悪魔が生まれた日
科学が発展してきた理由はさまざまであるが、それはたった一つの簡潔なものに起因する。好奇心だ。
人間は、自然界で起きた様々なことに対して感動と畏敬、そして、なぜそれが“起きたのか?”、“原因は?”、“起源は…?”と思考を巡らせる。
そして、誰もが一度は思う。“我々は何なのか?”、“どこから来たのか?”…“生命の起源は?”、“何から我々は生まれたのか?”と。
約138億年前にビックバンにより空間と時間…宇宙が生まれ、そして、約46億年前に地球が生まれた。生命の起源は諸説あり、現在は深海の熱水噴出孔のような場所で誕生したと言われている。そこから誕生した原始生命体は、環境に適応して進化し、数億年の時を経て人類がこの地上に誕生し、地球の支配者となった。
だが、その生物たちの進化の大部分はある生物によって都合よく行われてきたことが、スコールランド・スペンサーによって明らかになった。それは先カンブリア時代から現在まで生き延びてきた古代の超生物、LILITH。全生物の進化は彼女の生殖に利用されたものであり、彼女の遺伝子を数億年に渡って保管させるための遺伝子の入れ物である生物を作成するということであった。彼女は自身の遺伝子を乗せたウイルスを散布して生物に感染させ、自身の遺伝子を保管するとともにその対価として進化を促した。故に、この星のほとんどすべての生物には彼女の大部分の遺伝子がイントロン領域に、それはエキソン領域のスプライシングに必要な領域として非常に高く普遍的に保管されている。
だが、ここで一つの疑問が浮かび上がった。彼女の、LILITHの起源は何なのかと。数多の生物進化の要因であったとされるLILITHは果たして、何から生まれたのか、あるいは何から進化したのかと。
スコールランドはウエストハイランド島でLILITHの存在とその多大な影響を知った後、すぐにその疑問が頭をよぎった。彼女はどこから来たのか?…彼はそれを明らかにしたかった。
カンブリア紀のLILITHの触腕の化石から彼女がその時代にはすでに今の形でいたことは明らかである。現在の生物の門はカンブリア紀の爆発で現れたというのに、それより以前に彼女が存在しているならば、果たして彼女は何から生まれたのか。
カンブリア紀の爆発以前、先カンブリア時代には既に存在していたのか。しかし、先カンブリア時代の終期には確かに、生物の種類は増えては来るがエディアカラ生物群のような単純な形の軟体生物ばかりだった。もし、そこでLILITHが生まれているとすれば彼女の別種や似たような種も当然生まれていると考えられ、その化石が出てきてもおかしくはない。だが、そのような化石は見られない。しかし、カンブリア紀の爆発の主因である彼女は先カンブリア時代には既に存在していたと考えざるほかない。
スコールランドはあくまでリアリストであり、ロマンチストではなかった。彼はただ、偶然、そのような化石が見つかっていないと考えていた。ただ、自分たちが見逃しているだけであると。しかし、一つの可能性を拭い切ることはできなかった。
―パンスペルミア説。
地球の生命の起源はこの地球ではなく、宇宙から飛来してきたというものである。隕石に生命が付着しており、それが地球に飛来して土着し、繁殖した。
確かに、微生物であれば可能かもしれない。実際にこの地球には過酷な環境で生存できる微生物の存在は確認されており、大気圏突入時の過熱や衝撃に耐えうるものもいると考えられる。
だが、LILITHのような巨大な生物が可能かと言われれば、それは限りなく不可能である。それに惑星間の移動には途方もない時間がかかるし、生命が活動可能な惑星にたどり着ける保証もない。それ以前に、この生物がどのようにして宇宙へと出たのかという疑問も残る。
あり得ないと彼は考えながらそう思うも、喉に刺さった魚の小骨のようにこの考えがまとわりついて離れなかった。証拠や結果をもとに思考を巡らせるのを彼は好むが、それらがないただの妄想にそうするのは好きではなかった。しかし、脳裏に浮かび上がるのは“もし…”という確証も何もない考え。
LILITHには明らかに不自然な点が多すぎる。彼女のような複雑な生命体がなぜ、先カンブリア時代に地球に存在していたのか。遺伝子を保管し続けることが生物の大元の存在意義なのは分かるが、地球の多くの真核生物が有性生殖を行い子を成すのに対し、なぜ、他の生物に自身の遺伝子を保存させ子を成さない生殖を行ってきたのか。なぜ、数億年もの寿命を持つのか。なぜ、LILITHは彼女しかいないのか。なぜ…。
考えれば考えるほどこの地球の生物の理から逸脱している存在のLILITHに、彼はもしかしたらという疑惑を思わずにいられなかった。
しかしながら、LILITHが他の惑星からこの地球に渡ってきた生物かどうかは関係なく、彼女は確かにこの地球の生物に福音をもたらした存在でもあり、この星の生物の命運を都合よく変えてきた悪魔でもあると言える。
LILITHがいたから人類は存在し、そして、今現在、窮地に至っている。
果たして、これを彼女が望んでいたのかは不明だが。




