白昼夜の想いと答え
フラル=スバルニアの、桜の林。
ラディウスは1人、そこを歩いていた。
「ここも綺麗だな……さて」
頭の中に叩き込んだマップを展開し、現在位置を魔力波動で確認する。_____と、不意に波動が何かを検知した。
その方向を向くと、サクラトレントとおぼしき鳴き声に混じる、聞き覚えのある声が。
一瞬の後_____彼はそちらに向けて走っていた。
事の発端は、巨龍戦線での衰弱から回復し、数日経ったある日。
いつも通りカルルの食堂に足を運び、楽しく話をしていた時だった。
「……そう言えば、今回の巨龍戦線の慰安も兼ねて、新しい温泉郷をお披露目するって話は聞いた?」
「……母上その話詳しく」
「あ、ええっとね……」
余談だが、彼が「母上」と呼んでいるカルル_____カルル=リードは男性である。……が、底なしの母性とその料理の腕から皆に「母さん」と呼ばれるほど慕われている人だ。無論、ラディウスもその1人である。
「……でね、ラディウスもやっぱり来るかなあって」
「勿論だ、母上」
そう嬉しそうに答えると、カルルは楽しそうに微笑んだ。
そして、今。
近くの宿に諸々の荷物を置き、少しの間探索がてらサクラトレントの討伐依頼も兼ねて散策をして、今に至っている。
桜の合間を駆け抜け、白い髪をなびかせながら近付くと、そこにはサクラトレントの群れと対峙している同じ白の毛並みをした狼の獣人が。
ラディウスは何も無い空間から自身の大剣を出すと、その狼獣人に声を掛けた。
「随分と苦戦してそうじゃないか、白?」
白と呼ばれた彼がこちらを向く前に跳び出し、彼に向けて突進してきたサクラトレントの群れに向けて剣を一閃。
確かな手応えと共に動きが止まるのを確認し、彼の横に立った。
「それとも、お節介だったか?」
笑みを浮かべ、自身の翠緑の瞳を向けると、白_____白名は面白いように狼狽えた。
「ラ、ラディウス!?どうして貴方が?!」
普段の冷静沈着な様子は欠片もない様子に、ほんの少しだけ悪戯心が芽生える。
しかしそれを無視し、ラディウスは問いに答えた。
「いやなに、こっちの方に秘湯とかないかなーってうろついてたら白が見えてな。で、武器落としたりしてたから苦戦してるのかとさ。
もしかして見逃そうとしてたのか?」
「あ…あぁ。そうだ。不必要の討伐は魔物とは言え、生態系と序列の変動を起こしかねない。」
だから……いや、だが今はその話は置いておこう」
詰まるところ、この群れは殲滅する事にするらしい。
「だな。背中、任せたぞっ!」
「ぁっお、い…と。あぁ…。」
(……?)
余りに歯切れの悪い返答に一瞬目を向けるが、サクラトレントが動きを再開してきたために、仕方なくそれらに集中する事にした。
鳴き声を上げながら殴りかかってきたサクラトレントの攻撃を半身で避け、背中越しに持った大剣の腹に拳を滑らせる。所謂『活水』という技の一種だ。
そこから回転斬りを繰り出し1体目を真っ二つにすると、今度は2体が同時に襲いかかって来る。
だが後ろからのナイフが彼らの眉間に刺さり、魔力の増幅を感じ取った瞬間2体は物言わぬ氷像と化して地面に落ちた。
そのまま後ろに跳び退ると、何も言わずに互いの意思を汲み取って前衛と後衛を交代し、自分は詠唱を始める。
最近編みあげた術式を唱えつつ前を見ると、白名は自身が凍らせたサクラトレントを蹴飛ばし、細かい破片で敵を妨害していた。
そのまま双剣の型をとり、サクラトレント達を斬り裂いて駆け抜ける。
そしてラディウスと反対の方向に着地すると、何か術式を発動させた。
瞬間、氷の縄でサクラトレント達が雁字搦めになり、身動きを取れなくさせる。
それを確認した白名は双剣を後ろの木に投げつけて縄を巻き付かせ、固定して詠唱に入った。
「《集光屈折。之に意味無く、之に力無く。只の空虚に枯渇を手向け給え…『集魔』」
瞬間、雁字搦めのサクラトレント達の足元が虚無と化す。
全てを吸い込むかのように見えるそれはしかし、何の力も働かない。
だが、ラディウスにはそれが見た目以上に強力な物だと分かっていた。
その上で、最後の起句を唱える。
「《水面月の静かな湖畔。乱し、騒がし、荒らす不届きに相応の罰を、月の女神を代行して記す!
_____静まり還れ!『サイレントセレナ』!!」
瞬間、サクラトレント達の足元に月が浮かんだ。
水面月の様に、儚く脆い月の『陰』。
サクラトレント達が鎖から逃れるように抵抗する動きで、簡単に崩れる。
だが_____砕けた月は純白の光線となって立ち上ぼり、サクラトレントを貫く。
更に白名の術による支援で、光線が何度も屈折し、何度もサクラトレント達を穿つ。
10秒も経たない内にサクラトレント達は動かなくなり、それを確認すると二人は術の行使を止めた。同時に、氷の鎖も空中に散り、消える。
「白!!お疲れ様!」
「あ……貴方こそ…。お、おつ。かれ……」
その態度に少し引っ掛かる物を覚えつつ、ラディウスは話を続けた。
「しかし……トレント狩りって事は、何かの依頼か?」
「あ、ああ。街の人から、これを……」
そう言って取り出したのは、先程のサクラトレントの一部と、薪だった。
「……成る程ね。街の人からから討伐と薪、それから香木の仕事を請け負っていただけだったのか」
「ああ。香木に関しては私用なのも含めていたが、間引きとボス格の変動をしておけば、また暫くは街への被害も少なくなると思ってな。
故あって、必要以上の討伐は避けようと思っていたんだ」
「あー……何だか、悪いな……」
少し気まずさを覚えつつ、ラディウスは白名に謝罪する。
_____しかし、こんな行動をしでかしたのにも理由があるのだ。何故なら……。
「いや、その……また前みたいに無茶してる…の、かと…な……。
……今も目を合わせてくれないし……」
_____なお、『前』とは少し前に起こった巨龍戦線の事だ。白名はそこで無茶をし過ぎて一度死亡し、その後ラディウスの手によって復活しているのだ。
~閑話休題~
ラディウスの最後の台詞に、白名は慌てて否定し始めた。
「ちっ違うんだ!!
ぁ、いや。何が違うか……えっと……その……。
す、少し整理する時間をくれっ」
彼の突然の暴走に、ラディウスは暫くポカーンとした顔をしていた。_____もちろん、その間にも白名の暴走は続く。
「あ、違う。少なくとも、最低はだ!!目、を……合わせないのは……あの。いや、えー……?」
_____そしてここで突然白名が顔を赤らめ、同時にラディウスの疑問と混乱が一気に解消した。
「す、すまない……。俺も上手く言えないし、良く解らない……。
何故か、その、顔を見ながらだと、えと…う、上手く喋れないと言うか、何と言うか……っ…」
ここまで来ると聞いているこっちも恥ずかしくなって来た為、ラディウスは少々強引に話を収束させる事にした。
「分かったっ、分かったから!!少なくとも嫌われてないみたいで良かったよ。
……なら、俺はもう行くとするか。またな、白」
そう言うと、ラディウスは白名に背を向け、足早に立ち去った。
_____引き留めたそうにしている白名と、心にわだかまりを残して。
「ラディ」
「……」
「……ラディー」
「……」
畳敷きの和室で、縁側でぼんやりと桜を見ているラディに、巨大な黒い獣の人形が話し掛けて来る。
「ラーディッ!!」
「うわっ!?……って、何だ……ラスか…」
それに反応しないと見るや、そのぬいぐるみはラディウスに向けて飛びかかった。
それに宿る魂は、ラディウスの別人格である『ラス』。
彼の人格とは正反対の、子供のような性格を持ち、本来であれば黒く肥大した腕と紅の目を持っている。
とある一件の後ラディウス自身から分離出来るようになり、その依代として自分で作ったぬいぐるみを使っているのだ。
「……デ、何考エテルノサ」
「ああ……いや、少し……不安なんだ」
「……?」
ラスが、こてんと首をかしげる。
「……もう分かってるんだ、白の気持ち」
白が此方に好意を持っているのは確かだろう。
だが、彼は……ラディウスは、その好意を受けとる事を恐れていた。
「俺はあいつを幸せに出来るだろうか……それが分からないんだ」
またあの子のように不幸な目に遭わせてしまわないか……。
それが、とても恐ろしかった。
だが、そんな恐怖をラスは一蹴した。
「……ダッタラ、ラディガ守ッテアゲレバ良イジャン。昔ト違ッテ、チカラモ付イテ来テルンダシ。
……怖ガッテバカリジャア、逆ニ白ガ大変ナ目ニ遭イヤスクナルカラナ」
「……そう、か。そうだな。ありがとう、ラス」
確かにどう行動しようとも、運命は白や自分を危険に晒すだろう。
なら、自分が動かなければ、と彼は思った。
守られてばかりだった立場から、今度は自分が守る立場に立とう_____
そう、決意した。
◆ ◆ ◆
夜。
「急の呼び出しだったのに、ありがとう、ラディウス。
整理が付いたので、報告をしようと思ってな」
白が何でもないようにそう切り出す。
「いやなに、気にしないでくれ。俺も丁度暇だったし。
……ああ、落ち着いた様子になって安心した。それで、今朝の不調は何だったんだ?」
彼をじっと見詰め、少し首をかしげて、ラディウスは白に問う。
少しの不安と、恐れと、そして期待を抱いて。
白名には自分はどう見えているのだろうかと、ラディウスは少し不安だった。
そして。
「_____ラディウス!!!////
っっ…、好きです!!!!/////」
黒の手袋を、自身の嵌めた手で、差し出しながらそう叫ぶ。
きっと、白名も凄く不安なのだろう。
だが、それ以上に、恥ずかしさと、そしてラディウスに対する愛が、彼を動かしていた。
そして、ラディウスも、答えは既に決めていた。
「……白名。ガルナディールには、、こんな伝承があるんだ」
手袋をそっと受け取り、自分の手に嵌める。
「互いに贈り物をしながら告白した恋人は、永遠に結ばれる、と」
何もない空間から一つの簡素なネックレスを取りだし、白名の首にかけてあげる。
小さな長剣と短剣がついた白いミスリルの首飾りは、彼の白い毛並みと良く合った。
「俺も……っ…白が好きだ!!」
最後は叫んでしまったが、それでも白名は聞いていてくれた。
そして__________
「綺麗な月だな」
「ああ、お前の毛並みと同じくらい、な」
二人で縁側に座り、蒼い月を眺める。
「……愛しているよ、白名」
「俺も……」
手を重ね、互いに寄り添い、そして向き合って唇を重ねる。
二人は、とても幸せだった。