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N. E. O. S  作者: オルトマン
崩落
39/73

滅びの始まり

 スペンサータワーの屋上に立ち、ギルバードは眼下に広がるニューヨークの街並みを見渡す。その後ろからルミネットが腕を組みながら歩いてくる。


「これから機動隊が拘束しに来るというのに、呑気に黄昏ている場合でしょうか?」

「…そういう君もどうなんだ?」

 彼は小洒落た真っ赤なドレスを着ていた。ギルバードにそう言われた彼はにんまりと笑う。


「勝負服ってやつですよぉ。いいじゃないですかぁ、元から体は女なんですし。それに、今もゆっくりと私のY染色体は消失していて…完全な女性になるのはもうすぐなんですから。」

「そうだな…。」

 素っ気ない態度でそう言うギルバードに彼はふと思ったことを聞く。


「ほぼ10割、この計画は成功すると思いますが…。その後はどうするつもりなのですかぁ?この計画上、すぐに、再建というわけにはいかないでしょうに。」

 ギルバードは背を向けたまま彼に答える。


「RASの隠し施設がいくつかある。そこを利用すれば数年はもつ。」

「数年で済むんですかね?」

「神のみぞ知るということだ。」

 その発言にルミネットは肩をすくめる。


「科学者の貴方が神とは…ぞっとしないですね。」

「フン…そろそろ、ショーの開幕だ。配置についておけ。」

「了解でーす。」

 彼は振り返り、意気揚々と進んでいく。それを横目にギルバードは懐から小型端末を取り出し、画面にコードを入力する。画面に空のバーが現れ、10%、20%…とその中が満たされていく。

 そして、100%になりバーがすべて満たされると画面に大きく”Activate the Hecatoncheir ”と表示される。


 さらに彼はコードを入力する。


「浅羽…。君の手で決着を付けさせてあげよう。」




 裏の警備員用控室で眠りについている浅羽に無線が入る。


『…浅羽…。』

 彼はそれに反応して直ぐに起き上がる。


「エクスシス副長官…?」

『…私だ、浅羽。久しぶりだな…君もしぶとい奴だ。』

「ギルバード長官…!」

『元長官だな。RAS内で副長官への長官権限の委譲が採択された。今の長官はエクスシスだ。まぁ…これはどうでもいいか。』

「長官権限委譲…だと。なぜ、貴方がそんなことを知って…内通者か。」

『内々に処理できればこの私の隙を突けたのかもしれないが、残念だったな。』

 焦燥の気配すらも感じさせない彼の雰囲気に、浅羽は疑問を覚える。


「退路が断たれたというのに…随分と余裕ですね?」

 その発言を彼は鼻で笑う。


『直にわかる…その時まで生きていればの話だが。それよりも、君に一つだけ伝えたいことがあってだね。まあ、私から君への最後の慈悲みたいなものだ。2度も私の期待を裏切った君へのなぁ?』




「浅羽さん…無線に出ないですね。」

 ブレイドがそうエクスシスに伝える。

 エクスシスへの長官権限委譲が正式に採択され、ギルバード元長官の拘束作戦をまさに開こうとしているときであった。そこにはシャオロン、レナート、朝倉の他にリカルド・ホッパー(8th)、ローズ・ホイットニー(11th)、キルギス・アモトマ(12th)が招集された。他の高官たちは業務都合により欠席という形をとっている。


「爆睡でもしてるのかネ…総一らしいよ。」

「案外ダメ人間なのね。」

 シャオロンとエリーの発言にエクスシスはため息をつく。


「全く…世話のかかる奴だ。」

「わ、私が起こして来るヨ!」

 彼の不穏な雰囲気に気圧された彼女が進んで名乗り出る。それに彼は目で合図をして、彼女は扉の前へと足早に向かっていく。

 すると、扉が勢い良く開き浅羽が慌ただしく入ってくる。


「総一!」

 間髪入れずに彼はエクスシスに言う。


「ここから一番近いRAS管轄の研究所はどこなんだ!?」

 その発言に首をかしげながらエクスシスは口を開く。


「ボーマンが管轄しているリリー研究所だが…?何をそんなに焦って…」

「リリー研究所…!」

 浅羽は扉へと駆ける。それを制止するようにエクスシスは彼に声をあげる。


「待て、浅羽!!」

「…。」

 場に緊張が走る。普段は冷静で表情を露わにしないエクスシスが険しい顔を浅羽に向けている。


「浅羽さん…!何してるんだあの人は…!」

 ブレイドは手で顔を覆う。その傍らで次の展開に何かしら期待し、エリーがにやにやと不気味な笑みを浮かべている。


「そ、総一…?」

 心配するシャオロンをよそに、エクスシスは浅羽の方へと歩を進める。


「どこへ行こうというのだ?…まさか、リリー研究所へか?何のために?」

「…自分のけじめをつけにだ。」

「けじめだと?」

「ああ…。」

 真剣な表情を向け、そう口にする浅羽を彼は一蹴する。


「お前の事情は知らん。席に着け。」

「このままでは多くの犠牲者が出る!頼む!行かせてくれ!!」

 必死な浅羽の姿を見てエクスシスは困惑する。


「一体何があったというのだ…?」

 その時、モニターにRASのロゴマークが浮かび上がる。聞き覚えのある声が響き、そこには一人の若い男が映し出された。


『後生だ、行かせてやれよ、エクスシス。』

 それを見た浅羽、リカルドは驚嘆する。


「ギ…ギルバード長官!!?」

「40前半のころの長官と瓜二つだ…。」

 浅羽とリカルドはウィッカーマン程ではないがRASの中でも古参の高官であり、若い姿をしたギルバードとは何度か面識があった。ギルバードは40前半まではその年齢とは思えないほどの若々しい姿を保っていたが、50前後から急激に老け込んだと言われている。


「若返ったとでもいうのか…バカをいえ!こいつがギルバード元長官だという証拠はない!」

 そうキルギスがいきり立つ。それに反するようにエクスシスは口を出す。


「いや…奴は我々とは違う生物だ。若返りも可能かもしれん。」

 冷静を装うも、動揺は隠せていなかった。


「若返りとか…何でもありかよ…!」

 そう狼狽するブレイドをよそに、エリーが羨ましそうに言う。


「これが究極のアンチエイジング…!」

 不敵な笑みを浮かべてギルバードは話す。


『この姿で会うのは初めてだったな。そこの2人以外はな?…それより、浅羽よ。いいのか?あの時みたく、大勢死ぬぞ?彼女の手によってなぁ。』

 それを聞いた浅羽の顔は青ざめる。次の瞬間、彼は扉を勢いよく開き、まるで何かにとりつかれたように駆け出した。


「総一!?」

「浅羽さん!?」

「待て!!浅羽ぁ!!」

 怒声をあげて、彼の後を追おうとしたエクスシスをギルバードの薄ら笑いが止める。


「…何がおかしい?」

 険しい表情を向ける彼にギルバードはたじろぐことなく口を開く。


『人には…自らの手でケリをつけたいことが一つや二つあるものだ。別に君らの戦力を削ぐために彼を唆したわけではない。あいつが居ようが居まいが何も変わらん。それよりも…』

 彼らを見下すように嘲笑し彼は続ける。


『RASの高官共が雁首並べて、ゆるりと会議か。実に君らしいな、エクスシスよ。残念だが、もう、そんな時間は残されてはいないぞ?』

「なんだと?」

『ククク…』

 モニターに奇妙な生物が投影される。頭部と胴体と思われる部位が甲殻に覆われ、胴体からは青色の複数の触手と一対の膜が付いた翼のような器官が生えている。その映像の下部に”NEO LILITH”と表示されている。


「NEO LILITH…?」

 眉間に皺を寄せるエクスシスに向かって、ギルバードは言う。


『古代生物LILITHのことは既に知っていよう。これはその改良型だ。LILITHは海中のみだが、こいつは飛翔能力も手にしている。非常に短命だが、良質なウイルスを広範囲に拡散させることができる。』

「なんだと!?」

『ミサイルにウイルスを積むのが効率的でローコストだが、やはり、新たな生物種の誕生には母なる存在が必要だと思わないか?』

 モニターに“00:60:00”と表示される。


『全世界にNEO LILITHが解き放たれるカウントダウンだ。』

「全世界…!?こんなものが何体もいるのか!?」

 朝倉が声をあげる。


「貴様!!」

 険しい顔でにらみつけるエクスシスに、彼は冷静に話す。


『そう取り乱すなよ、エクスシス。私の見積もりでは…2~4割強、人類は生き残る。運よくウイルスに感染しなかった、あるいは、ウイルスが感染できない人類…。NEO LILITHの寿命は長くて3日、ウイルスは解き放たれた環境に左右されるが大体一週間程度…まあ、不安なら一カ月以上待てばいいが…。それを越えれば新たな感染の心配はない。』

 その発言にエクスシスは訝しげに答える。


「なぜ…そんなことを我々に教えるんだ?何を考えている!」

 彼は鼻で笑う。


『それはこの後に分かることだ。…ククク、じゃあな。』

「ま、待て!」

 映像を切ろうとするギルバードをエクスシスは制する。


『うん?』

「何で、お前はここに顔を出したんだ?わざわざ、自分の手の内の一部を明かすためだけか?」

 それに含み笑いで彼は答える。


『なあに…ただ顔を見に来ただけだ。これが最後かもしれないしな?それに…』


『長きに渡る生存競争の出だしはこちらの勝利だからなぁ。今更、手の内を明かそうが、何の問題もないということだ。…次なる戦いで、この地上の支配権がどちらに転ぶかは、神のみぞ知るといったところだが…。』

 そう言い残して彼は消え、モニターにはNEO LILITH解放を知らせる時間だけが無常に流れていく。


 粟立ち、騒々しくなる会議室だが、エクスシスの頭の中では先ほどの言葉が木霊する。


「長きに渡る生存競争…?次なる戦い…ホモ・エクセルサスとの戦いのことなのか…?いや、奴がそんな単純な…。」

 考え込む彼をレナートの澄み切った鋭い声が引き戻す。


「長官!指示を!もう、時間は残されていません!」

 はっと我に返った彼は直ぐに頭を整理する。


「…各自、専属機動部隊の展開準備。レナートは私と共に来い。シャオロン、ローズ、キルギスは残りの高官に連絡を入れろ。何としてもだ。応じない奴は教えろ、権限を剥奪する。」


「セントラルセキュリティホールを司令室にする。朝倉、リカルドは職員を連れ、直ぐに、準備に取り掛かれ。」

 彼は朝倉にカードキーを投げる。


「ここのメインカードキーだ。準備が整い次第、全世界のRAS地下シェルターにアクセスし解放しろ、いいな!」

「は、はい!」

 そして、最後に彼はエリーとブレイドに目を向ける。


「エリー、ブレイド…君らは今から、スペンサータワーに向かえ。」

 その言葉を聞いて彼女は目を輝かせる。


「や~っと来ましたか!退屈だったのよね!」

「ギルバード元長官を止めろってことですよね?」

 彼は大きくため息をつく。


「奴がこのまま何もしないとも限らない。…相手は未知の力を持つホモ・エクセルサス。命の保証はできないが…やってくれるか?」

 確認するようにブレイドが聞く。


「…俺らだけですよね?」

「他の部隊は全て、民間人の保護・避難のためにあてる。奴もそれを見越しているはずだ。もしかしたら、生体兵器を放ってくる可能性もある。」

「まぁ…そうですよね。仕方ないですね…生きて帰ってきたら何か驕ってくださいね?」

 冗談交じりだが、その表情は覚悟が決まっていた。それに続くようにエリーも口を開く。


「よゆーよ、よゆー!心配しなくていいからね。」

「…そうか。目的地はここから車で飛ばして30分程度だ。無線はあけておけ。…健闘を祈る。行動開始だ。」


「はっ!」


 威勢をあげて2人は武器を手に、素早く部屋を後にする。エクスシスはスマホを取り出し、誰かと連絡を取りながら部屋を出て、上階へと向かう。レナートはその後ろに続く。


「私だ、RAS長官のエクスシスだ。…緊急事態だ。ああ…ああ…そうだ、直ぐに頼む。」

 朝倉とリカルドも複数の専門の職員を連れて、急ピッチで準備に取り掛かる。


「不謹慎だが…血が躍るねぇ。映画のワンシーンみたいだ。」

「こんなシーンはごめんだけどね。」

 冗談を言いながらも、彼らは着々と進めていく。先ほどの会議室では、3人が不在の高官たちに鬼コールを入れている。


「お前言ってること分かってるカ!?これは長官からの代理電話ネ!長官からの連絡に折り返しってお前舐めてんのカ!?今すぐ野郎を出さんかい、アホンダラぁ!!」

 シャオロンのドスのきいた声が響き渡る。


「これパワハラってやつだよな?」

 キルギスがシャオロンを見ながらローズに言う。


「緊急事態にそんなもんないわよ。」

 



 エリーとブレイドを乗せた車両がサイレンを鳴らしながら、猛スピードでスペンサータワーへと向かう。


「ヒューッ!サイコーね、ブレイドさん!?まさに、最後の戦いに向かってるって感じ!」

 そう言ってはしゃぐエリーをよそに、ブレイドは顔色を悪くしている。


「気持ちわりぃ…。」

 眼前へと迫りくるスペンサータワー。それをよく見ようと窓から顔を出したエリーの目に、その屋上で地上を見下ろすギルバードの姿が目に入る。


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