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N. E. O. S  作者: オルトマン
遺産
55/71

浅羽の残滓

「副隊長!あそこに人が!」


 ルナが指さす先にアイリスたちは向かう。かすかな腐敗臭が鼻をつく。そこには女性と思われるボディスーツを着た死体がホールの中心に、その近くの花壇の壁によりかかるように男性と思われる白衣を着た死体があり、その右手の近くには日本刀状の高周波ブレードが残されていた。どちらも腐敗は進みきっており、ほとんどは完全に白骨化していた。


「うへぇ…白骨死体なんて初めてだぜ。」

「臭いの原因はこれかよ。」

「…お前たちは辺りを調査しろ。」

 アイリスは隊員にそう指示し、エクスシスに無線を入れる。


「司令室へ。大エントランスホールに到着しました。」

『そうか、状況は?』

「かなり荒れています。…それと、遺体を2体発見しました。」

『何?』

「一人は女性用の…例えば、競泳水着ですかね?それに似たボディスーツを着たものと…もう一人は男性ですね。白衣…を着ていて、右手の近くには日本刀…ですかね?それに似た武器が…。」

『……そうか。』

『そんな!…総一が!?』

 無線に誰かの声が入る。かなり焦燥した声だった。


『すまない。…他に何かないか?例えば、人一人が入れそうなカプセル状の機器とか。』

 アイリスはルナの方へと向かう。


「副隊長?」

 彼女はルナをよそに、破損した機器を確認する。


「…ありました。」

『なるほど。どうやらその女が生体兵器のようだな。』

「まさか…そんなことが。…男の方は?」

『……元RAS高官の浅羽…だろう。…兎に角も、唯一の懸念だった脅威はなかったようだ。君らはそのまま、調査を続行してくれ。オーバー。』


 司令室を沈黙が包む。


「そんな…総一…。」

シャオロンがその場に崩れ落ちる。頭の中では理解してはいたが、いざ、その事実を目前にされると感情が高ぶってしまう。


「ぐっ…くぅう…!」

 彼女の嗚咽が部屋に響く。キルギスが頭を搔きながら、エクスシスに訊ねる。


「…こう言っては悪いが、予想出来てはいた。君もそうだろう?」

「…まあな。」

「ま、まだ!それが浅羽さんだと決まったわけじゃないですよね!?」

 朝倉が二人に狼狽えながらそう叫ぶ。


「状況証拠だけでそう決めるのは尚早かと!あの浅羽さんだ…きっとどこかで…。」

「確かに、状況証拠だけだが…十分だ。」

 冷たくあしらうエクスシスに彼はくらいつく。


「浅羽さんは長官の暗殺を切り抜けた人なんですよ!?今回もきっと…!」

「あの時とは違う。それにこの状況下で…死を偽って、今更なんになるというんだ?…何の意味もない。」

「…っ!」

 朝倉は彼の言葉にひるむ。彼も心の中ではそう思っていたのだが、認めたくはなかった。


「朝倉、シャオロン。君らの気持ちは分かるが…今は任務中だ。私情は抑えて、自分の仕事に集中しろ。我々は感情に左右されることなく、合理的かつ迅速に判断を下さなければならない立場にいる。分かったな?」

 静かにエクスシスは2人を諭す。その最中、レナートから無線が入る。


『司令室へ。リリー研究所の大部分のシステムを掌握しました。少し調査をしたのですが、主要発電機である太陽光発電の一部が破損しているようで、電力の出力が下がっていますが、問題はなさそうです。』

 エクスシスは目で彼らに合図してから、彼女の無線に答える。


「それは朗報だ。補助電力以外は死んでいると想定していたが…それなら、生体兵器をこちらに運搬する必要はないかもしれないな。計画の変更を考慮しなくては…。」

 司令室にリリー研究所から映像ファイルが送られる。


『あの事件当日の映像ファイルがバックアップフォルダに残っていましたので送信します。容量が大きいので、少々時間がかかると思いますが…』

「バックアップフォルダに…?」

 研究所の監視カメラの映像は監査等に使用される重要なデータであるため、誤って消してしまった場合、自動的にバックアップフォルダに保存される仕様となっている。その仕様を知る者は上長以上のみであるのだが、たまにこの仕様が頭から抜けており、誤って削除して大慌てした者もいる。


「なるほど…。」

 彼はほくそ笑む。


「礼を言う。…先に伝えておきたいことがある。C-1区画大エントランスホールで浅羽と、彼と対峙した生体兵器と思われる遺体が見つかっている。」

『……そうですか。ですが、驚きはしません。皆様には悪いのですが…私は最初から死んだものと捉えていましたので。』

 レナートらしい応答だった。


「まあ、いい。研究所の安全はほぼほぼ、確保されていると考えられるが、気を抜くな。」

『承知しました。これから、生体兵器の状態確認と引き続き、研究所の確保を進めていきます。オーバー。』

 キルギスが安堵のため息をこぼす。


「悪いことは続くもんだが…ほっとしたよ。」

「一息つくのは良いが、解析の方は?」

 エクスシスがそう言うと、彼は得意げな顔をして答える。


「朝倉がほとんど進めていてくれたおかげで楽だったよ。」

「…いや、キルギスさんの取り纏めのおかげですよ。」

 朝倉は暗い表情でそういう。まだ、浅羽の死から立ち直れてなかったようだ。


「それで?」

「気になるものがいくつかあった。まず、防衛用生体兵器保管庫のF-16区画に開錠された形跡があるが、誰の権限で開錠したのかが分からない。所長以上の権限が必要なのだが、ね?」

「続けろ。」

「所長室…ボーマンの私室だが…こちらも開錠された跡があるのだが、彼のIDがどこにも見当たらない。そもそも、当日に彼のIDが全く見当たらなくてね。…ちょいと調べようと思って、前日のログも見てみたのだが…。」

 彼は呆れた笑みを浮かべながら続ける。


「前日に彼が研究所に入室したIDログは残っていた。」

 エクスシスは鼻で笑う。


「まあ、最終確認は映像を見てからにしようか。誰かさんが消したと思っているデータだ…答えはそこに在るだろう。もし…そうであれば…詰めが悪すぎるという他ないな。」

 彼がそう言い終わった時、データのダウンロードが完了していた。

「完了したようだな…。キルギス、ここを頼む。何かあればすぐに呼んでくれ。朝倉、隣の会議室で映像を確認するぞ。アップロードを頼む。」

 油断していた朝倉は虚を突かれる。


「え?あ、はい?わ、私ですか…?」

「早くしろ。」

 エクスシスはそう言って部屋を後にする。朝倉は端末を操作してすぐに彼の後を追う。



 リリー研究所のメインセキュリティホールで、レナートは保管されている防衛用生体兵器の状態をチェックしていた。マリオネットのいくらかは保管状態が悪かったようで、冷却が十分でなく腐敗が進んでいた。


「…残念ですが、本命はゴア・ドール。…大丈夫でしょうか…。」

 彼女はゴア・ドールの状態を確認する。基本的に、他の生体兵器に比べてゴア・ドールの保管は徹底されているため、その状態に何ら異常は見られなかった。彼女はほっと一安心する。その後、彼女は研究所全体の状態の調査を進めていく。


「何か手伝えることは?」

 アランが彼女にそう訊ねる。


「退屈でしょうが、そのまま、警戒を続けてください。現在、研究所内の全ての扉の解除を行っています。」

「我々の出番はそれが完了するまで、ということですかね?」

「その認識で問題ありません。少々、お待ちください。」

 レナートが扉のロックを解除している間、アランは何気なしに起動した監視カメラの映像を見渡していた。いくつかのカメラは故障していて砂嵐を映していたが、研究所内のほとんどは網羅できる状態ではあった。


「…?」

 彼は一つの映像に着目する。それはC-6区画にある所長室の前の通路を映している映像だが、締まっていたはずの所長室の扉が開いていたのだ。彼がそれに気づくと同時に、部屋にアラートが鳴る。


「何故、セキュリティアラートが?」

 レナートはモニターにアラート原因を表示する。アラートの原因は扉のロックの不正開錠であり、C-6区画の所長室が要因であった。


「レナート高官!締まっていたはずの所長室が開いています!」

「ロックされていたはずですが、一体…!」

 すると、モニター画面に”Denied:All Accesses”と数回表示された後、”Activated:A Temporary Code of The RAS 1st Proxy”という文字が現れる。


「レナート高官、一体何が起きて…!」

 続けて画面に”Request of The RAS 1st Proxy:Lock All Doors of The RAS Institute Lily, The Boman’s Authority”、”Recognized:Request of The RAS 1st Proxy”と続く。


「まずい!」

 レナートがそう叫ぶや否や、セキュリティホールのドアがロックされる。


「クソッ、何が起きやがった!?」

 部隊が騒然とする中、アランは冷静を保ちながらレナートに状況を聞こうとする。


「レナート高官、一体何が起きたのですか?」

 彼女は手で顔を覆いながら、深いため息をつく。


「…研究所の高セキュリティ侵害に対する防衛機能が起動してしまったようです。今は閉じ込め対応ですが…セキュリティ侵害が続けば、防衛用生体兵器の起動が発動してしまいます。」

「何もしなければ問題ないということですかね?」

「そうですが…何らかのセキュリティ侵害が続けば、研究所の脅威として認められ、即、起動コードが発動します。」

「…我々が敵認定される可能性はないですよね?」

「RASのIDカードの登録情報があれば、そうは認定されないでしょうが…私たちの手持ちにはありませんので…。」

「それはマズいですね。」

 レナートは端末を操作する。


「長官代理コードは一時的な優先コードです。少し時間はかかりますが、RAS高官の権限で解除は可能です。まずは、生体兵器の起動を不可に変更して…。」

 彼女が作業に取り掛かった時に、アランにアイリスの無線が届く。


『隊長、研究所内にアラートが鳴り響いていますが、何か問題が?』

「研究所の自動システムが発動したらしい。今、レナート高官が解除にあたっている。こちらからの指示があるまで、その場で待機だ。」

『了解。オーバー。』

「…やれやれだ。…しかし、なぜ、扉が開いてたんだ?何かが部屋に入ったのか…あるいは出たのか?」

 アランは再び監視カメラの映像に目をやる。所長室内のカメラは起動していないのか、何も映っていない。他の映像を見ても異常は見当たらなかった。


「…今のところ異常はないか。…おい。」

 彼は部隊員2人を呼ぶ。映像から目を離した時に、C-0区画大エントランスホールに繋がる通路に得体のしれない影が映りこみ、死角へと消える。


「ここの映像を暫く確認しておけ。何か異常があれば、すぐに呼べ。良いな?」

「了解しました、隊長。」

 アラン達はそれに気づかない。



 エクスシスと朝倉は司令室の隣の会議室で、レナートから送信された監視カメラの映像を再生しようとしていた。


「事の真相がこれでわかる…かもしれないな。」

 エクスシスはテーブルに肘をついて座りそう言う。


「…なぜ、私を?」

 朝倉の質問に、彼は素っ気なく答える。


「2人以上で確認作業を行いたいのがそうだが…こういった機器の扱いは君が一番手慣れているからもある。こちらの指示に従って、画面を操作してくれ。」

「わ、わかりました。」

 朝倉は映像を再生する。



 浅羽は研究所の社用車に乗り込んで、リリー研究所へと向かっていた。リリー研究所までは約15kmほどであり、少し飛ばして15分程度でそこへと辿り着いた。

 研究所の駐車場で車を止めたその時、強烈なめまいと頭痛に襲われる。


「な…なんだ!?あ、頭が割れそうだ!!」

 彼は片手で頭をおさえる。視界が歪んでくる。


「い、一体…こ、これはぁああ!!?」

 彼は意識を保とうと必死に抗おうとする。しかし、額からは脂汗が滲みだし、呼吸もままならなくなってくる。視界がだんだんと狭まっていき、遂には真っ暗になる。


「…ここは?」

 浅羽は青い海の中にいた。降り注ぐ日の光が海中を、そして、奇妙な生物たちを照らし出す。


「これは…。」

 彼の目に入る映像が次々と移っていく。それは古き生物たちの繁栄と衰退。巨大な支配者たちを滅ぼした空からの火球。彼は理解した。


「そうか…これは、彼女の記憶…。」


 気づけば浅羽は目を覚ましていた。若干、頭痛が残っており、彼は頭を押さえながら体を起こす。気分は最悪だったが、あの夢の懐かしさがそれを和らげる。


「共鳴反応…なぜ、こんな時に?」

疑問を呈する彼だったが、車の時計を見て我に返る。ここに着いてから既に20分は過ぎていたのだった。


「クソ…!急がなくては!」

 彼は急いで車から降り、研究所内へと駆けていく。研究所内に入った彼を出迎えていたのは静寂だった。


「…?誰も、いない?」

 まだ、エントランスホールではあったが、扉は全て締まっており、人の気配が全くしないことに彼は気付いた。


「…。」

 彼はA区画の入場口へと足を進める。エントランスホールの中央へと進んだときに、音声が流れる。それは聞き覚えのある声だった。


『よーこそ、俺の研究所へ!待ちわびたぞ…浅羽。見違えたな?』

「…ボーマン。」

 彼は近くの監視カメラを睨む。


『随分と遅かったなぁ?』

「…お前が内通者だったのか?」

『フハハハ!さあな!それよりもほら、ケジメをつけにきたんだろ?安心しろ、既に他の者は強制的に非難させてある。』

 入場口の扉が開く。


『案内してやるよ。ほら、進め。』

「…。」

 浅羽はボーマンの示す方へと進んでいく。


「何か弱みでも握られていたのか?」

『弱み?フフフ…お前じゃあるまいし…俺は進んであの方に協力していた。』

「進んでだと?長官が何をしようとしているのか分かっているのか?」

『支配者の世代交代だろ、この地球の。』

「奴の計画でどれほどの人間が犠牲になるのか、お前は分かっているのか!?」

 浅羽はカメラに向かい強い口調で怒鳴る。その彼の発言を嘲笑うようにボーマンは言い返す。


『よく言うぜ、浅羽。お前もあの方に意図してなかったとはいえ、一時的に協力し…その結果、何人殺した?』

「…っ!」

 動揺する浅羽にボーマンはさらに続ける。


『確かに、多くの人々の命が失われるだろう。だが、この犠牲には意味があるんだよ、意味が。それに比べて、お前が出した犠牲には何の意味もない。浅羽、お前は自分の好奇心と彼女へのどうでもいい慈悲で、多くを殺した。』

 彼は歯を食いしばってカメラを睨みつける。ボーマンに反論したかったが、それはできなかった。彼の放った言葉はすべて真実だったからだ。


『まあ、そう怒らないでくれよ。お前の気持ちはわからんでもない。この話はここまでにしようか。ほら、進めよ。』

 彼は浅羽にそう促す。彼は深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、前へ進む。C区画前まで着いたときに、浅羽はボーマンに質問をする。


「最後にお前に聞きたいことがある。」

『…ん?何だ?』

「私の記憶の中では、お前は長官に協力するような奴ではなかったと思う。お前が私をホームパーティへ誘ってくれた時…酒を片手にしたお前は、妻のリリーを傍らに寄せて夢を語っていたな。」

『…。』

「リリーを含めた世界中の多くの人々を救いたい…この言葉は決して…決して、嘘じゃなかったはずだ。何故、お前は長官に…。」

『昔話はそこまでだ……さっさと足を動かせ。』

 震えたような声でボーマンは浅羽を促す。


「…わかったよ。」

 彼は諦めたようにそう言い放ち、先に進んでいく。そして、C-1区画の大エントランスホール前、入室検査室の扉の眼前につく。扉前の認識装置がRAS高官である浅羽の情報を読み取り、扉を開錠する。


『その容姿でも認識はされるのか…手間が省ける。』

「…。」

 彼は大エントランスホールに足を踏み入れる。前方には生体兵器保管用のカプセル型の装置が1基配備されていた。それは彼がここに足を踏み入れたと同時に起動する。


「!」

 カメラでその様子を見ていたボーマンは呟く。


「さてさて…俺の出番はこれで終わりか。」

『浅羽、最後にお前の質問に答えてやる。俺はな……リリーを亡くして気付いたんだよ。人間って言うのは思う以上に、脆い存在だとね?』

「ボーマン…。」

『どんなに手を尽くしても、些細なことで壊れてしまう。…弱く、矮小な存在だと…救う価値もない存在だとなぁ!』

「!?」

 ボーマンの突然の豹変に浅羽は狼狽える。


『そんな現人類にこの世界を支配する資格はない!俺たち、新人類の糧になるのが相応しいとな!!』

「どういうことだ…?お前が新人類…?」

 浅羽は彼の言葉に眉をひそめる。


『さあ!浅羽!…因縁の決着をつける時だ!』

 合図とともに通ってきた扉がすべて施錠される。


「!」

『邪魔が入らないようにしてやった。思う存分に殺しあってくれ!』

 その言葉を最後にマイクが切られる。

 カプセル状の機器の前部分が完全に開き、中から女性が現れる。それは以前に、エリー、ブレイド、ノメリアが戦った凶悪な能力を持つ、アナンタ・レーテーであった。


 ゆっくりと周りを見渡す彼女に向って、浅羽は言う。


「久しぶりだな…アイ。」

 その声を聞いた彼女は目の色を変え、彼を凝視する。その変貌ぶりに初めは気づかなかったが、先の声と微かな面影から彼が浅羽であることに勘付いた。


「お前は…!」

 彼は日本刀状の高周波ブレードを抜き、構える。


「ずっと、君に聞きたいことがあった。」

「…何を?」

「どうして、深山君を手にかけた?」

 レーテーの眉が動く。


 深山総悟は浅羽の知人であり、同じ研究所に従事していた。浅羽は彼のある事情を考慮して、彼をまだ幼い彼女の世話役の一人に選んだ。彼女のことを気味悪がる他の世話役に反して、彼はいつも気にかけ、甲斐甲斐しく面倒を見ていた。

 いつも暗い表情だった彼女だが、彼の前では心なしかその表情は和らいでいるように見えていた。


 しばし沈黙していた彼女は口を開く。


「…何を言っている?私はただ…すべてを忘れさせてあげただけだ。」

 首を横に傾け、彼女は懐疑な表情を浅羽に向ける。それを見た彼は悟った、彼女は自身の能力を理解していないのだと。彼女の能力に侵された人間が、どのような末路を辿るのかを知らないのだと。

 彼は神経を研ぎ澄ます。ブレードを握る手に力が入る。


「そうか…お前も、前に会ったやつらと同じ…。なら…殺すしかないな!」

 レーテーの体から膨大な生体エネルギーが放出される。彼女の体が宙に浮こうとしたその時、浅羽は思い切り地面をけり上げ、猛スピードで彼女の懐へと迫る。彼はブレードをその勢いに任せて、目にもとまらぬ速さで振りかざす。

 鈍い音がホール内に響く。彼の放ったブレードの刀身は、彼女の生成したシールドに阻まれていた。


「クッ…!」

 ひるんだ浅羽の頭上に、鋭いシールドの切っ先が複数生成される。彼がそれに気づくや否や、一気に頭部へと延びてくる。寸でのところで彼は身をひるがえして後方へと回避する。


「潰れろ!」

「!」

 浅羽がのがれた場所めがけて、シールドの壁が猛スピードで向かってくる。


「こいつは…マズい!」

 ホール内を駆ける彼に、いくつものシールドの壁が突撃してくる。高エネルギーの塊であるシールドは向かう先の全てを吹き飛ばしながら、壁に激突し、大きなクレーターを生じさせる。彼女が保管されていたカプセル状の機器も、壁の方へと吹き飛ばされて激突する。

 レーテーは宙へと浮かび上がり、必死に彼女の猛攻を躱す浅羽の姿を補足する。


「お前だけにかまけている暇はない。…そろそろ、終わらせようか…。」

 レーテーの猛攻が止む。


「はぁ…はぁ…急になんだ…?」

 その時、浅羽は背筋を覆う悪寒に襲われる。彼女の方へ顔を上げると、その周りに多数の剣のようなシールドが展開され、その先端がこちらを向けていた。


「仕留めにきたか…!アイ!」

レーテーがゆっくりと右腕を振り上げる。


「串刺しにしてやる。」

「うおおおおおおおお!!!!」

 彼女が腕を振り下ろそうとしたその時、浅羽は右腕で地面を思い切り殴りつける。

 轟音が響き、地面は大きくへこむ。大小の破片が彼の周りを舞う。彼はそれを素早く右腕でレーテーに向って吹き飛ばす。


「!?」

 彼女は咄嗟にそれを防ごうと正面にシールドを生成する。破片はそれに激突して無数の小さな破片へとなり、彼女の視界を阻む。


「ふざけた悪足掻きを……なっ!?」

 目の前に今にもブレードを振りかざそうとする浅羽がそこにいた。


(隙をつけた…!これで!!)

 レーテーが不気味に微笑む。


「が…は…!?」

 浅羽の体を剣状のシールドが複数貫いていた。


「終わりだ。お前も私を忘れろ。」

「ぐ…ぐおがああああああああ!!!!」

 彼はブレードを思い切り振りかざす。しかし、それは生成されたシールドで止められる。彼はそれでも諦めずに力を入れ続ける。おびただしい血液が吹き出し、地面へと降り注ぐ。


「しぶとい奴だ。」

 最後のあがきと見た彼女は呆れたように言い放ち、とどめを刺そうと彼の頭上にシールドを生成しようとした。


「おおおおおおおおおおお!!!!」

 浅羽の右腕がはちきれんばかりに肥大する。死が目前に迫ったせいか、リミッターが外れた彼の力は凄まじいものとなっていた。

 シールドはその力に耐えきれずに砕け、ブレードがレーテーの胸元を大きく切り裂く。


「ば…!!?」

 鮮血が舞う中、彼女の目に浅羽の姿が映りこむ。彼は突き刺さったシールドに構わず、体を彼女の方へと近づける。鋭いシールドの刃は彼を深く切り裂き、血や内臓を体の外へと向かわせるのだが、よもやそれを気になどしていなかった。


「くそがああああああ!!!」

 複数の剣状のシールドを彼に向って飛ばす。だが、それが届く前に、彼のブレードは彼女の脇腹から肩にかけて深く切り裂いていた。

 制御を失ったシールドは四方八方へと飛んでいき、壁や地面に突き刺さって消える。浅羽を突き刺していたシールドも消失し、レーテーと共に彼も地面へと落下した。


「…あ…あ…。」

 彼は近くの花壇の壁へと這いずりもたれかかる。ぱっくりと開いた腹部から飛び出た内臓を押さえ、力なく元に戻そうとする。そんな自分の姿を想像して、馬鹿だなと彼は小さく笑う。彼はレーテーの方へと視線を移す。彼女は仰向けでピクリとも動いてなかった。


「…お…終わった……か。」

 彼は改めて、自分の惨状を見る。


「はは……酷い…死に方…だな。」

 その言葉を最後に彼は息を引き取る。


 レーテーは薄れゆく意識の中、天井を眺めていた。


「また…生まれるのか…?…この目を閉じれば…また…。」

 彼女は起き上がろうと体に力を加える。開いた傷口から血がさらに溢れ、意識がさらに遠のいていく。それでも彼女は諦めなかったのだが、遂に限界が訪れる。


「嫌だ…嫌……だ。“完全な死”をまだ…。」

 彼女の脳裏に走馬灯が駆け巡る。気の遠くなるような長い時間。その最後の映像に現れたのは、いつも自分を気にかけていた深山の笑顔だった。


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