邂逅
NRASによる「エデンの奪還」計画のために集められた後天的遺伝子強化兵は、数週間の訓練を経てからの現場入りと決定された。各隊員は基礎訓練からRAS本部に残っていたVR訓練室での仮想現実訓練を受け、現存する部隊、あるいは新部隊へと編成されることとなった。
「エデンの奪還」計画は第1段階から第4段階で構想されており、第1段階は現存する部隊から数部隊での基地地上半径10kmの調査、第2段階は新兵を加え増員を図り調査地点の完全な制圧、第3段階は制圧地点を発展させ地上の奪還基地へと発展、物資等の回収、他支部への連絡手段の確保、および調査地点の拡大、第4段階は上位種の殲滅だが、計画の進捗によりさらなる段階を増やす必要に迫られると考えられている。
考案者のNRAS長官エクスシスが危惧しているのはその能力が未知数である、上位種の存在。第3段階の段階で上位種リリンの特性を理解し、果たしてそれに対応することができるのかが気掛かりでならない。さらに、彼を不安にさせているのが消息不明の元凶であるギルバード、そして、リリン以上に謎多き黒い九尾の化け物。
エクスシスは作戦室で一人、資料片手に思考に耽っていた。
「なぜ…あの人はこんなことを…?」
エクスシスがRASへと入社した時、長官のギルバードは輝かしい存在として彼の目に映っていた。多くの難病の原因を究明し、世界中の多くの人々に救いの手を差し伸べていた。彼のような偉大な研究者になるため、日々、寝る間も惜しんで勉学、研究に励み、やっとのことで高官、それも若くして副長官として認められた。
しかし、上り詰めた先に以前の長官の姿はなかった。不自然な金の流れが彼の周りを取り巻いていた。探れば探るほど、黒い噂が溢れ出し、かつての憧れは強烈な疑念へと気付けば変わっていた。
何が彼を変えてしまったのか。彼にはそれがずっとわからなかった。
「…。」
その時、1つのことが頭をよぎった。ブレイドとエリー、そして、浅羽がウエストハイランド島の最奥、前RAS長官スコールランドのAIから入手した物証。そして、その中でまだ目を通してなかった資料があった。
―地上
現存する15部隊のうちの6部隊が地下基地地点を中心に半径10kmの範囲に展開し、調査を開始しようとしていた。1部隊は約8人程度で構成され、部隊長にはカメラ付きのゴーグルが支給されており、その映像は司令室のモニターに各個映し出されている。
高官のローズが各部隊に指示を出す。
「各隊に告ぐ。調査範囲は先に説明したとおり、地下基地中心に半径10km。貴方達の調査の主な目的は散在するディテクターの破壊とそれに付随して襲い掛かるリリンたちの殲滅よ。」
それにキルギスが続く。
「ディテクターにより周囲数kmのリリンが呼び寄せられるが、下位種がほとんどで中位種が関の山だろう。しかし、万が一、上位種が現れた場合は直ちに撤退するんだ、いいな?それでは状況開始だ。」
それぞれの部隊は指定された範囲を警戒しながら進んでいく。各部隊はディテクターを発見、あるいはディテクターに検知され招集されたリリンとの戦闘を強いられる。しかし、キルギスが言ったように、その中に上位種は見られることはなく部隊はまれに大量に現れる下位種に少し苦戦するくらいで任務に大きな支障はきたさなかった。
そんな中、都市部の方へと向かった1部隊はかなりの遠方に謎の建造物らしき影を見た。それは周りに残る建物とは異質な雰囲気を放っている。
「司令部…見えますか?」
隊長がカメラを向ける。建造物があまりに遠すぎるため、ぼんやりとした輪郭しか映し出せない。
「なんだ…これは?」
「かなり大きそうね。今の地点から数十kmは離れているのかしら?」
キルギスとローズは少し話し合い、隊長に連絡する。
「その建造物はかなり気になる。君らの地点はここから約10kmで、今回の探索限界範囲だが…もう少し前進し、その建造物がはっきり見える場所まで行ってほしい。」
「…了解しました。」
隊長は手で隊員に合図する。
「上位種とかち合う危険性がある。警戒を強めてすすめ。出会った場合はすぐに撤退しろ。」
部隊は崩壊した都市部へと足を踏み入れる。混乱した軍の一部が感染者を一掃するため、都市にミサイルを落としたので、それによって破壊され崩れたビル等の倒壊物が積み重なり散乱している。辺りは異様なほどの静けさに包まれており、部隊員の小さな足音がはっきりと聞き取れるほどだった。
「…くそ不気味だな。」
暫く進んでいくと開けた場所に出る。その前方には倒壊したビルが横たえており、その上に人影が見える。人影は部隊に背を向けて立っており、彼らが目指す巨大な建造物の方を眺めているようだった。
「見えますか…人?がいます。」
隊長が司令部に無線を入れる。カメラを拡大し、その人物を映し出す。
「…旧人類が…地上に何の用だ?」
ゆっくりとその人物が彼らに振り返る。カメラがその顔を映し出した時、司令部のローズとキルギスが驚きの声を上げる。
「な…!?」
「ギ、ギルバード・スペンサー!?」
ざわつく司令部をよそに部隊長がギルバードに訊ねる。
「誰だ、お前は?こんなところで何をしている?」
その言葉を聞いたギルバードは鼻で笑い、倒壊したビルから地面へと降りる。彼は鼻から大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
「あぁ…君らの内に選ばれ得る者がいそうだな。」
「…?」
「君らが何と呼んでいるのかは知らないが、この地上を闊歩するN.E.O.Sは進化への第1形態と言ったところだ。選ばれた者だけがN.E.O.Sになり、その資格を持たない者は淘汰される。君らがあの日に見た光景は進化への選別だったのだよ。」
彼は不気味な笑みを向けながら言う。
「愚かにも奪われた地上を求め、ここで私に出会ったことはある意味…幸運だ。」
「さっきから何を言っている?」
司令室ではざわつきが続いていた。キルギスとローズは話し合い、ローズがエクスシス長官に連絡を入れる。しかし、繋がらなかったのか、彼女は舌打ちして司令室を飛び出ていった。
キルギスは部隊に無線を入れる。
「何を言われているのかは知らんが、奴の言葉に耳を貸すな。」
「分かっています。…どうしますか?」
「…奴はどんな様子だ?」
隊長はギルバードをじっと見据える。彼は見た限りこちらに対して丸腰ではあるものの、常に余裕の表情をしていた。しかし、彼の視線はしっかりとこちらを捉えているようだった。こちらの一挙手一投足を常に監視している…彼はそう感じた。
「こちらの様子をうかがっているようです。…司令、我々は…危機的な状況ということでしょうか?」
「……ああ、気を引き締めろ。最悪、全滅もありうる。」
ギルバードは隊長の微かな表情の変化を察する。恐怖と焦燥を。そろそろ彼らが行動に出ることを予見した。
キルギスは静かに言う。
「撤退しろ。…幸運を祈る。」
それを聞いた隊長はすぐに合図を取る。自身を含めた3人がギルバードに銃を構え、残りの5人は後方へと駆ける。
「ふむ…まぁ、悪くない考えだ。君らが束になったところで、私を殺すことなんぞできんのだからな。」
彼はゆっくりと歩み寄る。
「彼らは見逃してやる。最初から私の狙いは君だからな。」
彼は液体の入ったオートインジェクターを取り出し、それを胸元に突き刺し液体を注入する。
「ファイア!!」
隊長の合図とともに隊員は一斉にギルバードに向けて発砲する。無数の弾丸が彼を貫こうとしたとき、その姿が一瞬で消える。
「なっ、消え…!?」
部隊員がそう言いかけた瞬間、彼の両腕が宙へと舞う。彼がそれを認識する間もなく、淡いオレンジ色の鋭いシールドが彼の頭上に現れ、体を正中面で分断した。痛覚が脳へと至る前に彼は死に絶え、放たれた血液や内臓が辺りを染め上げる。
「!!馬鹿な!?一体何が!!?」
突然の出来事に彼らの脳は認知が追い付かず、パニックを引き起こす。
「奴はどこに!?」
あわただしく周りを見渡し、消えたギルバードを必死になって二人は探す。先ほどまで共に行動した仲間の体の一部や臓物をぐちゃぐちゃと踏み散らしていたが、それに気を配るほどの余裕は既に消え失せていた。
「哀れだな、力なきものは。」
隊長の背後にすっと現れるギルバード。それに気づいた隊長は反射的に銃を振りかざすが、ギルバードはそれを片腕で軽く止め、銃口を彼の太腿へとぐるりと向ける。あまりの怪力に銃を握っていた彼の手は無残にへし折れ、折れた骨が肉を切り裂き飛び出す。その激痛に彼が叫ぶ暇もなく、ギルバードは引き金を引く。彼の太腿はズタズタに引き裂かれる。
「あああああああああああ!!!!」
耳をつんざく絶叫が辺りに響き渡る。あまりの痛みに彼は無様に倒れこむ。嘔吐し、失禁し、大量出血も合わさり、よもやショック死寸前だった。
「…弱すぎる。念のためエネルギーの補給をしたが、杞憂だったか。」
「た、隊長!!」
助けに駆け付けようとしたが、ギルバードに突き飛ばされ10メートルほど先の地面へと叩きつけられる。
「ごほっ!!がはっ!!」
「少し待っていろ。」
隊長が持っていた無線機を手に取る。
「今回は見逃してやるが、次は皆殺しだ。胸に刻んでおけ…進化を拒んだ愚かな種族は滅び行くまでだとな。これまでも、これからも。」
そう言って、彼は無線機を握りつぶし、隊長の頭部に装着していた小型カメラを彼の頭ごとシールドで突き刺す。
司令部は静まり返っていた。
「…クソが…!」
キルギスは俯き、歯を食いしばる。ローズはまだ戻ってこない。
隊長を始末したギルバードは残る隊員のもとに歩み寄り、懐からインジェクターを取り出す。それは先ほどのものとは違い、淡い紫色の液体が入っていた。
「君は幸運だ。…もし、ここで私と出会わなければ、何れN.E.O.Sに殺されるだけの運命だったろう。」
「グッ…はぁ、はぁ…」
隊員は銃に手を伸ばし、彼に向って構える。
「この容器にはLILITHウイルスが入っている。あの日、空を舞ったNEO LILITHから放たれたものと同様のものだ。君は我々と近しい匂いがする。」
隊員が引き金かけた指に力を入れた瞬間、ギルバードは一気に詰め寄り、彼の胸元にインジェクターを突き刺す。
「がああ!!」
彼の体内にウイルスが注入される。それは血液に乗って体中に運ばれ、細胞に吸着して自身のDNAを流し込む。そして、細胞内に侵入したそれは核中のDNAを改変していく。
異常な細胞分裂が引き起こされ、彼の体中に腫瘍が現れ始める。それらはさらに成長し、服を突き破り、次第に人の姿を失わせていく。
「だ、だずげでぐれぇええええ!!!」
藻掻き、のたうち回る彼を期待の目で見守るギルバード。しかし、腫瘍の成長は止まり、ぴたりと彼の体は停止する。
「あ…あ…」
「ん?」
その言葉を皮切りに彼は血の涙を流す。その束の間、彼の体は崩壊していき崩れた組織からおびただしい体液が漏れ出てくる。
「アポトーシス、か…。残念だ。」
彼の体はドロドロした液体へと変容し、骨とある程度の組織、衣類等を残して地面にしみこんでいく。
「しかし…妙だ。下位種にすらなんとは。」
彼は湿った地面に残された隊員の残骸を見下ろしながら考え込む。直感ではあったのだが、この隊員からは近しい匂いがした。
自身がこの世に生を受け、物心つく前から感じていたのは周りの人間たちから放たれていた違和感。それが種族的な違いの臭いと理解したのは義父のスコールランドから告げられた時だった。不快というほどではなかったが、孤独感を常に感じるようなものだった。
だからこそ、ある程度の確信はあった。どんな形であれN.E.O.Sにはなれると。しかし、彼は選ばれなかった。選択圧が強力過ぎたせいか、それとも別の…。
「調べておく必要があるか。…思い過ごしであればいいのだが…。」
彼はそう呟き、この場を後にするのだった。




