転機
応接室でエリーはこれまでの経緯をシャオロンと朝倉、神崎に説明していた。ブレイドは自分をかばって死に、スペンサー・タワーの屋上から吹き飛ばされた彼女は、ノメリアに救われ、その後の行動を共にした。
彼女とノメリアは黒い九尾のような怪物に襲われそうになったルナ達を逃がし、それと戦った。
「少し戦って、すぐに無理だってわかったわ。…桁違いの強さだった。」
「…具体的には?」
朝倉が真剣な表情を向ける。エリーは首を横に振りながら答える。
「もう、何でもありって感じよ。あの巨体で瞬間移動はするは、エネルギー弾を放ってくるはで手の打ちようがなかったわ。悔しいけど…傷一つ入れることもできなかったわ。」
彼女は当初の事を思い出しながら、そう続ける。
「結局、建物の中に逃げ込みながら、何とか難を逃れたって感じ。街中じゃなかったら、確実に二人とも殺されてたわ。」
溜息をつく彼女にシャオロンが気になることを訪ねる。
「ちょっと一つ聞きたいんだが…そのノメリアはどうしたのカ…?」
その質問をされた彼女は暗い顔をしていた。
「……無事に逃げられたワケじゃなくて…ね。実際、何事もなく逃げ切れたと思っていたんだけど、あの化け物の攻撃を受けていたみたいでさ。」
彼女はそれ以上語らなかった。九尾から逃げた際に、ノメリアはそれの攻撃によって重傷を負い、そのまま亡くなったと思われる。
それから、エリーはリリンたちの攻撃から逃れるために一人で街中を転々とし、偶然見つけた放棄されたRASの中規模の研究所で生活をしていたとのことだった。彼女が身を隠していた研究所の近辺は上位種の生息地であったため、下手に外に出ることが出来ず、RASアメリカ本部へ向かうことが困難だった。
そして、数日前、上位種の生息域から脱出し、それらのいない街中を歩いていたところに赤髪とエミリアに出会ったのだった。
「色々と大変だったかもしれないけど…また、会えてよかったヨ!」
エリーの話を一通り聞いたシャオロンが満面の笑顔でそう言う。彼女はそんなつもりはなかったのだが、浅羽を失った手前、感情を抑えきれていなかったようだ。
「え…お、おう…喜んでくれるのは嬉しいけど…そ、そんなに?」
「……ま、まぁ…あれだ。君の話を聞くに、安心できる時がなく、とても疲れているだろう?エクスシス長官から次の指示が降りてくるまで、休息をとるべきだ。」
朝倉がそう切り出す。神崎の手前、エリーが無理に明るく振舞っているのを彼は薄々気づいていた。それを聞いたエリーは立ち上がろうとした時、何かを思い出したのか、神妙な顔をして朝倉たちに口を開く。
「…ノメリアさんから…最期に聞いたことなんだけど…。」
「うん…?」
パンゲアのセブンス、そして、赤髪との面談を終えたエクスシスは、長らくある作業を任せていたリカルドの下へと向かっていた。
戦力面ではエリーと元RAS長官の専属私兵であるパンゲアにフィリア・ラスカーが作成した二人の少女、そして、Queenの生き残りのエミリアが。技術、科学担当面では赤髪がNRASに加わることとなった。
死者を出さずにリリー研究所の確保、そして、ギルバードと飛行型の上位種の撃退という今までは到底考えられない成果が上がり、エクスシスはようやく運がこちらに向いてきていると感じた。
「長官…良い知らせがある。すぐに、通信制御室に来てくれ。」
興奮を抑えきれない様子でリカルドはそう言っていた。エクスシスは期待を胸に足を速める。色々と整理したこともあったのだが、リカルドに頼んでいた仕事は今後の活動に大きくかかわる部分であったため、それらのことは後回しとなった。
通信制御室に着くと目の下にクマを作ったリカルドが、フラフラとした足取りで彼を迎え入れる。
「ようこそ、長官!臭いがきついかもしれないが、我慢してくれ。」
色々と限界を超えているせいか、カラ元気で若干テンションが高いリカルド。もう何日もシャワーを浴びていない彼からは、きつい臭いが漂っている。
「…ちゃんと休憩は取るように言っていたはずだが?」
「まあまあ…そう、言わないでくれ!今日からたっぷり休ませてもらうからな、ハハハハ!」
彼は高笑いしながら、モニターのボタンを押す。そこには青い地球の姿が映し出される。それを見たエクスシスは驚きの表情を見せる。
「まさか…RASの衛星を?」
「それも幸運なことに…数十ある通常の衛星ではなく、唯一、攻撃性能も併せ持った神の槍こと“グングニール”だ。これを最初に確保できたのはでかいよな!?」
衛星“グングニール”は対地攻撃型高出力レーザー兵器を搭載した、RASの秘密兵器であり、その存在はRAS高官と合衆国政府の一部にしか知らされていない。主要な研究所がテロ組織に占拠された際の運用を想定しており、これまで何度か起動の一歩手前まで入ったのだが、結局、世界からの非難を危惧した政府要人から了承を得ることはできなかった。
グングニールの起動にはRAS長官か副長官のエクセルサスコードが必要であり、それ以外は一切受け付けない仕様となっている。グングニールを含めRASの全ての衛星はあの日以降に、通信がロストしており、その復旧作業を各国NRASと政府の連絡及び運用に関する主任に就いたリカルドが担当していたのだった。
各国のRAS主要研究所との通信を復旧させるだけでは物足りないのと、その先に進めないだろうと考えた彼はエクスシスには知らせずに、独力で衛星との通信を回復させたのだった。
「…君の働きは高く評価するが…別の作業をするのなら報告してくれ。今回は上手くいったが…責任が取れないのでね。」
「すまん、すまん!次からは気を付けるよ!」
「…まあ、いい。とりあえず、しばらく休んでくれ。」
不気味な笑顔でフラフラとしているリカルドの体を案じて、エクスシスは休息を促す。彼は危なっかしい足取りで、出口へと向かう。部屋を出る前に彼はエクスシスへと振り返る。
「君も…ちゃんと休めよ!」
不釣り合いな笑顔でウインクし、親指を立てて、そのまま部屋を出ていく。
「…お気遣いどうも。」
彼は小さくため息をついた後、衛星グングニールがモニターに映し出す青い星を眺める。それは彼が子供のころに見た時と変わらぬ美しさだった。
「…何も変わらないな…。地上は、あんなに変わってしまったというのに…。」
地上で何が起ころうが、地球は変わらず回り続ける…深い青さを讃えながら…。人間の存在などちっぽけに感じる。地上で生まれたすべての生命に地球は中立だ。そして、人間を含めた生命はこの星を超えることなどできやしない。
エクスシスはずっとこの考えを持っていた。それは彼の信条であり、不変のものだった。
「お姉ちゃん…!良かった…!良かった…!」
「ちょっと、真輝…苦しいよ。」
目が覚めたルナに弟の真輝がぎゅっと抱き着く。彼は目に涙を浮かべていた。
「容態は良くなったようですね、ルナ。」
「レナートさん!」
突然、医務室にレナートが入ってくる。真輝に抱き着かれているルナはそれを彼女に見られ、顔を赤くする。
「ちょ、ちょっと、真輝!レナートさんが来たから、離れて。」
半ば強引に彼女は真輝を引き離す。その様子を見て、レナートは静かに微笑む。
「重体だったので心配していましたが、その様子だともう大丈夫そうですね。…私はお邪魔みたいですので、これで。」
そう言って、家族水入らずのところを立ち去ろうとするレナートをルナが呼び止める。
「あ、待ってください!」
「ん?」
彼女はベッドの横に置かれてあったカバンの中から何かを取り出す。それはリリー研究所の不気味な部屋で見つけたフィリア博士とサラ研究員の交換日記と、”Senoy”と刻まれた小型のカプセルだった。
「リリー研究所で見つけたものです。…なんだか、とても大事なものだと感じて…。」
「…そうですか。では、これは預かっておきましょう。」
彼女はルナから受け取った日記に目をやる。幾らかのページをめくった後に、何気なくルナに聞く。
「全部に目を通しましたか?」
「い、いえ…何か、途中で気味が悪くなって…すみません。」
「そうですか。まあ、いいです。長官に渡すようにします。それでは失礼しますね。」
素っ気なく彼女はそう言って部屋を出る。
「綺麗な人だったね…」
真輝が呆けた顔でルナに言う。
「長官、今どこにいます?」
レナートは廊下を歩きながらエクスシスに無線を入れる。先ほどルナから受け取ったものを渡そうと彼を探していた。
『通信制御室にいる。何か用か?』
「まず、報告ですが、ルナが意識を取り戻しました。容態も問題なさそうです。」
『そうか…それは朗報だ。…それで?』
「それで、ルナからリリー研究所で見つけたものを渡されました。一つはまだ、全ての内容は見ていませんが、フィリア博士とその恋人のサラの交換日記のようで…もう一つが、謎の液体が入った小型のカプセルで”Senoy”と金属部分に刻まれています。」
『交換日記はともかく…”Senoy”の文字が入ったカプセルか。ふむ…興味深いな。とりあえず、こちらに来てくれ、以上。』
エクスシスはそう言って無線を切る。レナートは一息ついて足早に通信制業室へと向かう。彼女がそこに着いたところ、何やら部屋の中がにぎわっていた。
「…?」
疑問に思いながらも部屋の中に入ると、職員たちがあわただしく作業をしていた。
「これは…?」
『レナート…こっちだ。』
2階の総管理室で強化ガラス越しにエクスシスとローズの姿が見える。彼はマイクを使って彼女をこちらへと呼ぶ。2階に着くと、そこでも複数の職員たちが機器を操作しており、せわしない状況となっていた。
「一体どういう状況でしょうか?」
未だに困惑しているレナートにエクスシスが説明する。
「リカルドがRASの衛星の一つ、それも幸運なことにグングニールとの通信の復旧に成功した。」
「それは…本当ですか!」
驚きを隠せないレナート。
「今はそれの調整に加えて、他にロストした衛星の通信の復旧と各国のRAS本部の通信アクセスを試みている。」
「通信ロストした衛星へのアクセスは、リカルドが作成した通信増幅装置で行っているわ。RAS衛星の通信ロストは通信装置の再起動時に起きた不具合が原因みたいだから、増幅すれば復旧できるみたい。」
RASアメリカ本部は生存者の避難所となった時から電力不足に陥っており、何度か突発的な停電を起こしていた。そのため、全ての機器は数回再起動しているのだが、その時の一時的な過剰電流によるショートで複数の機器の機能が低下しており、通信装置も例にもれずそうなっていた。
生命に関わるものは優先的に修理されていったのだが、通信関係は優先順位が低かったこともあり、後回しにされた結果、大部分の機能が不可逆的に停止していた。
「いくつかの衛星は捕捉したけど…再通信の際に、パスコードが必要なのね。」
「ランダムパスワードですね。RAS衛星はセキュリティレベルを担保するために、エクセルサスコードではなく5分ごとに入れ替わるパスワードを要求してきます。そして、そのパスワードを解析後、RAS承認キーを入力して初めてアクセス承認を得ることができます。」
「まあ…理由は分かるんだけど、七面倒臭い方法よね。」
ローズはぼさぼさになった髪をかき上げ、かったるそうな顔をしている。
「それはさておき…レナート?」
「あ、はい。これがそうです。」
レナートは日記とカプセルを彼に渡す。
「”Senoy”か…。」
彼はカプセルを見てそう呟き、日記をぺらぺらとめくっていく。
「セノイって、確か…天使の名前でしたっけ?」
「ああ…リリスをアダムの下へと呼び戻すために遣わされた三天使の一体だ。」
「でも、どうして、セノイだけなんですかね?他に、サンセノイ、セマンゲロフがいるんですが…。」
ローズはそう言って首を傾ける。それに納得しつつも、エクスシスは日記の内容を目で進める。日記はとりとめのないフィリア博士とサラのやり取りが続いていたが、段々と怪しい雰囲気になっていく。
「サラが事故にあってからか、日記の内容が不気味だ……これは…?」
日記の最期のページには次のように綴られていた。
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DATE
TO この日記を見つけた誰かへ
私はこの後、確実に殺される。だから、ここに、記しておく。
長官は現人類の世界を滅ぼそうとしている。…嘘だと思うかもしれないけど、信じてほしい。
私たちの生まれ変わりが、生きる世界を滅ぼされたくない。だから、お願い。
全ての元凶はLILITHと呼称された、超古代生物。アダムの最初の妻の名を与えられた存在。
だから、私はこれに三天使の名を授ける。LILITHの力を抑え込む、この兵器に。
セノイはベースプラスミド、サンセノイはリガーゼ、そして、セマンゲロフは制限酵素。サンセノイとセマンゲロフは地下の冷凍庫に入っているわ。
サンセノイ、セマンゲロフを用いてセノイを特定のLILITH遺伝子の上流に導入することで、これはプロモーターとしても作用し、その結果、1つのオペロンを形成するわ。そして、このオペロンから発現するタンパク質はLILITH遺伝子から得られる強力な能力の大部分を不活化するはず。
私たちのために、上手く活用してね。
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「それは…本当なのか…?」
朝倉は驚きを隠せていなかった。エリーは朝倉の目を直視しながら返す。
「うん…ノメリアさんがそう言っていた。」
「そ、そんなの嘘ネ!!」
信じられないといった表情でシャオロンが叫ぶ。
「そもそも、ノメリアは長官側の人間ヨ!!…こっちを混乱させるために…!!エリーもエリーヨ!!あんな奴を信用するっていうのカ!?」
それにエリーは食って掛かる。
「はぁ!?私はノメリアさんから聞いた事実を話してるだけよ!!そんなこと言われるって、心外なんですけどぉ!?」
「何が事実ネ!!そんなの全部嘘に決まってるヨ!!あんな奴を簡単に信用して…ホントアンタってやつ
は!!」
「あんですってぇ!!?」
「ちょちょちょちょっと、エ、エリー!?」
エリーとシャオロンが対立し、おろおろする神崎。激しい口論に発展しそうな雰囲気を感じた朝倉は立ち上がって二人を制する。
「そこまでだ!二人とも!」
「…!」
「ぐうぅ…!」
二人は依然としてにらみ合っている。
「話し合いはここまでにしよう。…神崎、エリーを連れて部屋に戻ってくれ。」
「わ、わ、分かりました!…エリー、さあ、行きましょう。」
神崎はエリーの腕を掴んで部屋の外へと向かう。エリーとシャオロンは終始にらみ合っており、彼女が部屋を出た後も険しい表情を崩さなかった。
「おい…気持ちは分かるが取り乱し過ぎだ。」
「…」
朝倉はシャオロンに注意する。彼女は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「とりあえず、今日はもう休め。この件は私が長官に伝えておく。解散だ。」
彼は彼女の肩をポンと叩いた後、部屋を後にする。
「…何かの間違えだヨ…。」
彼女は小さくこぼす。
「RAS衛星、R-1及びR-2の通信確保!アクセス良好、全システム正常稼働!」
「良い調子ね。」
ローズは腕を組んだまま満足そうに頷く。通信技術室では順調にRAS衛星の通信を確立していっていた。これを機に、エクスシスはチームを分け、このまま、衛星確保を行うチームと確保した衛星を用いて他国のRAS本部との通信を図るチームを編成する。
「1機は…日本の本部。そして、もう1機は本国の主要研究所へ通信を行ってくれ。許可コードを求められた場合はローズが対応する。頼んだぞ。不測の事態があったら呼んでくれ。」
「了解。しかし…」
ローズは腕を組んで気怠そうに続ける。
「あんなことがあったのに、また、レナートにリリー研究所に行って来いって…中々、鬼畜ですね?」
エクスシスは苦笑いする。
「高官の中でリリー研究所内部に詳しいのは、今のところ彼女だけだ。それに、あそこは第2の拠点とするつもりでもある。この機会に彼女を含め、物資と数十名を移動させる。」
「…しかし、時期早々過ぎやしませんか?もし…ギルバードや上位種が攻めてきたらどうするつもりで?…こちらにはジェノサイダーという強力な切り札がありますが、向こうにはそんなものありませんよ?」
「ゴア・ドールを2体、そして、パンゲアとその同伴の二人の少女をあちらに預ける。それに…フィリア博士のあのノートの内容が事実であれば…。」
「…そう願うばかりですね。」
リリー研究所に送る人物の選定のため、彼は部屋を後にする。また、ゴア・ドールの移送準備のために朝倉に連絡を入れる。
「…私だ。リリー研究所にゴア・ドールを2体移送する。準備を頼む。」
『え?…また、あそこに向かわせるんですか?』
「第2の拠点とするためにレナート含め、数十名を常駐させる。そのためだ。」
『…急な話ですね。独断ですか?』
「まあね…。詳細は後で話すが…リリー研究所にはもう1度向かう必要が出てきた。また、そこに向って戻ってくるぐらいなら、この機会にと…ね。確かに、急なことだとは思うが。」
『…そうです…か。しかし…それは…。』
朝倉は何か言いたげだったが、歯切れの悪そうな感じだった。
「…何か言いたいことがあるのか?この決定への不満か?」
『それも確かにありますが…ただ…』
「ただ?」
彼は重い口を開く。それはエクスシスにとって、かなり意外なことであった。
「…それは…本当なのか?」




