LILITHの授与
戦闘命令を受けたマリオネットMk-Ⅲは右腕のプラズマブレードを出力し、ルナめがけて突進してくる。ルナは向かってくるマリオネットに発砲するが、VR訓練時と同様に強靭な装甲によって銃弾ははじかれていく。
「やっぱり、効かないのね…!」
マリオネットが振り下ろしたブレードを躱して、彼女は高周波ブレードを抜き、すかさず振りかぶる。遺伝子強化で筋力を強化された彼女だが、その装甲を切り裂くまでには至らなかった。
「かっっったい!」
ひるむルナにマリオネットは容赦なくブレードを振り下ろす。攻撃を受け止めることができないと既に分かっている彼女はすぐに距離を取る。
エクスシス達は彼女の戦闘風景を管理室から眺めていた。
「…VR訓練でマリオネットの特性を一応は理解しているようだな。だが…それ以外に変化は見られない。」
「過剰な期待だったのでしょうか?」
レナートが彼にそう言う。心なしか彼女の表情は曇っていた。そんな折、シャオロンがVR訓練時の事を思い出す。
「装置とのニューロンリンクが焼き切れたのは確か、マリオネットにやられる寸前だったよネ?もしかすると、まだ、ルナは無意識にやった感じで、習得まではしてないんじゃないのカ?」
「……なるほど。生命の危機を感じ、無意識にやった結果というわけか。その後は意識を失ったから、自分のやったことを覚えていないと?」
エクスシスはシャオロンに訊ねる。
「多分ネ。」
彼は顎に手を当て、少し考える。そして、朝倉へ指示を下す。
「朝倉…マリオネットのリミッターを外せ。」
それを聞いたレナートがエクスシスに反論する。
「長官、それは危険です。リミッターを外せば一切、マリオネットはこちらの命令を受け付けません。今のルナでは…。」
「そ、それは流石にまずいんじゃないのカ?」
朝倉もレナートとシャオロンに続く。
「二人に同感です、長官!リミッター解除のマリオネットを相手にするのは、今いるベテランでもかなり…いや、無理です!それを彼女が相手するのは…!」
彼らの反論を退けるようにエクスシスは言う。
「ルナの潜在能力を引き出すためには必要だ。現状、こちらの戦力は乏しい…最悪、彼女を失う結果となってもそれは変わらない。だが…。この件の責任はすべて私が負う。…命令だ、やれ。」
「…わかりました。」
朝倉は躊躇いつつもコードを打つ。
「正気ですか、長官?」
レナートが冷静にエクスシスに訊ねる。
「私は至って正気だ。」
エクスシスは素っ気なく答える。
リミッター解除のコードが発信され、マリオネット制御装置のAIはアドレナリン制御機構を解除し、筋肥大等の身体強化を引き起こす薬剤を解放した後、その機能を停止する。リミッター解除は研究所への重大な被害が確認された際に発令するものであり、制御装置が機能を停止するのは完全なる驚異の排除に向け、外部からの不正なアクセスをシャットアウトするためである。これにより、それは目の前の標的を敵味方なく排除にかかる。
リミッター解除は脅威排除の最終手段であるため、その効果は目覚ましく、ほとんどの場合、それらは完全に排除される。しかしながら、それらを鎮圧するには、皮肉にも強行的な手段を選ばざるを得ず、また、緊急時に研究所は照明を落とした状態が多く、それに紛れるためにデザインされた黒いスーツではリミッター解除個体かどうかの識別が戦うこと以外では困難であった。
RAS専属の私兵部隊であれば、状況によりその状態が分かるのだが、基本的にこういった非常時の場合はPMCに依頼を出すこともまれではなく、協調して彼らと鎮圧を図る。PMCには機密の関係上、内部情報を全て伝えることはないため、リミッター解除個体がいるとしか知らされない。しかし、彼らにはどれがそうなのかを一見して判別することはできず、判断ミスによる人的被害が増大し、それにつれてメディアにも目がつけられるようになった。
当初はリミッター解除個体を研究所に侵入した敵対勢力に認知させることを嫌っていた高官たちも、認識を改めざることとなった。その結果、マリオネットシリーズにはリミッター解除個体を見分けるため、彼らの着用しているボディスーツに色彩変化機構を設け、解除時には赤色に変化するようになった。
ルナの目の前でマリオネットのスーツが赤色へと変化する。加えて、筋肥大の影響でその体格は一回り大きくなり、スーツ越しでも屈強な筋肉が確認できる。
「何が起きたの?」
動揺する彼女にマリオネットが襲い来る。そのスピードは先ほどとは比べものならないほど速く、瞬く間に距離を詰められる。
「なっ!?は、速い!!」
狼狽える彼女に容赦なくマリオネットはプラズマブレードを振るう。そのスピードもかなり上がっており、躱すので精一杯であった。
(さっきとは全然違う!受け止めることもできないし、どうすればいいの!?)
窮地に瀕するルナを見てシャオロンは焦燥の表情を見せる。
「ちょ、ちょっと、まずいんじゃないカ!?このままだと、殺されるヨ!」
エクスシスは何も答えず、じっとルナの様子を眺めている。
「朝倉!」
「…一度、リミッター解除をするとこちらの命令は受け付けない……どうしようもないんだ。」
「そんな…!」
ルナは見る見るうちに追いつめられていく。マリオネットの猛攻は止まることを知らず、彼女は反撃の隙を一切与えられない。先のVR訓練とは違い、あのブレードをその体で受ければ待っているのは確実なる死。追いつめられ、攻撃をよけることに必死な彼女だが、頭の中では抗いようもない死への恐怖が確実に湧き上がっていた。
そして、その恐怖が完全に彼女の心を覆ったとき、体が強張り、一瞬、身動きが出来なくなる。その一瞬のすきにマリオネットのブレードがルナの首元を捉える。その熱と光が目の前に迫ると、死の寸前に訪れるという走馬灯が彼女の脳裏を駆け巡る。
その走馬灯が終わる寸前で、彼女の意識は暗い空間へと移る。そこは冷たい水の中のようであった。
「…私は…死んだの?」
水の中は冷たいが、異様な懐かしさに包まれており、心は安堵で満ちていた。その彼女の前に4対の紅い光が迫ってくる。
「あれは…」
それは前に夢の中で見た巨大な影であった。
「…。」
以前とは違いルナは恐怖を感じなかった。その影は彼女の眼前まで迫り、脳内にささやく。その声は、今度ははっきりと聞こえた。
『我ガ遺伝子ヲ再ビ全テノ生物ニ……紛イ物共ヲ滅ボセ』
影から放たれた淡い光が彼女の体へと入っていく。その瞬間、体中に力が巡るのが感じられた。
運用試験室に巨大な音が轟く。エクスシスたちが目を向ける先には吹き飛ばされ、正面が焼け焦げたマリオネットがいた。ルナは息を切らしながら、自分の手の平を見つめている。
「…賭けた甲斐があったか。」
エクスシスが安堵の言葉を漏らす。
「…!」
レナートとシャオロンは突然のことで言葉が出ないようだった。
マリオネットがふらつきながら立ち上がる。体が思うように動かない様子で行動にかくつきが見られる。プラズマブレードを再出力しようとするが、機器の調子が悪いのか出力されない。
ルナは手の平から目線をマリオネットへと移す。それは攻撃態勢へ既に移っており、彼女めがけて再び駆けてきていた。彼女はスーッと息を吐き、右腕を上げ、手の平をそれへと向ける。左手で腕を抑え、力を込める。
「何をやる気なのカ…?」
マリオネットがルナの眼前で腕を振るう。
「チッ…!」
ルナは後方へと身を躱す。轟音が響き渡り、マリオネットの剛腕が地面を大きく凹ませる。
彼女は再度、体勢を立て直し、それに向って腕を構える。
「すぅー…」
全神経を集中させる。今度は意識的に…。
マリオネットが彼女へと向かい、再びをその剛腕を振るったその時、まばゆい光とともに稲妻が走る。それは装甲を焼き切り、その衝撃は巨体を吹き飛ばし、後方の壁へと容赦なく叩きつける。
機械で生命維持等を制御されているマリオネットは、体の大部分を損傷しても機能停止までに至ることはごくまれであるのだが、ルナが放った強力な電流は内蔵機械を包む絶縁体を焼き焦がしそれらを全てショートさせたため、その機能を完全に停止した。
「はぁ…はぁ…」
両膝に手をつき、息を切らすルナ。上手く力をコントロールできず、無駄に力を浪費したようだ。
「これは…大きな成果ですね。」
先ほどの様相を見てレナートがそう言う。
「彼女がやられなくてほっとしたよ。良い結果だ。」
エクスシスが安堵の表情で言う。
「無事に終わりましたが…次からはこういうのは御免ですよ、長官?」
朝倉が眉間にしわを寄せている。そんな彼を見て、エクスシスは目で合図を送る。
「…全く…。すまないが、マリオネットの回収作業を手伝ってくれ。」
「私はルナを自室まで連れていきます。…2時間後に彼女の精密検査に立ち会います。」
「ああ…頼む。」
朝倉と職員、レナートは運用試験室へと向かう。
「しかし…あんな強力な電流を一体どこから…?」
シャオロンはルナをまじまじと見つめている。
「恐らく、筋細胞の一部が特殊なものへと変化したのだろう。電気ウナギ等が持つ発電機は特殊な筋細胞だが…あの威力は到底出せない。かなり特殊なものだと推察できる。」
「なるほどネ…。」
エクスシスは扉へと向かいながら、シャオロンへ指示を出す。
「君は実戦データをまとめてくれ。」
「長官は?」
「…調べたいことがある。」
暗い部屋の中でギルバードが一人、眠りに落ちている。彼の近くの机の上には一世代前のシーケンサーが稼働している。
彼は夢を見ている。遠い昔の夢を。
『怖くないよ。だって、お兄さん…優しい目をしてるんだもん。』




