少女の目覚め
ルナは背後から悍ましい殺気を感じた。彼女が振り返るとともに、背後の扉が何かに叩きつけられ吹き飛ばされる。
「ぐあああああ!!!」
吹き飛ばされた扉が数名の隊員に直撃する。彼らは命を落としてはいないものの、重傷を負い、意識を失った。
「な、なんだ!?」
「おい!逃げろ!!」
狼狽する隊員に向って何かが勢い良く伸びていき、彼を捉える。それは気味の悪い不格好な触手であり、捉えた隊員を締め上げる。
「ぐ、ぐああああああ!!!」
アイリスとルナは銃を構える。触手の主が姿を現す。
「ぐうぅうぅぅぅ…こん、な…は…ずでは…。」
「お前は誰だ!?彼を放せ!!」
「なぜ…なぜ…!ここで…目覚め、るはずでは…!!」
それは変わり果てた姿のボーマンであった。体の大部分は変異しており、気色の悪い触手や腫瘍があちこちから顔をのぞかせている。彼の表情は明らかに焦燥しており、気が気でないようだった。
―貴方にその資格はない
彼は頭を押さえる。頭の中に不快な痛みが走る。脳裏にある人物が浮かび上がる。それは自分と同じ、ギルバードに協力していた人物だったが体全体に霧がかかり思い出せない。
「ぐうぅうぅぅぅ…お前が…やったのか…!」
顔は見えないが、自分を嘲笑っているのは分かる。
―貴方にその資格はない
不快な声が響く。彼は床を思い切りけたぐり、大声で叫ぶ。
「がああああああ!!!黙れ黙れ黙れ黙れ!!!」
彼はアイリスとルナに血走った目を向ける。
「お前らかあ!?お前らがこの私の邪魔をしてええええええ!!!!ころ、殺して!!!殺してやる!!!ぶち殺してやる!!!」
彼は締め上げた隊員を壁に投げつけ、彼女たちに向って複数の鋭い棘が幾重にも生えている触手を勢い良く伸ばす。
「アイリス副隊長、下がって!!」
伸びてくる触手を撃ち落とそうと銃を構えたアイリスの腕を掴み、後ろへと引っ張る。
「ぬおっ!?」
ルナはそれほど力を込めてはいなかったが、アイリスは軽く後方へと投げ飛ばされる。彼女は右腕を前に出して左手を添える。そして、あの時と同じように力を込めて解き放つ。
ホール内に閃光が走る。床に黒焦げになった触手が無残に散らばっていた。
「な…何だ…その…ち、力は…!?」
ボーマンの体正面の一部は焼け焦げていた。ルナの右腕に微かに青白い電流が走っており、それは未だ彼を捉えている。
(これがルナの能力…隊長から聞いてはいたけど。)
アイリスの顔は引きつり、彼女から距離を取るように後ろへ下がる。
「こ…れは……LILITHの力か!?なぜ…なぜ…こんな、ガキに…!!」
ボーマンは歯を食いしばり、鬼の形相をルナへと向ける。彼から放たれる溢れんばかりの殺気を彼女はつかみ取る。
「俺の…俺の方が…優れて!優れているはずだあああああ!!!」
彼は声を張り上げてルナの方へ突進をする。先ほどの強烈な電撃を受けた彼だったが、変異により深い思考が出来なくなっているためか、後先考えず衝動のままにその行動に移した。
突進してくるボーマンに向かい、ルナは同様に右手をかざす。そして、先ほど以上に力を込めて彼に向って電撃を放つ。放たれた電流は彼の体を貫き、一瞬にして体中を駆けまわり、体組織、内臓組織をズタズタに破壊し焼き焦がす。声を上げることもなく彼はそのまま倒れこむ。
「…なんて…力なの…。」
アイリスはルナを化け物でも見るかのような目で見つめる。
「はぁ…はぁ…はぁ…!」
ルナは激しく息を切らしていた。想定以上の力を使い、体内のエネルギーが底をつきかけていた。彼女はめまいを覚え、床にへたり込む。
「だ、大丈夫…?」
アイリスは躊躇いながらも彼女に接する。ルナは疲労しきっており、呼吸がひどく乱れている。
(さっきのあれで力を使い果たした…?)
「…立てる?」
「……なん、とか…。」
アイリスは彼女が立ち上がるのを補助する。ふらつくルナを立たせたとき、倒れていたはずのボーマンが起き上がり、黒焦げて爛れた醜い顔をこちらに向けていた。
「ブチ…殺して…!!」
彼は大きな触手を形成して、今にも振りかざそうとしていた。
「まずい!!」
アイリスが銃に手を伸ばすと同時に彼は触手を振り下ろす。
(間に合わ…!)
複数の銃声がセントラルホールに響く。ボーマンは醜く怒りに満ちた顔のまま再び地面へと倒れ落ちる。
「…え?」
彼が倒れたその背後にはアラン隊長たちが立っていた。
「無事か!?」
「た、隊長…!」
安堵の笑みを浮かべるアイリス。
「監視カメラに君たちの姿が映っていてな。…こいつは何だ?」
「分かりません…突然、あの扉から現れて…。」
奥の方で他の隊員が意識を失った隊員の下へと駆けよっていた。
「それより、ルナが…。」
ぐったりした彼女の顔を心配そうにアイリスは見ている。アランは足元で横になっているボーマンの黒焦げて爛れた傷を見て訊ねる。
「…能力を使ったのか?」
「え、ええ…。」
「実戦で使ったのは今回が初だ。あまり使い慣れてないせいで、エネルギーを消費しすぎたのかもしれないな。」
彼は負傷した隊員の方に目を向ける。
「B区画に医務室があったはずだ。ルナと彼らをそこに。」
「了解。」
「所長室…ボーマンの自室に保管カプセルか。奴がギルバードと同じ…ホモ・エクセルサスへと進化するために例のウイルスをなじませていたということか。」
『そのようです。彼の部屋のPCからいくつかの実験データを抽出しました。あとで送りますが、そのような記述が。』
司令室でキルギスがレナートと通信する。その時、司令室の扉が開きエクスシスと朝倉が入室する。
「戻ったか。案の定、ボーマンの奴はギルバードの協力者だったようだ。」
「レナートが送ってくれた映像にすべて入っていたよ。…そして、やはり…あれは浅羽だった。」
深いため息をついて残念そうな顔をするエクスシスの後ろで、朝倉は顔を伏せていた。その話を聞いたシャオロンは気付かれないように歯を食いしばる。キルギスは何度か小さく頷いて席を立ち、エクスシスに席を譲る。
「ボーマンはギルバードと同じエクセルサスへの進化を目論んでいたようだ。しかしながら、不完全な形で目覚め、挙句の果てにルナにやられたとさ。」
それを聞いたエクスシスは一瞬目を丸くする。
「…そうか。何事も上手くはいかないようだな。…ルナの調子はどうだ?」
『力を使い過ぎたようで、現在、他の隊員とともに医務室で療養させています。』
「…負傷者か?」
『はい。ボーマンとの戦闘で数名重傷者が出ています。命に別状はありませんが、今後しばらくは使えないかと。』
エクスシスは少し口をゆがめる。
「…まぁ、仕方ない。死者が出なかっただけ良しとしよう。他に研究所内で気になる箇所はあるか?」
『いいえ。残りの部隊で全ての区画を調査させましたが、脅威となるものは見当たりませんでした。』
「深層システムの方は?」
『調査はしましたが…私一人の判断で決めるのは危険です。』
「ふむ…それもそうだな。君らが安全にここに帰ってきてから諸々考えようか。撤退の準備にかかれ。」
『承知しました。オーバー。』
会話を終えた彼にキルギスが訊ねる。
「すでに何かしらは考えているのだろう?」
「…まあね。」
「聞きたいことがあるんだが…ローズはどうした?昨日から姿を見ていないが…。」
エクスシスは少し間を置いて答える。
「…ウエストハイランド島からエリーたちが帰還した時、彼女たちはスコールランドのAIからギルバードの物証の他にもう一つ、譲り受けたものがあってね。」
「譲り受けたもの?」
E区画―大型実験生物観察隔離室
「換気装置を起動して。」
ローズは職員に指示を出す。強化樹脂で隔離された観察室には1基の保管カプセルが設置されており、その内部には人型の影が浮かんでいる。
「背部に生えた翼上の器官からウイルスをね…。そんな人間を起こすのは気が引けるけど。」
彼女は先日F区画の保管室で頼まれたことを思い出す。
「…ここに呼んだのは?」
エクスシスは端末を操作しながら彼女に話す。
「君に頼みたいことがあってね。」
「…頼みたいこと?」
「エリー達がスコールランドAIから受け取ったものは他にもあってね。」
収容棚が稼働し、その中から保管カプセルが1基現れる。
「これは…?」
「シャハラと名付けられた少女だ。スコールランドはウエストハイランド島である風土病の研究をしていたそうだが、その病に侵されたシャヘナトラという女性の子供がこのシャハラだ。」
ぼんやりと浮かび上がるその姿を見て、ローズは目を丸める。シャハラの右背部から何か翼のような器官が生えているのが見える。
「いや…生体兵器では?」
彼は首を横に振る。
「マジ?」
「だが、彼女はかなり危険な存在だ。勘違いしないように言っておくが、彼女自身の悪意はないみたいだ。」
「それじゃあ、何が危険なのよ?」
「シャヘナトラ、シャハラ…風土病にかかった者は翼上の器官が背中から生え、そこから人を凶暴化させるウイルスを放出するとのことだ。」
それを聞いた彼女は明らかに嫌な顔をする。
「なによ、それ?激ヤバじゃない…。そんなやつを起こすの?本気?」
「まあね。…最初は処分を考えたが…エリー達が命懸けで手に入れたものでもある。それに、前長官次代を知っている少ない人物かもしれない。」
「馬鹿げてるわ。そんな理由でリソースを割くのは反対ですよ?」
彼はカプセルの結露を手で拭い、シャハラの寝顔を見つめる。あどけないその寝顔はどこから見ても普通の少女であった。
「風土病はLILITHのウイルス感染の結果、起きたものだ。その感染体のシャヘナトラから生まれ、形質を引き継いでいる彼女を調べる価値は大いにあるだろう。」
「…。」
ローズは納得できない態度で顔をしかめる。そんな彼女に構わず彼は言う。
「頼んだぞ。」
「…はぁ~……分かりました…。」
ローズはぼさぼさになった髪をかき上げる。
「まぁ…責任を取るのは私じゃないしいいか。活性化装置を起動して。」
カプセルの活性化装置が起動し、内部の温度がゆっくりと上昇する。それに伴い、装置の電気パルスが心臓の鼓動を促進させ、超低代謝状態の身体を徐々に通常の代謝状態へと移行させる。
「拍動正常化。脳波を検出。…覚醒状態への移行完了です。」
「よし…。不凍液を排出し、カプセルを開錠して。」
カプセルが開き、その内部から薄い紫色のドレスを着たシャハラがふら付きながら這い出てくる。数十年眠っていた彼女の目に、久しぶりの光が入り込む。
「ここは…?」
幼い少女の声が部屋に響く。彼女は辺りを見渡し、ここがかつてのウエストハイランド島の研究所でないことを悟る。
「お目覚めはいかがかしら、シャハラ?」
「誰…?」
強化ガラスの向こうにいるローズたちに目を向ける。気怠そうにローズはシャハラの様子をうかがう。
「体の調子はどうかしら?」
「…。」
シャハラは警戒しており、彼女たちを懐疑の目で睨みつけている。
「安心して、私たちは敵ではないわ。…と言っても信じるのは無理な話よね。…そうね……スコールランドはご存じよね?」
それを聞いたシャハラは目の色を変える。
「……スコールおじいちゃんを知っているの?」
「私たちはスコールランドに頼まれて貴女を引き取ったのよ。」
「…ホントなの?」
当然の答えが返って来る。
「ええ。…それより、安心したわ。」
「…?」
「復活するなり暴れまわるものかと思っていたけど、話は通じるようね。それはそれで面倒だけど。」
シャハラは首をかしげる。その時、空腹に気付けと言わんばかりの腹の音が鳴る。
「あら…。」
彼女は顔を赤くしている。ローズは思わずその様子を見てにやけてしまう。彼女は近くの職員に目を移す。
「食事を持ってきてあげて。」




