飛翔
程なくして、エリーとブレイドはスペンサー・タワーへとたどり着く。車を降り、2人は警戒しながらタワーへと近づくも周りは無人のようであった。
「誰もいない…みたいね?」
「ああ、人の気配が一切しない。」
入口からエントランスへと2人は入る。高級だが落ち着いた印象を与える質素な内装が広がっていて、タワー内部も外と同じように誰もいなかった。
「なにこれ?誰もいないじゃん。拍子抜けなんですけど。」
あきれ顔で彼女はそう言い警戒を解こうとする。
「拍子抜けかもしれないが、警戒は解くな。」
「はーいはいはい…で、屋上ってどうやって行くの?」
「屋上?」
「車から見えたけど、あいつは屋上にいたよ。」
「そうか。…最上階からだな。あのエレベーターで行くしかない。」
「大丈夫なの?」
「なら、階段で行くか?」
その言葉を聞いた彼女は即座に首を横に振る。
「絶対嫌。てか、無理。」
「だろ?」
2人は足早にエレベーターへと乗り込む。ブレイドは最上階の80階のボタンを押す。
「ワイヤー切られたりして…。」
「そうなった場合は速攻で天井を突き破って脱出するぞ。」
2人は若干心配していたが、エレベーターは問題なく上がっていく。しかし、75階で突然止まってしまう。
「止まったね?」
「…警戒しろ。」
扉が開くと2人はすぐさま銃を構えてそこから出る。すると、薄暗い回廊の奥から足音が響いてくる。
「お久しぶりですねぇ。…あの研究所以来ですかぁ?」
「お前は…!」
奥から現れたのは真っ赤なドレスのような服を着た見覚えのある顔だった。
「お前…女だったのか。」
「失礼な口をききますねぇ…身も心もずっと女ですよ。遺伝子型以外はねぇ?」
不気味に微笑みながら彼は自己紹介する。
「名乗るのは初めてでしたね、そういえば。Palingenesia No.1のルミネットです。」
「Palingenesia…?何それ?」
そう口にする彼女に対して彼は言う。
「ヌフフフ…それはファースト様に聞いてくださいな。聞く暇があればですが…そもそも、そんなに体をなしてないものでしたけどねぇ。」
「え?」
彼はブレイドを指さす。
「貴方には私の相手をしてもらいましょうかぁ。…エリーちゃんは退屈しているファースト様の相手を、ね?右手の先に扉が見えるでしょう?そこに屋上へと続く非常階段がありますよぉ。」
その言動に眉をひそめながらブレイドが言う。
「何を企んでいる?長官から言われて、俺たちの足止めに来たんだろ?」
「別にぃ、な~にも企んでいませんよぉ?さっきの言葉のまま…屋上で黄昏ているファースト様の暇つぶしに付き合ってほしいだけです。それに、貴方たちにとってもいいことでしょぉ?ここで2人とも私に殺されて、ファースト様の顔を拝むことができないなんてことよりもねぇ?」
挑発的な言動を放つ彼にイラつくエリー。
「あん?アンタが負けそうだからそう言ってるんでしょ?アンタをぶっ殺して、長官もぶっ殺してやるよ。」
そう言ってブレードを抜く彼女をブレイドは制する。
「あん?」
「エリー、俺たちの目標は長官だ。ここは俺に任せろ。」
「ちょっと、何言って…。」
「目標を優先しろ、行け!」
真剣な顔でそう言う彼に、彼女は言いかけた反論を飲む。
「…やられるんじゃないわよ。」
「ああ。」
エリーは扉の方へと駆けていく。
彼は拳銃とブレードを構え、ルミネットは右腕を変異させ鋭い鉤爪をいくつも生やす。
「人風情がどこまで付いてこられるか楽しみですねぇ。」
「なめると痛い目見るぞ。」
彼は駆けだし、拳銃を発砲しながらルミネットへと近づいていく。彼はすぐさま左腕を盾のような組織に変化させ銃弾を弾き飛ばす。間合いに入ったブレイドはブレードを大きく振りかぶり、それを一刀両断。すぐに続けて振りかぶるもルミネットは大きく後方へと飛び上がり回避する。
彼は切断された盾状の組織を見て、嬉しそうな表情で言う。
「これ、結構硬いのにやりますねぇ?これなら、本気を出しても少しはもちそうですねぇ…ヌフフフ。」
非常階段を駆け上がるエリー。
「あいつ…大丈夫かな…?」
ブレイドのことを気に掛けるも、足を止めずにひたすら突き進む。そして、屋上の扉を勢いよく開き、目先で景色を眺めいているギルバートめがけて銃を構える。
「そこまでよ!ギルバード・スペンサー!」
彼はその声を聴き、背を向けたまま横目で彼女を見る。
「ルミネットに足止めさせていたはずだが…?それに、相方は?」
「あんたの相手をしてやれってさ。あいつはブレイドさんと取り込み中よ。」
眉間を指で押さえ、呆れた顔をしてつぶやく。
「まったく…あいつは…。」
その彼の顔の横をかすめるようにエリーは銃弾を放つ。
「…!」
「さっさと投降しなさい。次は脳みそぶち抜くわよ。」
「…弱気な小娘だったのが、覚醒してからは逆になったみたいだな。LILITHの遺伝子がどう影響を与えたのか…興味深いものだ。」
余裕そうに振舞う彼に、彼女は若干イラつく。
「エクスシス長官は最悪殺しても構わないって言ってたわ。本当に眉間に穴開けるわよ?」
彼は鼻で笑って、再び景色を眺めだす。
「ククク…長官らしくなってきたじゃないか。」
「余裕ぶっこいてんじゃ…!」
頭に血が伸ぼりそうになるも、ぐっと抑え込む。
「…アンタはどうしてこんなことを?」
「…。」
「鬼亡村…そこで何があったの?」
苦笑いをしながら、彼は彼女に振り返る。
「聞いてどうするというのだね?話の内容によっては見逃してくれるのか?」
「そんなわけないでしょ。ただ…ここまでする理由が知りたいだけよ。」
彼は少し言葉をためる。その表情は少し悲しげであった。
「…身の内を誰かにさらけ出すというのは嫌いでね。それに、同情なんぞされたくない。」
彼は自分の手のひらを見る。
「例え何が起ころうとも、この計画は実行する。止めたければ…力ずくでやってみろ。」
エリーは引き金に添えた指に力を入れながら答える。
「世界中にウイルスをばらまいて…それで、本当にアンタの野望は叶うというの?」
「野望か…それはやってみなければわからないが、今まで行った検証実験ではまずまずの成果を得ている。そして、この計画の成就を一部の人間どもは望んでいる。」
「…何を言ってるの?」
疑問を呈する彼女に彼は諭すように語り掛ける。
「エリー…多くの人間が死ぬことは短期的に見れば、人類にとって確かにデメリットかもしれないが、長期的に見ればそれ以上にメリットがある。」
「はぁ?…何を言ってんの、アンタは?」
「わからないか。…今や人類は増えに増え、地球の総人口は80億を突破する。種として、これほどまでの数を増やせたという点では素晴らしい結果だが…それに伴う多くの問題が顕在化してきている。地球環境の破壊と汚染…食料問題。技術は進化すれども、その速度がこの問題に追いつき、解決できるかどうかは微妙なところだ。」
「…。」
「私の予測としてはこの先10~20年以内に、世界を股にかけた戦争が起こる。そして、恐らくそれは核を伴い、人が死ぬだけでなく今以上に環境を汚染する。しかるに、人類は自らの愚かな選択で衰退へと突き進む。」
「…そんな、未来のことなんて断定できないじゃない。もしかしたら…。」
言葉をつづけようとした彼女を彼は鼻で笑う。
「人の本質は今も昔も変わらない。同じ過ちを繰り返すものだ。だからこそ、彼らは私を本気で止めようとはしなかった。」
「…彼ら?」
「この世界には各国を裏で牛耳る少数の権力者が存在している。その彼らの目の上のたんこぶが急増する世界人口であり、彼らのシナリオの中に私の計画が入っている。」
「なんですって…!?」
「エリー、世界中で山積みになっている問題…それらは人間の数を減らすことで大方は解決する。多くの人間は理解しているが、倫理観がどうとかとたいそうな理由を纏って否定する。直接、手を下すのが怖いだけなのだがな。間接的に、数を減らせられるとすれば皆すぐに実行するだろうよ。」
「でたらめ言わないでっ!!そんな狂人はアンタだけよ!!」
狼狽えるエリーではあったが、銃口はしっかりとギルバードに向いていた。
「自分の遺伝子を残せればそれでいいのだ、他人が死のうがね。人間…いや、生物はみな利己的なものだ。その本体である遺伝子自体が利己的なのだから仕方がないが。しかし…彼らの思惑通りにはいかない…ホモ・サピエンスの遺伝子はこの日を境に途絶えていく。」
タワーが揺れる。タワーの広大な駐車場が割れ、下部から巨大な装置が露出する。その内部から、透き通った青色の触手が現れた後、巨大な体をした生物体がはい出てくる。一対の比較的に太い触手から赤色の皮膜が広がり、胸殻部から露出した赤いコアを輝かせながら、それは宙へと、タワー上空まで飛翔する。
ギルバードの背後からそれは姿を現した。それを見たエリーは目を丸くして固まる。
「こ…これは!?」
「NEO LILITH…。」
NEO LILITHは体を翻して、都市の密集している方へと向かっていく。触手を合わせて20数メートルもあろう巨体が宙を舞っているのを彼女は信じられなかった。
「NEO LILITHの皮膜にはウイルス産生細胞が密集している。彼女一体で米国の3分の1程度のウイルス散布能力を持つ。…そして、彼女は一体だけだはない。たった今、全世界で数十体のNEO LILITHが覚醒した。」
「な!?」
彼はNEO LILITHを仰ぐ。
「世界中で上がる…数多の人間の絶叫が、新たな種の誕生の産声となる。シミュレーションではすべてのNEO LILITHが順調にウイルスを散布すれば、全人類の90%以上が感染することになる。そして…そのうちの70%以上は死滅し、残りの30%からは新たな生物種…ホモ・エクセルサスの胚を組織作る一時的な種が生まれる。」
「私はそれをNew Embryo – Organizing Species、N.E.O.Sと名付けた。」




