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N. E. O. S  作者: オルトマン
遺産
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些細なこと

 NRASの医務室でルナはベッドで眠りについていた。絶望的な状況かと思われていたが、セブンスが携帯していたエネルギー補給剤を打ったおかげで、彼女の死は回避することができた。医務室に運ばれてきた彼女の意識はなかったものの、自身の産み出した強力な電流で焼き裂かれた腕は完全に回復しつつあった。


「お姉ちゃん…。」

 彼女のベッドの傍らには弟の真輝が椅子に腰かけていた。彼は彼女の手をぎゅっと握り、涙をこらえながら目が覚めるのを待っていた。その様子をドアの隙間からアランが眺めていた。


「心配なんですか?」

 アイリスがにやけながら彼にそう言う。


「部下の様子を見るのも隊長の務めだ。…生憎、先客がいたものでね。他の奴をあたってくる。」

 彼はそう言ってドアから離れ、この場を後にしようとする。そんな彼の背中を見て彼女は鼻で笑う。


「意外とデリカシーがあるんですね、隊長。」



「神崎さああああああん!!」

 応接室でエリーが神崎に抱き着いていた。


「エリー!!良かったあああ!!」

 感動の再会と言わんばかりに抱き合う彼女らを、若干引き気味に冷めた目でシャオロンと朝倉が見ていた。このままでは埒が明かないと感じた朝倉は咳払いし、注意をこちらへと向けさせる。


「えー…再会を喜ぶのは結構だが、そろそろ、本題に入っていいかな?」

「少しぐらいいいじゃない、ケチ。」

 不満そうな顔で朝倉を睨みつけるエリー。


「まあまあ…。」

 神崎はすぐに慣れた様子で彼女を落ち着かせる。エリーはやれやれといった具合に姿勢を直し、朝倉たちに訊ねる。


「…これまでの経緯を話せばいいんだよね?」



「改めて聞くが…君はギルバードの専属私兵“パンゲア”で間違いないな?」

 NRAS尋問室でエクスシスはセブンスにそう話す。強化ガラスで隔てられた部屋で椅子に座る彼の横には武装した強化兵が立っている。彼に敵意はないのは分かってはいたのだが、念のための措置として朝倉から提案された。


「ええ。その通りです。私はそのリーダーのセブンスと言います。」

「残りの男と少女だが、彼らもそうなのか?」

 キルギスが彼に質問する。その問いにセブンスはきっぱりと答える。


「少女たちはパンゲアではありません。そもそも、我々のパンゲアの印はこの刺青です。」

 彼は自分の右目から右頬にかけて刻まれた、逆十字の刺青を指さす。エクスシス達が唯一知りえているパンゲアの情報がそれだった。


「これは反神…そして、不相応を現す証です。反神はあの人が根っからの進化論者であるため。そして、不相応というのは、我々があの人と同じ種になりえなかったことを意味しています。」

 彼のその話を聞いて、エクスシスは確認するように彼に言う。


「君らはそもそも、兵器…あるいは私兵として作成されたものではないということか…?」

「…ええ。元々、我々はLILITHの持つ常染色体とは別に、細胞核内に存在する9つの特殊染色体の性質を調査するために作成されました。当時、LILITHはXと呼ばれていたため、我々は導入された特殊染色体の番号をつけられ…例えば、私はX-7と名付けられました。」


「それでセブンスか…。ならば、君らパンゲアは9体存在するということかね?」

 キルギスが確認する。それにセブンスは首を横に振る。


「特殊染色体を導入された受精卵は基本的に胚発生は進んでいきますが、そのほとんどすべてはテラトマ体となり、人の形になることはありません。我々はX-O(オリジン)と名付けられたLILITHの常染色体上にあるいくらかの遺伝子を導入して、奇跡的に生まれた女性の卵細胞に特殊染色体を導入することによって作成されました。…それでも、人の形で生まれることができたのは私を含め4人ですが。」

 そう説明する彼の表情は曇っていた。


「4人?残りの一人は?」

「……あの人を裏切ったため、私に抹殺命令が下され…それを実行しました。」

「…そうか。オリジンはまだ生きているのか?」

 エクスシスのその問いに、彼は目を伏せる。暫し沈黙した後、口を開いた。


「彼女は…数日前に亡くなりました。」

 若干、その声は震えていた。エクスシスは彼の態度から、彼とオリジンとの関係を察し、それ以上言及することを止めた。


「…なるほど、奴のLILITH関係の研究の原点はそこに在るのかもしれないな。恐らく、”Queen”も君らの研究が基礎になっている。まあ、その詳しい内容は後で赤髪から聞けばいいが。」

 エクスシスはそう言った後、態度を改め、真剣な眼差しをセブンスへと向ける。


「…本題に入ろうか。…君は鬼亡村のことは知っているな?」

 それを聞いたセブンスは驚いた表情を見せる。


「どこでそれを…?」

「詳しいことは省くが、我々はスペンサー・タワーのデータサーバに保存されていた鬼亡村に関する実験記録を入手している。その記録を見るに…奴はその村を襲い、村人全員を人体実験に使った…一人の少女を除いて。そして、この時期を境に奴は現人類抹消を計画したと。」

「……。」

「この村で何が起きたのか…この少女は何者なのか…。なぜ、あの人は…。」

「カオリの…事ですね。」

 セブンスがそうこぼす。


「カオリ…?」

「今でもはっきりと思い出せます。…あれほどまでに、怒り狂い、嘆き悲しんだあの人の顔。そして…無残な姿になったカオリ…響き渡る村人たちの悲痛の声。黒き九尾の伝説は、それを利用する愚か者によって幕を閉じたのです。」

 彼は確認するようにエクスシスに聞く。


「…黒き九尾の伝説については、既にご存じですよね?」

「ああ。」

 エクスシスの脳裏にその伝承が浮かぶ。鬼を滅ぼす黒き九尾、それはその村の守り神であるように描かれていたのだが。彼の話を聞いていくとその村の全貌が明らかとなってきた。


 鬼亡村は凄惨な差別を受け、迫害された者たちが作った村であり、ギルバードによって滅ぼされるまで村からは一切出ずに旧世代の暮らしを続けていた。この村では、ある一族が実質的な支配者であり、彼らは自分たちをこの村の守り神である黒き九尾に見える者とし、自分たちを信仰の対象とさせることで長き間、この村を治めていた。彼らはこの暮らしを止めるつもりはなかったようだったが…。


 国際化に伴う日本の本格的な世界進出が始まると共に、政界がこの村の存在がメディアに触れるのを危惧した。彼らは臭い物に蓋をするように、村の権力者に継続的な財政支援を行う条件として、この村の存在を歴史から消したのだった。


「権力者たちだけが外部とつながっており、彼らは豊かな生活を満喫していたのですが…村人たちは例外です。彼らの衛生状態はそれほど良くなく、度々、流行り病が村に蔓延することがありました。今までは、九尾の儀式でそれを解決していました…それは予め外部から取り入れていた薬品を用いて、それっぽく奇跡を偽装していましたが。」

 彼らは自分たちに都合がいいように、神である九尾を利用していた。外と繋がりの無い閉鎖的な村に閉じ込められた村人は、彼らの起こす陳腐な奇跡を九尾の力と信じて疑わなかった。


「ところが…今までの運が尽きたのか、今回はそうはいかなかった。恐らく、突然変異により耐性を獲得したウイルス、細菌によるものでしょう。彼らは一気に窮地に立たされました。村はすぐにパニックに陥り、暴動を起こす者、九尾に見捨てられたと落胆するもの、伝承に従い、娘を九尾の洞窟に生贄に捧げる者も出てきました。」

 セブンスは深くため息をつく。


「最後の手段として、権力者たちは外部の人間を頼りました。権力者たちは、彼らが到着するまでなんとか時間を稼ぐ必要がありました…丁度その時です。あの人と角の生えた少女…カオリがその近くで出会ったのは。」

 エクスシスとキルギスは後に何が起きるのかを想像した。彼らの表情を察して、セブンスは目を伏せながら口を開く。


「ご想像の通りです。…たまたま、カオリを見つけた彼らは、彼女を悪しき鬼の化身として捕らえ……嬲り殺しにしました。…彼らは適当な理由をつけて、この病を引き起こした許されざる鬼として、怒りの矛先を彼女に向けたのです。角の生えた彼女を鬼と疑わない村人はいなかったでしょう…彼ら、権力者たちを除いて。」

「…吐き気がするほど、胸糞悪い話だ。…しかし…なぜ、奴は村を滅ぼすまでに至ったんだ?それも、村人を一人残らずひっとらえ、人体実験をするまで……とてつもない憎悪を感じるが。そんなに、その少女に何か思い入れでもあったのか?その角の生えた少女に?」

 キルギスが食い気味にそう問う。


「…ええ……カオリはあの人の心の支え…あの人の世界だったのです。」

「世界…?」

 困惑した顔のエクスシスがそうこぼす。セブンスはゆっくりと口を開く。


「それは…」



―それは、些細なことだった。


 ウエストハイランド島から義父のスコールランドと私は、スペンサータワーへと戻った。本当はそのままヘリで別の研究所へと赴くはずだったが、義父からどうしても二人で話したいことがあると。


 長官室で窓から空の彼方を眺めながら、義父から改めて、私の夢を聞かれた。ウエストハイランド島では色々とあった…そのほとんどがあの狂人(ウィッカーマン)に起因するが、それを踏まえて新たに私の想いを聞きたかったのだろう。ちょうど、長官の座を私に引き渡す時もあって。


 改めて聞かれて少し笑ってしまったが、彼の態度はいつもと違っていた。


「人類の繁栄とその幸せを実現することです。」

 その私の答えに彼はこう返した。


「君は…我々と同じ”人間”ではないのに、なぜ…そう願う?」

 私は一瞬、その言葉を疑った。今まで、そんな返答をされたことがなかった。

 …私を試しているのだろう、そう思った。


「私は…人間である貴方に救われ…そして、本来は歩めなかった道を歩くことが出来ました。言葉には表せないほど…感謝しています。この恩は勿論、貴方に…そして、貴方と同じ人類に返したいのです!」

 沈黙が走る。彼は私の目をじっと見据え、振り返った。


「フフ…随分と純心に育ったものだ。男手一つだったが…父親として、誇らしい限りだな。」

 それを聞いて、私は安堵した。やはり、義父は私を試したようだ。


「だが…世界を見てきた私から言わせると、その夢は叶わないものだ…ギルバード。」

「…!?」

 彼の表情は打って変わった。


「多くの人類は…君を受け入れない。人類の歴史は同族の虐殺と迫害の歩みだ。今の時代も…いや、未来永劫…同族間の争い、殺し合いは続いていく。それも、些細な違いからだ。」

 彼は私の様子を窺いながら話を進めていく。


「目の色、肌の色、言語の違い、文化の違い…多くの者は自分が属するものを絶対だと信じて疑わない。そして、それはある日突然、恐ろしいまでの集団心理を招いてしまう。……歴史はいつも繰り返す。昔も、そして、今も。傍から見ればおかしいのは明らかだが、誰しもこれに陥る可能性があり、それは歴史が証明している。」

「義父さん…何を言って…。」

 困惑する私に構わない。


「ギルバード…人間の本質は何年経とうが変わらない。多くの人間は自分の属するコミュニティと違うものに、嫌悪感を抱いている。そいつらを見下し、差別し、嘲笑い、優位に立ちたくてたまらない。」

「どうして…どうして、そんなことを言うんですか!?」

 たまらず私は義父に叫んだ。彼は私をじっと見ている。


「人間は…そんなものばかりではありません!…それは…それは貴方が証明しているじゃないですか!?」

 その私の返答に、彼は小さくため息をつく。


「…ああ、確かに、私のような者も少なからずいる。だが…同じ過ちは繰り返されている。哀しいことに、大衆は愚鈍ですぐに忘れてしまう。」

「……。」

 言葉が詰まって声が出なかった。重い雰囲気と沈黙が我々を取り囲んでいた。彼は立ち尽くす私の姿を見て、苦笑いし再び口を開いた。


「もし、君がその夢を掲げ続けるならば、何れ、大きな絶望に襲われ…苦しみ続けるだろう。どんなに覚悟をしていても、だ。そう遠くないうちに、君は理解する。同族同士でも何年、いや、何百年いがみ合い続ける人類が、どうして、君を受け入れようか?」

 

「人間は残酷だ…。君には、悲惨な目にあっては欲しくない。だから…我が息子よ。…よく聞いてほしい。」



―あの言葉が忘れられない。


 義父が亡くなってから、数年経った。その数か月後、LILITHの研究を日本の研究所に移し、プロジェクトは順調に進んではいたものの、空にかかる厚い八雲のように気分が晴れることはなかった。

 度々、私は開けた近くの森にあった、誰が作ったのかもわからない長椅子に座り、一息ついて、義父の言葉を脳裏に浮かべていた。気付けば、静かなこの場所が気に入っていた。空いた時間を見つけてはここによく訪れた。


 そんなある日、長椅子に誰か座っていた。可愛げな動物の耳の装飾がついた帽子を深くかぶった、12歳程度の少女だった。彼女は私に気づき、こちらに顔を向けた。そんな彼女を見て、少し注意をしようと私は口を開いた。


「人気のない場所に、子供が一人で来るもんじゃない。」

 単なる親切心と一人の時間を邪魔されたくない気持ちが半々だった。


「海外じゃ、誘拐されてもおかしくないぞ。危ないから、早く帰れ。」

「ご、ごめんなさい…ここ、とっても落ち着くから…。」

「フン…私が悪い人間でなくてよかったな。」

 その言葉に彼女は首を傾ける。


「…なんだ?」

「…そんなこと、分かってるよ。」

 意外な言葉が少女から出て、一瞬、面食らった。微笑み、優しい視線を向ける彼女に、私は少しイラついた。何が分かっている、だ。世間知らずの平和ボケしたガキが、知ったような口を。


 …脅して追い払おうと、私は右腕を複数の触手に変化させて見せた。


「これでもか…?」

 目を見開き、今にも殺してしまいそうな表情と低い声で。

…これで私の姿は、少女の目には悍ましい化け物のように映り、すぐに泣き叫んで逃げだすと、そう思っていた。


「ううん…。」

 …どうして、逃げない?


「お兄ちゃんは悪い人じゃないよ。…だって、優しい目をしてるんだもん。」

「!?」

 明らかに、私は動揺していた。なぜ、この状況でそんなことが言えるのか、分からなかった。動揺を隠すために、強い言葉を言い放とうとした。


「!…ほざけ…!!」

「それに…」

 彼女は深くかぶっていた帽子を脱いだ。


「へへへ…私とおんなじ…人間じゃないんだね。…似た者同士…だね?」

 無邪気に笑う彼女の頭には、2本の小さな角が生えていた。それとその言葉を聞いた時、彼女の笑顔の裏にある苦悩が感じられた。


「……それは…?」

「これはね、角なんだ!…私は好きなんだけど…皆は好きじゃないみたいでね…。」

 そう話す彼女の表情は悲しげだった。


「そ、そうか…。それは…残念だ…な…。」

 何かフォローを入れようと思ったが、良い言葉が浮かばなかった。


「でもね、それでいいんだ!」

 彼女は明るい笑顔でそう言う。私はそれに大人気なく反論してしまった。


「…何がそれでいいんだ?自分は何も悪くないのに…長い間、不当に嫌われ、苦しんだんだろう?…なのに、どうして、それでいいんだ?なぜ、そう言えるんだ?」

 義父の言葉が脳裏に浮かぶ。ここ数年、世界を回った。期待はしていたが、あの人の言う通りだった。些細な違いでいがみ合い、殺し合う人間ども。覚悟していたはずなのに、夢は朧気になっていった。


 暗い表情の私とは対照的に、彼女は笑顔で答えた。


「だってね!この角が好きな人を、見つければいいだけなんだよ!世界にはとってもたくさんの人がいるんだし…きっと、絶対、いるんだもん!」

 輝く笑顔で明るい希望を目一杯、彼女は話す。その前向きで、些細な夢は、私の悩みを晴らしてくれた。


 ああ、そうか…。たとえ、私の正体が明るみになり…それで、世界からどれだけ非難され、目の敵になろうとも…私の信じる夢を貫き通せばいいんだ。私を信じる…人々、世界のために。


 唯一信じていた人間の言葉にとらわれ過ぎていたようだ。私は…この世界を…人類を…。


「ね、ねえ…?お兄ちゃんはこの角…好き?」


「そうだな…。嫌いではない。」





――――ユルサナイ



 薄暗い研究室の一室で、ギルバードは目を覚ました。


「……。」

 彼は傷を確認する。あの時受けた傷はまだ、完全には癒えていなかった。彼はふらふらと立ち上がる。


「なんだか…懐かしい夢を見た気がする…。」

 彼は目を閉じて立ち尽くす。


「……カオリ…。」


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