目覚め
「…本当にすまない。」
「常に連絡が取れるようにって、口うるさく言っていたのは長官でしょ!」
解析室でエクスシスにローズはそう怒鳴る。他にも何か言いたげな表情だったが、深呼吸をして抑え込む。それを傍目に見ていたキルギスが言う。
「『エデンの奪還』計画は練り直す必要がある。初めてホモ・エクセルサスだったか…奴の力を目の当たりにしたが、上位種以上かもしれない。おいそれと地上に部隊を派遣するのは危険だ。」
「…エリーとブレイドが還ってこなかったのはそういうことか…。」
エクスシスは拳を額に当て、落胆の表情を見せる。ローズはそんな彼に構わずに言う。
「落ち込んでいる場合じゃないわよ。しっかりしてください。」
「…そうだな。」
彼は気持ちを切り替え、立ち上がる。
「…部隊の早急の強化が必要だな。現状、地上に出られるのは軍の生き残りだけだ。…件の招集はどうだった?」
それに対してローズが答える。
「まずますと言ったところね。64名の応募がありましたが、最終的な適合者は42名となりました。」
「そうか。訓練開始は明日からだったか。」
「ええ。」
彼は扉の前へと行き、二人に後ろを向けたまま言う。
「訓練プログラムを変更する。第4会議室に部隊長と臨時統括長のレナートを招集してくれ。」
彼は部屋を出て会議室へと足早に向かう。彼の頭の中では今後の計画のことは勿論だったが、気が付けばギルバード・スペンサーと解析室のPCに保存していたファイルの内容が浮かんでいた。
ギルバードは長官の座について暫くしてから日本の研究所に赴いていた。それは前長官のスコールランドが死亡してから数か月経った後のようで、その研究所は日本政府以外には秘匿され、人里離れた山中にひっそりと建てられた比較的小規模のものだった。
そして、偶然にもその場所の近くに―とはいっても二山ほど超えた先にだが―地図から消され隔絶された村、「鬼亡村」があった。
その村にはある伝説があり、それは「鬼殺しの黒き九尾」と言われていた。その内容は村を襲いに来た鬼達を山の頂から降り立った黒い九尾が滅ぼし、村を救ったというもの。しかし、九尾はその対価を求めたため、村人たちは村一番の娘を献上したという。九尾はその娘を大層気に入り、この村の洞窟に居を構え、村に降りかかる災厄を振り払ったと言われている。
しかし、長い時が経つにつれてこの伝説は曲解され、村が病や飢饉に襲われた際にはこの九尾が居を構えたと言われる洞窟に村娘を一人、生贄として捧げるようになったという。
ギルバードはある日を境にこの村を抹消し、一部の村人を人体実験に使用したと記録されており、その実験記録も残っていた。
その動機は断定できないが、実験記録の一部に気になるものがあった。
「目覚ましい戦績ネ。」
VR訓練室の監視室でシャオロンがモニターの映像を見ながらそう言う。モニターには防犯ガラス越しに隔てられた訓練室で、VR装置に接続された強化兵の戦闘風景を映している。訓練室には3台の装置があり、その内の1台にルナが接続されていた。
彼女は他の強化兵よりも高難度の訓練をクリアしており、監視室の職員の目を引いていた。
「あの子なら、レベル10もクリアできそうですね。」
レナートがシャオロンに確認するように言う。
「レベル10って…確か、標的はマリオネットMk-Ⅲだったよネ?」
「ええ。」
「それはちょっと…。」
NRASのVRシステムにはRASがこれまで作成してきた生体兵器の実戦データが組み込まれており、その中には極秘の存在であったマリオネットMK-Ⅲやゴア・ドール、さらにその非常に高い攻撃性故に配備され得なかった強化型ゴア・ドール:ジェノサイダーも含まれていた。これらの極秘データはスコールランド前長官のAIから入手した物証の中に入っていた。
既存の計画においては、VR訓練でこれらのデータは使用しないこととなっていた。初期段階では、下位種リリンへの対策として通常の生体兵器データであるレベル1~5まで打ち止めであったが、急遽、適性が高いのものついては高レベル帯への適用を許可された。
現在、ルナはレベル7の強化型ハヌマン:デス・スパイダーを倒し、待機中であった。彼女は他の強化兵がレベル5のタイタンに手間取っている間に、そのさらに数段上のレベルを難なくクリアしたのだった。その戦果を見て、レナートはさらなるレベルにも対応可能だと考えた。彼女は不安げなシャオロンをよそにマイクを手に取り、ルナに伝える。VR空間の中でレナートの声が響く。
「ルナ。貴女の戦果はすさまじいものです。こちらで映像を見ていましたが、さらに上のレベルをこなせると判断しました。貴女にはレベル10に挑戦してもらいます。」
「レベル10?」
すると、ルナの前に黒い人型のアイコンが現れる。それに伴って周りの風景も変化し、辺りはどこかの研究所の内部を再現した。先ほどのような周りに適当なホログラムの障害物があった景色とは一変し、リアルな風景にルナはたじろぐ。
「いきなり雰囲気が…なんだか気味が悪い…。」
辺りは静まり返っており、聞こえてくるのはルナの足音と機械の駆動音だけであった。彼女は感覚を鋭く研ぎ澄まし、一歩一歩道を進んでいく。
彼女の耳に音が入る。それは後方から聞こえてきており、足音のようだった。振り返ると曲がり角から重装備の巨人、マリオネットMK-Ⅲが現れた。それは彼女を認識すると右腕の装備を操作し、薄い緑色をしたプラズマブレードを出力する。
「ライトセーバー…?」
目を丸くするルナに構わず、マリオネットは彼女へもう突進してくる。見た目からは想像もつかないほどの俊敏さに一気に距離を詰められる。
「速い!」
ルナはすかさず銃を発砲する。しかし、マリオネットの装甲はカーボンナノチューブを束ねた強靭な繊維からできており、一切の弾丸が通らない。それはルナめがけて勢いよくブレードを振り下ろす。彼女はそれをブレードで受け止めようとするが、プラズマで出力されているそれはそのまま降りかかる。
「ああ!!」
監査室にシャオロンの声が響く。
ルナは胸元から腹にかけて浅く切り裂かれるも、咄嗟に反撃しマリオネットを蹴り飛ばす。
「グッ…!!あ、熱い!?」
切り裂かれた傷は焼け焦げており、不快な臭いが上がる。蹴り飛ばされたマリオネットはほんの少しだけひるんだが、すぐに攻撃態勢へと移り、再度、彼女に向けてブレードを振るう。
「避けるしかない…!」
ルナはマリオネットの猛攻をよけ続ける。偶に隙を見つけては銃を撃ったり、ブレードで反撃したりとしたが、堅牢な装甲に止められてしまう。
「クソ!どうすれば…!」
次第に壁際へと追いやられ、窮地に陥るルナ。距離を取ろうにもマリオネットの猛攻が速すぎて下手に動くことができない。
(見た目に反して、動きが速すぎる…!)
焦る気持ちが彼女の判断を一瞬曇らせた結果、マリオネットの攻撃をよけきれず、腕を深く切り裂かれてしまう。
「きゃああああ!!!」
あまりの激痛に武器を落としてうずくまるルナに、情け容赦なくマリオネットはブレードを振り下ろす。
監査室に警報が鳴り響く。
「な、何が起きたネ!?」
ルナのVR装置からの映像が砂嵐となっていた。
「ルナ隊員のニューロリンクデバイスが切断されています!」
「なんですって!」
職員の言葉に戸惑うシャオロンとレナート。VR装置と被験者はニューロリンクデバイスによって接続されており、それは完全に機械で制御されている。被験者本人の意思や外部から人の手で切断することなどできやしないのだ。
職員と救護班が訓練室へと入室し、ルナの装置へと駆け寄る。彼女は気絶しているだけで命に別状はなかった。技術者が装置を調べると、デバイス内のコードが焼き切れたことが原因だと判明した。コード内に許容限界以上の電流が流れた結果であると判明したが、装置の不具合に起因するものではなかった。
「…試してみる価値はありますね。もし、これがルナの能力なら…」
「でも、それが本当ならVR装置とか精密機器は使用できないヨ?」
レナートとシャオロンが管理室で話し合っていた。シャオロンは不安を呈していたがレナートの方は意欲的であった。彼女は元RASのナンバー2であったこともあり、シャオロンよりもRASの内部については相当詳しい。
「このRASアメリカ本部にはまだ、起動されていない生体兵器がF層に保管されています。勿論、支部ではなく本部ですのでそれなりのものが。」
「もしかして…。」
レナートは端末の画面をシャオロンの前へと突き出す。そこにはマリオネットMk-Ⅲとゴア・ドールのデータが載っていた。Mk-Ⅲとゴア・ドールは極秘中の極秘であり、これらの配備状況はRAS高官の中でも数名しか知らされていない。
「私にはここに配備されているのはMk-Ⅱまでしか知らされてないネ…。」
悲しげな表情をするシャオロンに構わず、レナートは続ける。
「Mk-Ⅲは完全制御できる点、いざというときに使えるのであまり使用はしたくないですが…この際仕方ないですね。ゴア・ドールはリスクが大きすぎるのであれですし…。データを見ると保管されている数は4体ですので…ブツブツブツ。」
「あの、レナートさん?」
シャオロンの声はレナートに届いてないようだった。
ルナは医療室に運ばれていた。精密検査が行われたが、VR訓練中に突然起きたニューロリンクデバイスの切断の影響は見当たらず、一時的な意識喪失であると断定された。彼女は目が覚めるまでベッドで安静にさせられた。
「…ここは?」
ルナは夢の中にいた。辺りは真っ暗で自分の体すら見えない。その暗闇の中で漂っていた彼女の耳に小さな声が聞こえてくる。
「ど……て私は……てい…の…?」
その声が聞こえた途端、彼女の目の前に光が差し込んできた。
血の臭いが鼻腔を刺激する。
瞼の裏で光を感じ、一人の少女が立ち上がる。ゆっくりと瞼を開き、自分の胸の鼓動を確かめた彼女は、思わず言葉をこぼす。
「どうして私は生きているの…?」
首元を震える手でゆっくりとなでる。
「傷が…ふさがってる…?」
状況がつかめないまま少女が視線を足元に落とすと、そこにはロケットペンダントが落ちていた。それに気づいた彼女は腰を下ろし、それを拾い上げる。ペンダントを開いてみるとそこには自分と赤髪博士の写真が入っていた。
「これは…!」
エミリアは思わず目を見開いた。




