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N. E. O. S  作者: オルトマン
遺産
47/71

あの日の誓い

 NRASアメリカ本部、地下3階の居住区Cエリアで老婆が少女を諭すように話しかけていた。


「ルナ…本当に行くのかい?」

 老婆は少女の祖母であるようだった。彼女のその問いに少女はまっすぐ目を見据えて答える。


「うん。」

「あんたみたいな幼い子が行くべきじゃないよ。それに真輝は…弟の真輝はどうするんだい?…もし、ルナ、あんたが死んでしまったら真輝は…。アンタのたった一人の家族でしょ?」

 祖母のその答えに少女は少しひるむ。

 少女の名はルナ・フォートナー。2年前のあの日に両親を亡くし、弟の真輝・フォートナーとともに軍に保護され、偶然にもこの施設で祖母のアンナ・フォートナーと出会い数か月の間、共に生活をしていた。


 祖母のアンナの言うとおり、両親を亡くしたルナにとって弟の真輝はたった一人の家族であり、その事実も深く受け止めてはいたものの彼女の口から直接そのことを問われると心の奥底が揺らいだ。それでも、ルナは決心を強く固めており、すぐに態勢を整えた。


「アンナおばあちゃん…。それでも…それでも、私は行くよ。」

「ルナ…あんたは自分がどれだけ恐ろしいところに行くのかわかっているのかい?あの日のことをアンタは誰よりも知っているはずだよ。」

「…。」

「こんなこと言うのはあれだけどね…ダリウスや美香さん…両親の二の舞になるかもしれないんだよ?…彼らもそんなことは望んでないはずだよ、ルナ…。」

 ルナの脳裏にあの日の記憶がよみがえってくる。


 フォートナー一家は近くに父方の実家があるアメリカのニューヨークの街で一時の家族団欒を過ごしていた。

 その最中、人々が空を指さし何かを見つめていた。青色の空に、青色の何かが複数の触手を纏って浮かんでおり、それを目にしたルナにとてつもない嫌な予感が体中を巡り、それはすぐに凄惨な光景として目の前に広がった。


 突然、前を歩いていた人が倒れて痙攣し、体中から血を流しながら恐ろしい速さで体が溶解していった。それを切っ掛けとして、パニックは一瞬で広がった。何らかの病原菌が原因と思った多くの人々は狂乱しながらその場から逃げ出し、その動乱によって事故が頻発した。それだけならよかったのだが、同じような症状の人が一人、二人と現れだしたかと思えば、体が変形し悍ましい化け物へと変貌した者が出現し、それは周りにいた人間を手当たり次第に襲いだした。

 平和だった街並みが一瞬のうちに地獄へと変貌した。街には溶解した人間の体液や化け物に殺された人間の死体が転がり、目にした人間に次々と襲い掛かる化け物がそこら中を歩き回っていた。

 フォートナー一家は逃げ惑う人々からはぐれないように、化け物から逃げていった。しかし、NEO LILITHの放ったウイルスの感染力、拡散力は非常に高く、次々と人々は感染し溶解して死ぬか化け物へと変貌してく。辺りから人の姿が次第に消えていき、気付けば彼女たちは化け物に囲まれ、ルナは血にまみれていた。ルナと弟の真輝へ襲い掛かった化け物から、父親と母親が彼女たちをかばったのだった。


「お父さん…お母さん…。」

 両親の無残な姿を見てルナは固まるが、両腕はしっかりと真輝を守るように抱いていた。化け物は真っ赤に染まった鉤爪を持ち上げ、まだ殺したりないとばかりに彼女たちに迫ってくる。


「い…いや…」

「ル、ルナ姉…!」

 二人は恐怖で足がすくみ、その場から動くことができなかった。化け物が雄叫びを上げて二人に駆け寄り、ルナめがけて鉤爪を振り下ろした。

 世界がスローモーションで流れる。ルナは自分の顔に迫る化け物の鋭い鉤爪が、ゆっくりと近づいてくるのを認識する。まさにそれが彼女の顔を貫こうとしたとき、どこから現れたのか、一人の女がその化け物を思い切り蹴り飛ばした。人間が蹴り飛ばしたとは思えないほどに、その化け物は吹き飛び建物の壁に激突した。

 唖然としている2人に女は言った。


「ケガはない?」

 その言葉を聞いたルナはハッと我にかえる。


「は…は、はい!」

「…ったく、そんなガキどもに構ってる場合かよ。」

 ルナが女に返事を返したそのすぐに、男が現れ面倒臭そうにそう言い放つ。


「うっさいわね。」

 女はため息交じりにそう答え、ルナたちの方を見る。彼女たちは血まみれで倒れている両親を見つめ固まっていた。


「…大丈夫?」

「お父さん…お母さん…」

 あまりに突然のことでルナたちは涙こそ流してはいないものの、その表情は絶望しきっていた。女はルナと真輝に近づき、肩に手を当てる。


「この先に軍の人間を見たわ。早く行きなさい。」

 そう言って女は指をさして方向を示す。


「貴方たちが死んだら、この人たちも悲しむわ。…早く!」

 その時、前方の建物の頂上に巨大な何かが現れる。9つの長い影がルナたちを覆い、その影の主は彼女たちを見下ろす。


「九尾…?」

 ルナはそう呟く。彼女は母親から九尾の狐のことをよく聞いていた。母親はキツネ好きで、とりわけ、伝説の妖怪である九尾の狐にご執心であった。デフォルメされた置物やストラップを集め、よく娘に見せていた。

 目の前に御座しているそれは、確かに9つの尾を持ち、その姿はキツネのようだった。しかし、彼女が母親から見せられていたもののような可愛らしいものではなく、体は鈍く輝く黒色の装甲で覆われ、怪しげに紅く光る鋭い目を持ち、恐ろしげな姿をしていた。


「なんだこいつは!?」

「…N.E.O.Sとはなんか違う感じが…する。」

「ああ…確かにな。野郎の用意した兵器か…?」

 男と女は狼狽を隠せない。そんな彼らを見下す黒い九尾はゆらゆらと揺れていた9つの尾を均等に展開する。尾の先端が鈍い赤色の光を放つ。その光が乖離し、赤色の光弾となって彼らに向ってくる。


「な!?やべえ!!」

「…!!」

 彼らは向かってきた光弾を素早くよける。光弾が着弾した地面は鈍い爆音を響かせ、想像以上に地面を抉る。その内の1つがルナと真輝に襲い掛かる。


「!?」

「ルナ姉!!」

 赤い光弾は容赦なく2人へと向かい、小規模の爆発を起こす。2人の地点を爆発の際に舞った塵の霧が包み込む。その方角を女は唖然として見つめる。


「…嘘でしょ…。」

 霧が晴れるとそこには抉れたアスファルトの地面が広がっていた。


「ったく、手間かけさせやがる。」

 女の背後から男の声が響く。彼女が振り返ると、男が左右の片手それぞれでルナと真輝を掴んでいた。男はパット手を放し、二人は無造作に地面に落ちる。


「…っ!」

「いたっ!」

 二人は落ちた際に打った所を痛そうに抑えながら立ち上がる。二人が立ち上がったのを見て、男は言う。


「次は助けねぇ。死にたくなけりゃとっとと失せな。」

「…あ、ありがとうございます。」

 弱々しく礼をするルナに女がすぐに言う。


「早く逃げて!」

 黒い九尾が再び動き出す。尾の先端が先ほどとは比べ物にならないほど発光していた。


「なんか、やべえぞ…!」

「!早く!!急いで!!」

「は…はい!」

 ルナは真輝の手を取り、先ほど女が指し示した方向へと駆ける。後方から巨大な爆音が響くが、彼女たちは振り返らずに必死に駆け抜けていく。


 気が付けば、彼女たちは軍の人間に救助され、そこからは事がなすままに進んでいった。両親の死を悲しんでいる余裕などは当初はなかったが、日々の暮らしが落ち着いてくるにつれその波が一気に押し寄せてきた。

 真輝は純粋に両親の死を実感し、ただ泣きじゃくるだけだったが、ルナは違った。彼女も両親の死を痛いほど悲しんではいたが、心の奥底では悲しみよりも怒りや憎しみが湧き出ていた。大好きな家族と幸せな日々を一瞬にして奪い去った、N.E.O.Sへの限りにない怒りと憎しみは彼女に抑えがたい復讐心を植え付けていた。

 NRASから正式な後天的遺伝子強化兵への転換募集が発足された時、その情報を知ったルナは何の迷いもなくそれに応募した。そして、すぐに適性検査が行われ、その結果は5段階評価中4であり、相当な適正と評価された。


「…ごめんなさい。」

 ルナはアンナにそう言って振り返り、進んでいく。アンナももういいとばかりに首を横に小さく振り居住施設に入っていくが、その顔は悲しげであった。


 後天的遺伝子強化兵への転換施設へと足を踏み入れたルナ。彼女は職員に促され、施設の最奥の一室へと案内される。受付の職員に書類への署名を求められる。それは同意書であり、この転換施術は本人の意思による希望で、万が一、命を落としてもNRASは一切責任を取らないという免責事項が記載されていた。


「最後に聞きますが、本当によろしいですか?」

 受付職員がルナに聞く。彼女は同意書にサインをし冷静に答える。


「問題ありません。」

 同意書のサインを確認した後、職員はルナを部屋の中へと入れる。そこには無機質な金属製の拘束具が付いた椅子にベクターウイルスを投入する大型の機械が連結されていた。


「…」

「ベクターウイルスが適合しなかった場合に起こる事態に予測ができないため、手足を拘束させてもらいます。」

「…わかり、ました」

 ルナが椅子に座ると拘束具が彼女の手足を拘束する。機械が起動し、彼女の右腕がその中へと引き込まれていく。機械内部にあるウイルスと安定化剤が入っている注射器が同時に静脈へと刺さる。


「…っ」

 ほのかな痛みでルナの顔がほんの少し歪む。彼女の体内へと入ったベクターウイルスは全身の細胞内へと入り込み、目的の遺伝子を書き換えていく。機械は彼女の生体データを測定し、常時適量の安定化剤を投入する。

 すると、突然、強烈な睡魔がルナを襲う。抗いようもなく彼女は深い眠りに落ちてしまう。


「ここは…?」

 ルナは薄暗い空間に一人立っていた。それは永遠に続いているような夜の海の上だった。彼女はその海面の上に立っている。その前方に何か小さな明かりが灯っているのに彼女は気付いた。


「光?」

 一気にルナはその光の方へと自身の意に反して物凄いスピードで移動した。


「な、何が起きたの!?」

 驚くのも束の間に、彼女の目の前に懐かしい光景が広がった。それは数年前の夏休みの旅行の記憶だった。どこだったかは覚えてなかったが、小さな島で夜の海岸を一人歩いているときの風景だった。

 満天の星空と輝く満月の光が海面に煌き、心地よい潮風が肌をなでていた。気付けばルナはその海岸に一人立っていた。


「懐かしい…。旅行の最後の日だっけ。星空の下の海を見たくて、来たんだっけ。」

 一人感傷に浸っていると、彼方の海面が盛り上がり何かが現れる。


「…な、何…?」

 4対の紅い点が怪しく輝き、それがルナの方へと向く。その瞬間、彼女はそれの前へと一瞬で引き寄せられる。眼前に聳えるそれに怯み、恐怖するルナ。


「っひ…!」

 それは頭部を彼女へと近づける。怯える彼女の耳に言葉が響いた。


『我ガ遺……ヲ再……テ……物ニ』



 目を覚ますとルナはNRASの病室のベッドにいた。彼女は先ほどの悪夢を思い出しながら、片手で顔を覆う。彼女の記憶の中にはあんなものはなかった。ただ、海岸でひとしきり星空を満喫した後、母親に呼ばれ宿に帰ったからだ。


「転換施術の影響なのかな…?」

 ルナは先に受けた遺伝子強化への転換施術の影響だと考えた。施術に使われた薬品などが彼女の記憶に影響を与え、先ほどの悪夢を見せたのだと。しかし、夢にしてはかなり生々しい感じがした。とてつもない恐怖を覚えたが、その内には何とも言えない懐かしさがあったのだった。それは海を見た時、潮風を嗅いだ時に感じる原初の懐かしさ。

 暫くの間、ルナはその恐怖と懐かしさに戸惑っていたが、病室を開ける扉の音がそれを振り放した。


「お目覚めですか?」

 警備隊とともに一人の女性が入ってきた。それはNRASの高官の一人であるレナート・ジルコニスであった。


「貴女は確か…。」

「NRAS高官のレナート・ジルコニスです。この度、後天的遺伝子強化兵の一部の隊の総統括長に任命されました。臨時ですが。」

 冷たい表情のまま話すレナートにルナはたじろいでしまう。


「隊員の顔を覚える一環で各個お会いしているわけです。ルナ・フォートナー…転換施術で意識を失ったようですが、気分はどうでしょうか?」

「え、えと…特に。」

「そうですか。それは幸いです。しかし…少々、経過は見ておきましょう。明日から訓練が始まりますが、もし、何かあれば無理はしないこと。わかりましたか?」

「…分かりました。お気遣いいただきありがとうございます。」

 ルナの返答後、レナートは先ほどの冷たい表情とは思えない優しい微笑みを見せた。その表情に彼女は当てられ、頬が赤く染まる。


「では、失礼します。お大事に。」

 レナートはさっと立ち上がりルナの病室を後にする。


「…綺麗な人だったな…。」

 ルナはレナートの微笑みに暫く呆けていた。


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