白百合の遺物
キルギスとシャオロンが作戦司令室へと入室する。
「レナートさんは無事に着いたのカ?」
シャオロンが心配そうにそう聞く。
「先ほど到着した。」
「…良かったヨ。」
ホッとする彼女をよそにキルギスは朝倉を含めた職員が、せっせと作業をしているのに気づく。
「彼らは何を?」
「…リリー研究所に浅羽が向かったのを覚えているか?」
「あぁ…そんなこともあったな。理由は全く分からなかったが。朝倉たちに何かやらせているのはそれに関連が?」
「ログの一部を解析したところ、RASの正規の生体兵器ではないものの起動ログが残っていた。それも保管室にではなくC-1区画に。」
「ふむ…予想するに、それを手配した奴を探っているということか。…しかし、この研究所ではよく不祥事が起こる。あの件と言い、リリー研究所は呪われた施設とよく言われたものだ。」
「呪われた施設?」
シャオロンは首をかしげる。
「事の発端は十数年前だ。君が知らないのも無理はない。」
エクスシスはそう言ったっきり、続けようとはしなかった。
「…何が起きたの…?」
代わりにキルギスが口を開く。
「前RAS高官のフィリア・ラスカーが起こしたと言われる人災だ。リリー研究所の旧名はラスカー研究所で、ボーマン・ヴァーロットが亡き妻の名前からそう付けたみたいだが…。」
フィリア・ラスカーはレナート、シャオロン、エクスシスと同様に若くして高官へと至った秀才であった。彼女には大学時代から付き合っていたサラ・リリーがおり、彼女もRASの研究職に就いていた。そして、ラスカー研究所で起きた人災はサラ・リリーが交通事故で意識不明の重体になったことが起因しているとのこと。
事の詳細は長官により公開されることはなかったが、フィリアは病院からサラを研究所で引き取り、何らかの方法で彼女の意識の回復に成功した。しかしながら、意識を取り戻したサラは以前の彼女ではなく…というよりも人間ではなく、目覚めた後に暴走し、研究所内の人間を惨殺したという。最終的に長官の派遣した部隊によって鎮圧され、フィリアとサラだった怪物はその場で処分された。
この事件から数年後に、ボーマン管轄として施設の使用が再開されたが、通常では起こらない事故が起き死人が出る等、不祥事が他の研究施設よりもかなり多く起きていた。また、人気のない場所で気配を感じたり、白い人影を目撃した者や、監視カメラの映像に不可解な影も映っていたらしく、フィリア博士が起こした事件を知っている者は、彼女の呪いだと噂していた。
「そんなことがあったのカ…。」
若干、顔を青くしたシャオロンがそう言う。
「呪いだの…馬鹿らしい。恐怖を感じた脳のただの錯覚だ。」
キルギスの話を聞いたエクスシスがそう言い放つ。
「研究に身を置くものとしては、科学的根拠に基づいて発言してほしいものだ。さて…すこし他用がある。キルギス、その間、ここを頼むぞ。」
彼は部屋を出ていく。
「了解。」
キルギスは画面の前に座る。
アラン一行はリリー研究所内を進み、A-0区画のエントランスホールへと向かっていく。あの事件で、ここの職員たちが急遽、一斉に避難したせいか、運んでいた器具や荷物などがそこかしこに散らかっている。ルナと数名は部隊の前方につき、進む道の安全を確保する。薄暗い研究所の廊下は嫌に不気味で、先ほど目撃した白い影のことが頭にちらつく。
「…空気が冷たいですね。」
副隊長のアイリス・エイドリアスがそういう。空調が停止しているとはいえ、やけに研究所内は寒く感じる。
「ただの気のせいだ。」
アランは素っ気なくそう言う。彼女が言うように、確かに肌寒く感じはするが気温はそんなに低くはなかった。
そのまま特に何もなく、彼らはA-0区画のエントランスホールへと辿り着く。薄暗い照明で照らされたホールは不気味というほかない。アランは司令室に連絡をする。
「こちらアラン。A-0区画エントランスホールに到着しました。」
『こちら司令室。状況は?』
「特に異常はなし。」
『了解した。…では、ここから2班に分かれて作戦を実行してもらう。一方はレナートを連れてD-4区画のメインセキュリティホールへ。もう一方はC区画までの調査・確保を行え。』
アランはアイリスに手で指示を出す。彼女はルナを含めて6名を指名する。
「了解。作戦を続行する。オーバー。」
彼は無線を切る。
「AからC区画までを確保しろ。」
「了解。」
アイリスはルナ達を連れて、A区画の確保に移り、アラン達はD区画への連絡路に向かう。
アイリスの部隊は二人一組でA区画内の調査を行う。A区画にはこの研究所に従事する職員の個人オフィスが大半を占めており、残りは広い食堂、薬品倉庫、実験室が数室となっており、その全ては発行された許可コードで開錠することができる。
ルナ達はA-3区画の個人オフィスを調査していた。分担して扉を一つ一つ開けていき、目視ですばやく確認していく。
「ん…?」
扉を開けようと端末を操作した時、廊下の奥の方で白い影が見えたような気がした。それは奥の部屋の扉の中に入っていくように見えた。
「…あれは。」
ルナはその影が入った部屋の前へと進む。扉の名札入れには何もなく、誰のオフィスかは分からない。彼女が扉の端末に許可コードを送信すると、他の部屋と同様に扉は開く。扉が開く最中、部屋の中で白い影が奥の本棚のある本に指をかけていたのが見えた。扉が完全に開く前に影は消えてしまった。
「げ、幻覚じゃないよね…?」
ルナは恐る恐る部屋へと入り、本棚の方へと向かう。この部屋にはしばらく誰も立ち入っていないのか、埃が積もっていた。彼女は先ほど白い影が指をかけていたと思われる本を確認する。本のタイトルは“D.N.A”で、権威ある遺伝子工学に関係する論文集であった。
彼女がそれを手に取り、開いてみると後半部分が引き抜かれており、隠すようにノートがそこに挟まっていた。
「これは一体…。表紙に何か書かれて…フィリア・ラスカー…サラ・リリー…?」
ルナはその本のページをめくる。どうやら、交換日記のようで、サラとフィリアのなんてことない些細なやり取りと少々、色づいた内容が続いていた。
「…フィリアとサラは…女性だよね…?女性同士で付き合って…?」
そういったことを直に目撃したことがなかった彼女は困惑する。
「…えと…それよりも。…なんで、こんなところに隠して?」
隠すにしても手の込んだ方法だったため、疑問が浮かぶ。それに加えて、先ほどの白い影の件もあってか、彼女は興味本位で日記の内容を流し読みしていく。すると、その内容に不穏な雰囲気が漂ってくる。
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DATE 4/3
TO フィリア
あの時は何も言わなかったけど…
この仕事はやめるべきよ。
得体のしれないXとかいう生物の遺伝子を人間の受精卵に組み込むなんて、正気じゃないわ!
その結果、生まれたのがあのおぞましい肉の塊なんでしょ?
人の形をした何かを生み出すまで、続けるつもりなの…?
我慢していたけど、吐き気がしたわ。フィリア…あれは命の冒涜よ!
続けるべきじゃないわ!
もうやめましょう…。
お願い、フィリア。
DATE 4/5
TO サラ
ごめんなさい、サラ。
辞めることはできないの。
…長官は決して許してはくれないわ。
迷惑かけて…ごめんね、サラ。
DATE 4/9
TO サラ
サラ…あの時は言い過ぎてごめんね。
貴女が私のことを想ってくれているのは、勿論、分かっているわ。
でも…きっと、長官は貴女がこの研究に関与していることを知っている。
もし、私が辞めれば…私だけじゃなく貴方にも…。
だから…ごめんなさい。
サラ、サラ…
もし、これを読んだら、私の部屋に来て。
もう一度、きちんと話そう。
お願いよ…。
DATE
TO
愛しいサラ…愛しいサラ…
ごめんなさい、ごめんなさい。
例え、私と貴女が死んでも、2人の愛は生き続ける。
絶対に、絶対に。
もし、貴女の意識が戻った時はこのリングをもう一度、貴女に渡すから。
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最後に日記が書かれたページには所々、滲んだ血で黒く汚れており、書き殴られた最後の文章の横にエンゲージリングがテープで止めてあった。気味の悪くなったルナは元の場所に戻そうと思ったが、何か重要なことが書かれていると考え、カバンの中にしまった。その時、机の方から何かが落ちる音がした。
「!?」
銃を構えて振り返る。机から白い影がすっと、どこかへと消えていったように見えた。
「ほんとに何なのここは…気味が悪い。」
彼女が机へと目を向けるとその下に何かが落ちていた。
「これは?」
それは小型のカプセルで内部に液体が入っていた。カプセルの側面の金属部分には”Senoy”と刻まれていた。
「セノイ?何だろうこれ…。重要なものなのかな…?」
これがどういうものかはわからなかったが、何となく重要なものだと直感した。ルナはそれをカバンの中に入れて、部屋を後にする。
「そのフィリアって人は何の研究をしていたのカ?」
シャオロンがキルギスに聞く。
「彼女の分野は遺伝子工学と聞いてはいたが…何の研究をしていたのかは私にもわからん。彼女は自身の研究成果を外部にあまり公表はしなかったからな。それは…。」
「それは?」
「恐らく、彼女は長官の協力者だったからだと思われる。」
「ええ!?」
「フィリアが旧リリー研究所で起こした事故は、長官が直々に部隊を派遣し鎮圧している。事件後の処理では他の高官も立ち入り調査をしたが…かなり時間が経った後で許可されたものだ。何が原因だったのか、フィリアが何をしていたのかはほとんど分からなかった。」
「なるほどネ…でも、ほとんどということは、分かっていることもあるんだよネ?」
彼は小さく首を縦に振る。
「ああ…E区画に彼女専用の研究室があったのだが…そこに、彼女とサラの卵細胞がいくつか保存されていた。」
「え…?」
シャオロンは背筋に悪寒を感じる。
「それと、培養カプセルのいくらかに異常な未成熟児が培養されていてな…発見した時には既に死亡していたようだが…それらの遺伝子解析をした結果、フィリアとサラ由来の遺伝子…そして、由来不明の遺伝子も検出された。」
シャオロンの顔が青くなる。
「…うへえぇ…。」
「なんというか…気味が悪いよな。恐らく、これは個人的な実験だとは思うが。」
「もしかして…由来不明の遺伝子って…。」
「LILITHだろうな。」
戻ってきたエクスシスがそう発言する。彼はキルギスとシャオロンの元へと歩み寄る。
「…戻ってきたのカ。」
「昔話はほどほどにしておけ。…進捗はどうだ?」
「現在、2班に分かれて行動している。レナート達は目的のメインセキュリティホール。他方はC区画までの確保だ。」
「殲滅部隊の方は?」
「ああ、順調だ。今のところ異常はない。」
研究所制圧部隊とは別に、殲滅部隊を3部隊ほど地上に派遣している。彼らには研究所の中心半径10kmの下位種の殲滅を命じている。
「シャオロン、殲滅部隊の指揮を頼む。」
「分かったヨ。」
「キルギスは朝倉とログの解析だ。」
「…了解。」
アイリスの部隊は順調に研究所内区画の確保を進めていた。既にB区画の確保は終えており、C区画へと向かう途中であった。変わらず、薄暗く気味の悪い廊下だが、何かが違うとルナは感じていた。
「…。」
A区画のあの部屋で”Senoy”と刻まれた奇妙な液体が入ったカプセルを拾ってから、彼女は白い影や薄々感じていた何者かの気配が完全になくなっていることに気づき始めていた。
(やっぱり、さっき拾ったあれには…何かがあるってことなの、かな…?)
副隊長に報告しようとは思っていたが、自分の手から離れてしまうのが不安で結局そうはしなかった。何故だかは分からないが、自分の手で、確実にエクスシスに渡さなければならないと感じていた。
『状況は?』
アイリスにエクスシスから無線が入る。
「現在、C区画へ移動中です。」
『了解した。C区画には戦闘の痕跡があることは先に伝えた。…何もないとは思うが、警戒は怠るな。』
「了解しました。」
『C-1区画大エントランスホールに到着したら、連絡をしろ。オーバー。』
C区画へのセキュリティドアが部隊の眼前に迫る。ドアの先のC-0区画である入室検査室の検査通路を越えればC-1区画の大エントランスホールへと辿り着く。
C区画は最新機器の配備された研究室があり、プロジェクト規模の大きな研究が主にここで行われていた。また、要人の視察等を想定し、彼らの待合所兼休憩所として少々、研究所としては豪華な内装を備えた大エントランスホールをC-1区画に構えている。
アイリスたちは許可コードを使用してセキュリティドアを開錠し、入室検査室の検査通路を進んでいく。検査機器も停止し、警備や検査員がいないただの通路を進むのに苦労はせず、アイリス一行は大エントランスホールへと到着する。
「…酷い荒れようだな。」
戦闘の形跡があったとは聞いていたが、想像していた以上にそこは荒れていた。壁や地面には大きなクレーターや何かで切りつけた傷が至る所にあり、以前は豪華だった装飾は見るも無残にボロボロだった。崩れた壁の破片が散在し、研究室に繋がる通路の扉の一部はへしゃげ、ここで壮絶な戦闘が起きたことは間違いないようだった。
「…においませんか?」
ルナがアイリスにそう言う。
「腐敗臭っぽいな。」
彼女たちは辺りを見渡す。
「あれは…。」
ルナはホールの隅の方に人一人が入れるカプセル状の機器を見つける。それは何かに吹き飛ばされたようで、壁に激突し大きく破損していた。それを近くで確認しようと近づいた時、ホールの中心から円形に広がった小高い花壇の壁で見えなかった中心とその内側に、人状の何かが倒れているのが見えた。




