島からの帰還
RASの輸送ヘリの窓から次第に小さくなるウエストハイランド島24番地病院を眺める浅羽に、小型のノートPCで連絡を取っていたブレイドが伝える。
「エクスシス副長官が出ますよ。」
「そうか。」
「エリー?」
「あいよー。」
そう言ってエリーは映像出力端末を立ち上げる。3人の前にRASの立体ロゴマークが現れ、それが一回転して広がりブラウン研究所にいるエクスシス副長官を映し出す。
彼は浅羽を眼にして一瞬だけ動揺したが、特段取り乱すこともなく冷静に口を開く。
「シャオロンから聞いたが…まさか、本当に生きていたとはね。」
その横からシャオロン・リーがひょっこりと出てくる。
「どもー…って、なにその姿ハ!?」
エクスシスと対比して体全体で驚くシャオロン。その様を見たエリーは吹き出してしまう。
「ぶはっ!何あれメッチャ驚いてんじゃん!」
「ちょっと大袈裟かもだが、普通はあれくらい驚くだろ。副長官が冷静すぎるんだよ。」
シャオロンを制してエクスシスは話を続ける。
「詳しい事情は戻ってから聞くとして…よくぞ、証拠を見つけてきた。御苦労であった、エリー、ブレイド…そして、浅羽…協力感謝する。転送されているデータは、今より解析チームを発足して、使える情報を取りまとめていく。」
「時間はどれだけかかるんでしょうか?」
「資料作成までは半日といったところか。…しかし、その後が問題だ。相手はRASの長官…そう上手くことが運ぶとは思えない。数週間はかかるだろう。」
それを聞いてエリーは焦りながら言う。
「いやいや、もっと早くならないんですか!?」
「…何を焦っているんだ?」
ブレイドも彼女に続く。
「エクスシスさん…。証拠をまとめてすぐにその…長官を拘束することはできないんですか?」
「はぁ!?長官を拘束!?な、何言ってるネ!?」
「無理を言うなよ…。君までどうしたんだ?」
彼らの発言に戸惑うエクスシスとシャオロンに、浅羽は神妙な顔をして話始める。
「信じられないかもしれないですが…我々はあの病院の地下で先代長官のスコールランド・スペンサーに会いました。」
「スコールランド…スペンサーだと!?」
浅羽のその発言に、さすがに驚きの表情を隠せなかった。
「スコールランド・スペンサー長官…。会ったことはないけど、名前は聞いたことあるネ…!でも、既に亡くなって…。」
「AIですが、それはスコールランド前長官の記憶を引き継いだもので…。彼が我々に、長官…ギルバード・スペンサーの真の目的は人の世界を滅ぼすことだと。」
その話を聞いて暫し唖然とする2人。エクスシスは手で顔を覆う。
「すまない…ちょっと、待ってくれ。」
「え、え~…。冗談じゃないよネ?」
「大真面目だよ、シャオロン。ついでに言うと、その証拠とやらも彼からもらったものだ。」
「ん、あ…え?…えぇえ!?」
彼女はまだ疑っていたが、浅羽の真っ直ぐな瞳とエリー、ブレイドの真剣な表情を見て冗談や嘘ではないと確信する。
「…ギルバード・スペンサーが長官の名ネ…。スペンサー…。もしかして、スコールランド前長官の親戚ってことカ?」
「いや、彼は養子だ。本当の名前はジェスター・ハウローという。」
「ジェスター・ハウローか…どこでかは忘れたが、聞いた名だ。」
エクスシスは顔をあげる。その表情はいつもの冷静なものであった。
「…君たちの話は信じよう。しかし、詳しい話は戻ってからだ。さっきの話も視野に入れておくよ。」
「…本気で長官を拘束するつもりネ?」
シャオロンの発言を流すように彼は話を閉める。
「帰還後、直ぐに私の元に来てくれ。…短い休憩時間だが、しっかり休んでおくように。」
そう言って彼は通信を切る。
「帰ったらゆっくりしたっかけど、そうもいかないかー。」
エリーは背伸びしながらそう言う。そして、眠たげな表情をして大きな欠伸をする。浅羽はそれを見て2人を気遣いながら話す。
「仮眠をとっておけ。会議中に寝落ちしてしまうわけにもいかないからな。」
「そうですね…。流石に、副長官の前で寝落ちするのはヤバいですからね。」
「ふあ~…じゃ、寝るわ。おやすみ~。」
彼女はすぐに瞼を閉じる。ブレイドはそれを見て少し微笑み、浅羽に目配せしてから眠りにつく。
浅羽はそんな2人を横目で見た後、窓の外に広がる地平線をぼんやりと眺めていた。彼はスコールランドのAIから聞いたことを頭に並べて考えていた。LILITH、Queenウイルス、人の世界を滅ぼすということ。
(あの話から推察するに…恐らく、長官がやろうとしているのはウイルスによる全世界的なパンデミック。理論的にはウイルスは生殖細胞に作用し、次世代に人類の進化種を生み出す。…しかし、そんなに上手くいくのか?)
そう考えていた彼だが睡魔が襲い、知らぬうちに眠りについてしまった。
「これは一体…!?…胎児胚で遺伝子レベルの再編集が起きている…!?」
「数時間おきに遺伝子が変化しています…。こんなことって!」
「しかし、導入した遺伝子には全く変化がありません。変化が起きているのはホストの遺伝子だけです。」
「刻一刻と古い胚から新しい胚へと組織されていっている…?」
「これが最後の我儘。この子だけは…。」
体が激しく揺さぶられる。半ば目を開けるとエリーがこれでもかというくらいに、激しく浅羽を揺さぶって起こそうとしていた。
「はーやーくーおーきーなーさーいーよー!」
「…わかった…!分かったから止めてくれ!」
激しく揺さぶられ、気分が悪そうに起きる浅羽。
「全く!なーにが『仮眠をとっておけ』よ、偉そうにさぁ!ガチ寝じゃん、あんた!」
半分笑いながら彼女は怒鳴る。それを見てブレイドも呆れた顔で彼に言う。
「まさか、エリーじゃなくて浅羽さんが起きないとは思いませんでしたよ。」
「…マジか…。」
ヘリはすでにブラウン研究所のヘリポートへと着いていた。彼は苦笑いしながらヘリから降りる。すると、そこにエリーを心配していた神崎が駆けつけてきた。
「エリー!!」
それに気づいたエリーは思わず笑みがこぼれるも、浅羽のことを思い出し慌て始める。
「か、神崎さんちょっと―!!」
「え、どうしたの、エリー?」
彼女の目に浅羽の姿が入る。
「ゲッ…!」
「あ…!いや、でも…エクスシスさんが説明して…。」
「ば、化けも…!!あれ、浅羽高官…?え?あれ…?亡くなったんじゃ…あれ…?え…?浅羽高官が化け物…?」
顔が青ざめ、彼女はふっと意識を失う。
「かんざきさあああああああん!!!」
―スペンサー・タワー地下
「死ねい!!ジェスター!!」
啖呵を切り、ウィッカーマンはナイフを握りしめギルバードに向かって突進する。元研究者とは思えないような体裁きで、常人ではとらえられないであろうナイフの連撃を繰り出す。彼の目論見通り、体はノメリアの戦闘経験を完全に継承していた。
ギルバードはその連撃を紙一重でよけ、後ろへと大きく後退する。
「どうした?反撃しないのか…いや、できないのか?」
「…。」
「でかい口叩いた割にこれか。それともこの期に及んで、まだ、私を舐めているのかジェスター?」
彼はナイフを構え直す。ギルバードはバカにしたように小さく笑う。
「…なめやがって…!その余裕の面…いつも不快だった。これで、仕留めてやる!」
彼は再度、ギルバードへと駆ける。そして、間合いに入った瞬間、流れるようにマントを脱ぎ、彼に向かって投げる。
「小賢しい真似をするな。」
ギルバードは素早く懐から拳銃を抜き取り、目の前でウィッカーマンの体を隠すように広がるマントめがけて数発弾丸を打ち込む。しかし、銃弾が彼に命中することはなかった。
ウィッカーマンは死角を流れるように通っていき、彼の後ろへと回り込んでいた。そして、その勢いのまま延髄に向かってナイフを放つ。
肉を貫く音と感覚がナイフを伝って、彼の腕に響く。しかし、それは求めているもののようではなかった。
「もしかしたら、と思って警戒していたがそんなことはないか…。」
彼のナイフはギルバードの左腕に突き刺さっていた。しかし、彼はそれを気にすることなく振り返る。
「何だと…!?」
彼はナイフを引き抜こうとするが、なぜか抜けない。
「なっ…!抜けん!」
ギルバードの右腕がゆっくりと上がる。それを眼にした彼はナイフから手を放し、素早く後退する。
「くそっ…!どうなってやがる!?」
「気になっているようだから、見せてやろうか…。」
彼はゆっくりと袖をまくり、ナイフが突き刺さった部分があらわになる。
「な、なんだそれは…!?」
ウィッカーマンの焦点がそこへと集中する。黒い触手のような組織がナイフの刃の部分をがっちりと覆っていた。目を丸くするウィッカーマンに構わず、彼はナイフを引き抜く。傷は見る見るうちに塞がり元通りになる。
「…!」
「さて、次はどうするんだウィッカーマン?」
彼の足元にナイフを投げ捨てる。
「貴様ぁ…!!」
「それで自決するか、私の手で死ぬか…選ぶがいい。」
挑発するように彼を責め立てる。
「いくら転生しようが、お前が私の下であることは変わらんのだよ、ウィッカーマン?最初から、私に忠誠を誓っていれば生きていられたのになぁ?」
「黙れクソガキがあああ!!!」
怒りに顔をゆがめたウィッカーマンは怒声を放ち、ナイフを拾い上げ突進する。
「腹ぁ掻っ捌いて、内臓引き出してやる!!あの化け物女のようになぁ!!」
「あぁ…お前はそうだったな。私の…ましてや、父さんの言いつけも無視して彼女を殺したんだったな。」
「ジェスタああああ!!!」
「父さんも呆れてたよ、ウィッカーマン。あの世でお前はどう詫びるんだ?」
鈍い音とともに血しぶきが上がり、床を紅く染める。
「ぐ…あ…。こ、これは…バカ……な!」
ウィッカーマンの腹部を黒い触手が貫通していた。
「く…クク…。何が…ホモ…エクセルサスだ…!お前は…に、人間なんかじゃぁ…!!」
触手は引き抜かれ、腹部を抑えたまま彼は力なく膝をつく。すると、突然彼の様子が変わる。
「あ…あ…。これは…一体…?ぐうぅあ!!」
「…?」
「お、おい…!どういうことだ?長官…ぐうぅ!て、てめえがやったのか…!?」
「お前はノメリア…なのか?」
まるで何が起きたのかわかってないような素振りを見せる彼を半信半疑で見下ろすギルバード。
「当たり前だろが!!…事情はいい…後で聞く。さっさと助けてくれ!」
彼は助けを乞うも、ギルバードは動かなかった。
「お、おい…!何してやがる…!早くしてくれ…!」
「…それはできないな。」
「はぁ…はぁ…な、なんだとぉお…!ふざけ…!!お、俺はノメリアだ!!あの老いぼれなんかじゃ…。」
「演技か…それとも、本当に戻ったのか…。どちらにしても、今のお前を助けるメリットがない。」
ギルバードは彼を背にして、出口の方へと向かっていく。
「ま、待ちやがれ!!グゥ…がああ…!!どこに行くぅ…俺を見捨てる気か、ぐ…が…!」
足を止めて彼はノメリアの方へ顔を向ける。
「残念だが、お前はもう用無しだ。自身の正体も起源も知れたのだ。思い残すこともあるまい。恨むなら、あの老いぼれを恨め。」
そう言い残して彼は部屋を後にする。
「て、てめぇ…!あっ…があ…!目が…霞む…!」
彼はそのまま床に倒れ込む。大量の出血のせいで意識は朦朧としていた。体が冷えていくのを感じる。暗闇が包み込む。
冷たい暗闇の中で彼は懐かしいぬくもりを感じた。目を開けるとその前には翼の生えた女性がいた。
小型エレベーターで上昇するギルバードに無線が入る。
「私だ…。ああ、君か。」
「長官。どうやら、彼らはウエストハイランド島に赴いたようです。」
その単語を聞いて彼は眉をあげる。
「…ほう。まさか、あの島の存在を、ね。しかし、あの場所に求めるものなど…。」
「それが…。」
「…?」
その時、彼の携帯が鳴る。




