元の姿
立ち尽くすウィッカーマンの前には、年老いたギルバードの姿はなかった。代わりに、そこには青年が立っていた。それはまだスコールランドが長官になって日の浅い頃によく傍らに連れていた、見覚えのある不愛想な養子のジェスター・ハウローであった。
「ようやく、元の姿に戻れる日が来た…。やはり、若い体はいいものだ。なぁ、ウィッカーマン?」
「…ジェスター…君は…。」
「純粋なホモ・エクセルサスはこの私を除いて他にいない。私だけが”LILITH”の生殖ウイルスから生まれた…進化した新たなる人類種。お前とは違うのだよ。」
「何だとぉ…。」
「で、だ…。話を戻すが、お前は…本当に死にたいのか?」
余裕の表情を見せるギルバードに苛立ちを覚えるウィッカーマン。
「バカが余裕かまして…。温室育ちの甘ちゃんが、幾多の修羅場を経験してきた体を持つこの私を本気で殺せると思っているのか?」
「言うじゃないか、お前はノメリアの経験にただ乗りしているだけというのに。まぁ、いい。私は同族には慈悲深い。…最後に、もう一度だけチャンスをやる。ここで無様に死ぬか…。」
ギルバードは彼に向かって手を差し出す。
「私に従い、新しい世界を見るか…。」
「新しい世界だと…?何の話だ?」
「それを話すのはお前の返答次第だ。」
ギルバードの態度が鼻につく。表情には出さないようにしているが、ウィッカーマンはかなり苛立っていた。
「クソガキが…。ここにきてまでも、この私を見下すつもりか?…スコール君が死ぬまで、旧名を捨てられなかったガキが随分と増長したようだな。」
「…。」
ナイフを構えるウィッカーマン。
「君の考えていることは大体わかったよ。だからこそ、ここで殺す。世界の頂点に立つのはこのウィッカーマン・キルケだ。RASの長官へと成り上がれば、転生用の被検体も十二分に揃えることができる。ククク…数世紀にわたりこの世界を支配し続けてやるぞ!!!」
そう意気込むウィッカーマンを冷ややかな目で見るギルバード。
「お前の夢は成就することはない。ここで、無様に死に絶えるがいい。」
3人は通路の先の扉の前へと着く。彼らが前に立つと扉は開き、一本の通路が目の前に続く。道の左右には同じように緑色に濁った水が張ってあり、その底には先ほどの無顎類のシルエットが無数に見える。
「落ちたら終わりね。」
「手すりを乗り越えていくバカはいないだろ?」
エリーの冗談に真面目に答えるブレイド。それを聞いて彼女は少し微笑む。
「前長官はこの生き物が好きだったのかしら?」
「ただの実験材料だろう。あの人は何かに愛着を示すような人ではなかった。」
「…浅羽さんは前長官のスコールランドのことを知っているのですか?」
「ほんの少しだけだ。何というか、冷たく、不気味な人だった。」
そう話していると、再びあのアナウンスが流れ始める。
『さて、ご客人様の左右に見えますは先ほどと同様の生物でございます。この生物は深海性の無顎類を素体にした遺伝子改変生物。”LILITH”の生殖ウイルスによって誕生したものであり、体の巨大化に加え、代謝を著しく低く保つことで数十年間何も食べずに生きることができます。』
「20年も何も食わずにか…相当腹ペコなんだろうな。」
「しかし、そのウイルスとやらに感染するだけでこれほどの恩恵を得れるとは…。」
『この個体群は数体の適合個体から生まれた子孫であります。前述の生殖ウイルスは高い感染率を誇り、致死率は50~70%と高い値を示しました。』
「生殖と名がつく割に高い致死率だな。…そもそも、生殖ウイルスとは何だ?」
浅羽がつぶやく。
『しかしながら、この結果はこの種の話であり、これは生物種によって顕著に異なります。それはある理由によるものですが…その話は次の扉に待つ最後の生物種をご覧になってからということで。』
「なーんだ。これと後一種類しかいないの?がっかり。」
「あんまり、不気味なものを見なくて済むから結構なんだがな。」
2人をよそに浅羽は一人で考える。
「ある理由…か。」
3人は通路を進み次の部屋へと進んでいく。踏み入れた部屋は真っ暗であり、何も見えない。
「くっら!何ここ?」
エリーが言い放った瞬間、部屋にうっすらと明かりが灯る。眼前に巨大な水槽が現れ、その中で巨大な何かが動いていた。
「何これ…魚…いや、恐竜…?」
「何だこいつは…!」
それは魚類の特徴を残しながらも不似合いな四肢が生えており、まるで両生類のようにも見える。体は3 mほどあり、ゆっくりと漂うように泳いでいた。
「浅羽さん、これは何なんですか?」
「…体の白い斑点、所々に残っている鰭の形は肉鰭類のそれに似ている。まさか…。」
アナウンスが流れ始める。
『さて、皆様方の目の前にある生物種が見えていると思います。こちらの生物種はある魚類を素体にウイルス感染させ、その結果、進化したものです。勘のよろしい方は気付いたかもしれませんが、こちらはシーラカンスを素体にした生物種です。』
「やはり、シーラカンスだったか。」
「シーラカンスって何よ?」
「さっき見た無顎類と同じ、生きた化石と呼ばれるものだ。3億5千万年前から姿を変えていない魚類。中生代以降、恐竜とともに絶滅したと思われていたものだ。」
「へ、へ~…」
「しかし、また、生きた化石を素体に…どういうことだ?」
『“LILITH”の生殖ウイルスによって著しい進化が引き起こされた稀な物であります。先ほどの無顎類のように代謝や体の巨大化までにとどまらずに、器官、組織の変化が見受けられます。鰭の一部は四肢へと変化し、退化しつつあった肺はその機能を再び元に戻しました。まさに、魚類から両生類への進化の段階といえるでしょう。』
揺らり揺らりと漂うように泳ぐ生物をエリーは興味深く見つめてた。
「このウイルスは進化すらも引き起こすのか…?一体何なんだ?…それなのになぜ、生殖ウイルスと名付けたのだ?」
「そうすると、浅羽さんやエリー、シャヘナトラ…そして、”Queen”とか言う少女たちは人類の進化系ってことですか?」
「…あまり実感はないがな。」
2人がそう話しているときに、再びアナウンスが流れる。それと同時に、水槽の横の壁が開き淡い光で照らされる。
『さて、それでは次…の……へ…ザ…ザ…ジ…―――。』
アナウンスにノイズが混じり、遂に途絶えてしまう。
「え、なに?故障?」
「20年前の設備だしなぁ…。それもありうる。」
『…侵入者か。しかし、ここを見つけるとは一体どこのどいつだ?』
微かに聞いたことがあるその声に浅羽は反応する。
「な…!この声は…!」
それに呼応するように声は続く。
『見覚えがある顔だが…随分と老けたな。仕方ないことか…かなり時が経ったようだ。』
「スコールランド前長官…!」
「え?」
「スコールランドって、20年前に死亡した!?」
『なるほど…浅羽よ。すでに、捨てられたこの地にわざわざやって来たということは、そうか…あいつはあの道を選んだということか。』
「まさか…スコールランド前長官のAI…!」




