再会
そのロケットペンダントを見て、エミリアの霧がかかった意識ははっきりとする。おぼろげだった記憶が一気に蘇った。
あの時、自分は確かに、ノメリアと名乗る男に首を割かれ殺された。這いずり逃げる自分を押さえつけ、その首をナイフであの男は切り裂いた。自分は…殺されたはず。体を巡った確かな痛みと消えゆく意識を確かに覚えている。
殺し損なったのか、それとも、意図してなのか。意図したとしてそれはなぜなのか?
エミリアの頭の中をそれらの疑問が巡るが、彼女はそれを振り払う。
「みんなは…。」
彼女は辺りを見渡す。近くにはベベルと少し遠くにリリム、そして、専属部隊のアリア・ホートマンの死体が横たわっていた。ベベルを揺さぶるも、やはり応答はない。彼女の傍らには同じようなペンダントが置かれていた。
「ここにも…」
エミリアはリリムの方を見る。血まみれでこと切れている彼女は気味の悪い笑顔のまま天を仰いでいた。しかし、彼女のところにペンダントはなかった。
「…。」
リリムの表情に気味の悪さを感じながらもエミリアは辺りを散策し、エリリンとリプリカの遺体を見つけた。彼女らも自分とベベルと同じようにペンダントが添えられていた。
「あいつが…こんなことを…?」
彼女は首を横に振る。あの男は自分たちのことをただ、淡々と殺していった。表情は豊かであったが、目は常に笑っていなかった。そんな男がこんなことをするとはどうしても想像できなかった。
人工風が木々をなびかせる音だけが静かに響く。ノメリアが口にしたことが頭に浮かぶ。あの時は信じてしまったが、今となってはやはり、自分たちを殺しに来た男の言葉を信じれない。いや、信じたくない。
「これから…どうすれば…。」
彼女の頬に涙が伝う。幼い彼女にはこれからどうすればいいのか全く分からず、姉妹の遺体が転がるこの場所で途方に暮れていた。感情に乏しい彼女は声をあげて泣くこともできず、ふらふらとした足取りで扉の方へと進んでいく。扉を出たところで彼女の頭に赤髪博士の顔がよぎる。
「…パパ…。」
エミリアの足は管理室へと一人でに向かう。そこには自分たちが殺した赤髪博士の遺体があるだけなのだが。
いつもと変わらない楽しい日々が続くと信じていた。”Queen”達にとって、赤髪博士は父親同然の人物だった。いつも変わらない笑顔で自分たちを迎え入れ、いつもそばにいてくれた。エミリアは彼の研究を暇さえあれば手伝っていた。彼はそんな彼女の頭をやさしくなでるのだが、彼女にとってその瞬間は至福の時間であった。
だが、ベベルがあの報告書を持ってきてからすべてが変わった。背筋が凍り付くとともに、抑えがたい怒りが沸き上がった。ずっと、自分たちを騙していたのだと。あの笑顔は、あの優しさは、偽物だったのだと。
気づけば自分たちは彼を殺していた。清々した気分は確かにあった。けれど、それに隠れて悲しみも襲ってきた。実際、殺したことを後悔していた。怒りが治まり、冷静になった時、もっと別の方法があったはずだと。
しかし、殺してしまった事実は変わらない。心の中で浮かぶ、後悔の念を常に押しつぶしていた。だからこそ、ノメリアの言葉を信じてしまったのかもしれない。
彼女はふらふらと進んでいく。通る道にはすべてではないが、自分たちが手にかけた研究員たちの遺体が転がり、血と臓物の不快な臭いが漂っている。所々にリリムが強制自決させた奇怪な遺体が混ざり、妙な不気味さを覚える。遺体の放つ不快な臭いに吐き気を覚えながらも、遂に彼女は赤髪博士を殺害した中央管理室へとたどり着いた。
「…え?」
エミリアは部屋の中を見て絶句した。赤髪博士が倒れていた場所には乾いた血だまりしか残っておらず、彼の遺体はどこかに消えていた。彼女はその場へ進む。
「どうして…?」
彼女は乾ききった血をなぞる。確かに、ここで彼を殺したはずなのだが、嘘のように遺体は消えていた。
混乱した頭を抱えるエミリアの背後から影が伸びる。彼女がそれに気づいた時、なじみのある匂いが漂ってくる。すぐに彼女は振り返る。
「…嘘…!」
そこには血で汚れた白衣を着た赤髪博士が立っていた。
「エミリア…!」
その声は紛れもなく赤髪のものだった。
「パパ…?」
彼はエミリアの下へと駆け寄り、優しく抱き寄せる。
「よかった…!生きていたんだな!」
いつもの優しい抱擁に気づけばエミリアは両目からいっぱいの涙を流していた。
「パパ…どうして…?」
ノメリアの言葉が脳内に響き渡る。とてつもない感情が湧き上がってくる。
「そんな…パパは…私たちが……間違って…!」
「他の子たちは!?」
「パパ…ごめんなさい!ごめんなさい!…うわああああああああ!!!!」
何時も無表情だったエミリアの顔は、泣きじゃくる子供のそれに変わっていた。泣き叫ぶ彼女を赤髪はより強く抱き寄せる。
(生き残ったのはエミリアだけか…!あぁ…神よ…)
彼の頬に涙が流れる。
しばらく泣きじゃくった後、目を腫らしたエミリアは赤髪に尋ねる。
「パパ…どうして?私たちが…」
赤髪は端末を操作しながら話す。
「簡単に言うと…この体に手を加えてたんだ。」
「手を加えた…?」
「これでしばらくは猶予ができたかな。」
彼は画面を見ながらそう言う。
ノメリアの任務が終了した後、ギルバードはこの研究所への送電を停止させており、現在、研究所は予備電力で稼働している状況であった。赤髪は不要な施設や機械への電力供給を止め、予備電力をセーブした。
「後は発電装置をうまいこと稼働させれば…。」
「パパ?」
「あ…ああ、すまない。」
彼は一呼吸し、エミリアに言う。
「エミリア…今回の事を全て話す。」
赤髪はエミリアにも分かるように話した。報告書の事、リリムの事、そして、自分が死ななかった事。
常人では致命的な傷を負った彼が生きていたのは、”Queen”達の持つ驚異的な再生能力を発現する遺伝子を特定し、ベクターウイルスを用いて自身の遺伝子にそれを組み込んだためであった。本来、”Queen”達の再生能力は臓器までには及んでいなかったが、組み換えの際に突然変異が起き、赤髪は臓器の再生能力を偶然にも獲得していたのだった。
彼がこのような行動を起こしたのは彼女達を守るためであった。“Queen”達の研究結果を一通り報告した赤髪に、長官であるギルバードは彼女たちの処分を求めた。彼が赤髪に命じた研究は計画の一部であり、極秘の情報もはらんでいたため、研究の産物であるが不要となった彼女達を残しておくのは少々、都合が悪いのが理由だった。
面と向かっての長官からの命令でもあったため、一度、赤髪はそれを吞んだが、結局、手を下すことはできなかった。”Queen”達の処分を取りやめる嘆願書を作成したものの、それが受理されるとは思っておらず、長官が強行的な手段を取った時に備えた。
それがリリムと自身の遺伝子強化であったのだが、ダメもとで提出した嘆願書は条件付きではあったものの正式に受理され、”Queen”達の処分に署名した報告書は無効となった。
既に察してはいたが、改めて赤髪の話を聞くと抑えがたい後悔の波がエミリアを飲み込む。彼の口から出る真実が彼女の心に深く突き刺さる。変わらず自分たちのことを思っていてくれていた彼を勘違いとは言え、手にかけてしまった事実が突き付けられる。
「ぐっ…うぅ、おぇ…!」
あまりの自責の念にエミリアは思わず吐き気を覚え嗚咽する。そんな彼女を赤髪は優しく抱きしめる。
「悪いのは私だ。…責任を感じる必要はないよ。」
「でもぉ…でもぉおお…!」
“Queen”達の見た目は14~16歳ほどであるが、思考はまだまだ幼い。生まれた段階で一通りの教育は施し、一定の道徳は与えたものの人生経験は圧倒的に少ない。善悪、物事の判断も正確に下すことなど不可能だ。
彼女たちのしたことは決して許されるものではないが、赤髪はどうしても彼女たちを責めることなどできなかった。実験のためだけに作られ、無機質で冷たいこの研究所で自由を制限された生活を強いられ、まともな教育を受けずに育った彼女たちに全ての責任を押し付けるなど到底無理だった。
そもそも、自分が彼女たちに死んだ娘を重ねてしまったのが一端でもある。ただ、粛々と自身の業務を全うすれば、予定通りに処分しておけば。彼女たちは諦めの中で死ぬことができ、職員たちは殺されずに済んだはずだったのだ。
エミリアが落ち着いたのを見て、赤髪は言う。
「エミリア…手伝ってほしいことがある。」
「…なに?」
「皆を埋葬したい。せめてもの罪滅ぼしのために…いいかい?」
彼女はしっかりと彼の目を見て言う。
「分かった。」
「ありがとう。」
彼は優しく微笑み立ち上がる。エミリアも立ち上がって、出口の方へと足早に向かう。
「私は…先に皆を。…いいよね、パパ?」
「うん。パパも後から行くよ。」
エミリアは姉妹である”Queen”を弔うために彼女たちの遺体が残る外部環境実験室へと向かった。
赤髪はエミリアが去ったのを見て、胸ポケットから紙切れを取り出す。
(ノメリア…感謝はしているが、私は君を…。)
紙には走り書きがあり、右下に書いた本人であるノメリアの名前が記されていた。
―皆殺しと言われたが、1人くらいは生かしてやる。恨まないでくれよ?―
彼なりの長官への反抗なのか、それとも、ただの思い付きなのか。多少の交流はあったが、彼はいつも飄々としていて何を考えているのか、赤髪にはよくわからなかった。
彼はその紙を小さく潰して機械の隙間に押し込んだ。
「上がどうなっているのかも気になるが…。今はやるべきことをやろう。」
彼は血まみれの白衣を脱いで部屋を出ていった。




