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N. E. O. S  作者: オルトマン
崩落
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過去の受容

 カウンセラーと思わしき中年の男性と面談をしている自分の姿がノメリアの目に入る。彼は今のノメリアと同じような服装をしており、今の彼とは似つかわしくないほど大人しい様子だった。

「こいつ…俺か?妙に大人しいな、気味が悪い。」


 カウンセラーの質問に落ち着いた声色で丁寧に答える彼を見て、不思議な気分を覚える。

絶対に自分がとらない態度を取る彼に、引きつった表情をするノメリア。その時、彼の後ろに何者かの気配がした。

「!…誰だ!?」


 そう言って振り返った先には、先に見た辛気臭い顔をしたもう一人の自分がいた。

「な…!?」


 驚いて固まる彼にもう一人の自分が口を開く。

「俺は…今、アンタが見ているもう一人の自分。もう一つの人格だ。」

「人格だと?」

「今、アンタが見ているのは俺の記憶…つまり、アンタの過去ってことにもなる。」

「俺の過去だと…」


 もう一人の自分は再生されている記憶を眺めながら彼に言う。

「俺は…あの人に拾われてここに居候させてもらった。…俺には記憶がなかった。ここに来るまでの記憶がさっぱり。…俺は自分の記憶を取り戻したかった。」


 場面が一気に移る。そこは見慣れた長官室だった。そこには過去のノメリアと長官、そして、ルミネットがいて、3人は何やら話をしていた。

「だから、あの人に協力してもらった。だが、結局、進展はなく…これ以上の迷惑をかけないために中断を申し出た…」


 過去のノメリアが長官に向かって懇願していた。

『も、もういいですよ!そこまでして貰わなくても!』


「だが、聞き入ってはもらえなかった…。あの人は俺に同情して、今まで手を差し出してはいた。最初の方はね…。」


『この恩を返せるなら…俺にできることならなんだって…!だから、長官―』

『ダメだ。』


 冷たい声が彼の申し出を阻む。

『今となっては君の意思など最早どうでもいいのだ。私は…彼の…最後の実験の結果に興味があるだけ…。ゾーム…!』


 ルミネットが反応し、不気味な微笑みを見せる。

『了解です。』


 彼の腕は服を突き破って伸び、ノメリアの首を締め上げる。

『があっ!?』

『黙っていてすみませんね。私…人間ではないんですよ。』


 過去の彼が意識を失うのと同時に辺りが真っ暗になり、場面が移る。移った場所は最初の施設だった。

「な…なんだ…?」


 彼はかなり広い部屋の中にいた。その目の前で、過去の自分がなぜか全裸のルミネットから放たれた触手に体を貫かれていた。しかし、彼らは石像のように止まって動かない。

「一体何が…。」

「俺の記憶はここまでなんだ。」


 後ろからもう一つの人格が現れる。

「…お前、いやがったのか。」

「俺はこの場所を知らない…。だが、お前はどうだ?」


 ノメリアはあたりを見回す。変色してどす黒くなった血痕や血のりがあたりを染め、壁や床はひび割れ、いたるところに鋭い刃物で切り裂かれたような跡が残っていた。彼の脳裏に同じ顔をした男を切り刻む映像が流れる。

「ぐっ…!?あ…あ…やめ、やめろおおおおおおお!!!!!」


 彼は突然叫びだし、両手で頭を押さえる。汗が滝のように頬を伝い地面に落ちる。自分が自分を殺す光景が走馬灯のように流れる。

「が…があああ!!!」


 悶える彼のもとに誰かが近づいてくる。それに気づいた彼は頭を押さえながらもそちらに目をやる。

 そこには暗い顔をした血まみれの自分がいた。それは今まさに自分の脳裏で、自分と同じ顔をした男を切り刻んでいた、まごうことない自分だった。その彼がゆっくりと口を開く。

「自分の過去が知りたいのになぜ拒むんだ?」


 一歩、一歩と近づく彼に慌てふためきながら距離を取るノメリア。

「やめろ!!!来るな!!!来るなああああ!!!!!」


 彼は情けなく叫び、手をつきながら遂に壁際へと追いつめられる。人格が近づくほどに忌まわしく恐ろしい記憶が鮮明に彩られる。

「来るな…!来るんじゃねえ…!」

「逃げるなよ。お前はすべての過去を取り戻したいんだろ?俺を受け入れろ…母さんに会えないぞ?」

「母さん…?」


 彼の脳裏に翼の生えた女性が浮かぶ。彼女の顔を見ても、顔はぼやけてつぶれていた。しかし、それでも彼に向ける顔はいつも優しい笑顔だということをなぜか彼は理解している。

 あの地獄のような場所で、唯一自分にそれをくれたただ一人の人物。培養器という牢獄の中、掠れる意識の合間に聞いたのは彼女から自分が生まれたということ。


 しばしの沈黙の中、項垂れている彼が先に口を開く。

「あの人に…会えるのか…?」

「ああ…地獄もセットだが。」

「…。」

「それに、この体をあの老いぼれから取り戻したいだろ?野郎は深層に隠れて、まだ、この体のことを諦めていない。ここで愚図っていればいるほど、あの野郎に隙を与えることになるってことだ。お前もそれは嫌だろ?」


 その人格の話を聞いた彼は恐怖で顔が歪んだままながら、口端を上げて小さく肩で笑う。

「それは…勘弁だな。」

「そうだろ?」


 人格はそう言って、手を彼の前に差し出す。ノメリアは覚悟を決めてその手を取る。その瞬間、脳の奥底に封印されていた狂気の記憶が一気に流れ込む。


 ひたすらに、生き残るために自分を殺す自分。相手が命乞いをしようが、戦意を喪失しようが殺すまで出られない牢獄。はじめは躊躇していた自分の感情が、段々となくなり、まるで殺人マシーンのように心を殺して振舞う。


 そして、そんな地獄の日々で、その牢獄へと連れられる際に一目見た翼のような器官が生えた奇妙だが美しい女性。初めて見たはずなのに懐かしい雰囲気を放つその彼女は、自分を見るなり優しく微笑んだ。


 記憶が制止する。ベッドに腰かけていた彼女は立ち上がり彼の方へと足を進める。そして、目の前に立つなり彼の頬に優しく手を当てる。ただ、それだけの行為なのに彼の心は満たされていった。

彼はウィッカーマンに器として作られ日々殺し合いをさせられた時の自分、そして、ギルバードのもとで保護されていた時の自分の記憶をすべて受け入れた。つらく、苦しい記憶の方が圧倒的に多いが、それでも満ち足りた気分と力が体中を駆け巡る。もう、彼の前から昔の人格は消え去り、それとは別の人格、ウィッカーマンの人格が現れる。

「完全に記憶を取り戻したのか…。おのれぇえええええ!」


 ノメリアは狼狽える彼をまっすぐと見据えて口を開く。

「ようやく現れたか…ウィッカーマン!」

「ぬぅうう…!」

「今までの借りと…この体を返してもらうぞ!」


 怒りに震えるウィッカーマンの表情は強張り、血走った眼をして歯を食いしばる。

「器の分際でぇええ!!この体は私のものだ!!このウィッカーマン・キルケの…!!」


 周りから黒い触手が現れ、彼の体を包んでいく。

「跡形もなく消し去ってくれる!!」


 包んでいた触手がはがれ、中から醜悪な姿をした巨体の怪物が現れる。左右非対称の体から鋭い鉤爪のついた腕が生え、コウガイビルのような扁平な頭の下にウィッカーマンの顔が張り付いていた。


 その姿を見てノメリアは苦笑いする。

「お前にお似合いの醜悪な姿だな。」

「粋がるのも今のうちだ!バラバラにしてくれる!!」


 啖呵を切って、巨体とは思えない速さでノメリアへと向かってくるウィッカーマン。間合いに入るや否や、目にもとまらぬ速さで複数の腕を彼の方へと放つ。

「今までの礼として、なぶり殺しにしたいが…生憎、趣味ではないんでね。瞬で終わらせてやるよ、クソジジィイいい!!」


 一瞬にしてノメリアの姿がウィッカーマンの眼前から消える。

「なっ!?消え…。」


 激痛とともに視界がずれる。

「馬鹿な…!?ぐうおあああああああああ!!!!!」


 首から胸部まで裂かれたウィッカーマンは血を吹き出しながら地面へと倒れ堕ちる。その背部にノメリアが立ち、腕を振り回してもがく彼を見下す。

「馬鹿な…!こんな…こんなことがあああ!!!…LILITHよ!!なぜ…なぜ…私ではなくこのガキに力を!?」


 彼がもがきながら見据える先に巨大な影が見える。怪しく光る紅い目が虫のように這いずる彼を無情に眺めているようだった。

「私を選べば…お前の遺伝子をさらに後世へと…!!今からでも遅くはない!!私を…私をえら…!!」


 彼の言葉が詰まる。先ほどの影は消え去っており、彼の見据える先には一人の女性が立っていた。

「シャヘ…ナトラ…!!」

「!」


 彼女は彼を冷たい眼差しで見下す。最後の望みを絶たれたと悟り、よもやなす術なくなった彼は力なく地に顔を伏す。

「なぜ…LILITHではなく……お前…が…?まさか…お前はLILITHの支配下ではな…い?」


 そして、そのまま息絶え、彼の体は霧散した。

 暗闇の中にシャヘナトラとノメリアの2人。彼女は優しい笑顔を彼に向けていた。その懐かしさに気圧されながらも、何とか口を開こうとした彼だったが、それは彼女の言葉にさえぎられた。


「後は…あなたの思うように生きなさい。」


 その刹那、辺りが光に包まれる。冷たい地面の温度を感じ、彼は眼を開けた。

「…。」


 起き上がった彼は腹部に手を当てる。貫かれたはずのそこは完全に塞がっており、全身にあの時と同じように力が巡る感覚を覚えていた。しばし、感傷に浸っていた彼だったが、すぐに近くに落ちていたナイフを拾い上げる。

「野郎に…仕返しをしねえとな。思い出に浸るのはその後だ…。」


 彼は扉の方へと足早に進む。部屋を出る際にLILITHの方へとふと目をやるが、今の彼にはあれほどまでに感じた懐かしさを微塵にも感じることはなかった。


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