基本的に部屋の外に出るのを禁じられており、彼女たちが部屋を出るのは訓練の時と、最後にここを去る時だった。このタワーから他の施設に移る時、ギルバードとの初の面会を受けたのだが、その冷徹さを纏った第1印象とは裏腹に優しげな口調が彼女らの記憶に焼き付いていた。
ジェイドとアンバーがタワーの思い出に浸っている内に、部隊はそこへと到着した。彼らは警戒しつつタワー内部へと侵入する。エントランスホールは物が散乱してはいたものの、当時を思わせるような荘厳さを残していた。
アラン達はエレベーターへと向かい扉をこじ開け、その下層を覗く。
「かなり深そうだな。」
「そりゃそうでしょ。地下500メートルって言ってたし、それなりに深いでしょ。」
下を眺めるアランにアイリスがそう言う。彼は苦笑いして、降下用のロープを下へ下へと垂らしていく。
「こっちに構わず、お前たちはタワーの調査を進めろ。」
「了ー解。ほら、皆行くよ。」
アイリスの部隊はアランの部隊を離れ、上層へと進んでいく。彼女たちの足音が聞こえなくなったところでロープが最下層へと降りる。
「よし…降下するぞ。」
ロープを伝い降りていくと、淡い光が漏れる扉が最下層に現れる。彼らがそれをこじ開けると、ブラストドアがそこにあった。それを確認したアランはエクスシスに連絡を入れる。
「エクスシス長官…やはり、秘密の施設がタワーの下にありました。中に入りたいところですが…セキュリティパスが必要なブラストドアで阻まれています。」
ブラストドアの横にはパスコード入力装置が付いている。
『暗号抽出装置を使用し、それをこちらに送信しろ。』
「了解。」
彼は隊員に指示を出す。パスコード入力装置の外装を外し、端末の接続部を挿入する。暫くして、アランの端末にエクスシス達が解析したパスコードが送信される。
「よーし…お前ら構えろ。開錠するぞ。」
彼はそう言ってパスコードを入力する。ブラストドアが音を立てながら、ゆっくりと開いていく。冷たい空気が流れ込み、開いた扉の先には白い無機質な壁があり、そこには”Institute of the ABYSS”と赤い文字が書かれていた。
「…深淵か…。」
部隊は警戒しながら施設の中へと足を踏み入れる。すると、ルナとエリーはあの異様に懐かしい気配を強く感じ始める。
「これは…!」
「間違いないわね。」
「…どうした?」
彼女たちの異変に気付いたアランが訊ねる。エリーはにやにやしながら彼に伝える。
「喜びなさい!ここに来たのは無駄じゃなかったってわけよ!」
「彼女は…確実にここにいます…!」
―Institute of the ABYSS メインセキュリティルーム
メインシステムコンピューターが再起動する。中央に吊り下げられた巨大モニターにアランの部隊たちが映し出される。画面に文字が羅列される。
………Facial Recognition……Mismatch……Intruder
……Activate……Eleoa Hekatoncheir………
アランの部隊はルナとエリーの後方をついて行く。彼らは半ば彼女たちに懐疑的であったが、迷いなく進んでいく様を見て、しばらく彼女らに従うことにした。
「……?」
道中、アランは度々現れる研究室らしき部屋を確認する。中に入ってみるものの、研究室とは思えない簡素な部屋で、PCと小さな遠心分離機が置いてあるだけでほぼすべての部屋がそのような感じであった。
「秘匿された研究所にしては、随分簡素だな…。」
彼は眉をしかめながらそう呟く。研究所内は想像とはかなりかけ離れた様相であり、妙な不安感がぬぐえない。侵入して既に長い時間が経ってはいるのだが、何かしらのセキュリティが起動した様子も感じず、防衛用生体兵器すら現れない杜撰さだった。
そんな違和感を覚えながらも、彼らはセキュリティロックのかかったブラストドアの前に着いた。
「この扉の下から、LILITHの気配を大きく感じるわ。」
「…ここに入る時と同じセキュリティロックがかかっているな。少し待て…長官に連絡をする。」
アランはエクスシスに連絡し、パスコードを受け取り開錠する。開いたドアの先には半径5 mほどの円形をしたエレベーターがあり、それはさらに下層へと繋がっているようだった。
「別の気配も感じます。…とても、いやな雰囲気がします。」
ルナが不安げにそう口走る。
「ここまで、難なく進むことができたが…正直なところ、肩透かしな感じをしていた。元長官の根城の下に秘匿されていた施設…。侵入者撃退用の生体兵器の1つや2つ、襲ってくるとは思っていた。」
彼は心境を語る。
「恐らく、この施設では何か重要な研究などは一切してなく、LILITHを保管するためだけに建てたものだと思う。そして…それを守るために、この下に門番を備えているのだろう。」
「門番ねぇ…。ここまで侵入させておいて、よっぽど、それに自信があるのかしら?」
「何が待ち構えていようが、俺たちは進むだけだ。…行くぞ。」
彼らはエレベーターへと進み、下層へと降りて行った。
下へ進むほどにルナとエリーにはLILITHともう一つの気配が強まってくる。しかし、それと同時に下層に御座する何者かにも、彼女たちの気配は察知されていた。彼女たちが下層へと近づき、その気配が強まるとそれを取り巻く巨大な機械が稼働する。
「…あの人の邪魔は…させない。」
「……。」
下層に近づくにつれて、ルナの胸中は不安で満たされていく。この先に待ち受ける何かに、今まで感じたこともない恐怖を覚えていた。それは上位種飛行型N.E.O.Sと対峙したそれを遥かに上回るものだった。そんな彼女とは対照的に、エリーは楽観的に構えていた。




