小休憩
「おなかすいた~…。」
空腹で俯いて座っているエリーに、浅羽はポケットからいくらかの食べ物を取り出して渡す。
「力を使い過ぎだ。君のその力は無制限に出せるものではない。もう少し、考えて使うんだ。」
「…うるさいな…。」
ボソッと呟く彼女に対して、小さくため息をついてから彼は続ける。
「RASが開発した簡易レーションだ。小さいが高カロリーで、腹持ちもいい。味も保証する。」
「ふ~ん…。」
エリーは袋を開けて、それを頬張る。そして、目を丸くして言う。
「何これ美味しい!」
「…やれやれ。」
「…浅羽さん。」
浅羽はブレイドの方へと振り返る。神妙な顔をした彼が色々と聞きたげにそこに立っていた。
「聞きたいことは何でも聞いてくれ。…話せる範囲で全て話そう。ま、楽な姿勢を取ってくれ。」
彼はそう言って、近くにあった椅子に腰かける。
「エクスシス副長官からは死んだと聞かされたんですが。爆発に巻き込まれて…。」
「ああ…あれは私のクローンだ。」
「クローン?…用意がいいですね。まるで、襲撃にでも会うのを知っていたようですね。」
「まあね。」
浅羽はポケットから煙草を出して吹かす。
「実は、結構前からそうなることは予想済みでね。そうなる理由は、申し訳ないけど話せないんだが…。もっとも、あれは長官が仕掛けたものなんだがね。」
「長官が…!」
煙草をふかしながら浅羽は続ける。
「全ての黒幕は長官と…その協力者のウィッカーマン・キルケ。…まあ、私もそれに含まれるかな。」
「貴方も長官側についていたということですか…?」
「長官が何をしようとしているのか…ハッキリとは分からない。ただ目の前の好奇心につられてしまっただけだ。」
「その好奇心の結果がその体ですか…?」
「ふ~…。ま、そうともいえるな。」
ブレイドは真剣な顔つきで浅羽に、割かし強めの口調で尋ねる。
「浅羽さん…貴方がここまで来た経緯を全て…全て話してください。」
「…ふぅ~…。」
しばし、沈黙をはさんで浅羽が口を開く。
「君が私の専属部隊を離れて…副長官の元へ就いたのは今から5年前か。ちょうどその頃からか…私はある研究でヘマをしまってな。研究所の多くの人間が…死ぬ形となってしまった。」
浅羽は手で顔を覆っていた。
「被害は甚大で、長官の助けがなければ…。結局、私はこの件で彼に大きな借りを作ってしまった。……フフッ…ブレイド。」
「…何ですか?」
呆れた顔で軽く笑いながら、浅羽は言う。
「私はな…。君が思っているほど真面な人間じゃ無くてな。始めは後悔…自責の念に苛まれていたが、長官の借りを返すために頼まれた仕事を見て…それらはどこかへと飛んで行ってしまってな。その時にはもう、私の頭の中は仕事のことでいっぱいだった。」
眉をしかめるブレイドに構わず、彼は続ける。
「仕事の内容は…ある生物の常染色体、性染色体とも異なる特殊な染色体…その上にある遺伝子の調査…だった。」
「ある生物とは?」
「その全容は知らされていない。送られてきたサンプルはごく一部だ。それで、この仕事は私の外にも任されている者が居てな…。赤髪蔵馬と言う私と同じ日本人だ。」
「赤髪…蔵馬。」
「君は面識ないかもしれないが、次期RAS高官と期待されている人物だ。」
「そのお偉いさんが何か関係あるんですか?」
「フフフフ…」
肩を揺らして笑う浅羽。
「ああ…大いにな。おかげで、ゴア・ドールにも勝つことができた。」
青黒く肥大した右腕をさすりながら、彼は答える。
「赤髪蔵馬は”Queen”と呼ばれる6人の少女を作成した。”Queen”たちは先程のある生物の染色体を完全ではないが保持していて、その一部の遺伝子が発現しているせいで、うち5人は体の一部が変容している。…彼の研究データから”Queen”のベベルとリプリカの遺伝子情報を抜き取り…この体を手にした。そして、長官が私のクローンを消した後に、この万切丸を携えて、ここにやって来たということだ。」
「"Queen"…女王ですか。」
「なぜそう呼ばれているのかは、すまないが分からない。」
「…何の目的でここに来たのですか?」
「長官の…真の目的を知るためだ。」
浅羽は立ち上がって端末を操作する。すると、部屋の巨大なモニターにこの研究施設の3Dマップが表示される。
「何これ?私がご飯食べている間に、話が進んでいるようね。」
エリーが二人に近づく。
「いい頃合だな。…さて。」
彼が端末にコードを入れると、3層あったマップの一番下に隠されていた第4層目のマップが表示される。
「これは!?」
「ウィッカーマンが話してくれたが…。この研究施設はRAS先代長官のスコールランド・スペンサーが巨額の資金を投じて建てたもので、確かに、この島に古くから存在する風土病の治療と研究が目的だった。」
第4層目のマップを拡大する浅羽。
「…だが、本当の目的はある生物の起源の研究だったようだ。」
「さっき浅羽さんが言っていた…とある生物のことですか?」
「ああ、そうだ。この島に発生した風土病はその生物に由来するもので、君らも見たとは思うが、感染者の背部に翼のような器官を生じさせる。それがどういう機能を持つのかは残念ながら、知らないが…。」
「感染っていることは…その生物は細菌か何かなの?…ウイルスは生物に入るんだっけ?」
「…いや、正確に言えばその生物が生み出す未知のウイルスによって、この島の風土病は発生した。」
「ウイルスを生産する生物…ですか。そんなもの聞いたことも…。」
「ああ、そんな生物は未だかつて発見されたこともない。…そして、そのウイルスの持つ遺伝子には肉体を驚異的に強化するものがあることが研究で分かった。」
何かを察したようにブレイドが口を開く。
「まさか…。ここの生体兵器たちは…。」
「察しがいいな、ブレイド。マリオネットも、ゴア・ドールもそのウイルスの特定の遺伝子配列がなければ実現できなかったものだ。MK-Ⅲ、ゴア・ドールは最新の生体兵器ではなく、正確に言えば旧型だ。現在、世界中で使用されているほぼ全ての生体兵器は、この旧型に劣る物ばかりだ。」
「ふ~ん…じゃあ、どうしてRASはその旧型に劣る物しか作らないの?」
「意図的にそうしているわけではなくて、機密のお陰で作れないだけだ。このウイルスの存在を知っているのは先代のスコールランド、ウィッカーマン、現長官、ジェスターだけだ。」
エリーは肩をすくめて、ブレイドに言う。
「どうやら、現長官は所長のジェスターでなかったみたいね?」
「…浅羽さん。ジェスターとは何者なんですか?」
「ジェスター・ハウロー…。先代長官の孫と聞いている。ここの所長をしていて、ゆくゆくはRASの高官と言われていたが、病で亡くなったと言われている。」
「先代長官の孫ね~…。」
「研究所の第4層に先代長官…そして、現長官が秘匿しているある生物が眠っているはずだ。そして、そこには長官の真の目的と、君らが捜している物証もあることだろう。」
「俺たちの目的も筒抜けってことですか…。」
「大方予想はつくことだ。この島に来る時点で、大体の目的は絞られる。エクスシスも長官のことを明らかに疑っていることだしな。」
「その割には、この島に警備などの痕跡は見当たらないんですがね?…長官の真の目的や物証があるのでしたら、ある程度の厳重な警備は必要だと思いますが…。さっきのMK-Ⅲやゴア・ドールは研究所の最終防衛ラインですよね?」
「その認識で間違いない。」
「確かに、強力な生体兵器でしたが…現にこうして俺たちは奴らを倒した。しかし、その前にいくらかの防衛ラインがあれば結果は大きく変わったはずです。奴らだけでは、十分なものとはとても思えない。…なぜ、長官はこのような真似を…この島の管理をやめてしまったのですか?」
「管理はしてたさ。5年前まではね。」
「ふ~ん…じゃあ、この島には何もないってことじゃないの?その5年前に、全ての証拠なんかを処分し終えたってことでしょ。」
悟ったように言うエリーに浅羽は反論する。
「完全に証拠を潰すのなら、この施設ごと潰すの合理的だ。それに、あの人なら絶対にそうするだろ。」
エリーは彼の発言を聞いて口元を綻ばせる。
「ん?何かおかしいことを言ったか?」
「いや…ブレイドもそう言っていたから、つい…。」
それを聞いた彼はブレイドの方に目をやる。彼は愛想笑いをしていた。
「フッ…。それにだ…いまだにこの施設に電気を通していることに加え、防衛用生体兵器を配置しているのも奇妙だと思わないか?」
「まあ、確かに…。」
「マリオネットMK-Ⅲもそうだが、とりわけゴア・ドールは作成から実装までに何百万ドルというコストがかかる。それも一体だけでだ。」
「ひ、ひえ~…相当割高なのね…。」
「それを、何もない施設に長年放置するか?何の機密もない施設に?可能性はなくはないが…かなり低いだろう。」
「それでは、5年前にここの管理を最小限度にとどめた理由は一体何なんですか?」
浅羽は端末にセキュリティコードを打ち込むと、画面に”Security All Clear”と表示される。
「それはわからないが…ただ単に、ゴア・ドールの力を買っていただけか…あるいは長官の計画はもう完成間近で、この時点で知られてしまっても何の問題ないということかもしれん。」
「もう手遅れだと…?」
「あくまで推測だが…仮にもし、本当にそうだとしても我々にできるのは、今のところこれぐらいだし、引く理由もない。」
エリーが髪をかき上げながら浅羽に聞く。
「その第4層とやらにも、あいつらは配置されているんだよね?」
彼は端末を叩いて、ある画面を表示する。それはこの研究施設に配置されている防衛用生体兵器の一覧であった。マリオネットMK-Ⅲ、ゴア・ドールの名前がそれぞれ、6つ、1つと並んでおり、その全てが赤色で表示されている。
「防衛用生体兵器はさっきので全てだ。隠しファイルは存在してないから、これが正しいだろう。」
ブレイドが少し考えてから口を開く。
「この研究所で作成された生体兵器はどうですか?もしかしたら、そいつらが襲ってくる可能性もあります。」
浅羽はそれを聞いて端末を叩く。すると画面に“シャヘナトラ”、“シャハラ”、“W複製体”という名前が表示される。
「シャヘナトラ、シャハラ…。確か、シャヘナトラは病院のファイルで、そして、シャハラはこの研究施設の研究員の日誌で見たわね。…W複製体って何?」
「…シャヘナトラは風土病に感染した女性。そして、シャハラは彼女の卵細胞から作られた子供と聞いている…。生体兵器ではないはずだが。」
「W複製体とは?」
浅羽は首をかしげながら、そのファイルを開く。すると、その画像が表示される。
その画像にはノメリアと似た男性の顔が映っていた。
「これは…!!」
「ノメリアさん!?」
「…どういうことだ…。」
驚嘆する二人をよそに、さらに関連するファイルを検索する。すると、ある一つのファイルがヒットする。ファイル名は「インシデントレポート_W-024暴走によるD-4区画完全閉鎖」と記されている。
「W-024暴走によるD-4区画完全閉鎖…D-4区画は第4層の…。」
彼はそのファイルを開く。画面にその詳細が記される。
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インシデントレポート_W-024暴走によるD-4区画完全閉鎖
報告者:ジェスター・ハウロー
被害状況:甚大
発生日:2032/3/23 15:23:04
被害対応:D-4区画の物理的な完全封鎖
詳細
複製体W-024が暴走。
実戦実験エリアからの搬送中に隠し持っていたナイフで護衛についていた警備員6人、同行していた研究員3人を惨殺。研究員の一人が保持していたセキュリティカードを使用し、D-4区画全体を封鎖。従事していた研究員、及び警備員等を含む職員を一人残さず殺害。
その後、ウィッカーマン・キルケの部屋へと押し入る。数分間の話し合いの内に頭を抱えて膝をついた後、近づいてきたウィッカーマンをナイフで殺害。彼が倒れ動かなくなったと同時に、W-024も倒れ込み意識を失う。
事後対応
研究所の緊急事態信号を受け取ったギルバード・スペンサーが初期対応。
W-024確保後、暴走への原因究明及び、その他の複製体はすべて破棄。
その後、当方による判断でD-4区画の物理的な完全封鎖を実行。D-4区画に通じる道は全て完全閉鎖した。
研究員、職員の遺体は全て焼却後、粉砕機にかけ、海へと投棄。
被害総額等
別紙に記載。
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「ウィッカーマンは…20年前にすでに死んでいる…だと…!…ならば、今の彼は一体…!?」
スペンサー管轄第4リブリ海底研究所。
「ここが研究施設で助かったぜ…。」
ノメリアはリリムに切断された右腕をビニール袋で包み込み丁度よいサイズの発泡スチロールの箱に入れ、その上から箱一杯に氷を製氷機から入れていく。
「はぁ…はぁ…畜生…。フラフラするぜぇ…血を失い過ぎたか?」
左腕でそれを抱え込んで、フラフラとしながらも足早に出口に留めてある潜水艇へと彼は急いで向かう。
乱暴に開ボタンを叩き、潜水艇へと入った彼はすぐに地上へとそれを発進させる。そして、彼はその中にある無線機に手をかけ誰かに連絡を入れる。
「こちらノメリア…。今から地上に向かう。到着場所は予定の通りだ…。着いたらすぐに俺を病院に連れて行け…!」
乱暴に無線機を切った後、彼は椅子へと力なくもたれ掛かる。
「はぁ…はぁ…。クソ…ったれが…!眩暈がする…。別の、もっといい方法でやるべきだっ…。」
彼は一瞬、意識を失う。その一瞬の最中、彼の意識は昔のある記憶を辿った。
…血まみれの手と握られたナイフ。血と臓物を垂らす数多の死体。命乞いをする研究員とそれの首元にナイフを突き刺す感触。そして、最後に現れた不気味な薄ら笑いをする、顔の輪郭がつかめない白髪の老人…。
激しい頭痛とともに目の前が真っ白になる。
途方もない、懐かしさを感じると彼は青く澄んだ浅瀬の海の上に立っていた。海の底には見たこともない生物が這い、または泳いでいる。
水面が落ちてきた水滴で波紋を生む。空は晴れ渡っていて雲一つない。それは、彼の涙だった。溢れ出る涙が彼の頬を伝い海へと落ちていく。その彼の見据える先に、一人の女性が立っている。彼女の足元は深い青、深い海が広がっている。
その女性、背中から羽のような器官が生えている女性に向かってノメリアは歩み寄っていく。そして、彼は倒れ込むように彼女の胸へと飛び込む。彼女は優しく彼を受け止め包み込む。
「母さん…!」
彼がそう言った時、彼女の背後から巨大な何かが現れ4対の腕のような器官で二人を包み込む。
「ハッ…!!」
意識を取り戻したノメリアは飛び上がるように起きる。
「何だったんだ…今のは…?」
気づくと彼は病院のベッドの上におり、右腕は包帯で巻かれ切断されていた腕が繋がれていた。
「いつの間に…俺はどれだけ意識を失っていたんだ?」
「約1日ですね。潜水艇の中で貴方を見つけたときは、死んでいるかと思いましたよ?」
「アンタ…いたのか。」
彼のベッドのすぐ近くの椅子に一人の女性が座っていた。
「完全ではありませんが、腕は問題なく繋がりましたけど…以前のように動かすにはリハビリが必要ですけどね。」
「フッ…繋がってれば問題ねえよ。」
女性は携帯電話を彼に手渡す。
「あの人に業務連絡を入れないとですよ。」
「…そうだったな。」
彼は手慣れたように番号を押し、電話をかける。
「私だ…。ノメリアか。この電話が来たということは、成功したということだな?」
「ええ…、しかし、酷いですね、長官殿も。ナンバー不在の”Queen”がいるなら、言ってくれればいいのによ…」
「伝える必要がないと判断したまでさ。…たかがそんなことで、君が失敗するとは考えていなかったからな。」
「そもそも、あれは何なんです?他の“Queen”とは全く性質が違う。」
「フフフ、それは後程話そう。君の過去を話すついでにな?」
「…それで、俺の過去は?」
「電話で話すのもなんだ、ちゃんとした場所で話したい…。まずは、腕を繋げろ。話はそれからだ。それを終えたら、私の元に来い。」
「…了解しましたよ、長官殿。」




