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N. E. O. S  作者: オルトマン
遺産
53/71

リリー研究所

 会議室にNRAS高官、新部隊の隊長、そして、政府関係者が数人ほど招集されていた。以前に実施していた後天的遺伝子強化兵の調整が終了し、「エデンの奪還」計画を本格的に始動させるため、NRAS長官のエクスシスが彼らをここに集めたのだ。


「皆の協力により、今、できる限りの準備は整った。これより、我々の地上を…エデンの奪還を実施する。」

 エクスシスがプロジェクターを起動する。そこにはここを中心とした半径50kmのマップだった。10km毎に薄く緑、青、黄色、橙、赤と色が付けられている。


「知っての通り、リリンには下位種、中位種、上位種…細かく分ければまだあるが、この3種が存在する。現状、我々の戦力では中位種までしか対応が出来ず、上位種への対抗策はない。」

 それを聞いた政府関係者が彼に質問する。


「そんな状況で地上を奪還するのは無謀ではないのか?」

 それに続いてもう一人が発言する。


「彼の言う通りだ。この状況下で軍を無下にすることは許されない。地上の化け物共に、いつ起こるかわからない暴動と…内外を問わず常に危険が付きまとっている。無暗に軍を地上に派遣するのはいただけないな。…それに噂に聞いたが、最近、地上に派遣した小部隊に損害が生じたんだったか?そんな状況で…」

「では…このまま、地下で延々と過ごしていくことをお望みということでしょうか?」

 話の途中にエクスシスが彼にそう問う。


「そうは言っていない。ただ、上位種に対抗できるまで戦力をだな…。」

「そんな時間は残されていないのですよ。戦力を補うと言っても、現在できることはほぼありません。兵器を作るにしても資材が足りませんし、備蓄してあった食料も減る一方です。それでも、この状況を維持すると?」

 ばつの悪い顔をする彼に代わって、そのやり取りを聞いていたもう一人が口を開く。


「彼らの言うことを理解できないわけではあるまい。この状況だ、多大な不安が保守を加速させてしまう。…しかし、このような意見も想定済みなはずだ。何か考えがある、そうだろう?」

 彼の言葉を聞いて、エクスシスは説明に戻る。


「黙っていて申し訳なかったのですが…これまで何度か地上に軍を派遣していました。勿論、最大限、安全は考慮してですが。」

「ほう…。良い度胸をしている。」

 彼はマップにポインターを向ける。


「得られた結果は上々のものでした。結論から申し上げますと、半径30kmに上位種はほぼ存在しないということが分かりました。」

 NRAS高官以外の一同がざわつく。


「その点を踏まえて、私の計画を聞いていただきたい。」


 エクスシスは「エデンの奪還」計画の一端を説明する。遺伝子強化で増強し新編成した部隊を地上に派遣し、半径30kmの下位種・中位種を殲滅。それと同時に半径30km圏内にあるRASの研究所を抑え、資材、食料を確保するとともに拠点を拡張していき、上位種に対抗できる兵器などを整備していくというものである。

 一通り説明をし終えたエクスシスに、先ほどの政府関係者が質問をする。


「最後に…気になっていたことがある。」

「…何でしょう?」

「先に彼が言っていたが。調査のためだったか?最近、地上に派遣した小部隊が損害を受けた…確か、何名か死亡したと聞いているが。」

「はい、それは事実です。」

 顎に手を当てて彼は言う。


「…原因は何だ?まさか、下位種・中位種にやられたと?派遣したのはベテランと聞いていたが…?」

 深くため息をついてエクスシスは彼に答える。


「元RAS長官のギルバードと遭遇した結果です。」

「…!」

 彼らの顔が青ざめる。見るからに動揺しているようだった。


「馬鹿な…生きていたのか…!」

「タワーを爆撃したはずだが…化け物め…!」

「簡単にくたばる奴ではないか。…待て…もし、部隊が奴に遭遇した場合はどうするんだ?」

 その言葉にエクスシスは静かに返した。


「策は考えております。」


 空は雲一つない快晴だった。地下で浴びていた人工太陽光とは違い、久しい自然の太陽の光は少々、ルナには刺激的であった。荒れた無人の街道は嫌に不気味であり、何時リリン共が死角から現れるかわからない。

 ルナは元RASの専属私兵であったアラン・ブリッツの部隊に加わり、アメリカ本部から最も近いRASの大型研究所であり、高官の管轄下であったボーマン管轄リリー研究所へと向かっていた。その彼女のすぐ近くには、アランとその他精鋭に囲まれたNRAS高官のレナートが同行している。


 大型RAS研究所、とりわけ、RAS高官の管轄下であるものの全ては強固なセキュリティで守られている。それらは補助電力が続く限り生きており、侵入者に対して排除システムを発動する場合がある。そのシステムは外部とは完全にシャットアウトされており、遠隔で操作することはできない。

 そして、それを完全に解除するためには、管理区画内にあるメインセキュリティルームの端末で管轄者のエクセルサスコード、あるいはRASナンバー5以上の高官のものを入力しなければならず、さらに、そこへと至るためには管理区画前にある端末に同様のものか、許可コードを入れなければならない。


 エクセルサスコードはRASシステムの根幹にかかわるコードであり、それはRASの極秘技術により、高官の網膜に印字されている。その印字はある波長の光を通すことによって、視覚することができ、そのコードを端末に入力する際にはRAS高官のみが知る特異的な文字列に変換して入力しなければならない。

現状、そのセキュリティを掌握するためのエクセルサスコードは、元副長官のエクスシスか元No.5のレナートのものしかなく、結果として彼女が出向することとなった。

 

 非戦闘員で、なおかつ超重要人物の彼女を護衛しなければならないこともあって、場の空気は張りつめている。それに加えて、その部隊の後方には移動用の一回り大きな自動台車に保管カプセルが固定されている。その内部には不凍液で満たされたゴア・ドールが眠っていた。


 エクスシスはギルバードへの対抗策として、研究所制圧部隊にゴア・ドールを同伴することにしたのだった。エデンの奪還計画で最も注視しているのが、RAS高官管轄の研究所を押さえることで、現状、彼に対抗でき被害を最小限に抑えられる方法がこれしかなかったのが最大の要因であった。ゴア・ドールはレナートか、本部で彼らの指揮を執るエクスシスの端末からすぐさま起動される。朝倉とキルギスによって、制御AIは機能向上を図られているが、実起動での性能テストができていないのが不安の種ではある。


 ルナは後方にあるそれをチラチラと皆に悟られないように窺っている。本能的な恐怖だろうか、彼女はずっと背筋に凍り付くような感覚を覚えていた。


「…気味が悪い。」

 彼女がそう呟くと、隊長のアランが注意を促す。彼女の様子は彼に筒抜けだった。


「新人、警戒を怠るな。お前が気にかけるのはあれではない。」

「す、すみません。」

「…そろそろ、着くぞ。」

 前方に巨大な研究所の外観が見えてくる。ボーマン・ヴァーロットは組織再生医療の権威であり、彼の管轄していたリリー研究所はその最先端の研究の場であった。また、体の一部を機械に置き換えるサイボーグ技術の研究も行っていたとのこと。一見して人類社会への貢献度の高い研究であり、その研究結果が重要視されていたこともあってか、セキュリティレベルは他の高官が管轄する研究所に比べて格段に高く設定されている。


 配備されている防衛用生体兵器はマリオネットMk-Ⅱが10体、Mk-Ⅲが4体、そして、ゴア・ドールが2体。研究所制圧の大きな目的はこれらの兵器の確保であり、特に、ゴア・ドールを手に入れるのは最重要事項とされている。


「ここら一帯にはディテクターは存在しないのですね。」

 レナートがそう呟く。リリンとの遭遇の最大の要因はディテクターの検知であるのだが、彼女たちがここに来るまで下位種の集団に襲撃されるようなことが全くなかったのだった。


『もうすぐ、目的地のリリー研究所だ。状況は?』

 エクスシスからの無線が入る。


「状況は良好…ディテクターの脅威はなさそうです。」

 アランがそう答える。


『了解した。リリー研究所の許可コードを送信しておく。管理区画前の区画に入る際にはそれを使用しろ。』

 アランの端末に許可コードが送信される。


『リリー研究所システムデータの一部のログを先ほど入手した。あの事件直後に、C-1区画の大エントランスホールで戦闘の形跡がある。』

「…リリンの強襲で防衛用生体兵器が起動したということですか?」

 司令室でエクスシスが表示されたログを読み解く。それは防衛用生体兵器関連のログを表示しており、そこにはC-1区画での生体兵器の起動ログが残っていた。


「いや…ログを見る限りではリリー研究所の生体兵器の起動は見当たらない。」

『リリー研究所の?』

 “Activated : Unknown”、というログが表示されていた。Unknownは外部から持ち込まれた、何らかの兵器が起動されたこと、そして、RASの正式な生体兵器ではないことを意味している。さらに、調査をすると”Recognized : the RAS Superior Officer ID-4th Asaba”というログが表示され、それは浅羽のものであった。検出されたログの時刻はほぼ一致しており、彼がそれと対峙していたと考えられる。


「……一先ず、君たちはリリー研究所へと急ぎ向かえ。内部の状況は…ログを見る限りでは、外部より安全なはずだ。A-0区画エントランスに着いたら、連絡を寄こせ。オーバー。」

 話を終え椅子に座る彼に朝倉が訪ねる。


「浅羽さんの件と関係しているのかもしれませんね。」

「その可能性は非常に高い。」

 あの時を思い出す。浅羽は相当に焦燥していた。多くの犠牲が出る…自らの手でケリをつけたい…。リリー研究所で起動された兵器を止めるために彼はそこへと向かい、戦った…その結果がどうだったのかは不明だが。


「…リリー研究所を初回に選んだのは、この意図もあってですか?」

 朝倉が彼にそう言う。


「いや、合理的に見てここを選んだだけだ。浅羽の件は考慮していない。」

「そうですか。…浅羽さんが何と戦ったのか…その後どうなったのか、気になりますね。」

「一つ言えるのは、あれから随分と時間が経った。浅羽も…彼が対峙した兵器もこの世にはいないだろう。」

「そうかもしれませんが、希望は持ちたいですね。」

 朝倉は笑顔を取り繕ってそう答える。その間にエクスシスは少し考えて立ち上がり、彼らに指示を出す。


「事件当日の研究所の全ログを洗い出せ。これを仕掛けたやつを調査する。」

 生体兵器の起動ログは基本的に起動の起点となった場所、つまり、保管室のデータログに残るようになっている。そのため、保管室でもないC-1区画に起動ログが残っていることは通常ではありえない。


「ギルバードの指示で急遽、用意したに違いない。データを改ざんする猶予はなかったはずだ…必ず、どこかに形跡がある。」

 その発言に朝倉は疑問を呈する。


「研究所のログをいじるのは意外と簡単ですよ?今まで尾を出さなかった長官の協力者が、そんな間抜けなことをしますかね?」

 エクスシスは首を横に振る。


「君の言うようにいじるのは簡単だ。しかし、1日に記録されるログの数は膨大で、思わぬところで記録される。じっくり腰を据えれば容易いかもしれないが…人間、焦ると普段の能力を著しく損ない、些細なミスをしてしまうものだ。」


 アランの部隊はリリー研究所の入り口近くまで到着していた。彼はルナを含む数名に斥候を命じ、研究所内へと潜入させる。彼女たちは警戒しながら入口へと近づいていく。その時、彼女は入口へと入っていく白い影を見る。


「…!?」

 急に立ち止まる彼女に、同行していた隊員が注意を向ける。


「どうした?」

「今、入り口に何かが…。」

「?」

 隊員は首をかしげ、互いに確認する。


「おい、何か見たか?」

「いや、何も。」

「…見間違いじゃないの?」

 彼らはルナにそう言う。彼女もそれに流され同意する。


「…そうみたいですね。」

 彼女は一抹の不安を覚えながらも、入り口へと向かっていく。


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