しるべの光が消える時
そこは西欧風の比較的広い部屋であった。絢爛というほどではないが壁には動植物の装飾が施されており、中央には小洒落たテーブルを囲うようにソファーが配置され、部屋の奥にはスコールランド長官のデスクが見られる。その後ろには壁一面に巨大なモニターが付いている。
「綺麗ね…。個人部屋のくせに豪勢なこと。」
「一応、先代長官だしこれくらいはいいんじゃないか?あのRASの長官にしてはむしろ物足りないまであるが。」
「個人部屋兼客室といったところだろうよ。前に拾ったレコーダーに各国首脳クラスを招待と言っていたが…果たして、何人のものがここへと足を踏み入れたのやら。」
そう浅羽が口にした時、モニターが起動し、そこには顔に斜めの一本傷が入った壮年の男が映っていた。その男は微笑みながら言う。
『喜べ…君たちが最初の客人だ。』
「スコールランド前長官!」
それは最後に浅羽が目にしたあの日のスコールランドと同じ姿であった。彼は驚きつつも、その表情はどこか懐かしげであった。
「ふ~ん、意外と男前じゃない。どうでもいいけど、その傷は何よ?」
『さあな。どうやら、この傷に関する記憶はインプットされていなかったようだ。ウィッカーマンの研究成果を使用させてもらったが、完璧というものではなかったようだ…それを含めても大層なものだがな。』
「ウィッカーマンの研究…。そう言えば、あの人は貴方やギルバードがここから去った後も、残って何かの研究をしていたようですね。その研究のためとやらにシャヘナトラを殺したみたいですが。」
浅羽は前にボイスレコーダーから聞いた情報を思い出しながらそう聞く。映像のスコールランドはそれに一笑して答える。
『フッ…あいつは若返りというものに執着していてね。あいつは癌研究の権威の一人ではあったが、その真の目的は寿命に関するものだった。この島に招待してから、色々と研究したが求める結果は得られず工学の方へと転換を図った。』
「はぁ…若返りの薬とかって夢物語なのね…。」
なぜかエリーは肩を落とす。
「何で落ち込んでるんだ、エリー?」
二人を横目に浅羽は訊ねる。
「工学への転換ですか…。貴方の存在から予測すると、記憶を機械へ出力する機構でも開発したと?」
『ああ、その通りだ。簡単に言ってしまえば、脳内で流れる電気信号のパターンを記録し、スーパーコンピューターを用いて疑似的なシナプス回路を作成するといったものだ。私はそれを鋳型に作成されたAIであり、完全ではないが…もう一人のスコールランド・スペンサーといったところだ。』
「…しかし、それでは若返りとは程遠く離れているように思えますが。」
そのように呈する浅羽に彼は鼻で笑う。
『鈍いな浅羽よ。いや…本当はもう気付いているのではないか?私の存在に…そして、上階のメインセキュリティルームで見た“W複製体”というもの。…あれはウィッカーマンのクローンだ。』
「ノメリアがウィッカーマンのクローン!?」
「ノメリアさんが…クローン…。」
『彼の端末のログを見るに、そのノメリアとかいうのは唯一の成功体…ウィッカーマンの記憶を引き継いだクローンということになる。』
それを聞いたブレイドが口にする。
「転生…したというのか。だが…あれがウィッカーマンなのか…?ま、まあ…対面したことはないから分からないが…本当にそうなのか?」
ノメリアと共闘した彼はそのことに違和感を覚える。
「私はウィッカーマンとかいうのに会ったことがないから分からないけど、元RASの高官が前線切って戦うものなの?」
「いや、ウィッカーマンの性格からして前線で戦うというか…。あの人は絵にかいたようなマッドサイエンティストで、知能には全振りだが運動神経はからっきしだ。いくら若い体に成り代わったとしても、その部分が改善されることはない。」
「じゃ、転生は失敗したってことじゃないの?」
彼らの話を聞いて、スコールランドは虚を突かれたように驚いた表情をする。
『…失敗したというのか。あいつほどの男でも、生体でのそれは無理だったということか?』
「それを差し引いてもオーバーすぎる技術ですが…。」
感心する浅羽を一瞥して、エリーがスコールランドに聞く。
「ウィッカーマンがシャヘナトラを殺したのは何でなの?」
その問いに彼は苦笑いしながら答える。
『彼女の死は私のせいでもある。』
「え?」
『あいつはLILITHの存在を知っていた数少ないものの一人だ。無論、私が共有したのだが…あのサンプルはそうしなかった。親友であるが故に、あいつの異常性は理解していたのでね。その一つが先ほども話した…確か、”Raincarnation 計画”だったか。そこの君が言った転生そのままの意味だ。』
『あいつは…理想の体を手にするためにかなり残虐な実験を行っていた。先にW複製体はウィッカーマンのクローンとは言ったが、純粋なものではない。遺伝子改良を施し、より強靭な個体を生み出すために選別を行っていた。』
「選別?」
『強制的な殺し合いだ。』
「な…!」
『初めに数体作り、その中で殺し合いをさせ、生き残った個体を生体兵器に…最終的にはゴア・ドールにぶつける。例にもれず、全てゴア・ドールにやられてしまったが、最後まで生き残った個体の肉片を回収し、その遺伝子に改良を施していくにつれ生存率は上がるも頭打ちとなった。そこで目を付けたのが、LILITHの遺伝子…あいつは喉から手が出るほどそれを欲していたことだ。』
『だが、LILITHのサンプルのありかは知らない…。だから、あいつはシャヘナトラに焦点を移した。彼女から放出されるウイルスの遺伝子は卵細胞を元にしていることを突き止めていた。彼女の卵細胞にはLILITHの遺伝子情報と、不完全な2~4本の染色体が常在していたのだ。』
「やはり…LILITHのウイルスは生殖細胞に感染するということですか。」
『このウイルスの場合は8割がたが生殖細胞に、他の2割が体細胞へと感染し、ウイルス産生・放出器官へと分化させる。…あいつが欲したのは、ウイルスの元となる卵細胞の遺伝子。それを効率よく手にするために、私達が去るのを機に彼女を殺し、子宮を摘出したということだ。』
エリーは彼を睨みながら言う。
「そんなこと…予想できたでしょ!どうして何もしなかったの!?」
『…曲がりなりにもあいつのことを信じていたのでね。まさか、私を裏切り…彼女を殺すとは思っていなかった。』
目を伏せるスコールランドに彼女はまだ何か言いたげだったが、ブレイドがそれを制する。
「それよりも、物証とやらはどこにあるんですか?俺たちがここに来た一番の目的はそれなんですが。」
『そうだったな…。年を取ると昔話が過ぎてしまう。…これを受け取れ。』
デスクの上にUSBデバイスが現れる。ブレイドはそれを手に取る。
「これは?」
『その中にはスペンサー・タワーのデータベースに保存されている幾らかの情報が入っている。…スペンサー・タワーはかつて私が管理していたものであり、ちょいと端末に細工をしていてね。数か月ごとにデータベースの情報をここに送るように仕向けていたのだ。』
「なぜ、そんなことを?」
『あいつのことが気にかかっていたものでね。監視していたということだ。』
エリーはあの事を思い出す。
「後悔からと言っていたけど…そろそろ、なんていったのか教えてくれないかしら?」
『その前に、一つ私の質問に答えてほしい。』
彼女は顔をしかめる。
「は?質問?」
『この地球には多種多様な生物種が存在しているが…なぜ、人間はホモ・サピエンス一種しか存在しないのか?』
「それに何の関係があんのよ!」
「落ち着けよ、エリー。」
その問いに浅羽はごく普通の答えを返し、スコールランドの反応を見る。
「…生存競争に敗れた、という単純な理由ではないのですよね?」
『生存競争ねぇ…。』
スコールランドは浅羽を嘲笑う。
『諸説あり、はっきりとしたことは言えないが…。今の人類を鑑みるに一つ有力なものがある。』
「もったいぶらないで、さっさと言いなさいよ!」
『フフッ…それは我々が滅ぼした、というものだ。』
「…俺たちが滅ぼした?」
ブレイドは眉をしかめながら言う。
『歴史が全てを教えてくれる。人類は同種であろうと肌の色、瞳の色、髪の色…他にも理由は多々あれど…些細な違いで罵り合い、差別し、迫害し…時にはそれらの理由で殺し合う。我々の多くは意識してはいないが、心の中では常に相手を見下している。そして、それはほんの些細なきっかけで決壊し暴走する。』
「…。」
『今も人は同種で争っている。愚かと言えば愚かだが、高い知能を持ったが故の弊害よ。それがもし、他種族であればどうなるか?…高い知能を持った他種族間で対等な共存などありえないのだ。そこにあるのは、どちらかが滅びるまで止むことない殺し合いだけだ。』
『だからこそ、私はあいつに言ったのだ。まだ青く、夢を見ていたあいつに。』
「え…?どういう…。」
『”今は違うかもしれないが、この世界…人間の世界にお前の真の居場所はない。何れお前は奪われる側になる。それが嫌なら、我々がそうしたように…古い世界を滅ぼせ”、とな。』
その言葉の意味するところを察した3人は言葉を詰まらせる。それを打ち破るように彼は答えを下す。
『あいつは我々と同じ人間ではない。LILITHの生殖ウイルスから生まれた、ホモ・サピエンスの進化系だ。』
「…そんな…!」
「嘘…。」
「シャヘナトラのようなウイルス産生体から感染した人間から発生した…?」
浅羽のその答えにスコールランドは応じる。
『いや、LILITHのものだ。あいつはこの世に唯一存在する…LILITHと人間の間に生まれた新たな人類種。あいつはホモ・エクセルサスと自身に名付けている。』
「ホモ・エクセルサス。至高の人類か…。」
「大層な名前ね。」
「…そうすると、長官もエリーや浅羽さんのような力を持っているのか?」
ブレイドは顎に手を当てて考えながらそう呟く。それを耳にした浅羽が彼に返す。
「その可能性は十二分にあるが、あの人ももう年だ。追い詰められて攻めてきたとしても対処はできる。」
「老いぼれなんて私の敵じゃないわ!その場合は私がギッタギタにしてあげる。老人だろうが手加減なしよ!」
そう息巻くエリーに若干引きつつも、浅羽はスコールランドに話す。
「あの人が人間でないのは分かりました…とすると、LILITHの悲願は知らずの内に達成されていたということですか…一時しのぎみたいなものですが。しかし、何故…ヒトの世界を滅ぼすという考えに至ったのですか?…まさか、母親への恨みが結果として、人間に向けられた?」
その問いに彼はため息をつきながら答える。
『それはないな。…お前は知らないかもだが、あいつがRASに入ったのは純粋に人類の未来と繁栄のためを思ってだ。』
それを聞いてエリーはエクスシスの言動を思い出す。
「なんか、エクスシスさんも昔は憧れていたとか言ってたね。」
「では、一体何が原因で?」
『さあな。…ただ。』
「ただ…?」
『私が死んで2年というところか…恐らく、その時にあいつは変わってしまったのだろう。あいつは日本の研究所にいた。何がきっかけかは知らないが…あいつはその近くの村を消した。』
「村を消した…だと。聞いたことがない…。そんなことが起きれば、メディアが黙ってはいない。」
『黙るも何もその村の存在は地図やその他諸々から消されている。元から存在しない村…所謂タブーみたいなものだ。その村は鬼亡村と言ってな。詳しいことはそのUSBに入っている。あいつの所業もな。』
「…存在しないとはいえ、村の住人を直接殺したとなれば長官を引きずり降ろすには十分な物証だ…。」
『それに、その中にはあいつがテロ組織との関わりを示す証拠もある。これが一番有効なものになるだろう。』
「やっぱり、長官が関わっていたのね。」
呆れた顔で彼女は言う。
「それじゃあ、エリーの初実戦もテロを利用したものだったということか…。」
「…。」
エリーは確認するようにスコールランドに聞く。
「本当にいいの…?」
『ここまで来てやっぱりなしはないだろう?起源のしるべはここで終わりだ。…息子を止めてくれ…。』
「…。」
何かを思い出したように彼は口にする。
『ああ、そうだ。もう一つ重要なことを忘れていた。』
「重要なこと?何よ?」
『…シャハラだ。知っているだろう?彼女をここから解放してやってくれ。』
「シャヘナトラの子供でしたっけ…。そう言えばいましたね。でも、彼女もヤバいウイルスを産生するんですよね…?」
『その通りだが…。朽ちていくこの場所に放置され、腐り、死んでいくのはあまりに憐れだ。彼女はC区画の保管庫…運搬可能な保管カプセルの中で眠っている。』
そう言ってモニターにその位置を示す。ブレイドは浅羽に確認する。
「…どうします?」
浅羽は少し考えたが、二つ返事で彼に返す。
「前長官へのせめてもの礼だ。連れて行こう。」
「さんせ~い!」
「いや、でも…エクスシスさんになんて言えば…。」
心配そうにするブレイドに浅羽は得意げに言う。
「そんなものよりも、死人が化け物になって帰ってくるんだ。そっちの方が問題だろう?」
それを聞いた彼はさらに頭を抱える。
「そうでしたね…。そっちの方が大問題ですよ…!」
「ま、いいじゃん?物証も手に入ったことだし、エクスシスさんもきっと大目に見てくれるわよ。大丈夫、大丈夫!」
楽観的なエリーを彼は羨ましそうに見る。完全に他人事な彼女に若干苛ついているようにも見える。そんな彼を制しながら、浅羽は二人を部屋の外へと促す。
「ありがとうございます。スコールランド前長官。」
浅羽はそう言って部屋を出ていく。
『…こちらこそ、礼を言うよ。』
部屋から出ていく3人をスコールランドは見送る。
無人になった部屋に彼の音声が木霊する。
『…私の役目も終わりか。まあ、果たせただけでも良しとしようか。』
彼は自滅プログラムを実行する。映像にノイズが走り、次第に彼の自我は消えていく。
消えゆく意識の中で、彼はあの日のことを偲んでいた。彼に自分の夢を語るギルバードの姿がよぎる。
『あの時、嘘でもあいつの夢に…して…れば…道を……す…も……なかった…ろう…か?』
部屋の明かりが消え、それに呼応するようにD区画の全ての設備の電源が落ちていく。
しるべに灯された光が消え失せるように、辺りを暗闇が包み込んだ。




