スコールランドの研究所
「この研究所の真の存在意義は、スコールランド長官が名付けた古代生物“LILITH”の研究だ。私もその全貌を見たことはないが…いや、知っているものはほぼほぼいない極秘中の極秘のものだ。信じがたいが、カンブリア紀から現代まで生きているというとんでもない生物だ。そして、そいつは未知のウイルスをばらまく…。それが、この第4層の最深部…スコールランド長官の研究所に保管されている。」
「古代生物”LILITH”…!?…なるほど…それが例の生物…そして、あのサンプルも…!」
レコーダーの音声は続く。
「その最深部は研究所というよりも、一種の博物館の様になっているみたいだ。何れ、各国の首相クラスを呼んでお披露目するつもりだったのだろう…。それももう、スコールランド長官が亡くなり頓挫してしまったが、彼の遺志を引き継いだギルバード・スペンサーは彼の名誉のためにこれを残すことを決定した。義父の面子と今までの恩を返すといったところだろう。」
浅羽の表情が曇る。
「義父の遺志を引き継いだ…だと?まさか、このギルバード・スペンサーが現長官の名前…!そして、スコールランドの養子だったということか…!ジェスター・ハウロー…奴を所長にしたのは孫の面子を保つための一応の配慮ということか。」
「さて…ここの最高管理者であるスコールランド長官が亡くなってから、ギルバードはウィッカーマンと幾分か話し合い、奴とその直属の部下、私を含めたそれ以外の少数の研究員を残しこの研究所を去った。そして、ここから奴の暴走が始まった。」
「奴は…奴は…。…この研究所にはその発端となった”LILITH”の感染者シャヘナトラがいた。私は…彼女の世話係でね。ここに残ったのも、自らそう志願したからだ。彼女は…あの翼、そして、それから産出されるウイルスさえなければいたって普通の女性だ。きっと…普通に生きていれば、今頃幸せな家庭を築いていることだろうに…。」
「私は彼女と…約束をしたのに…。必ず、ここから出すと約束したのに…!私は…私は彼女を救うことができなかった!!ぐ…く…ゥ…!」
ボイスレコーダーから嗚咽が漏れる。
「…ここの奥の部屋にある機械の中に彼女はいる。……いや、彼女の子宮だけが…。」
「あの機械の中にはシャヘナトラの子宮が…。ウィッカーマン…」
浅羽の眉間に皺が寄る。
「野郎は自分の計画をスムーズに行えるように彼女を殺し、あの機械の中に子宮を保存した…。望むときに、彼女の卵細胞を採取できるように…!!奴の下らない計画のために、彼女は…殺された…!あの老いぼれの狂った妄想で…!!」
微かに、小さな足音がボイスレコーダーから聞こえる。しかし、感情昂ったブライアンには聞こえていないのかそのまま話を続けようとする。
「これを聞いたら笑うかもしれないが、あのバカは大まじめにこれをやろうとしている!残り僅かな自分の寿命に焦り、愚かな狂行に奴は走ったのだ!!いいか、奴がやろうとしていることは…な、何をする!!?離せ!!」
別の男の声が入る。それは浅羽も聞いたことのあるものだった。
「愚かな狂行か…言ってくれるなぁ、ブライアン。あいつがいない今、ここの最高責任者は他でもない私だぞ?」
「ウィッカーマン…この醜悪な悪魔め…!マリオネット共を連れて、何のつもりだ!!」
「間抜けな裏切り者の始末だよ。見た目の割に賢くない…。黙ってここを去れば、いくらでも奴に私の所業をチクることでもできたのになぁ?シャヘナトラの件で熱くなり過ぎたか?バカが。」
「ぐ…クソ野郎が!貴様が彼女の名を口にする権利はない!」
「そう熱くなるなよ…たかだか実験体を殺したくらいでな。君らもそうしているではないか?マウスやサルに…それがただヒトになっただけだ。」
「この…!!!」
「どうせ、彼女はここから一生出ることができなかったのだ。殺してやるのが慈悲みたいなものだろ?」
「ウィッカーマン…!!人の皮をかぶった獣がぁああ!!地獄に落ちやがれ!!!」
「こいつを連れて行け。ちょうど、試したかった薬品がある。」
「ウィッカーマンンンン!!!殺してやる!!貴様だけは絶対に許さん!!」
足音と共にブライアンの声が消えていき、ウィッカーマンの声が入る。
「…残念だったな?しかし、奴の遺言としてこれは残しておいてやる。まあ、折角ここまで来たんだ…最後にスコールランドの研究結果でも見て帰るがいいさ…。きっと、面白いものが見れるはずだ、ククク。」
ボイスレコーダーが切れる。
「…クソ。運のいいやつだ。だが、収穫はあった。」
その時、奥から物音がする。浅羽が振り返るとブレイドと目を赤くしたエリーがいた。
「落ち着いたか?」
「…」
エリーは無言で首を縦に振る。
「…先に出てる。」
そう言って彼女は廊下に出ていく。困り顔をしたブレイドが浅羽の方を向く。
「一体何があったんですかね?」
「…エリーは確か長官指導の下で作成されたんだったよな?」
「え、ええ。副長官からはそう聞いていますし…実際は、副長官も関わっていたらしいですけど。」
「なあ…そもそもの話なんだが。新型とは一体何だ?」
「いや、俺に聞かれても…。何か、引っかかる部分でもあるんですか?」
「君らがさっきいた部屋にあった機械だが…。」
「ああ、あれですか。中になんか変な臓器みたいなのが入ってましたけど…。」
「あれはシャヘナトラの子宮だ。」
「え…えぇ…子宮って…そうすると、シャヘナトラは…。」
「このボイスレコーダーによるとシャヘナトラはウィッカーマンによって、殺され子宮を摘出された。…そして、その子宮が保管された機械の前でエリーはなぜか泣いていた…。どういうことだと思う?」
「どういうって…シャヘナトラは浅羽さんの言っていた謎の生物のウイルスに感染した女性なんですよね?まさか、エリーもそれに関係あるって…。」
「そのある生物は、カンブリア紀から現代まで生存している”LILITH”と呼ばれる存在だ。」
「え…?」
呆気にとられるブレイドをよそには浅羽は続ける。
「正直、信じられない話だ。数億年の間、生存している生物など…。そして、その古代生物のウイルス遺伝子を使い前長官のスコールランドはマリオネット、ゴア・ドールを作り出し、現長官であるギルバード・スペンサーが”Queen”、そして、恐らく、エリーを作り出したのだろう…。」
「ギルバード・スペンサーが現長官の名前ですか……それに、エリーもその生物の遺伝子を持っている…。」
「加えて、私もな。」
「なら、どうして、浅羽さんはエリーと同じようにならなかったのですか?」
「保持している遺伝子の違いだろうな…恐らくは。私は”Queen”の遺伝子の一部を導入しただけだ。共鳴するには足りなかったのかもしれない。」
「…エリーはより多くの遺伝子を持つということですか。とすると、あの力は古代生物遺伝子の賜物ということですね…。でも、そんな極秘の物を副長官の目があるところで使うなんて。」
「そこから考えるに、副長官は全貌を知らされていない、実際には長官が全権を握っていたということになるな。副長官は大真面目にやっていたが、長官からすればただの形だけだったわけだな。」
「エリーを作った理由は何なんですかね?ここまでくると、テロ組織に対抗するためっていうのは、なんだかなぁ。自分が管理するならまだしも、目の敵にしている副長官に移しているし…。」
「ふぅ…ここいらで、議論はまた後にしよう。エリーが外で待っている。」
「遅かったね。何を話していたの?」
廊下で待っていたエリーが2人に訊ねる。
「あの部屋にあったボイスレコーダーに色々と情報があってな。そのことを話していた。」
「ふ~ん…」
「ま、歩きながら君にも共有はするよ。」
俯きながら彼女は答える。
「シャヘナトラは死んだんだよね?」
「ああ、そうだな。どうしてわかった?」
「何となく…。あの機械の前に立った時に、なんだかそういう気がして…気付いたら悲しくて、とても懐かしくて…分からないまま泣いていた。」
「…そうか。」
―
あの懐かしさはまるで、お母さんに抱かれているような…。
私にお母さんはいないのに。
―
浅羽は暫くの間、自分がボイスレコーダーから得た情報を話していたが、話せる情報を全て出し終えると無言のまま歩き続けた。ブレイドは終始無言のエリーを気に掛けながら、周りの警戒をしていた。
そのまま沈黙が続いたが、遂に彼らは最深層のスコールランド前長官の研究室前に辿り着いた。
最下層に着いた2人はそのまま一直線の道のりを歩いていく。その壁にはギルバード長官の趣向であろうか、様々な動植物種のシルエットが映し出されゆっくりと流れている。
「奇妙な場所だな、おい。」
そう口に出すノメリアに反応せず彼は歩を進めていく。そして、巨大な扉の前へと辿り着く。彼はすぐそばにある制御盤の前に立ち、開錠コードを入れようとする。途中まで入れた後に彼はノメリアに訊ねる。
「最後にもう一度だけ言わせてくれ…。引き返すなら今の内だ。」
それを聞いたノメリアは小さく溜息をつく。
「さっきも言っただろ。上等だとよ。」
「…どう転ぶか見ものだな。」
巨大な扉がゆっくりと開いていく。
「ここにスコールランド長官の研究室が…。」
3人は扉に近づく。扉は自動で開き、そこには下へと続くエレベーターがあった。
「行くぞ。」
3人を乗せたエレベーターは地下へと降りていく。そして、一同は薄暗い部屋へと降りたつ。目の前には薄い明りでぼんやりと照らされた自動扉がある。扉は勝手に開き部屋いっぱいに光が射し込む。
「何だ…ここは?」
彼らの前には水槽に挟まれた一本道が続いていた。水槽は浄化設備に劣化が生じているのか薄緑色に濁り内部の状況は分からないが、表面に無数の生物がはりついていた。それは円形で無数の小さな歯のようなものが規則正しく並んでいる。
「うっわ…!キッモ!何これ!?」
エリーは鳥肌を立てながら顔を歪めている。
「確かに気持ち悪いですね…。何ですか、これ?」
「これは…。」
浅羽はまじまじとそれを眺める。はりつきひしめくそれには細長い胴体が緑色に濁った水の中で確かに見てとれた。
「これは…無顎類の口に似ているな。それに濁っていてよく見えないが、細長い体も見える。」
「無顎類って何よ?」
「生きた化石と言われる…ヤツメウナギ類、ヌタウナギ類のことだ。この円形に無数の歯がついた特徴的な構造は無顎類のものだ。」
「蒲焼がおいしい奴ですか。日本にいたときにはよく食べてましたね、浅羽さん。」
「いや、そのウナギではない。そもそも、無顎類は魚類の祖先の様なもので、そもそも、魚類かどうかも曖昧なものだ。しかし…これほど巨大なものは見たことがない。」
「どうでもいいけど、気色悪い…早く進みましょう!」
そう言って彼女は二人をせかす。
するとポーンと言う音が鳴るとともに、アナウンスが流れる。
『ようこそ、スコールランドの研究所へ。ご来航を歓迎いたします。さて、このスコールランド研究所にお越しの皆様にはRAS長官であり、この研究所の名前にもあります、スコールランド・スペンサーの研究成果、そして、新たなる発見を私とともに辿っていきましょう。』
「な、なんか始まった。」
『さて、皆様の眼前には水槽が続き、その内部には少々グロテスクではありますが多数の生物が見受けられます。水槽に張り付いた特徴的な口の形から気付いた方もいらっしゃると思います。そうです。これは無顎類、正式には無顎口上綱と呼ばれる原始的な魚類。』
天井に設置されていた機械から3D立体映像が3人の前に投影される。
『無顎類と聞けば、恐らく、映像に映っていますヌタウナギ、ヤツメウナギを皆様は思い浮かべていると思います。無顎類はヌタウナギ綱に属するヌタウナギ類、そして、頭甲綱に属するヤツメウナギ類のみであり、その数は圧倒的に少ないものです。これらの種は生きた化石と呼ばれ、今より約5億年前のカンブリア紀に誕生しております。』
「ふ~ん…。」
興味なさげにブレイドは頷く。
『さて、皆様方は疑問に思っていると思います。なぜ、無顎類なのか?そして、これらは現存する無顎類にしては巨大すぎると。前者の答えは簡単です。スコールランド長官は生物の進化を主力に研究しており、魚類の祖先と言われる無顎類を研究対象とするのは想像に難くないことです。後者の答えも同様に簡単でございます。これはこの研究所で生まれた無顎類です。』
「ま、そうよね。こんなところにいるんだもの。」
『そして、これらは皆さまが想像しているような複雑な遺伝子編集等の実験を経た結果生まれたものではなく、この研究所の目玉でもありますある生物のウイルスの感染によって生まれたものであります。』
「”LILITH”のことか。」
『おそらく、皆様方は驚かれている、あるいは妄言だとお思いの方もいらっしゃると思いますが、事実でございます。スコールランド長官がなぜ、この島にこのような研究所を建てたのか。その疑問もこの道の奥に御座するその生物が全ての源流となっています。そして、それは我々…いや、全生物の起源にも絶大な関係があります。…さぁ、皆様方。私は次の扉でお待ちしています。共に起源のしるべを辿りましょう…。』




