中二病は死を招く病である
コメディーに分類していた物を、ヒューマンドラマ使用に変更。
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あれは何時の話だろうか?
友人と共に富士山に登り、特に高山病にかかる事も無く順調に登っていた。
8合目で一泊の予定だったが、鬼の様に詰められた山小屋は寝る所ではなく、友人と話し合い折角だからご来光でもと夜中の2時位に山小屋を後にした。
3000mを超える場所から眺める夜空は、プラネタリューム以上に美しく満天の星空とはこう言う物かと感動を覚えた。
シーズン中の富士山はご来光渋滞と言う物が有り、8合目から先は時間が掛かる為ゆっくり登れたのが高山病に掛からなかった原因だろうか?
しかし8月でも早朝は寒い、単独峰で有るため風も強く体感温度は更に下がる。
誰だ、ちょっと羽織れる物が有れば良いと言った奴は、冬着が要るわ!!
体感15℃以下の環境に晒された為、山頂の山小屋で売っている法外な値段のカップ麺が冷えた体に染み渡り、この世の物とは思えない程旨かったと記憶している。
何事も無くご来光を眺め、帰る途中問題起こった。
富士山は帰り道は素早く下山出来るように、砂が敷かれた道が有るのだが腹部にバラストを抱えた体では足首に強烈な負担がかかる。俺の脚は既に小鹿の様に震え真っ直ぐ歩く事さえままならない。
休憩を挟みながら下山していると、後ろから小学生に抜かれた。
生まれてきてこれほどの屈辱を味わった事は無い、言う事を聞かない自分の体が恨めしかった。
無事には下山できたが、友人の足を引っ張った事と先ほど子供に追い抜かれた事が引っ掛り、プライドが傷つけられ、何に負けた訳でもないが負けた様な気がした。
友人には平然を装い、一度登れば十分とうそぶいて俺の再起戦の幕は上る。
腹部の重りの除去と足腰を鍛える為に一日4kmほどのロードワークとスクワットを自分に課し、一月ほどでチャンスは訪れた。中々連休が取れない仕事だが幸運にも連休が取れた。
仕事を終わらせた俺は、車で富士山5合目を目指した。
5合目の駐車場で仮眠を取りたかったが、再起に向け興奮した体に早く登れとせかされ徹夜で登る事を決意する。今回はその日の内に帰る予定なので服装は少し厚着をした位で、前回の富士登山で買った登山棒を片手に登り始めた。
富士山では山小屋毎で登山棒に焼印を押してくれるサービス(有料)が有り、ついでに富士宮口の山小屋の焼印もコンプリートしてやろうと考えていた。駐車場から徒歩20分程で着く6合目の山小屋では、生憎そのサービスはやって無いようなのでスルーして先に進む事にした。
手持ちの水分は300mℓ入りの缶コーヒーのみで挑むのだが、富士山は所々に自販機が有るので大丈夫だと思っていた……
九月も中旬とは言え日が昇り始めるとかなり暑い、俺は上着を脱ぎ腰に巻きつけて登る、傾斜は有る物の少し鍛えて行ったのが幸いして順調に歩を進めて行った。
途中で休憩していたら見知らぬ人にチョコを貰ったのはいい思い出だ。
不安を覚えたのは8合目の山小屋が締まって居るのは良いが、自販機までもが撤去されて居たのを見た時だった。もしかしたら水が飲めないかもしれないと思ったが、前回とは登山ルートが違うのでもしかしたら山頂には有るかもしれないと思い歩き始める。
無事山頂に着いたのは良いが売店は遠い、前回は吉田口(山梨県側)だったからな。
ようやくたどり着いた売店は閉っており、そして自販機は無い。
俺の体から血の気引いた瞬間だった。拙いぞ、これは非常に拙い。
山を登る前に持って来た缶コーヒは既に飲み干している。
何か手は無いのかと考えた時にふと有る事を思い出した。
たしか富士山山頂には湧き水が出る場所が有る所が有るはずだ。シーズンオフになるとめっきり人が減るが、山頂には20人位の人がテントを張って居たので井戸の有る場所を聞くと、水を分けましょうかと言われたが大丈夫だと断った。
今思えば明らかに大丈夫ではない状況で、何故大丈夫ですからと断ったのだろうか?
山頂に有る井戸は硬く打つ付けられ閉ざされて居た……
途方に暮れるが来た道を帰るしか方法は無くここから地獄が始まった。
先ほど道を聞いた場所まで戻り水を分けて貰うと言う選択肢はちっぽけな自尊心が邪魔して出来なかった。
どんな顔でやっぱり水下さいと言えば良いのだろうか?
半笑いでやっちゃいましたと言えば許されそうだが、それは自分の中の何かが許さない、思い返せばかなりアホだと思う。俺は素直になれないツンデレか?
もう進むしか道は残されていないと気を取りなおし、下山を決意すると眼下には雨雲が広がっていた。恵みの雨だ、これで生きのびる事が出来る。
富士山に当たった雨雲は山肌を登り雨粒が下から上に登ると言う現象が起る、俺はこれ幸いと大きく口を開け少量の水を取り込んで前に進む、視界がかなり悪い1m先が見えない程だが富士山は登山道が整備されているので道を間違える事は無いだろう。
登りと下りで道の違う吉田口の様に途中で分岐していたらやばかったかもしれないが、幸いにも富士宮口は一本道で何事もなければ道に迷う事はない。
小一時間ほど歩を進めると体が冷えて来た、雨具も何も持たず普段着で登っていたので雨でずぶぬれになり俺の体温と体力を無情にも奪って行く、不幸中の幸いは衣服に水がしみこんでいるので口を当てて吸えば水が飲める事か……
「ようやく8合目か……」
この時体に異変が起きていた。
高山病かもしれないが偏頭痛がする。
心音と呼応して、キンキンとサイレンのように痛みが走る。
まだ5合目の駐車場まではかなり有るが、生きて辿りつけるだろうか?
何時死んでも良いと思っていたが、死が間近に感じられると友人の顔や疎遠になった母親の顔がチラついて来て、もう一度会いたいと思う様になる。
どうでも良いと断じて居た物が何かとても大切な物に感じるんだ。
友情(笑)とか思っていたが、何も言わずにこの世を去るのは不義理だと思えた。
そして生きる事の意味を考えさせられる。
俺は何かを成し遂げたのだろうか?
いや、何もしていない。
ただ日々を緩慢に過ごし時を浪費していただけじゃないか。
仕事が有ると良い訳し、怠惰に過ごす事を享受していた。
まだ何もこの手に掴んじゃいない。
帰ろう家へ、そしてやり直すんだ、おざなりにしてきた人間関係を……
この時が人生の中で一番、生きると言う事を実感した瞬間だった。
人っ子一人居ない山をひたすら下っていく。
いつの間にか雲の中を抜け、雨は通常通り降り注いでいた。
疲労で意識が朦朧として、簡単な事しか考えられない。
例えるなら頭の中で歌謡曲の同じ場所が壊れたレコードの用に永遠と流れている感覚だ。そんな中でも、頭に響く頭痛のお陰で意識だけは途切れる事は無かった。それはまるで俺の体が生きよと叫んで居るようだった。
順調とは言えないが何とか前に進んだ先でぬかるみに足を滑らせ足をくじいてしまった。
「ぐっ#$%&&~」
誰も居ないところで声にならない声をあげるが、
その声は空しく誰も居ない山に吸い込まれて行く。
痛がっても誰も助けてはくれない。
痛いですよアピールをしても時間の無駄だ、
進むもう例えどんなに辛くて苦しくても、
前に進む事でしか自分の置かれた状況を改善する事は出来無いのだから。
後から人に馬鹿にされようともこれしか方法がない。
だから進むのだ、愚直に、ただひたすらに……
立ち上がり小鹿の様に震える足を引き摺り山を下って行く、またもや俺の脚は限界を訴えるが前に進むしか生きる道は無い。動き続けている内は寒さを忘れる事が出来たが、歩みを止めると体は寒さを思い出したかの様に現れ体が震える。
このままだと滑落して死ぬか、低体温症でやられるかのどちらかだ。
「男に生まれたからには、倒れる先がたとえ泥の中で有っても前のめりに死ね」
実際に坂本竜馬が言ったかどうか解からない名言を、心の中で反芻しながら体を動かした。
自分が限界だと思っても命が掛かると意外と動けるもので、歩みは遅い物の前に進む事が出来た。生きて帰れたら、母親と一緒に飲みにいこう。そして最近有ったことを話そう。友人の事、仕事の事この際何だって良い。そして少しだけ親孝行をしよう。
もうどの位歩いたか解からないが、ようやく6.5合目に有る分かれ道に着いた。
ココを左に行くと噴火口跡があるんだよな、道を間違えないようにしないとな。
6合目の山小屋は開いている。ゴールはあと少しだ。
少し歩いた所で人が倒れていたが、こっちも限界を超えている。
その時人を助けると言う思考は生まれなかった。
その時の俺は自分の事だけでいっぱいいっぱいだった、正直な話今しゃがみ込んだら立ち上がる自信が無い。俺が無事下山できたら、山小屋の人に言って助けを呼んでやるから許してくれ。
暫く歩くと山小屋が見えて来た。
やった、生きて帰れる……
そう思った瞬間、腰が砕け膝を突いた。
張り詰めた緊張感が途切れ、無理矢理忘れさせていた疲労が顔を出した。
ここまで辿り着いたんだ、ここで踏ん張ら無いでどうする。
動け! 動けよ! 何しにココまで下って来た、此処で倒れたら全てが台無しだ、
此処で諦めてて如何する、正念場だろうがよっ!!
言う事を聞かなくなった足に拳を叩きつけ痙攣をする足を押さえ立ち上がる。
足が言う事を聞かないなら手だけでもと、無駄に焼印が押されている登山棒を両手で持ち体を引き摺るように前へ動かす。今の俺なら3歳児にも追い抜かれるだろうな。情けない事この上ないが、今は生きる事だけしか考えられない。
一歩また一歩と亀の如き歩みだが、なんとか山小屋の前までたどり着く事に成功した。山小屋の中に入り中に有る長いすに倒れこむ様に座り込む。
「何か飲み物を、そして暖かい物を下さい……」
渡されたスポーツドリンク500mℓを5秒で飲み干し、直ぐ出せるのはおでんだと言われたのでソレを頼んだ。相変わらずこの二品で千円超と法外な値段だが、纏まった水分は喉と体を潤し体に染み渡って行き、熱々のおでんは冷えた体には最高のご馳走に思えた。
一時間ほど休憩したら体力も戻ってきたので、5合目の駐車場まで戻り車に乗り込み久しぶりに母親に電話を掛けてて見た。
「もしもし、母さん? 来週の日曜開いてる……」
「アンタ、今まで碌に連絡もよこさんと、何処ほっつきさるいとるんね……」
久しぶりに電話した母親は正直ウザかったが、まあ母親とはそう言う物だろう。
生き延びる事の出来た今なら、そんな母親とも面倒臭がらず対話が出来る様な気がした。
途中で見捨てた人は、山小屋で休憩してる最中に無事下山して来ました。
あと翌日火傷の様な日焼けをしたので、山に登る際は紫外線対策を忘れずに。




