実行
浅羽たちは普段、職員がほとんど利用しない通路を通って会議室へと来るように促される。エリーは気絶した神崎を病室に運び込むため、一旦彼らから離脱した。
「エリーのあんな顔初めて見た。滅茶苦茶心配してましたね。」
「彼女は特別なんだろうな。…しかし、この研究所も久し振りだなぁ。」
そうしているうちに会議室へと彼らは着く。扉を開けて入ると、そこにはシャオロンが一人退屈そうに椅子に座っていた。浅羽の姿を見るなり、彼女は憐みの目をしながら口を開く。
「総一…ブサイクになったネ。前は結構見れた顔だったのにネ。」
「開口一番がそれか、シャオ…ショックだなぁ。」
彼女は優しく微笑み、照れくさそうに言う。
「総一が生きててほっとしたヨ。なんやかんやで、付き合いが長かったしネ。」
すると、扉が開き知っている顔が2人入ってくる。
「同じ日本人がいなくなるのは心寂しいからね。」
「浅羽…生きていて何よりです。」
そこには朝倉青藍(10th)とレナートがいた。
「レナートさんと…お隣は?」
そう訊ねるブレイドに彼は丁寧に自己紹介する。
「君は…副長官専属部隊のブレイド君だったね。お初にお目にかかります…私はRASのナンバー10、朝倉青藍と言います。よろしくお願いします。」
RAS高官の割に腰の低い彼に若干戸惑うブレイド。
「よ、よろしくお願いします。ブレイド・グラスと言います。」
「それにしても、浅羽さん…。随分とすごい姿になりましたね。…今後の生活はどうするつもりなんですか?」
「その姿では外を歩くことなんてできませんね。」
頭をポリポリと掻きながら彼は口を開く。
「確かに…後先考えてなかったのは事実だな。」
そこに少し遅れてエクスシス副長官がやってくる。
「すまない、遅れてしまったな。早速、会議を始めようか。」
「あれ、エリーは良いんですか?」
「エリーは神崎が目を覚ますまで傍にいたいと聞かないのでね。…ここに来るのは神崎次第ということになるな。さて、それは置いておいて始めよう。」
ブレイドと浅羽はウエストハイランド島で得た情報を彼らに説明する。ウィッカーマンとノメリアの正体、長官とスコールランドのAI等…そして、その根底にあるLILITHという超古代生物の存在。
あの場所で得た情報を話すだけで軽く2時間は経とうとしていた。RAS高官達から随時、質問が飛び、それの対応に浅羽は追われた。そして、一通り終えた辺りでエリーが上機嫌に部屋に入ってきた。
「お待たせ~♪」
「やけに機嫌がいいな…。」
疲れて椅子にもたれ掛かっているブレイドと浅羽、そして、落ち着いてはいるが驚きの表情を隠しきれていないエクスシスたちを見て彼女は察する。
「あらら。もう終わった感じですか?」
「…一応な。彼らの説明を聞いて、大体のことは理解した。…浅羽はギルバード長官が何を企んでいると考えている?」
浅羽は姿勢を正して話す。
「一番可能性が高いのがウイルス兵器による、全世界的なパンデミックでしょう。」
「…根拠は?」
「まだ、説明してなかったのですが…この体は”Queen”と呼ばれる少女たちの遺伝子を導入して得られたもので…。」
「”Queen”?」
「赤髪蔵馬という男をご存じでしょうか?」
その名前を聞いてシャオロンは思い出す。
「あー!長官が次期RAS高官に推してた奴ネ!」
「あの集まりで名前だけは聞いたな。その男が何か関係あるのか?」
そう聞くエクスシスに彼は答える。
「”Queen”を作成したのは彼です。そして、その”Queen”はLILITHの特殊な染色体上にある遺伝子情報を導入して作成されたものと思われます。」
「というと、君もLILITHの遺伝子情報を持っているということになるね。…しかし、女王ですか…。」
朝倉は少し考えだす。
「さっき聞いたQueenウイルスに関係ありそうだね。つまり…あるウイルスを産生し放出できる個体を作ろうとしていたと…浅羽はそう言いたいのかな?」
彼のその問いに浅羽は頷く。
「そうだな。あるウイルスとは恐らく、人間を長官と同じホモ・エクセルサスに進化させるものだと…思う。」
「…もしかして、完全な”Queen”というのはまだ作られていない?」
レナートが浅羽の表情を見てそう口にする。それに彼は自信なさそうにゆっくりと小さく頷く。
「恐らく…。私が見た限りでは、”Queen”たちは不完全のようだった。もしかしたらは、あるかもしれないが。」
「君の言いたいことは分かった。」
エクスシスは浅羽の考えをまとめる。
「世界中に散布するウイルスは感染した人間の生殖細胞の遺伝子を変異させ、次世代の人間を全てホモ・エクセルサスへと進化させる…。つまり、ウイルス感染により我々ホモ・サピエンスは知らぬ間にエクセルサスに侵食され、結果的に滅ぼされると。」
彼の答えを聞いたエリーは首をかしげる。
「なんだかまどろっこしいやり方ね。」
「そうだけど、合理的なやり方だよ。」
彼女の発言に朝倉が答える。
「ん、あ?…え、誰?」
「RAS高官の朝倉青藍です。お見知りおきを…。」
「ふ~ん…エリー・ブライトよ。よろしく。」
二人のやり取りが終わったのを見て、ブレイドが不安そうに口を開く。
「もし、そんなウイルスがばらまかれたら…治療とかってできますよね?」
「RASと他の研究機関、企業が協力すれば…数年で何とかなるだろう。」
「そうだけど、そんなこと長官が許すかネ?私はちょっと総一の考えには疑問があるヨ。」
シャオロンの言い分にレナートも乗ってくる。
「私も浅羽の考えには少し否定的です。合理的と言えばそうですが、あの人がそんなに悠長なことはしないと思います。」
「最善策はウイルスを散布させないことだ。」
エクスシスはノートPCを見ながらそう言う。彼は先程からPCを操作して何かを確認していた。
「長官とテロ組織のつながりを示す証拠資料の一部のまとめが完了したようだ。優秀な部下たちで助かるよ。」
「え、もう?早くないですか?」
「一部だけだ。だが、それで十分だ。」
ブレイドが彼に聞く。
「…長官がこうなってしまったきっかけという鬼亡村でしたっけ?その情報はどうなんですか?」
「いや、その情報にはまだ手を付けていないようだな。」
素っ気なく答える彼に朝倉が言う。
「興味なさそうですね、副長官?」
「そうネ、なんだか意外だヨ。」
朝倉に続くシャオロン。その二人の質問に彼は答える。
「興味がないわけではない。…優先すべきかそうでないか、ただそれだけだ。」
彼は立ち上がり、決心したような面立ちで言い放つ。
「レナート、シャオロン、朝倉…機動隊に連絡を。」
「!」
その言葉を聞き場に戦慄が走る。
「ちょ…副長官!?まさか、ほんとに長官を拘束する気カ!?」
「私たちが良くても他の高官たちが許してくれるんですかね…?」
「副長官…。」
「この件に関して全ての責任は私が負う。…それが済んだら…レナートは万一の事態のために、各RAS管轄研究所の地下シェルターの開放を頼む。」
「…承知しました。」
「朝倉は政府の要人にシャオロンは軍関係者に連絡を…。」
浅羽は立ち上がり彼に言う。
「私は何をすればいい?」
彼はそれを聞いて苦笑いする。
「君は死人だろ?RAS高官の権限なんてとっくに剥奪されているよ…。そうだな…君はブレイド、エリー、機動隊とともにギルバード長官の確保に向かってもらおうか。」
「え?」
「よし来た!」
呆気にとられるブレイドをよそに張り切るエリー。
「ちょうどいい…長官には色々と世話になったしな。」
「浅羽さんも乗り気ですね…。」
「まあね。今までの借りを返してあげなくては…。」
浅羽はあの時のことを思い浮かべようとする。
しかし、微かな記憶の断片だけが霧のように現れては消えていく。彼は手で顔を抑える。
(…何だ…?はっきりと思い出せない…?)
様子のおかしい彼を見てブレイドは訊ねる。
「どうしたんですか、浅羽さん?」
「…い、いや…何でも…。やはり、少し疲れてるのかもな。」
「ならば休憩しておけ。重要な場面でしくじられるのはたまらない。」
エクスシスはそう念を押す。
「…そうですね。少し横になりたい。空いている部屋はないですか?」
「大丈夫カ、総一?付いて案内するヨ!」
心配するシャオロンだったが、浅羽はそれを断る。
「いや…君もやることがあるだろ。それを優先してくれ。」
「…わかったヨ。」
「そうだな。裏口の突き当りを曲がって右に警備の控室がある。ここ一帯は明日まで制限を出しているから誰もいないはずだ。そこを使え。無線は常に開けておくように。」
「ありがとうございます、副長官。」
そう言って彼は裏口から部屋を後にする。
「急にどうしたんだろうな、浅羽さん…。」
「年だし、やっぱり疲れがたまってただけじゃないの?」
「それもありそうだけど。」
ブレイドとエリーがそう話していると、エクスシスはスマートフォンを取り出して扉の前へと進む。
「私はやることがある。レナート、シャオロン、朝倉…手はず通りに頼む。」
「わかりました…。では、シェルター起動の準備をしてきます。」
レナートは裏口から部屋を出る。
「了解したヨ。」
「承知しました。」
朝倉とシャオロンはノートPCを操作しながら、スマートフォンを取り出して連絡を取り始める。それとは対照的に退屈そうにしているエリーとブレイドに気付いた彼女が気を利かせて彼らに言う。
「結構時間かかりそうだから自由にしてていいヨ。連絡するから安心してネ。」
「じゃ、お言葉に甘えて。」
「お気遣いありがとうございます。」
そう言って二人は部屋を後にする。
裏道を歩き目的の部屋の中に入る浅羽。
(…何だこの感覚は…?何か大事なことを忘れて…。)
青黒く膨れ上がった右手を見て彼は思う。
(私は…なぜ、長官に命を狙われることになったんだ?………記憶が抜け落ちている?)
紅く変異した右眼に手を当てる。気持ち的に、変異した組織の範囲が広がっているように感じる。
(まさか…脳にまで…。そのせいで記憶が…?)
「…誰からですか?」
携帯に表示された番号は見慣れたものだった。
「直ぐにかけ直す。」
「わかりました。」
無線を切り、ギルバードは電話に出る。
「私だ、セブンス。」
「お疲れ様です、長官。例の件で…少々ずれ込みましたが、完了しました。」
「ご苦労。これで、ヘカトンケイル運用への最終段階が完遂したか。」
「…それで、我々はこれからどうすれば?」
一息ついて彼は話す。
「君らの役目はここで終わりだ。君らの端末にある座標を送る。」
「座標…?」
「そこで彼女が待っている。早く行くことだな。」
「!?」
「約束は果たした。じゃあな。」
「長か…!」
セブンスは続けようとしたが、彼はそれも聞かずに携帯を切る。それはもう二度と会うこともないという彼の意志の表れでもあった。
彼はすぐに無線を入れる。
「待たせたな。…それで?」
「あの島の研究所…その最深部に先代長官…貴方のお父様、スコールランド・スペンサーのAIが存在していたようです。」
それを聞いた彼は激しく狼狽する。
「バカな…!AIだと!?…父さんの…!本気で言っているのか!?」
「…事実です。そして、そのAIから貴方とテロ組織の関係を示す証拠が…」
「嘘だろ…?」
彼は一瞬呆ける。証拠が渡ったという事実ではなく、義父であるスコールランドが渡したという事実に呆然としていた。
「父さんが…なぜ…?嘘だ…あの人が私を…?」
目の前が暗闇に覆いつくされる感覚が彼を支配する。それは、あの時に感じたものと同じだった。築かれつつあった自分の居場所が一瞬にして奪われた、忘れもしないあの時のものと。
「その証拠のため、RAS高官内で副長官への長官権限移行発令が可決され、エクスシス副長官が長官代行としてRASの全権を握りました。」
「……。」
「長官…エクスシス副長官は貴方を拘束するため、機動隊をそこに派遣することを決定しました。」
「……。」
「長官!」
彼は答える。
「…NEO HUMAN PROJECTを実行する。」
「!…本気ですか?…まだ、追加の実証段階が…。」
「このために、私は生きてきた。その全てが失われるのならば…。」
彼のその答えに相手は言葉を詰まらせる。
「…君にはエクセルサスコードを知らせていたな。どうする?…君も私を裏切り、奴らに付くか…?」
その言葉に対し、相手は迷わずにはっきりと答える。
「いえ、私は貴方についていきます。…例え、世界がどうなろうとも。私は貴方さえいればそれでいいので…。」
「そうか…ならば、君は今まで通りに振舞え。」
「はい。」
少し息を溜めてから彼は言う。
「いつかは保証できないが…必ず、会いに行く。」
「待っています…ギルバード様。」
彼は無線を切る。気が付けば自室までもう少しのところに、エレベーターは上がっていた。
「機動隊をここにか…。残念だが、そうはさせん。」
エレベーターが自室に着く。すると、そこにはルミネットがソファーでくつろいでいた。
「あ~、1st様!変なとこから出て来ましたね。」
「…。」
「黙ってどうしたんですかぁ?それと…ノメリアさんはどうしたんですか?」
彼は机のPCへと向かう。
「あいつは死んだよ…。いや、私が殺した。」
ルミネットは一瞬キョトンとしたが、すぐに笑いながら彼に聞く。
「ぷっふふふふ!殺したんですかぁ、どうしてです?ま、どうでもいいんですけど。それよりもですね、1st様!」
彼は胸元を大きく開く。
「最近ですね、また、胸が大きくなってしまってぇ…そろそろ、さらしはきついんですけどもういいですかぁ?薬で無理やり抑え込むのも、もう面倒ですし。」
それを聞いて彼は鼻で笑う。
「君が遺伝子型通りの性別になりたいと進言したんだろうに…結局、LILITHのQueen因子を抑えることはできなかったか。ま、好きにしろ。」
「意外とあっさりですね?いいんですかぁ?これからどんどん女らしくなって、隠せなくなっちゃいますよ?」
「気にする必要はない。」
「?」
その言葉を理解できてない彼にギルバードは告げる。
「ルミネット…直に、ここへ殺してもいい客人が来る。」
「ふ~ん…間抜けな刺客ですか?」
「…エクスシスが率いるRASの機動隊だ。」
「え?」
「私の所業がばれた。…だが、安心しろ。全ての戦力をここに送ることはできん。」
「いやいや、あのぉ…状況が呑み込めないのですが。」
困惑するルミネットに彼は言う。
「NEO HUMAN PROJECTを実行する。ホモ・サピエンスと我々エクセルサスの長きに渡る生存競争の始まりだ。」




